DQN母ちゃんクソババア
自分で書いておきながらなんですが、「これ異世界の必要ある?」って話になりました。
「ごめんな、許せ!」
雪がちらつく冬の始まりの日、その男は産まれたばかりの赤子を大樹の根本にそっと置くと、自宅へと走って逃げた。
この気温ではじきに儚くなるだろう。またそうでなくとも大樹は村外れ、森の端に生えている。赤子は時をおかず獣の糧となるだろう。
「あら? あなた迷子? もう一人でおでかけ出来るの?」
男が逃げ、その姿が見えなくなった頃、一人の女が通りがかった。帽子から靴まで、全身を黒一色で統一した女だ。
その女は捨て子を拾い上げると、手袋を脱ぎ小さな額に触れた。捨て子の記憶を読み取っているのだ。
「う~ん、さっぱり。とにかく慌てん坊のお父さんを追いましょ~」
相手は産まれたばかりの赤子だ。ぼんやりとした景色と音から、男が遠ざかって行くのを読み取るので精一杯であった。
女は記憶の男を父親と仮定し、捨て子との縁を頼りに男の自宅へ向かった。
「こんにちは」
ノックと共に声をかけると、家主の男は馴染みの無い声を警戒し、ゆっくりとドアを開いた。
「・・・ どちらさんで?」
全身黒づくめの女を、下から上へ、確かめるように眺める男。怪しい人物に男の警戒心は高まる。
「この子をお忘れよ」
後ろ手に隠していた捨て子を、男の前に掲げる女。
「!? ち、違う! そいつはうちの子じゃない!」
「あら、そんなことないわ」
スンスンと鼻を鳴らして匂いをかぎ、女は断言した。
「うん、この子からあなたと同じ匂いがするもの。それにあなたの他にもう一種類、匂いがするわ。その匂いは家の奥から漂ってくる匂いと同じ。
ほらね、この家の子よ」
尚も違うと抵抗する男を押し退け、女は家へと侵入。ずかずかと奥まで進んで行く。
「ああ、この部屋ね」
「やめろ! その部屋に入るな!」
男は薪割り用の手斧を振りかぶるが、女は一向に止まる様子がない。
ドアノブに手をかけた女に業を煮やし、男が手斧を振り降ろす。だが女の手首に届く前に硬い何かに当たり、弾き飛ばされてしまう。女が障壁魔法を使ったのだ。
「大丈夫よ~、何もしないから~。おじゃましま~す」
女が部屋に入ると、出産を終え休んでいた男の妻と産婆が身を寄せあい怯えていた。
「クソ! ここから出ていけ!」
「挨拶に来ただけよ? ほら、あなたの子でしょ?」
男の妻に捨て子を差し出すが、拒絶されてしまう。
「私の子供はこの子だけよ!」
「困ったわ~。ねえ産婆ちゃん、あなたがこの子を取り上げたんでしょう?」
産婆の老女は固く口を結び、首を横に振る。
「どうしてみんな嘘をつくの? この子、そんなに要らないの? それならどうして産んだの?」
黒づくめの女以外暗い顔で俯いてしまう。
「もう! それじゃ分からないわ!」
「あんた、どっから来たんだ」
「私? 私はずっと東の方からよ。私の事はいいの、それよりどうしてみんな嘘つくの?」
「・・・・・・ この辺りじゃ、双子は忌み子なんだよ。後に産まれた子は災いをもたらす、つってな。
・・・・・・
ああそうだ! 分かってる! そんなの迷信に決まってる! でもどんなに隠しても後からバレて袋叩きで殺される子たちもいるんだ! それならいっそ情の湧かねえうちに!」
漸く事態を理解した女。
「じゃあ私がもらってあげる! 居ちゃいけない子なんでしょう? 私にちょうだい?」
忌み子と言っても腹を痛めた我が子、誕生を心待ちにしていた我が子である。せめて何処か別の土地で生きていてくれればと、夫妻は女の提案を断れなかった。
「この子の名前は?」
「・・・ 忌み子には、名前を着けちゃいけないの。それに、双子だと思ってなかったから」
「なら私が着けちゃうね! そうねぇ、うん!
忌み子って『here we go』に似てるから、この子はヒィウィゴー!」
自慢げな女は赤子と一緒に手を振ると、彼らの家を出ていった。
残された夫婦は「せめて名前くらい着けてあげれば良かった」と後悔したが、時すでに遅し。黒づくめの女はもうどこにも居なかった。
だが実は、女はいまだに村中へ居たのである。
「村長さん、あの村外れの大樹、貰っちゃって良い?」
「ああ、別に構わんぞ? あれのせいで陽当たりが悪くてな、来週にでも切ろうかって話してたんだ」
「薪の充てにするとか?」
「いいや、ただ邪魔だからだ」
「じゃあ遠慮なく貰っちゃうね」
再び大樹の元。女は手をかざすと、魔法で大樹をヒョイっと引っこ抜き、背中の小さなリュックにしまい込んだ。ちなみに赤子もこの中だ。
「東から旅に出て、北で子供と家を入手。次は南か西か、暖かいとこにしよっかな。ヒィウィゴーは寒いのトラウマかもだし」
女はそうして旅を続け、1年かけて南の国へたどり着き、そこで土地を得た。
それから15年。北の大樹は南の土地に根ざし、中をくりぬかれ二人の家となっていた。
「いいかババア! 今日の入学式、絶対来るんじゃねえぞ!」
「は~い、分かってま~す」
あの捨て子は15歳になり、今日から魔法学校の生徒である。
入学式は彼の嫌いなものの1つだ。他にもクラス替えや卒業式など、自身の名を衆目にさらす機会を彼はことごとく嫌っていた。
それでも入学した以上はと、彼は憂鬱な気分を抑え学校に向かう。
「よーし! 全員席に着け。俺がこのクラスの担任のクラードだ、宜しくな! 式までまだ時間があるからな、先に自己紹介してもらおうか!」
(最悪だ! 式の後だと思ってたのに! マジかよ!)
そうこうしているうちに彼の順番が回ってきた。
「はい、拍手ー。よし次!」
「は、はい! セント・グリア学校から来ました、ゴーです。よろしくお願いします」
無難に切り抜けた彼を咎める担任、クラードの声。
「こら! 自分の名前くらいちゃんと言え!」
「う、あの、その、なんて言うか、その、オレの名前、えっと、その、あんまり」
(クソ! なんて言えば誰にも興味持たれないんだ!)
「なんて言うか、(そうだ! これだ!)オレ、あんまり自分の名前好きじゃなくて」
「それでもちゃんと名乗るのが礼儀ってもんだ!」
(クソ脳筋教師! 手元にあるクラス名簿でオレの名前知ってんだろ! 言わせんなよ! そんな名前!)
彼の祈りが通じたか、クラードは名簿を開く。
「うん、確かに変わった名前だな。だが誰もそんな事で笑ったりしない」
(それは大人の理屈だろうが!! 馬鹿ガキ共はいじってくるんだよ!!
クソ! みんなどんな名前なのか興味もっちまったじゃねえか!)
「オレは、オレの名前はゴーです!! それ以外で呼んだらブッ飛ばす!!」
結局フルネームを名乗らなかった事に、クラードは大きなため息をついた。
「ヒィウィゴー・ウィダーズ君でした。はい、拍手ー。よし次!」
(バレた! バラしやがった! もうおしまいだ!
あのクソ教師!! 絶対許さねえ!!)
それからも自己紹介は続いたが、皆の興味の対象が移った為どこか上滑りであった。それもその筈、『ヒィウィゴー』と言うおかしな名前に加え『ウィダーズ』と言うファミリーネーム、ひいては母親の存在である。
ゴーの育ての母、アライア・ウィダーズはこの国では有名な魔女である。他国に比べ魔法の発展で遅れていたこの国が、15年という短期間で各国を牽引するまでにで到ったのは、全て彼女の功績によるものだ。
それは国民であれば誰でも知っている常識であった。
(最悪だ、またイジられたりゴマすられたりする日々の始まりだ、もうやだ)
「よーし、これで全員だな。入学式行くぞ!」
出席番号順に並ぶ、ただそれだけの事で、ゴーは肩をぶつけられたり睨まれたりする。
(これくらい、まだ序の口だ。もっと酷くなる、分かってんだよクソ!)
心の内で様々な悪態をつきながらも、入学式は滞りなく進んでいった。途中までは。
(なんだ?)
急に保護者たちがざわつき始めた。檀上でスピーチ中の校長までも、言葉を失い見入っている。
周囲の反応にゴーは舌打ちをする。ここまで影響力のある存在は、己の母以外あり得ないと思っていたからである。だが違った。
「うわ!? なんだあれ!?」
(アレ? クソババアじゃねえのか?)
クラスメイトの言葉に後ろを向くと、そこにいたのは鹿の角を生やした髭面の大男だ。5メートルはある身長に、腹から下は獅子の体躯。しかし中ほどからは馬の体躯。
上から、鹿の角、人の上半身、獅子の前肢、馬の後肢。ゴーからは見えないが、尾の代わりに龍の首が2本生えており、更に、2つの背中にそれぞれ2対の羽が生えている。
「なんだあれ!?」
「アライア様の息子の君でも知らないのか!?」
「だが講堂に入れている以上、招待客なのでは? ほら、あいつプログラム持ってるよウィダーズ君」
隣の男子生徒達の馴れ馴れしさにゴーは辟易するが、いちいちそんな事ではやってられない。
「静粛に!!!!」
咳ばらいの後、檀上の校長が一喝し、ざわめきが収まる。だが結局は、入学式も自己紹介に続き上滑りのまま進行、終了したのであった。
(ここまで酷い初日は初めてだわ、クソ!)
「「「ウィダーズ君!!」」」
(あぁ、こいつらの処理がまだだった)
クラスメイトの、ゴーに好意的な者たちが早速話しかけている。その全てが、ゴーの母親、アライア・ウィダーズ目当てである。そしてその人気ぶりに嫉妬し、目の敵にする残りのクラスメイト。
つまるところゴーの周囲には、打算で近づいてくる人間と、彼を毛嫌いする人間の二種類しか居ないのである。それは同世代の子供だけではなく、大人も同じ。
「ヒィウィゴー・ウィダーズ君、ちょっと来なさい」
教師の呼び出しなら仕方ないと、クラスメイト達が文句を垂れつつ離れていく。
(助かった、なんて誰が思うか! どうせお前もクソババア目当てだろ!)
教師の案内で空き教室へ入るゴー。
「ここは僕が顧問を務める、魔導研究会の部室だよ。君に是非入部してもらいたい」
「オレ魔法使えないんで」
「ハッハッハッ! 君面白いなあ!」
「オレ普通科なんで」
「ああ、今年から設立された無能者の掃溜めか。しかし君、入りたくないならそう言ってくれて構わないよ? わざわざ無能ぶる必要は無いさ!」
「じゃそう言う事なんで」
今日は入学式のみの予定だ。通常は部活動を見学していったりするのだが、ゴーは一直線に家をめざした。
(さっさと帰るに限るわ、こんなとこ。明日から毎日来なきゃとか最悪かよ! もう学校辞めてえ)
彼に取り入ろうと呼び掛ける声を無視し、ゴーは家路を急ぐ。だがある時からざわめきが遠巻きに感じられた。
(なんだ? なんかおかしい)
振り返るとそこには、入学式の怪物が居た。
怪物はゴーと目が合うと、口角を上げ歯を剥き出しにしてみせた。当人は微笑んだだけなのだが、ゴーにはそうは見えなかった。
(喰われる!)
ゴーは全速力で家まで駆けた。あの大樹の家にはアライア・ウィダーズの手により、幾つもの強力な防御結界が張ってある。
(家ん中入っちまえば安全な筈だ!)
怪物は微笑んだまま、ゴーの後を追う。ただ歩くだけでゴーの全速力より速いのだ、追いつけない訳がない。
(へ! そうやって油断してやがれ! 家の結界にビビりやがれってんだ!)
ゴーはややあって家にたどり着く。結界の中から改めて怪物を眺める。怪物はもう、結界の目前だ。
(さあ! 弾かれろ!!)
だが結界は発動しなかった。怪物が中に入ってくる。
「嘘だろ、なんで!?」
「ただいま~」
「へ!?」
巨大な怪物は揺らめく煙に変化し、風に流されていった。中から現れたのは、アライア・ウィダーズ、ゴーの母親であった。
「はぁああああああ!?」
「ゴー君ただいま~」
「てめえクソババア!! なに考えてやがんだよ!! ふざけんな!!」
「ゴー君入学式来ちゃダメって言ってたでしょ? だからママ、変装してみました~。どお? ゴー君の好きなの集めてみたんだけど」
「オレがあんなキモいの好きな訳ねえだろ!!」
「え~? ゴー君はシカさんとドワーフさん、それからワシさんライオンさんに、ウマさんと東龍さん好きでしょう?」
「いくら好きでも混ぜて1つにしたらトラウマだろうが!! ふざけんな!!」
15歳の多感な少年には刺激が強すぎた様だ。
「クソ! ああもうダメだ、おしまいだ。クソ担任に名前バラされるしあの怪物はクソババアって気づかれただろうし。
もうやだ、学校行きたくねえ。つーかこの国居たくねえ」
「そうなの? じゃあ、お引っ越しする?」
ゴーも周囲の噂で聞いた事があった。この大樹の家はアライア・ウィダーズが何処からか持ってきたものだと。家ごと移動出来るなら、引っ越しもしやすいのだろう。
「そう簡単に出来る訳ねえだろ? てめえの立場を考えろよ!」
「ママの立場なんて気にしなくて良いのよ? どこに言ってもそれなりにやっていける自信があるもの! それよりゴー君の方が大事!」
ゴーの苦悩の大部分は母親絡みである。彼女はそれに気づいていない。
「どこ行ってもてめえがいるなら変わんねえよ!! なんにも変わんねえよ!!」
彼女はう~んと悩むと、思春期の少年に爆弾を落とした。
「じゃあ本当の両親のとこ行ってみる?」
「は!?」
「実はゴー君双子でね? 双子は忌み子だって言われて産まれてすぐ捨てられちゃったの。そこにママが通りがかってゴー君を育てる事にしたの! どうするゴー君、会いに行ってみる?」
衝撃の事実をたたみ掛けるように話すアライア。
「ちょ、ちょっと待って。オレが捨て子? つか忌み子? 意味が、意味が分かんねえ」
混乱するのも無理はない。
「ゴー君大丈夫? もう休む?」
「・・・ そうする」
(どうしよう、ゴー君すごくショックだったみたい)
ここは一緒に居て慰めるべきかそれとも一人にするべきか。
思考がぐるぐると回り惑い、悶えるアライア。
「決めた! 今はそっとしておく! たぶん私、構い過ぎちゃうから! うぅぅ、でもぉぉ」
ジタバタと未練がましい母親だ。そもそも事の発端は彼女である。
翌日の朝、目の下にクマを浮かべ、ゴーは自室から出てきた。
「昨日言ってた、産みの親んとこ、オレ行ってみるわ」
「ママも行く! ちゃんと挨拶したこと無かったし」
「いいよ来なくて! 一人で行くし! 場所だけ教えろよ!」
「ママと一緒なら転移魔法で一瞬で行けるけど、」
「いいから教えろよ!」
「北の国のトウトワ山脈のふもと。そこに、あれ? 何だったっけ? 村の名前」
「おい、わざとか?」
「ちがうもん!」
「もん言うな! クソババア!」
アライアの説得にゴーが折れ、産まれ故郷へは転移魔法で行く事になった。
「どうする? もう行く?」
転移魔法ゆえに旅の準備は必要ない。ひとまず会いに行き、後の事はその場で話し合いということになっている。
「日が暮れてからのがいいんじゃね? 向こうも予定があるだろうし」
「そうね! じゃあそれまでママと遊びましょ?」
「誰が遊ぶか。昨日寝れんかったし、それまで寝てるわ」
「じゃあママも一瞬に」
ゴーは自室のドアを、大きな音がたつように閉めた。
「む~! 親子でいるの今日が最後なのかもしれないのに~! ゴー君のいじわる!」
(あら? でもちょっと待って。閉め出されたって事は、ゴー君は今日が最後って思ってないのかしら?)
「も~! そう言う事なら早く言ってよ~。さ~て、それじゃあゴー君の好きなお菓子でも作っちゃおうかな~」
まるで一人芝居でもしているかのようで、自身に都合のいい結論を出している。幸せな人だ。
ちなみにゴーはベッドの中で全て聞こえていたが、面倒ゆえに無視を決め込み、眠りへ落ちていった。
「あ、ゴー君おはよう。よく眠れた?」
「今何時」
「4時半だよ。そろそろ準備しないとね?」
ゴーは無言で顔を洗いに行く。いつもの事だ。
(朝からうぜー。・・・ 朝じゃねえわ)
顔を洗い、多少目が覚めたゴーは空腹を感じキッチンへ向かう。何故か母親が何するでもなくうろうろしていたが、気にしたりはしない。
「ゴー君お腹すいてない? 何か食べる? アップルパイ作ったんだけど」
「勝手にやるからいい。あっち行ってろ」
目の前をうろつく母親を追い出し、ゴーはキッチンの中、食べ物を探す。アップルパイは嫌いではないが、用意されているのを食べるのは何故か癪に感じる。そんな年頃だ。
だがキッチンにはアップルパイしかなく、仕方なく食べる事にした。
(なんかいまいち旨くねえな。寝起きで舌が鈍ってんのか? それともババアがしくじったか?)
ゴーはいつも誰かと供に食事をする。故に一人での食事を味気無く感じているのだが、そんな己をまだ知らないのだろう。また、指摘されたとしても認めないであろう。己の寂しがり屋な一面なんて。
「もっかい顔洗って口濯いだら準備完了だな」
食後、パパッと身仕度を終えると、時刻は5時を少し過ぎた頃。
「ゴー君、準備できた? そろそろ行こ?」
「まだ早くね? 5時過ぎたばっかじゃん」
「北国は日暮れが早いから、そろそろいいと思うよ。それとももうちょっと待つ?」
ゴーは故郷へ向かう事にした。
アライアの手により、足元に転移魔方陣が広がっていく。二人分の大きさに広がると、魔方陣が身体を通り抜け頭上に上り、再び足元に降りきると、そこはもう北国だった。
「うお! 寒!」
「ゴー君大丈夫? ママのコート着る?」
「んなもん要るか! それよかさっさと案内しろよ!」
まだ秋口だと言うのに予想外の寒さで、ゴーの沸点は一気に下がっていた。そこに母親のおせっかいが加わり、すっかりいつもの調子になってしまった。せっかく大人しい余所行きの態度だったというのに。
ともあれアライアの案内で、ゴーは小さな村の中を歩いていく。たどり着いたのは小さな一軒家。ゴーの生家だ。
「こんにちわ~」
かつて、ゴーを拾った時と同じようにノックと共に声をかける。そしてあの頃と同じように、家主が警戒しながらドアを開けた。
「・・・ どちらさんで?」
「老けましたね~。私です、16年前に赤子を拾って届けに来た、」
「あ、あんたは!? 今さら何しに来た!」
「あの子が大きくなったから自慢しに来たんです! 見てください! うちのゴー君! 15歳になりました! ほら、ゴー君もご挨拶して」
「初めまして、ゴー・ウィダーズです」
「・・・ 帰ってくれ! 来週娘の結婚式なんだ。あんたらが近くに居たら不幸がおこるかもしれん」
この16年ですっかり老け込んだ男。
男の妻は産後の肥立ちが悪く、娘の1歳の誕生日を待たずに亡くなっていた。男は妻の死に対し、一時でも忌み子を家に入れたからだ、と後悔しない日はなかった。男は未だ16年前の悪夢に取りつかれている。だがそれもじきに終わる。
男手ひとつで育てて来た娘が結婚するのだ。ようやく掴んだ幸せに、男の悪夢が晴れようとしていた。
そこにのこのことやって来たのが、16年前の元凶、ゴーとアライアの忌むべき親子であった。
「帰れ!! お前らなんか知らん!! 2度とうちに近寄るな!! 忌み子も魔女も必要ない!! 消えろ!!」
ゴーには彼なりのプランがあった。多少の誤解や溝は、誠意をもって話せばなくなると考えていた。
「待ってください! 話せば分かります!」
「ゴー君帰ろ」
母親に引かれる袖を、煩わしく振り払う。
「お願いします! 話をさせてください!」
固く閉じられたドアに拒絶の意志が表れている。
「何もしません! 迷惑をかけるつもりはないんです! お願いします! 開けてください!
お父さん!!」
手斧がドアに叩き付けられる。
決して薄いドアではない。
鈍い刃が突き出ていた。
引き抜かれもしない手斧。
殺意をはらむ拒絶が滲んでいた。
(こんな、こんな筈じゃ。何でこんな事に。 ・・・・・・ そうか、そうだよ! そうに違いねえ!)
「・・・・・・ お前だろ、お前が術でなんかしたんだろ!」
「ゴー君もう帰ろ」
来るときに使った、魔方陣が光り上下する演出過多な魔法ではない。アライアがゴーの袖を掴むと、そこはもう二人の家の中だった。
「何やってんだよ! 戻せよ!」
「ごめんね、ママが考えなしに連れていったから、ゴー君に嫌な思いをさせちゃった。ごめんねゴー君、ごめんね」
泣きながら謝る母親の姿を、ゴーは初めて目にした。普段は飄々としてどこかふざけているような雰囲気の母親が、今は彼の胸で泣いている。抱き締めようとするも上背が足りず、すがる様な、どこか滑稽な格好になっていた。
ゴーは自身の背が既に母親を追い越しているのを今更ながらに実感した。
(クソッ! クソッ!クソッ!クソッ! 何でこいつが泣くんだよ! 意味わかんねえ)
泣き疲れたアライアはいつのまにか眠ってしまっていた。ゴーは起こさぬよう、ゆっくりとひざ枕へ倒していく。寝言でまだ謝っている。
気づけば、母の身体が縮んだように見えた。
(違う、今まで大きく見えてたんだ。つか、こんなちっちゃい奴に当たり散らしてたのかよ、恥ずかしい)
「あれ? ごめんねゴー君、ママ寝ちゃってた」
「いいよ別にそれくらい」
「今度はママが一人で行って、しっかり説得してからゴー君連れて行くから」
「いいよもう。縁が無かったって事だろ。・・・ それに、捨てる親より拾ってくれた親だろ」
「・・・・・・ ゴー君、何だか急に大人っぽくなったね」
「え? そう!?」
大人と言われ嬉しくなったゴーが母親を見ると、その母親はどこか不機嫌そうにしていた。
「ゴー君、そんなに急いで大人になんてならなくても良いからね。ゴー君はずっとずっと私の息子! ママの子供なんだから! いつまでもず~~っと、一緒なんだから!」
子離れしない宣言と共に、息子にしがみつくアライア。
「ちょ、離せって」
「嫌! ゴー君ぎゅー!」
「おい、いい加減に」
「やー! ぎゅー!」
「離せ! クソババア!!」
「ゴー君」
息子になじられご満悦なアライア。
ヒィウィゴー・ウィダーズの反抗期はまだまだ終わりそうにない。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
某イラスト投稿サイトで「忌み子」と言うタグを見かけた時、「忌み子ってhere we goに似てる」と思った瞬間この話を思い付きました。
いつもはタイトルで悩むのですが、一番先に悩む事なく決まりました。語感も良いですし、お気に入りのタイトルです。
最後までお読み頂きありがとうございました。