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仲間と珍道中2

 エステルヘルの言葉に春馬は首を傾げ、ヴァールは目を見開く。


「紹介状書いてくれるのか?」


 そう口にしたヴァールに、ソフィアが呆れる。


「馬鹿。もしギルド長が書いて私達が何か起こしたら、ギルド長にも咎が……」


「書こう。ワシが紹介状を書くぞ」


 ソフィアの言葉を遮り、エステルヘルがヴァールの言葉を肯定する。すると、ヴァールが口の端を上げ、ソフィアは驚愕に目を見開く。


 春馬は微笑を浮かべてヴァールと笑い合うが、エステルヘルの決断がどれほどのことか理解しているとは言えなかった。


 唯一、エステルヘルの厚意と覚悟を完全に理解していたソフィアは、居住まいを正して体の正面を向け、顔をあげる。


「エステルヘル殿……私、ソフィアーナ・ネル・ラ・フィルリアスは家名に誓い、貴方に害が及ばないように致します。感謝を」


 これまで可愛らしい声音だったソフィアの声が、凛と美しくなった。どこか威厳のある声で告げられた誓いに、ヴァールと春馬の方がキョトンと目を丸くする。


 エステルヘルは鷹揚に頷くと、近くにあった羊皮紙を手に取り、羽根ペンを手にした。


「しょうかいじょ、う……と。ハル・ヴァル・ソフィーの三名の身分を、スラヴァの冒険者ギルド長、エステルヘルが、証明、する……と。ほい、出来たぞい」


 ものの二十秒ほどでサラサラと書いて紹介状を手渡され、春馬は苦笑しながら羊皮紙を見る。


「ありがとうございます。思ったより簡単ですね、紹介状」


「ギルドプレートみたいに魔術刻印がされると思ったかの? まぁ、実はそのインクが特別製でな。兵士に見せてみれば分かるわい」


 エステルヘルはそう言って笑うと、人の良さそうな顔で三人を見送ったのだった。






 街の出入り口、外に出ようとする三人の男女を見て、兵士達が歩み寄った。


「身分を示す物を出せ。無ければ通れんぞ」


 一人がそう告げると、三人は顔を見合わせる。


 そして、一人の男が噴き出した。


「……ぐ、ぶふっ」


「……なんだ、ハル。何故笑う」


 そう言って、黄色の長髪のカツラを付けたヴァールが睨んだ。服装も完全に田舎の村人といった格好であり、顔には泥まで付いている。


「言っておくが、お前も相当酷いからな」


 半眼でヴァールが言い、春馬は笑いを堪えながら頷いた。春馬は青い髪のカツラを被り、汚れた茶色のローブに木の枝のような安っぽい杖を持っている。


 かなり貧乏な村人に変装した二人の後ろには、ソフィアがいた。ソフィアは何故か男装しており、ボサボサ髪のカツラを被って馬車の御者に扮している。


 よく見れば、ソフィアも春馬とヴァールを見て微妙に笑いを堪えていた。


「お前ら、早く証明になるものを……」


 苛立ち始めた兵士の一人が一歩前に出てきた為、春馬が慌てて口を開き、紹介状を出す。


「あ、すみません。村の備蓄を買い足しに来たんです。でも、村長の紹介状を落としちゃって……途方に暮れてたら、事情を話したらじいちゃんがコレをくれたんです」


 ぶつぶつと言い訳らしきことを言う春馬から紹介状を奪い取り、兵士は鎖の付いた黒い石のようなものを取り出す。


 紹介状を開くと、それを押し当てて円を描くように羊皮紙の上を走らせる。すると、薄っすらと文字が発光した。緑色の光だ。文字の上の光は徐々に幅を広げていき、空中に薄っすらと羽の形になり、留まった。


「む、冒険者ギルド長の紹介状か……ふむ、分かった。通るが良い」


 紹介状を読み終わり、兵士がそう言って春馬に羊皮紙を手渡すと、道を開けた。


「行け。問題ない」


 あっさりと許可がおり、春馬は戸惑いながら頷き外へと出る。門が小さくなるまで無言で三人は進み、春馬がホッと息を吐いた。


「……もう大丈夫そうだね。でも、驚いたな。あんな適当な紹介状でもいけるなんてね。やっぱり、内容よりもあの不思議なインクが大事なのか」


 春馬が言うと、ヴァールが顎に手を当てて推測する。


「インクに魔力が籠っていて、発動する為の術式はあの黒い石にされてたんだろう」


「なるほどね」


 と、二人がそんな会話をしているのを見て、ソフィアが笑いながらカツラを取った。


「ふふ。二人とも似合い過ぎてて笑いそうになっちゃったじゃない。ヴァールは自然に貧乏そうな感じが出てたし、ハルマはおどおどして可愛かったわ」


「お前もカツラして顔泥だらけだろうが」


 笑うソフィアにヴァールが口を尖らせると、春馬が微笑を浮かべて口を開く。


「でも、ソフィアはちょっと顔が整い過ぎてるからね。村人って感じは無理がありそうだよ。やっぱりお姫様とかの方が良いんじゃないかな。とても綺麗だと思うけど」


 春馬がすらすらとそんなことを言い、ソフィアは頬を赤く染めて奇声をあげた。そんな二人を、ヴァールは信じられないものを見るような目で見ている。


 三人は着替えると、改めて公爵の居城がある第一都市、クランティスを目指して進み始めた。






 一方、三人が無事に街を出たことをギルド員の報告により知ったエステルヘルは、愉快そうに頬を緩める。


「そうか。しかし、こんな状況で公爵領を離れずに、むしろ中心に向かうとは、余程の理由があるのだろう。何かあったらまた手伝ってやろうかの」


 そう言って笑った直後、ギルド長室のドアが外側から開かれた。


「ギルド長!」


「うぉ! なんじゃい!?」


 血相を変えて走り込んできた厳ついスキンヘッドの男に、エステルヘルは仰け反って驚く。


 スキンヘッドの男は目を剥くエステルヘルを見下ろし、カッと目を見開いた。


「驚いている場合ではありません!」


「お前が驚かしとるんじゃい! その目をやめんか! 怖いんじゃ!」


 怒るエステルヘルにスキンヘッドの男が少し傷付いた顔で顎を引く。だが、それでも引かずにまた一歩前に出た。


「俺の顔のことは放っておいてください! それより、街にアルブレヒト様が来ました!」


「……なに? 何故じゃ。まさか、ワシが走らせた使者の書状を?」


「分かりません。ですが、ダレム様に会いに来て、地下牢に繋がれていると知って激怒したそうです」


「……困ったぞ。まさか、こんな時に……領主はまだか?」


「まだ、連絡はありません」


 その報告を受け、エステルヘルは頭に片手を乗せて深く息を吐き、表情を引き締める。


「バルトロメウス公爵は戦の天才であり、領地を守り、強くすることは上手かった。だが、子供の教育は忙しさにかまけて何も出来ておらんかったからのう」


 溜め息を吐き、腕を組む。


「長男は後継として共に行動したお陰で真っ直ぐに成長したらしいが、残りの五人ははっきり言って問題児ばかりじゃ。特に、五男のダレムと四男のアルブレヒトはのう」


 そう呟き、目を瞑る。


「……こりゃ、一波乱起きるのう。間違いなく」


 エステルヘルは愚痴を漏らすようにそれだけ言うと、面倒くさそうにソファーから身を起こした。


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