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選民思想4 ダレム

 辺境の広大な領地を治める大貴族、バルトロメウス・フォン・クランツ公爵。領地の中心には小高い丘があり、その丘全てを城壁で囲んだ巨大な城塞都市に公爵の居城はある。


 その権力と富を象徴する豪華な城である。石造りの無骨な形状でありながらどこか洗練された美しさも併せ持つ見事な城だ。


 バルトロメウス公爵はコルネリス王国の国王、エルンスト二世の実弟の子である。四男という立場から、元々は王都で騎士団の士官という地位にあった。国の法に合わせ、決まった期間軍に属し、最低限の戦のルールと士官としての技能、そして愛国心を学んだ後に小さな街の領主や領主代行となる。それが既定路線というものだった。


 しかし、本人の努力か、元々才能があったのか、バルトロメウスは士官として大きな結果を出し、公爵家の騎士団長に就任してからも結果を出し続けた。


 気がつけば王国の守り神と呼ばれる程の軍功となり、隣国との戦の際には他の騎士団や傭兵団を纏める軍団長となって総指揮を行い、三度の大戦全てに勝利した。


 齢五十五を超えてからは軍団長を辞任し、代わりに二つの隣国と接する北の最重要防衛拠点の領主となる。


 それがバルトロメウス公爵領であり、バルトロメウスの実績と王国からの信頼を基に築き上げられた豊かで治安の良い土地である。


 だが、近年、その環境は変わりつつあった。


 戦や訓練に明け暮れ、自領を与えられてからは領地の経営に全ての力を尽くしたバルトロメウスの、持病からくる衰弱である。


 バルトロメウスが衰弱して城から殆ど出てこなくなったことにより、徐々に領地が荒れ始めたのだ。殆どの理由はバルトロメウスの容体を探る為に他国から意図的に追われた盗賊や山賊の類の為である。


 本来ならば自領を守るため、バルトロメウスが民衆の前で騎士団を叱咤激励し、驚くような速さで現場に急行させる。


 しかし、近年は違った。騎士団は確かに素早く賊の鎮圧に動くのだが、大々的に行われてきたバルトロメウスの激励が無い。そして、居城のある中心都市や領地の端に位置する各城塞都市は治安を通常通り維持しているが、その他の町に関しては徐々に雰囲気が変わってきていた。


 それは公爵領の外れの方にある中規模の町、スラヴァでも同様だった。


 騎士団で一定期間の軍務を終え、三年の領主代行を経て問題が無ければスラヴァの領主となる。それがバルトロメウス公爵の五男であるダレムに予定された未来である。


 ダレムは外面が良く、忙しさから子供に構えなかったバルトロメウスには普通の子に見えた。騎士団でも怒りっぽい士官や先輩の騎士などに怯えたのか、大人しく過ごしており素行の悪さなどは見られなかった。


 しかし、領主代行としてスラヴァに来て、バルトロメウスの体調の悪さに比例して領主が街にいない期間が増えた為、徐々に本性を露呈していく。


 領主はバルトロメウスが騎士団を率い始めた頃の部下であり、現在は男爵といった立場にある。殆どの時間をバルトロメウスの部下として過ごしたことから、領主は公爵を敬愛しており、実子であるダレムへも期待と信頼をもって接していた。


 ダレムは愛想良く領主と話し、仕事を覚えた。その為、領主はダレムならば大丈夫と思い、暇を見つけてはバルトロメウスの見舞いに行くことになる。


 その生活に慣れてきて、ダレムは変わっていった。


「くそ……! くそったれが……!」


 怒鳴りながら、ダレムは廊下の端に置かれた調度品の壺を叩き壊す。


 慌ててメイドの一人が割れた壺の破片を集めに来ると、その頭を思い切り蹴り飛ばした。


「うぁ……」


 くぐもった悲鳴をあげて蹲るメイドに鼻を鳴らし、肩を怒らせてその場を歩き去る。手はもう元に戻っていたが、気分は晴れない。むしろ、時間を置くごとに怒りは深まっていった。


「兵士長! 反逆者討伐の騎士団はまだか!?」


 ダレムが怒鳴ると、後を歩く男が顔をあげる。精悍な顔立ちの四十歳ほどの男だ。銀色の豪華な鎧に身を包んでいる。


 兵士長と呼ばれた男は睨むようにダレムを見ると、静かに口を開いた。


「現在、準備を進めております。相手は八人の兵士を瞬く間に倒した冒険者との話でしたので、騎士団でも腕の立つ者を中心に集めておりますので多少の時間が掛かっております」


「誰でも良いから数を集めよ。大人数で圧殺すれば結果被害は少ないはずだ」


「……了解しました」


 そう返事をし、兵士長は踵を返して命令を実行に移す。ダレムはその後ろ姿を半眼で見やった後、舌打ちをした。


「何を考えているのか分からん奴だ。もし失敗したらすぐに降格処分にしてやる」


 ダレムは苛立ちながらそう呟き、また廊下を歩き出した。


 結局、騎士団が出陣可能になったのは翌日となった。出来るだけ領主に判断をしてもらいたいと思い兵士長がわざと準備を遅らせたことに気づかなかったダレムは、ただただ兵士長を無能と罵倒し、自ら兵を率いると言って騎士団の前に立つ。


「敵は悪逆非道にも領主代行の俺に剣を向けた悪漢二名とそれに加担した村人二名だ! 卑怯にも不意をつき、兵士八名を殺傷してこの俺も手傷を負った! 片手で何とか追い払ったが、奴らはこの街、引いては公爵領に敵意を持つ危険な輩である!」


 怒鳴り、ダレムが剣を抜く。高々と掲げた剣は光を反射させ一段と美しく光った。


「さぁ、剣を抜き、敵を倒せ! 街を守るのは我らだ!」


 バルトロメウス公爵の口上を真似したダレムの激励に、騎士団は剣を抜いて顔の前に掲げ、足を踏み鳴らして応えた。


 威風堂々と列をなし、騎士団が街の中央を走る大通りを進む。その列の中心には鎧姿で馬に騎乗したダレムの姿がある。事情を知らない観衆の大半はダレムの言葉を鵜呑みにし、歓声をあげて見送った。


 だが、その進軍を止める人影が現れる。


 小柄な細身の男である。白髪混じりの頭髪と顎髭を生やした初老にさしかかりそうな見た目、衣服もふんわりとした白いローブを着ている。ローブの背には青い羽が刺繍されており、見る者が見れば、この人物が何者か一目で分かるだろう。


 その男は無造作に人々の列から離れ、騎士団の進む先に立つ。


「領主代行殿、しばしお待ちを」


 男が重い声でそう言った。さほど大声ということもなかったが、不思議と男の声はよく響いた。


「……っ! 止まれ!」


 ダレムが怒鳴ると、騎士団は足並み揃えて一旦停止する。兵士達が左右に一歩ずつ別れ、真ん中に出来た空間をダレムが馬に乗ったまま出てきた。


「……これはこれは。俺が情報開示を求めたのに堂々と断りの返事をよこした冒険者ギルドの長、エステルヘルではないか。何用だ」


 ダレムが嫌味を込めて尋ねると、エステルヘルと呼ばれた男は顎鬚を指で摘むように撫でながら、口を開く。


「先程の口上には少々事実と違う部分がありました。なので、改めてもらおうかと思いましてな」


 飄々とした態度でそう告げたエステルヘルに、ダレムは己の毛が逆立ったと錯覚するほど激しい怒りを覚えた。


「何を言うか! 事実、不意打ちをされて八人の兵士と俺が負傷した! 領主代行に怪我を負わせたなら、騎士団派遣になんらおかしな点は無い!」


 自らの怒鳴り声に興奮を高めるダレムに、エステルヘルは片方の眉を上げて「おや?」と首を傾げる。


「確か、ワシが聞いた話では……領主代行が時折行う無体な行為で善良な市民が捕らえられ、危害を受けた。その際、許しを乞うた父親も諸共反逆者として奴隷にすると宣言。そこへ、あまりの非道を止めるべく我がギルドに登録する冒険者が待ったを掛けた、と」


「黙れ、恥知らずが! よくもそのような妄言が吐けたものだ! 領主侮辱の罪で貴様も捕まえるぞ!?」


 エステルヘルの台詞を途中で遮り、ダレムが顔を真っ赤にして叫んだ。それに、エステルヘルの顔色が変わる。


「恥知らず、とな?」


 空気が震えたような、不思議な圧力を孕んだ声だった。馬が怯えて暴れ、ダレムはその場に投げ出される。


 背中から落ちたダレムがくぐもった悲鳴を上げてもがくのを見下ろしながら、エステルヘルの髪の一部が逆立った。頭部に二本のツノが生えたかのようだったが、よく見ればそれが獣の耳であるとしれた。


 肉と骨が軋む音が響き、エステルヘルの体躯が一回り二回りも大きくなる。筋肉が膨張し、僅か数瞬で先程の小柄な初老の姿は完全に別人と化した。


「じゅ、獣人が……! 野蛮にも、力尽くで嘘をまかり通らせようとするか!」


 地面に転がっておいてまだそのようなことを宣ったダレムを見て、エステルヘルは大声で吠える。


「恥知らずは貴様だ、小僧! 盟友たるバルトロメウスの子であるからと長い目で見るつもりであったが、ほとほと愛想が尽きた! ここで心を入れ替えて民の前で謝罪するなら赦すつもりだったが、もはや我慢ならん!」


 言って、エステルヘルは地面に拳を叩きつける。地が揺れ、石畳の道に巨大なひび割れが入った。


「今、この瞬間、バルトロメウスの元へ使者が走った! 貴様のこれまでの悪行全てを記した書状を持ってだ! 貴様はこれで終わりと知れ!」


 エステルヘルの断罪の言葉に、ダレムは固まった。赤かった顔が白くなり、冷や汗を流す。


 だが、やがてその目に意志の光が宿り、口の端が上がる。


「……冒険者ギルドの反乱だ! 流言を流し、この街を乗っ取ろうとしている! 剣士隊前へ! 魔術師隊! 拘束魔術を行使しろ! 獣人は総じて身体能力が高い! 動きを止めることを主としろ!」


 ダレムは、事実自体を消すことを選んだ。


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