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選民思想5

 簡単に比較は出来ないが、敢えて冒険者を基準にして考える時、通常一人前と言われるCランク冒険者は剣技をしっかりと習得した兵士、傭兵と同等とされる。一流といわれるBランク冒険者は幼い頃より武芸を学んだ騎士や魔術師と同等とされる。


 そして、トップクラスの戦力を持つAランク冒険者は騎士団長や近衛騎士、魔術師長や宮廷魔術師と同等の評価を受ける。


 では、Aランク冒険者と騎士や魔術師が戦うとどうなるか。


 一対一なら必ず勝つだろう。二人、三人でもまず負けない。だが、これが五人、六人と増えていくとどうなるか。


 数は力である。それはどの世界でも変わらない。トップクラスの強さを持つ者であっても、百人以上の兵士に正面からぶつかれば負ける可能性が高い。


 元Aランク冒険者だったスラヴァのギルド長、エステルヘルとて、数百という騎士、魔術師、兵士の軍団を相手にすれば、間違いなく負ける。


 たまたま街に残っていた冒険者が何人、何十人助太刀に来ようと、勝ち目は無い。


 エステルヘルの危機に何人かの冒険者が現れたが、焼け石に水だった。すぐに魔術師の拘束魔術が発動し、冒険者達は動けなくなっていく。


「馬鹿め! これでこの街の乗っ取りを企むエステルヘルの野望は潰えたぞ! 愚かな計画で動きおって、書状も誰が信じるものか!」


 皆に聞こえるようにそう叫び、ダレムは片手を前に突き出した。


「さぁ、粛清せよ! 奴らは反逆者に与する愚か者だ!」


 ダレムが叫び、今度は魔術師達が手のひらに炎の球を作り上げていく。剣士隊は剣を構え直し、瞬く間にエステルヘル達を包囲した。


 包囲が少しずつ狭まろうとしたその時、鋭い風切り音が鳴り響いて最前列に立つ兵士達の剣が弾き飛ばされた。


 エステルヘルはくつくつと笑い、その場に座り込む。


「余程の事態にならぬ限り、出てくるなと言っただろうが」


 眼前に立つ人物にそう文句を言うと、言われた相手は肩を竦めて灰色の髪を揺らす。


「……これは仕方がないだろう」


 ヴァールが面倒くさそうにそう口にすると、エステルヘルの後方から春馬が歩いてきた。


「余程の事態、というやつですよね。ギルド長」


 笑いながらそう言い、春馬は片手の掌を上に向ける。すると、そこには小さな半透明の青い球が浮かんでいた。


 それを見て、エステルヘルとヴァールは目を見開く。


「ちょ、ちょっと待て! お前は本当に待て! 頼むから!」


「ハルマ! まずは俺が全力であたる! だから、お前は……!」


 慌てふためく二人を見て、ダレムが奥歯を嚙み鳴らして怒鳴った。


「ば、ば、馬鹿にするな! 屑どもが! この人数を相手に二人冒険者が増えた程度でどうなると……! 大体、そんな小さな魔術如きで……」


 ダレムが馬鹿にしたように笑うと、春馬は面白そうに口の端を上げる。


「それはそうですよ。これは初級魔術、ウォーターボール。恐いわけがない」


 そう言って、嘲笑うダレムに向かって魔術を発動した。


 半透明な青い球が春馬の手元を離れた直後、球は急激に巨大化しながら破裂する。


 瞬く間に体積を増やした水流は、まるで鉄砲水のような勢いで騎士団に殺到した。仮令屈強な騎士でも、強大な魔術師でも、何の準備も無しに大量の質量をぶつけられれば成す術は無い。


 騎士団どころか、馬や大型の馬車ですらあっさりと流されていく。


「な、なん……!?」


 驚愕に目を見開くダレムも濁流に飲まれて消えた。


 その光景に、エステルヘルは頭を抱えて天を仰ぎ、ヴァールは項垂れる。他の冒険者や一般の民達は唖然として固まっていた。


「こ、これは……まさか、今のが魔術師一人の魔術、なのか?」


「そんな、馬鹿な……」


 驚愕の声がいたる場所から上がり、中には春馬に化け物でも見るような目を向ける者もいた。


 ただ、春馬だけは状況を確認し、満足そうに頷く。


「よし。今回は被害を最小限に抑えられた」


 そう言ってガッツポーズをとる春馬に、ヴァールは頬を痙攣らせて呟く。


「……また金が飛んでいく。くそ、ハルマめ。ソフィアに怒られるぞ」







「騎士団はおろか、その他の者も死者はおらん。怪我人は数えきらんくらいでたが、あの状況では奇跡だろう」


 エステルヘルが言うと、春馬がにっこりと笑った。


「でしょう? 前回、火の魔術で失敗しましたからね。今回は水にしてみました。大正解でしたよ」


 誇らしげにそう言う春馬に、エステルヘルは椅子の背もたれに体重を預け、溜め息を吐く。


 二人は今、冒険者ギルドの二階に来ていた。事態の収拾の為に半日掛けて士官以上の人間を捕縛し、本来の領主の帰りを待っている状態である。


 壁や天井は木の板や梁が露出した趣のある部屋で、エステルヘルと春馬は対面する形でソファーに座っていた。


「しかし、街の、特に領主の館と騎士団用の宿舎、後は一部の民と商人の建物は被害甚大だ。なにせ、一階部分は全て水浸しで窓も扉も無くなったからな。幸いなのはウォーターボールの向かった方向だけだったことだな。これで街全てが水没してたら目も当てられん」


 と、エステルヘルは再び溜め息を吐く。体は元の小柄な状態に戻っている為、春馬は老人をいじめているような気持ちになり、慌てて頭を下げた。


「いや、申し訳ありませんでした……あの時は、他に手が無いと思って……」


 気落ちした様子で頭を下げた春馬に、エステルヘルは苦笑して首を左右に振る。


「いや、助けられた身でどうこう言えたことではないのう。ワシも思わず売り言葉に買い言葉で怒ってしまった。本当はあそこで根気良く説得せねばならんかったのだが……腹立たしい態度につい、な」


「ははは……まぁ、仕方ないですよ。それで、ダレムはあのまま地下牢に?」


「そうじゃのう。バルトロメウスに無断で処刑してしまうなんてことは出来んしな。しばらくはあのままじゃ。領主が帰って来たらどうするか相談しよう」


 悩む素振りを見せつつ、エステルヘルは予め決めていたように淀みなくそう答えた。


 春馬は悲しそうに微笑み、斜め下を見る。


「……公爵は悲しむでしょうね。どんな子でも、子供は子供ですから」


 そんなことを呟く春馬に、エステルヘルは目を瞬かせる。


「……二十にもならんのに、親の気持ちになって悲しむことが出来るのか。優しいな、お主」


「……いや、まぁ、普通ですよ」


 エステルヘルに感心され、春馬はどこか遠い目をして答えた。一瞬の間が空き、静かな時間が部屋を支配する。


 と、階段を駆け上がってくる足音が響いた。


「ハルマ!?」


 若い女の声と、激しくドアを開ける音が同時に鳴り、春馬とエステルヘルが振り向く。


「ああ、ハルマ! 怪我はない!?」


 そう言って、一人の女がソファーに座る春馬の隣に両膝をついて跪き、顔や体を両手で撫でる。


「ちょ、ソフィア……大丈夫だから。ごめんよ、心配をかけたね」


 春馬が照れながら女の手を握って答えると、ソフィアと呼ばれた女は頬を赤く染めて顎を引いた。その姿を見て、エステルヘルは目を丸くする。


 街を歩けば誰もが振り向くような美しい女性だ。流れるような透明感のある金髪を背中まで下ろしており、左右に分かれた髪の間には名工の調度品のように整った若い女性の顔がある。優しげな、おっとりとした雰囲気の顔だ。


 だが、エステルヘルが驚いたのは絶世の美女だからではなく、その目はソフィアの顔と耳に向いていた。


「……まさかお主は、Aランク冒険者パーティー『聖弓』の一人、ソフィアーナ……?」


 細く先が尖った耳を見ながら、エステルヘルがそう呟いた。すると、ソフィアが眉間に皺を寄せて口を尖らせる。


「聖弓に属してたのはもう十年も前。今は特定のパーティーには属してないわ」


 そんな返答を聞き、エステルヘルは戸惑いながらも頷いた。


「あ、ああ……それは知ってるが、何故お前さんがこの街に? 近年名を聞かなかったから、てっきりエルフの国に帰ったのかと……」


 冒険者ギルドにとって、希少な素材を収集し、騎士団でも手間取る強大な魔獣を倒すことの出来るAランク冒険者は重要人物として扱う。故に、冒険者ギルドは姿を消したAランク冒険者が出た場合、各地で情報収集を行って捜索するのだ。


 しかし、聖弓解散後、ソフィアの名は徐々に聞かなくなった。聖弓は四人のエルフだけで結成された非常に珍しい冒険者パーティーだったが、その実力も確かだった。


 かつてAランク冒険者六人で結成した最強のパーティーはドラゴンすら退けたとされ、唯一Sランクを冠するパーティーとなったが、そんな例外を除けば間違いなく世界トップクラスの冒険者達である。


 その一人が、突如として辺境の街に現れたのだ。エステルヘルでなくとも驚いたことだろう。


 と、エステルヘルが目を白黒していると、開いたままのドアの向こうから疲弊した顔つきのヴァールが顔を出した。


「……疲れた。ハルマ、お前は嫁にどんな教育をしてるんだ」


 ヴァールが溜め息混じりにそう呟き、エステルヘルの目は更に見開かれることになった。


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