領主として5
次の日、大浴場と豪勢な食事を堪能した春馬達はスッキリとした朝を迎え、三階へ足を運んだ。
三階に行くと、ちょうど近衛兵を連れたスプランヘルが歩いてくるところだった。
隣には白いローブをきた初老の男がいる。
「おはようございます」
春馬が一礼して挨拶をすると、スプランヘルが頷いて挨拶を返し、隣の男を紹介する。
「彼は長く父上の侍医を担当してきた医師、エスタライヒだ。昨日、父上の診断をしたが、はっきりとは診断出来なかった。その為、今日から一週間、一日三回の診察を行い、病状の経過を見ていく。さぁ、まずは父上の下へ行こうか。そこで、ハルマ殿の知る病について詳しく教えてもらいたい」
「宜しくお願いします。エスタライヒ医師」
「……こちらこそ、宜しくお願いする」
エスタライヒは明らかに疑いの眼差しを持って春馬に挨拶を返した。
春馬の後ろにはソフィアがおり、エルフの秘薬を使ったと聞いていた為に直接疑念の言葉は口にしていないが、内心では冒険者なぞに病が治せるものかと思い込んでいる。
故に、昨日は公爵の容態が僅かに良い方に向かっている診断結果が出たが、調子の波があるだけに違いないと断じていた。
しかし、スプランヘルがバルトロメウスの居室のドアを開けて、窓のそばに立って城下を見下ろすバルトロメウスを見た時、腰を抜かしそうになるほど驚いた。
「ち、父上……!」
それはスプランヘルも同様である。父を呼び、その立ち姿に驚愕している。
ここ数ヶ月、バルトロメウスは殆どをベッドの上で過ごした。移動したとしても介助を得ながら居室の中の椅子に座る程度である。
それがまるで嘘のように力強く、二本の足だけで立っていた。
名を呼ばれたバルトロメウスは振り向き、スプランヘルやエスタライヒの顔を確認し、最後に春馬達を見た。
「……苦労を掛けたな。体力と筋肉は失われたが、もう大丈夫だ。悪い夢の中にいるような気分はすっかり晴れた。立って歩くのも精一杯の体だというのに、我が街を見て回りたいくらいだ」
柔らかな笑みを浮かべて、バルトロメウスはそう言った。
スプランヘルの目には涙が浮かび、バルトロメウスはそれを見て笑う。
「泣くな、馬鹿者。当主になり損ねたのだぞ?」
「そんなものより、父上が元気でいてくれる方が大事です」
「……ふん。貴族に向かん奴だ。だが、ありがとう」
バルトロメウスが不器用に感謝を伝えると、スプランヘルはついに涙を零したのだった。
「君達が私を助けてくれたのか。改めて、礼をさせてもらおう」
そう言うバルトロメウスに、春馬達は頭を下げる。場所を貴賓室に移した面々は、テーブルを囲んで座っていた。普通ならあまり無いことだが、上級貴族であるバルトロメウスと春馬達が同等の席で座っている。
なお、エスタライヒは兵士やメイド達と同じく立って話に加わっていた。
「何か褒美は渡したのか」
バルトロメウスがそう口にすると、スプランヘルは苦笑する。
「今日の結果次第で褒美の内容を考えるつもりでした。まさか、これほど劇的な変化をもたらすとは予想だにしていませんでしたが……」
「馬鹿者。望む物を聞き出し準備せよ。公爵家の威信にかけて情けない真似はするな。分かったな?」
「分かってますよ。家宝すら出す所存ですから」
「いや、家宝は陛下から授かった宝剣だぞ。それ以外なら良いが……」
二人がそんな会話をする中、先程まで懐疑的な目を向けていたエスタライヒが春馬とソフィアに喋りかけ続けていた。
「いや、流石はエルフ秘伝の霊薬とでもいうべきか。作り方は教えてもらえんのだろうな? いや、良いのだ。出来たら別の薬でも良いからエルフの薬学の一端を……あ、いや、申し訳ない。そうだ。ハルマ殿の知識も素晴らしいものであった。一体あの知識はどこから……」
と、質問責めに合う二人は顔が若干引きつっていたが、一応丁寧に答えていく。
そこへ、いい加減限界が来たヴァールが口を開く。
「何でも良いが、褒美を貰ってさっさと行くぞ。次は水の国に行きたいとか言ってただろうが」
その台詞に、バルトロメウスは「ほう」と声を上げて興味深そうに目を向ける。
「水の国、アウターフランダルか。何故そんな場所を目指す? あの地は内陸部で周りは平野であり、湖こそ広いが大型の魔獣もおらぬ。はっきり言って、トップランクの冒険者である君達には無用の地と言えよう」
そう告げるバルトロメウスに、春馬が嬉々として答える。
「行商人の方に聞きましたが、水の国の湖は透明度が高くそれはそれは美しいと……それに、湖の上に建てられた街は見事の一言とも」
「む、まぁ、そうだな……確かに、湖面に浮かぶ街並みと中央に位置する城は見事である。湖はその透明度により鏡のようでな。夕焼けの中も美しいが、何より雲一つない晴天の景色は絶景であろう」
バルトロメウスが過去を振り返りながら語ると、春馬の目が更に輝いていく。ソフィアはその横顔を見て優しく微笑んだ。
「良いですね、湖上の街と城! モンサンミッシェル行ってみたかったんですよ! 出来たらその街に泊まってオムレツも……」
ぶつぶつと何か呟く春馬に、バルトロメウスとスプランヘルは揃って首を傾げる。
「モンサン……?」
「オムレツ……?」
戸惑う二人だったが、すぐに気を取り直し、スプランヘルが口を開く。
「とりあえずは旅をする為の物が良さそうですね。では、旅の軍資金として金銭が良いでしょうか」
「ふむ。後は、旅を楽にする為に武具や便利な道具を与えよう。空間魔術を使って作った鞄はどうだ? この部屋二つ分ほどはゆっくり入るだろう。後は魔剣や魔槍、ミスリルの鎧とかか」
バルトロメウスは気軽に言ったが、そのどれもがその辺の貴族程度では手にする事も出来ない品々である。それを聞いてヴァールはこれまでで最も嬉しそうな顔をしていたが、春馬があっさりと断ってしまい、意気消沈した。
代わりにと、春馬は口を開く。
「私達がこの地から離れた後、スラヴァとライサの村にそれぞれ金銭の援助をお願いします。出来たら税金の免除とかもお願いしたいですが」
「スラヴァとライサ? 何故だ」
聞かれて、春馬はこれまでの経緯を簡潔に答えた。
すると、バルトロメウスの顔が見る見る間に怒りに染まっていく。そして、その怒りはスプランヘルに向かう。
「スプランヘル、どういうことだ。何故、あの馬鹿者共がそのような好き勝手をしている?」
トーンの低い、重い声だ。それに身を震わし、スプランヘルが口を開いた。
「……申し訳ありません。私も詳細に関しては今聞きました。まさか、そのような……」
「そうではない。何故あいつらがそんな王のような振る舞いが出来るのか聞いている」
「す、すみません……父上が寝込んでからというもの、私一人では各地の要望や意見に対して十分に応えることが出来ず……早く兄弟達に要職に就いてもらおうと、領主代行や騎士団の士官補佐に……」
スプランヘルが答えると、バルトロメウスは腕を組んで唸る。
「私がおらずとも、お前とアンドール二人でこの公爵領を維持することくらいは出来た筈だ。アンドールはどうした?」
「アンドールは、第二都市の領主代行に……」
スプランヘルが青い顔でそう口にし、バルトロメウスは深く息を吐く。
「……スプランヘル。各地の領主は私が最も信を置く者を配置した。そして、皆が男爵か子爵の爵位を持っている。その者達の居場所を横から奪うような真似をしてはならん。彼らにはそれぞれ後継者がおり、任された地に関してなら私よりも詳しく、強固に支配しているのだ。普通の貴族ならば、私の子だからという理由で明け渡すような事はしない。彼らだから、お前の理不尽な命令にも二つ返事で聞いたのだ」
バルトロメウスがそう言うと、スプランヘルは恥じ入るように俯いた。
「お前とアンドールを私の補佐としたのは、この公爵家の当主となるべく教育する為だ。二人の内、政治に向く者を当主でありこの街の領主に、もう一人は副領主となる。他の街や騎士団は全て私の家臣に任せるつもりだ」
「……はい。私が、浅慮でした」
すっかり意気消沈してしまったスプランヘルを尻目に、バルトロメウスは春馬達に顔を向ける。
「迷惑を掛けた上に、命を助けられた。その上、将来の公爵領の行く末を良いものへと変えてもらったのかもしれぬ。改めて礼を言う。今後、公爵家はどんな助力も惜しまない。何でも言ってくれ」
その言葉に、春馬は笑いながら口を開いた。
「そんな、気にしないでください。それよりも、元気になられて本当に良かった」
その後、春馬達はバルトロメウス公爵から頑丈な二頭立ての馬車を貰い、多大な金銭と武具を貰い受けた。そして、友好の印として公爵家の家紋の入った腕輪を授けられた。これは同国だけでなく、隣国の貴族であっても決して無視は出来ない絶大な効力を持った代物である。
春馬はそれを喜んで受け取った。これがまさか異世界版水戸黄門になろうとは、この時は知る由もなかった。
「なんか、最近貴族の人とかがこっち見たら逃げるんだよね」
「そう? 気のせいじゃないかしら」
「……まぁ、楽で良いがな。しかし、この前の横暴な貴族は涙と鼻水垂らしながら土下座してたからな……周りから化け物を見るような目で見られたぞ」
と、三人はいつものノリで、街道を行く。様々な国で様々な出会いをし、春馬は異世界の旅を思い切り楽しむのだった。
これで今作は完結と致します。
読んでいただき、誠にありがとうございました。
また色々と書いてみますが、良かったら是非読んでみてください。
それでは、ありがとうございました。
 




