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南方から来た騎士団長(その4)

   

「アザッム伯爵は独り身だったから、当然のように御子(おこ)はおられないわけだが……」

 ストレートに肯定も否定もせず、クラウドは事情を語り始める。

「……ならば、死後養子の形で後継者を擁立することで、お家存続を願うしかない。それが国元の家臣一同の総意であり、その交渉のために今回、私が王都までやってきた次第だ」

「あら! クラウド様が王都までいらしたのは、アザッム伯爵の御遺体を受領するためかと思いましたのに……」

「いや、そちらは私と入れ違いで、既に国元へ送られている」

「でも、クラウド様は騎士団長でしょう? 政治っぽい話の交渉事なら、それを受け持つ家臣の方々がおられるのでは?」

「ところが残念なことに……」

 クラウドの顔に、あからさまな苦笑いが浮かんだ。

「……政務担当の者たちは全て、今回の一件で引責辞任させられているのだ。すると残った家臣の中で最も地位が高いのは、騎士団長である私になる。だから畑違いを承知の上で、私がやるしかないのだ」

「まあ、それは大変な話で……」

「うむ。王宮や行政府との交渉……と言えば事務的に聞こえるが、実際の相手はモーリッツ大公だ。私の手に負える相手ではない」


 モーリッツ大公は、王都の行政府で筆頭大臣の任に()いている。さらに大公という爵位が示すように、王家の血筋に連なる家柄でもあるため、現在の王宮の実質的な権力者だと噂されていた。

「確かモーリッツ大公といえば……。王宮に関わる貴族の方々の間にはいくつかの派閥があって、そのうち一つを束ねているのがモーリッツ大公。(くだん)のキリンガルム侯爵も、そのモーリッツ大公の派閥に属しているとか。そんな噂を聞きましたわ」

「うむ、王宮の政争に関わる人間関係の話だな。恥ずかしながら、私も国元で働いていた頃は全く知らず、今回の王都訪問でようやく知ったくらいなのだが……。一介の庶民にしては随分と詳しいのだな、リン殿は」

 クラウドが意味ありげにニヤリと笑うと、リンは軽く手を振ってみせる。

「これも酒場で流れる庶民の噂、そこからの情報ですのよ。ほら、噂も案外、馬鹿にならないものでしょう? 今のクラウド様の言い方からすると、事実のようですから」

「おや、これは一本取られた。カマをかけたつもりが、逆にかけられたかな?」

「あら、嫌だ。そんなつもりありませんわ。それより……」

 クラウドのグラスに酒を()ぎ足しながら、真面目な口調に戻して、リンは再び尋ねる。

「……そのモーリッツ大公が相手の交渉。どうなっているのです? アザッム伯爵家のお取り潰し、なんとか免れそうですか?」


「かろうじてお家存続だけは叶いそうだ。しかし……」

 朗報のはずであり「おめでとうございます」と言いたいところだったが、リンは言葉を飲み込んだ。クラウドが難しい顔をしていたからだ。

 その表情のまま、グイッとあおるように酒を飲んでから、クラウドは続ける。

「……問題はアザッム伯爵の後継者だ。先ほども申した通り、死後養子の形で迎え入れることになるが、その人選は王宮の意向で既に行われていたのだ」

「なんだか段取りが良すぎますね。『王宮の意向で』っておっしゃいますけど、要するにモーリッツ大公の意向でしょう?」

「そういうことだ。モーリッツ大公の息のかかった貴族、その縁者の一人がアザッム伯爵を継ぐことになった。キリンガルム侯爵の親戚筋にあたる青年だ」

「まあ、酷い! キリンガルム侯爵といえば、今回の事件の元凶なのに!」

 目を丸くするリン。しかし、すぐに思案げな表情に変わった。

「もしかして、最初から全てキリンガルム侯爵が仕組んだ策略だったのですか? 若いアザッム伯爵を追い込んで、その領地を乗っ取ってしまおうと……」

「いや、それは穿った見方だろう。王宮で剣を振り回すほど我が主君が軽率だなんて、さすがのキリンガルム侯爵も考えていなかったはずだ」

 そう言ってクラウドはグラスを口に運ぶが、既にグラスは(から)になっていた。

   

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