【短編】悪役令嬢シェアハウス~捨てる王子あれば拾う悪役令嬢あり~
いつもお読みいただきありがとうございます!
前から思いついていた息抜き短編です。長編にしようかなと思ってますが、他も更新しないとなぁと思いつつ新年なのでアップしました。
あの時から私の運命は動き出した。魔の森で三人に出会った瞬間から。
あの瞬間があったから、過去起きたことのすべてがそれで良かったと思えた。
質素な馬車から一人の少女が放り出された。夜会用のドレスを着ているが、美しいはずの銀髪はひどく乱れている。
同行してきた騎士二人はニヤニヤしながら少女を舐めるように眺めていたが、御者に何か言われて渋々馬車に戻る。
御者は食料と水の入っている袋を投げ捨てると、少女を置いて馬車を出発させた。
「やっぱり置いて行かれた」
「でも良かったですわ、変な乱暴されなくて」
「騎士があの子を乱暴してたらアタシが股間を蹴りに行ってたわ~。誰かさんみたいに」
「失礼だな。王子が私の髪を無理矢理切ろうとするから、正当防衛で蹴ったらたまたま股間だっただけだ。狙ってない。それに大したことないだろう、首と胴は離れてないんだから」
「ブブっ。たまたま股間だって! それってジョーク?」
食料を前に呆然とする少女を木の上から観察する三つの影。三人とも女性だが、フードを目深にかぶっており、外見はよくわからない。
落ち着いたトーンで男性のような話し方をする人物、明るくふざけた口調の人物、そして場違いなほど丁寧なお嬢様言葉の人物。
「二人ともお静かに。気付かれてしまいますわ。あの食料、香りで動物たちが寄ってくるから持たない方がいいですわ」
「ね、あの子がどうしてここに置き去りにされたか賭けない? アタシは王子様に婚約破棄されて邪魔になったから捨てられたに一票。もちろん、王様たちは外遊中で帰ってくるのはまだまだ後よ。これ、お約束」
「賭けなんてこんな状況で無粋だろ」
「まーたー。そんないい子ちゃん発言しちゃって」
「では、私は政敵に冤罪をかけられて魔の森に追放に一票ですわ」
「おい!」
相変わらずコソコソ話す三つの影。
「あら、動き出しましたわ」
「お手並み拝見だねぇ、ぐへへ」
「なに山賊みたいな話し方をしてるんだ、真面目にやれ」
少女はふらふらと立ち上がると、水の入っている袋の飲み口に鼻を近づけて香りを確かめてから飲んだ。続けて食料の入っている袋の中身を確認する。そして袋を持ったまま、森の中を歩き始めた。
三人は木から木へ飛び移って追いかける。
ドレスとハイヒールのまま少女はある程度歩くと、食料を地面に撒き、放置したまま足早に歩き始めた。
「食料を持ったまま歩くほど馬鹿ではなかったみたいですわ」
「もしかしたら毒入りの食料なのかもしれん」
「この森でどのくらい持つかなぁ、わっくわくだね!」
少女がフラフラ歩いていると、早速クマに遭遇する。
「早速、中クマに遭遇か。あんなデカいのに一番に会うなんて不運だな」
「さ、どう出るかな~?」
「震えているようですわ。戦闘に慣れているご令嬢ではないのかしら」
「そんなご令嬢、普通いないよ」
「辺境や武門で育った令嬢ならまだしもな」
三人によるコソコソ実況中継。観客はいない。時折、鳥の飛ぶバサバサという翼の音が聞こえる。
少女は震えながら口を動かす。少女を襲おうとしたクマの両足が凍りついた。
「お、氷魔法! めっずらし~」
「両足だけ凍らせて足止めして逃げたのか。素晴らしい魔力操作だ」
「この森を彷徨うなら魔力の温存は当たり前ですわ。いちいち全身を凍らせていたら魔力のコスパが悪すぎですわ」
「バカではないということだな」
その後少女は移動を続けた。小川を見つけて水を飲み、果実や木の実をまじまじと観察して食べる。氷魔法でクマやイノシシの体の一部を凍らせて逃げる。
「そろそろ魔力切れだな」
「魔法しか使ってないから肉弾戦は得意じゃないんだろうね~」
「でも、彼女。毒のあるものは口に入れていないからそのあたりの知識はしっかりあるようですわ」
少女は木にもたれて息を荒げている。先ほど嘔吐していたから魔力切れの症状がはっきり出ていた。
グルルルル
少女の後方から獣の声がした。
「来たわよ、奴が」
「あぁ、先ほどから一定の距離をあけてあの少女をつけていた。弱るまで待っていたんだろう」
「んふっ。今日のディナーはパキクロクタ、あいつですわね。美味しいんでしょうか?」
「賢い獣だ。注意して狩ろう。彼女はどうする?」
一人が他の二人に問いかけた。
「そりゃあねぇ、決まってるじゃん。あの氷魔法、暑い時に最高!」
「もちろん助けますわよ」
木の上で三人は頷き合った。
力尽きた様に木の根元に座り込む少女の前に、二メートルほどの明るい体色の獣が現れた。グルグル鳴きながら鋭い牙が口の間から覗いている。大型の犬に似た生物、パキクロクタだ。
少女は鳴き声を耳にして顔を上げ、弱々しく詠唱して魔法を放つ。だが、もう魔力が残っていないのだろう。パキクロクタの足に薄い氷が張ったが、獣が足を踏みだすとパキンと簡単に割れた。
少女は諦めたように笑うと、祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。少女の手に鋭く尖った氷が出現する。
「自害するつもりか。あっぱれなことだっ……て待てよ、おい!」
「ア~アア~」
パキクロクタが少女に襲い掛かろうと口を開いたその時、変な声とともに何かがぶつかってパキクロクタが横に吹っ飛ぶ。
「あー、オホンオッホン。はぁい、お嬢さん。命が惜しいなら身ぐるみ全部置いていきな!」
「アホか。いつまで山賊ごっこに興じるつもりだ。来るぞ。準備しろ」
「一回やってみたかったのよ、ターザンごっこ」
「うるさい。完全に山賊だろう」
太いツタから一人の女性が飛び降りて弓を構える。もう一人の女性はツタをしっかり持ったままだ。
「じゃ、お嬢さんはちょっと隠れといてね~。ウルたん!」
「はいはい。ではお嬢さん、私に身を任せるのですわ」
唐突に少女の横に別の女性が現れて腰に手が回る。と思ったら少女はすでに木の上にいた。
「あれを狩り終わるまで良い子で待つのですわ。ディナー前の運動ですの。んふ、淑女の嗜みですわね」
パキクロクタが地上に残った女性二人めがけて走ってきている。女性は弓を構えたまま逃げようともしない。ツタを持ったままの女性もニヤニヤしながら見ているだけだ。
弓の弦がしなった。少女は思わずぎゅっと目を瞑った。
「あら、ちゃんと目を開けて見ないとだめですわ。私たちのディナーなのですから。命の散る瞬間を見ないなんて怠慢でしてよ」
意味も分からず恐る恐る少女が目を開けたのを見て、女性は綺麗に笑う。
「ほら。ケルノの腕前は保証しますわ」
パキクロクタの脳天に綺麗に矢が刺さり、倒れ伏していた。
「ではディナーと一緒に転移しますわ。ってあら? 気絶しちゃった。仕方ないですわね」
少女は獣が死んだのを見て極度の緊張状態から解放され、気を失っていた。
少女が次に目を覚ましたのは、どこかの家の中だった。
こぎれいなログハウスでお金持ちの別荘と言われても遜色ない。しかし、外からは似つかわしくない爆発音が聞こえる。窓の外を見ると、煙が上がっていて何が起きているか分からない。
「あ、ごめんね~。ケルノに求婚者がきちゃってさ~。晩御飯までにはノすと思うから。もう、晩御飯の前に来るなんて空気読めなくて最悪~。アタシたち、イケメンと王子は人生にいらないもんね」
求婚者と爆発音の関連が分からない。
「ここは魔の森……ですよね?」
「そうよ~」
ドゴーンと一際大きな爆発音がする。
「素晴らしい、ケルノ! 私の魔法をことごとく剣と弓でいなすとは! 結婚してくれ!」
「うるさい。さっさと帰れ、土の中に」
「結婚してくれるまで帰らない! この書類にサインを!」
「母親の腹の中からやり直した方がいいんじゃないか」
「我が家には怪我人がいますのよ。ディナーの前に訪ねてくるなんてマナー違反、さらに怪我人に気を遣わず魔法をぶっ放すなど男の風上にも置けませんわ」
「もうタマでも取ってしまうか」
「そうですわ、ケルノ。やっちゃってくださいませ!」
爆発音の後は不穏すぎる会話しか聞こえない。
訳が分からず、少女は唯一家の中にいる女性を見上げた。そして気付いた。女性は魔族の証である赤い瞳をしていた。
「ぐへへ、こんなところだけどようこそ。悪役令嬢シェアハウスへ! 今日はあなたの歓迎パーティーだよ!」
治癒魔法が使えない聖女の末裔ウルスラ、婚約者だった王子を半殺しにしかけた元辺境伯令嬢ケルノ、魔族と人間のハーフであるリコ。
時空と生態系の狂った魔の森の真ん中に結界を張りシェアハウスと称して住んでいたのは、悪役令嬢だと謗られ王子から婚約破棄そして追放された三人の女性たちだった。
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