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過去1 日本

 僕は身体が弱かった。それは生来のもので、身体も大きくはならなかった。


 少しの間だけ小学校に通ったが、一度体調を崩して病院に搬送されてからは通学も出来なくなった。


 家で殆ど寝たきりの生活をしていた僕にあったのはテレビやゲームだった。両親が将来学校に通えるようになったらと思い、毎日勉強はしていたけれど、元気にはなれなかった。


 気が付けば、過ごす場所が家から病院になった。


 僕の身体の為に引っ越した郊外の綺麗な川の前にある家が、僕は好きだった。二階建ての二階南側にあった僕の部屋からは、よく綺麗な川の景色が見えた。


 だから、病院に入院した時はそれが悲しくて泣いた。


 病院は先生も看護師の人も優しかったし、意外とご飯も美味しかった。


 でも、父さんや母さんと過ごす時間が減った。


 人に感染る病気では無かったけれど、両親は僕がテレビやゲームを好きに見ることが出来るように個室にしてくれていた。最初はそれでよかったけど、徐々に夜が嫌いになっていった。


 寂しい。悲しい。


 そんな気持ちになるから、夜は嫌だった。そして、そういう時に限って体調は悪くなった。


 やがて、寝たきりの時間が増えてきた。指定難病とかなんとかいう病気だからお金は心配しないでと笑っていたけれど、後になってかなり苦しい生活だったんだと知った。


 父さんもよく会いに来てくれたけど、母さんは毎日必ず会いに来た。小さな頃は本を読んでくれたり、勉強をみてくれたりした。


 大きくなってくると、漫画を買ってくれるようになった。漫画はとても面白くて、すっかり夢中になっていた。


 漫画を読んで、漫画の世界に入り込んだような気分になれた。次に小説を読むようになり、気付けば十代が終わる頃になっていた。


 まだ、僕は病院にいた。体は痩せてしまい、点滴も増えた。


 動けなくなっていく焦燥感は募っていき、夜独りになると涙が出ることも増えた。


 食事をして吐くことを繰り返してしまった時は、不安と恐怖で親に当たってしまったこともある。


 自分でも本当に酷いことをしたと思い、また後で独りで泣いた。


 やがて、二十代も中頃となり、僕は家に戻った。病院を退院したのだ。


 だが、良い退院では無かった。


「残念ながら、手の施しようがありません」


 そう言われて、父さんが僕の退院を決めたのだ。


 もう、僕はベッドから起き上がるのも辛くなっていた。


 でも、僕は久し振りに幸せな気分になり、心から笑えた。


 僕は帰ってきたんだ。あの、綺麗な川が見える僕の部屋に。


 僕の部屋はあの頃のままで、綺麗な川もあの頃のままだった。飽きずに毎日眺め、夕陽を家族で見ては皆で泣いたこともある。


 そして、僕は二十五歳になった。


 ああ、多分僕はもうすぐ死ぬんだ。


 何故か、それが理解できた。


 父さんと母さんにお礼を言った。


「ありがとう。毎日話をしてくれて、僕と一緒にいてくれて……こんな、良い部屋をくれて」


 そう言って、一緒に見た映画、お気に入りの漫画の話もした。僕はこんなに幸せだった、と。本当に感謝していると伝えたかった。


 でも、最後に、僕は心の奥底から溢れる言葉を抑え込むことが出来なかった。


「……外で、思い切り遊びたかったよ。いろんな場所に自分の足で行ってみたかったんだ……」


 僕がそう呟いた時、父さんと母さんは泣き崩れてしまった。


 ああ、僕はただただ感謝を伝えて、二人に笑顔になってもらいたかったのに、何故、こんなことを言ってしまったのか。


 僕はなんでこんなに酷いことを言ってしまったのか。


「ごめんなさい、父さん。母さん」


 それが、僕の最期の言葉になってしまった。






 ふと、目を覚ます。


 うたた寝していたのかな。


 そんなことを思い、私は背伸びをした。ぐっと体に力を込めると、素直に背筋は伸びる。手を柔らかい地面に押し当てて、体を起こした。


 手には柔らかい草花と乾いた土の感触。風がふわりと頬を撫で、太陽の光がちらちらと降り注ぐ。


 空を見上げれば、木漏れ日の奥には雲一つない快晴が広がっていた。


「……大丈夫?」


 そう聞かれ、声のした方向を振り向く。


 心配そうに眉をハの字にして、ソフィアが座っていた。自分の両膝を抱えるようにして座るソフィアは、絵画にしたら飛ぶように売れそうなほど美しい。


「何か、あった?」


 再び問われ、私は自分の頬が涙で濡れていることに気がつく。指で拭い、さっきまで何の夢を見ていたのか悟った。


「……ああ、故郷の両親の夢を見ていたんだ。幸せだったけど、悲しい夢だよ。もう、会えないしね」


 そう呟いて照れ隠しに笑うと、ソフィアがそっと近付き、私の頭を抱く。


「死に別れた……うぅん、ごめんなさい。何も聞かないから、何も言わずにこのままでいて。少しでも、貴方の気持ちを楽にしたい」


 そう言われて、ソフィアは力を込める。柔らかく、良い匂いがした。優しい香りに包まれて、たしかに気持ちは楽になった気がする。


 落ち着く。


 そう思っていると、ソフィアが小さな声で呟いた。


「大好きよ、ハルマ。私はずっと貴方の味方だし、ずっと側にいるわ……ずっと、一緒にいてね、ハルマ」


 優しく澄んだ声だった。


 不思議と涙が出るような気持ちになる。


 思わず、ソフィアの背中に手を回して抱きしめていた。細い腰や華奢な肩を抱き寄せる。


「ありがとう、ソフィア。そうだね。私には、ソフィアという家族がいるんだ。元気を出さないと」


 そう言うと、ソフィアは思い切り抱きついてきた。と、そこへ遠くから声が聞こえてくる。


「あぁ!? 人に買い出しに行かしておいて、お前ら何やってやがる!」


 ヴァールの声だ。ソフィアの拘束を解いて顔を上げると、丘の下の方から肩を怒らせて歩いてくる姿があった。


「お邪魔虫め」


 先程とは打って変わって低い声で呟くソフィアに思わず笑ってしまう。するとソフィアはそれを聞かれたことが恥ずかしかったのか、頬を赤くして私の胸に頭を擦り付けてきた。誤魔化そうとしているらしい。


 代わりに、ヴァールに顔を向けて口を開く。


「買い出しに行ってくれたのかい?」


 そう聞くと、ヴァールは半眼のまま肩掛け鞄を持ち上げる。丘の下、ヴァールの後方には小さな町が広がっている。そこで買ってきたのだろう。


 そうか。丘の上から見える街並みが綺麗で、木陰に座って休憩したんだった。


「ほら、肉も酒もあるぞ。買ってきた俺が一番に食うからな」


 ぶちぶち言いながら近くに座り、袋から綺麗な葉に包まれた肉を取り出した。串に刺さっており温かそうだ。もう調理済みなのだろう。


 ヴァールはこちらに見せつけるようにして肉に齧り付き、酒を飲み出した。


 それを冷たい目で見据え、ソフィアが小さな声で聞いてくる。


「ヴァールも家族?」


「う〜ん……ペット、かなぁ」


 思わずそう答えると、ソフィアは噴出すようにして笑い出した。


「あは、あはははっ! ヴァール、お手! あ、もうお座りしてるじゃない!?」


「お、おい! ハルマ、何言いやがった!?」


 笑い転げるソフィアに困惑しながら怒るヴァール。思わず釣られて笑ってしまった。


 どこまでも広がる青い空と美しい景色。可愛らしい妻と、意外に優しい友達。


 父さん、母さん。僕は、幸せに暮らしてるよ。どうか、二人もお元気で。


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