序章
夢追う人々は皆、青い宝を追い求めていた。その者たちは「シーカー」と呼ばれていた。
「なぁ兄ちゃん。俺はさ。大きくなったらシーカーになるんだ!」
「そうかそうか。楽しみだな」
「ぜってぇ青い宝を見つけてさ。みんなをこーんなでっかい家に住まわせてやるんだ!それでさぁ……!」
「さすが俺たちの自慢の弟だな。ははは」
その夜、少年は意気揚々としていた。少年は、兄が好きだった。
「なぁなぁ!兄ちゃんはさ、将来何になりたいんだ?」
「そんなこと聞いてどうする?」
「いいじゃねえか!俺は言ったんだぞ!兄ちゃんが教えてくれないなんて不公平だ……!」
「ははは。悪かった。そうだなぁ……兄ちゃんはなぁ……」
兄は空を見上げた。少年には、兄が一瞬暗い表情をしたように見えた。
「兄ちゃん……?」
その声で我に返ったように、彼はまた、弟の方を向き直して言った。
「お医者さんかな。すげー知識を身に着けて街中のみんな……いや国中のみんなを元気にするんだ!」
「すげーー! 兄ちゃんすげー!」
「……そうか?」
「そうだよ!俺は国中なんて考えてなかった……あっ!いいこと思いついた!」
「どうした?イノリ」
「俺は……青い宝を見つけてさ……!」
「……ははは。さすが俺の弟はスケールが違うな。」
「兄ちゃんに負けたくねぇからな!」
「お!言うじゃねえか。じゃあどっちが早く中心街に着くか競争だ!よーいどん!」
「あ!ずりーぞ!兄ちゃーん!」
翌日の朝、兄は死んだ。それは、急なことだった。兄を知るすべての人にとって――。
「おい小僧!早く酒をもってこい」
「はい……」
――ガッシャーン!
「なにやってんだ。この使えないクズが!」
「……す、すみません」
「なんだと?聞こえねぇな」
「……すみません」
「おい。お前。ちゃんとこっち見て謝れっていってんだよ」
男は、店中に鳴り響く音で少年を床に殴りつけた。
「うっ……」
「おいおい。殴ることはないだろ。――なぁ小僧。お前も大変だよなぁ。優秀だった兄貴が死んで、両親はあのざまだ。さぞかし大変だろう?」
「……い、いえ。僕がやるしかないので」
すると、少年を蔑むような目つきで、その男は彼を見下した。
「そうかそうか。僕がやるしかない……か」
「……な、なんですか」
「……お前に、お前の兄貴の代わりが務まるとでも思ってんのか?」
「……え?」
「あの人は、俺たちの憧れの人だった。はみだし者の俺たちにも、平等に接した。お前が、あの人の弟だ? なにかの間違いだろ? そうだよなお前ら?」
店中の男たちは、少年をあらゆる言葉で貶し、あざ笑った。
「そのとおりだ。俺たちは、アオイ兄さんからすべてをもらった」
「そのアオイ兄さんの弟が、こんなみっともないガキでたまるかって言ってんだよ」
今度は別の男が、少年の腹を蹴り上げた。彼はただ、うずくまることしかできなかった。
しばらくして、階段のきしむ音とともに、細身だが、眼光の鋭い男が階段を降りてきた。
「なんの騒ぎだぁ。この昼間っから。酒の飲みすぎはよくねぇぞお前らぁ」
彼は、さっきまで昼寝をしていたようで、眠そうな声で言った。すると、酒場にいたすべての男が一斉に頭を下げた。
「「お疲れ様です……!!!!」」
男は少年を視界にとらえると、彼の近くに飄々とした足取りで近づいた。
「なんだお前。ぼろぼろじゃねえか。こっぴどくやられたなぁ。」
「……そうか。いや、話さなくていい。」
「おい、てめぇら!!
……帰るぞ」
「「はい!!!!」」
男は扉の前で振り返り、少年に言った。
「少年くんさぁ。お前の兄貴が言ってたぞ。俺には年の離れた自慢の弟がいるんだって。青い宝を見つけて世界をひっくり返すのはうちの弟なんだってな。」
「……」
「青い宝を見つけるんならな。俺とライバルってことだ。いずれまたどっかで会うかもな。まぁ……そんな床に寝っ転がってるようじゃあ、あり得ねえだろうけどな……ははは」
青い宝。久しぶりに聞く言葉だった。兄が死んで10年が経とうとしていた。シーカーたちで活気づいていた世界は、すっかり変わってしまった。
そこにはもう、誰一人として、夢を追う人はいない……はずだったのだ。