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選民思想3

 二人を見送り、春馬とヴァールはまた街中に戻った。


「やっぱり、このままじゃあ終わらないだろうね」


 春馬が言うと、ヴァールが鼻を鳴らして首を左右に振る。


「そりゃそうだろう。あの馬鹿は大衆の前で恥を晒して負傷までしたんだ。まぁ、貴族なら上級治療薬くらい持ってるだろうが、痛みは忘れない」


「私は良いけど、ヴァールが一番狙われるね。手切っちゃったし。ははは」


「ハハハじゃねぇよ。あの馬鹿からしたら皆同罪だろうが」


 笑う春馬と怒るヴァール。二人が街中を歩いていくと、あの騒ぎを目撃した者も何人か現れ、二人に注目し始めた。


 視線が集まるのを感じ、ヴァールは舌打ちをする。


「衛兵呼ばれたら面倒だ。移動するか」


「大丈夫、大丈夫。とりあえず、ギルドに行ってから報告だけしとこうよ。ギルドには先に謝っておこう」


「……面倒な」


 と、そんな会話をしながら歩く二人に近付く人影があった。


「ちょ、ちょっといいか」


 声をかけられ、二人は振り向く。すると、声を掛けた主の方が戸惑い、顎を引いた。


 中年の太った男である。どう見ても兵士の類では無い。


「何かご用ですか?」


 春馬が笑顔で聞くと、男は険しい顔で口を開く。


「あなた達、あのダレム様に逆らった二人だろう? 早くこの街から逃げなさい。出来たら公爵領からも離れた方が良い……公爵様は決して民を蔑ろにする方ではありませんが、あの方は……」


 男にそう言われ、ヴァールは肩を竦む。


「あのバルトロメウス公爵の実子、だろう。知っている。これまでは公爵が健在だったから大人しくしていたが、近年は公爵の体調不良に合わせて好き放題し始めたとか」


 そう告げると、男は苦々しく頷いた。だが、周りの目を気にしてか、静かに返答する。


「……ダレム様は直属の騎士団はお持ちではありません。しかし、この街の領主代行の地位について一年以上経ちます。すぐに何かしらの理由をつけ、反逆者鎮圧の為の部隊を組織するでしょう。どんな事情があれ、その部隊と出会ったなら、逆らわずに捕縛されるしかない。正当な理由で動く騎士団と戦ってしまえば、どうあっても反逆者の烙印を押されますぞ」


 と、男は必死に忠告する。その顔を見て、ヴァールは面倒くさそうに溜め息を吐いたが、春馬は優しげに微笑んだ。


「私達の心配をしてくれているんですね。ありがとうございます」


 そう答える春馬に、男は悲しそうに首を左右に振る。


「ただの惨めな商人ですよ。あの親子が連れて行かれようとしているのを、私はただ見ていることしか出来なかった。正直、私があなた達のような冒険者であったとしても、あのようなことは出来なかっただろう」


 そう言って、男は「胸がすく思いだったがね」と言葉を続け、小さく笑った。


 春馬はそれに笑い返し、頷く。


「お気になさらず。結果、あの親子は無事に街から出ました。私達も大丈夫ですから」


 そう言うと男は眉根を寄せ、心配そうに口を開いた。


「……そうですか。もし何かありましたら、何でも言ってください。まぁ、妻子がいるので、あまり無茶は出来ませんがね」


 と、男が言った途端、周りで春馬達を注目していた何人かが声を上げる。


「お、俺も助けるぞ」


「私は衣装屋です。もし逃げる際に変装するなら……」


「冒険者仲間だ。私も手を貸そう」


 そんな声が聞こえ、気付けば春馬とヴァールの近くには人集りが出来ていた。


「わ、分かった。分かったから退け!」


「す、すみません。皆さんの気持ちは有り難いのですが、とりあえずギルドに行かせてくれますか?」


 ヴァールが戸惑いながら怒鳴り、春馬が苦笑しながら片手で空をチョップしつつ前進する。


 人々を振り切り、ようやく目的の建物に着いた二人は汗を拭いながら息を吐いた。


「……兵士相手にするより疲れたぞ」


「まぁ、彼らも善意で言ってくれてたんだから……疲れたのは確かだけどね」


 そう呟き、春馬が建物を見上げる。


「それにしても、やっぱりこの国の建築物は興味深いなぁ。東欧みたいっていうのも何か違うかな? でも、帝国の建築様式を確かに受け継いでいるのに、独自の変容を遂げた個性ある形状と色使い。不思議だよね」


 ぶつぶつと呟きながら建物を眺める春馬に、ヴァールは呆れたような顔で溜め息を吐いた。


 赤い石壁と赤銅色の丸い屋根。建物の周りにはせり出した屋根を支えるように、太く丸い屋根が無数に立っている。まるで宮殿か神殿のような形状だが、周りの建物も同様であり、特別なものではないことが分かる。


 どの建物にも壁に大きな布がかけられており、その模様で何の建物か分かるようになっていた。


 剣は騎士団、盾は衛兵の関連施設。金槌は鍛冶屋、ランプは商会、虫眼鏡は鑑定と質屋、枝に止まる鳥は宿屋といった具合である。


 他にも大工、演芸、娼館、教会など様々な職業とそれに見合った模様があった。


 そして、目の前の建物、冒険者ギルドの掲げる模様は羽だ。羽は自由の象徴なのだが、実際は手に職を得られなかったという理由で選ぶ者も多い為、ならず者やろくでなしの巣窟とも揶揄されている。


 他にも魔術士ギルドが存在するが、そちらはある程度以上の魔術の心得がなければ入ることすら出来ず、エリート意識の高い雰囲気を持っていた。


 春馬が嬉しそうに手を伸ばし、観音開きの扉を開けて中に入ると、屋内にいる者達の目が春馬に向く。


 他の町の冒険者ギルドと同じく、ガラの悪い者が多く、睨むような視線を向ける者までいた。


 だが、春馬は気にせず中を歩いて行き、奥のカウンターの前に立つ。カウンターは大きな一枚板で、その奥には二人の女がいた。緑髪の三十歳前後の女と栗色の髪の二十前後の女だ。


 冒険者ギルドは街内外からの依頼による料金と、冒険者が持ってくる鉱石や魔獣などの素材の買取と販売、そしてギルドのある建物内での宿と食事によって利益を得ている。特別な場合では、ギルドのある領主などからの要請なども収入源だ。


 その中で、最も大きな利益になるのが、冒険者が持ってくる素材の買取と販売である。


「いらっしゃいませ。当ギルドは初めての御利用……」


 春馬とヴァールの姿を認めた栗色の髪の女が声を掛けてきて、言葉の途中で目を見開き、動きを止めた。


 その目はヴァールの顔で止まっている。


「……いらっしゃいませ。Aランク冒険者のヴァール様、そしてBランク冒険者のハルマ様とお見受け致します」


 固まった受付嬢の代わりに、もう一人の受付嬢、緑髪の女がそう口にした。


「私の名前もご存知ですか?」


 春馬が驚いてそう尋ねると、受付嬢は表情を崩さずに頷く。


「もちろんです。一ヶ月前、とある貴族の館を破壊したと聞き及んでおります」


「あ、悪名で有名に……? なんて事だ……」


 受付嬢の言葉にショックを受け、春馬は天を仰ぐ。それにほくそ笑みながら、ヴァールは栗色の髪の受付嬢に声を掛けた。


「悪いが、この街でもこのハルマがやらかした。ギルド長はいるか? 話がしたい」


 ヴァールがそう言うと、受付嬢二人が春馬を見て、次にヴァールを見る。


「お、おります! 少々お待ちください!」


 慌てて栗色の髪の受付嬢が答え、カウンターの更に奥にある二階への階段を登っていった。


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