領主として4
「申し訳なかった。奴には厳しい罰を与えると約束する」
三階に上がったスプランヘルは共に上がってきた春馬たちを振り返り、頭を下げてそう言った。謝罪するスプランヘルに、ヴァールが鼻を鳴らす。
「頼むぜ、本当に。大体、スラヴァの本当の領主は何処にいたんだよ」
思わずといった様子でヴァールが普段の言葉遣いで話すと、スプランヘルが目を細めて視線を向けた。慌てて口を片手で塞ぐヴァールだったが、スプランヘルは言及せずに溜め息を吐く。
「……スラヴァの領主、ウェルペン男爵は父上の部下として長い間尽力してくれていた人物だ。その忠誠心は並みじゃない。だからこそ、父上も信頼して地方の領主を任せたのだ。だが、父上が病に伏せってからは領主としての仕事をまともに出来ていない。暇を見てはこの城に来て父上の容態を聞き、薬を探して回っていた。残念だが、男爵にも厳罰を約束しよう。本来ならダレムが代行として任務を遂行しておればこんな話にはならなかったのだが……」
口惜しそうにそう言ったスプランヘルに、春馬が口を開く。
「いえいえ、男爵はダレムさんを信頼していたのでしょう。敬愛する公爵様の実子と思えば多少の贔屓目で見てしまうこともあると思います。それほどの忠臣を要職から外してしまえば大きな損失ですよ」
と、春馬が言うと、スプランヘルはホッとした様子で息を吐いた。
「ありがたい。素直に厚意に甘えさせてもらおう。さぁ、父上の下へ、薬を頼む」
そう言ってスプランヘルはバルトロメウスが眠る私室へと向かった。
バルトロメウスは規則正しく呼吸はしていたが、息は妙に細く長過ぎた。豊かな髭や長い髪で分かりづらいが、顔色は白く、生気が弱い。
心配そうに様子を見るスプランヘルだったが、ソフィアが薬を手にして近づくのを見て、一歩下がる。
ソフィアはバルトロメウスの容態を軽く診て、眉根を寄せた。
「ハルマ」
呼ばれて春馬が隣に立つと、ソフィアは縋るような目で見上げる。
「やっぱり、私には判断ができないわ。何処が病の原因と思う?」
聞かれて、春馬は浅く頷く。
「もし、正常な状態に戻せるなら、脳、脊髄の二箇を治せば大丈夫なはずだよ。複雑な部位だけど、いけるかな?」
確認すると、ソフィアは一度深く深呼吸し、覚悟を決めた。
「任せて」
そう口にすると、バルトロメウスの頭の下に右手を置き、僅かに持ち上げる。左の手に持ったガラス瓶を傾けながら口元へ運び、そっとバルトロメウスに飲ませた。
口に触れさせると、いつから起きていたのか、バルトロメウスは静かに、少しずつ液体を口に含み飲み込んでいく。
淡い光はバルトロメウスの体の中に入ってもなお、僅かに発光して居場所を外へ知らせた。
「さぁ、いくわよ」
ソフィアは呟き、目を閉じる。すると、ソフィアの両手の手のひらが液体と似た色で発光した。
喉元から腹部へ流れつつあった淡い光は、ソフィアの手に誘われるようにじわりと動き出す。
腹部から上半身へと徐々に広がっていった光は、少しずつまた小さくなっていき、ソフィアが手を触れるバルトロメウスの額と首筋に集中し始める。
光は集まると少しずつ光量を増していき、神秘的な光景にヴァールやスプランヘルが息を飲む。
「……こんな治療、見たこともない」
スプランヘルがそう口にする中、ソフィアの手は少しずつバルトロメウスの頭の頭頂部へと向かった。
そして、光は徐々に弱まっていく。
「……終わりました」
光が消えて、ソフィアがそう告げた。
「お、おぉ……! ど、どうだろうか……! 父は、治ったのか?」
スプランヘルが無意識に副領主としての態度を崩しつつ尋ねると、ソフィアは額から一筋の汗を流しながら首を軽く左右に振る。
「まだ、分かりません。この病自体を私がもっと知っていたら良いのですが、知識はハルマから聞いたもので全てなので……」
そう言ってバルトロメウスから離れると、代わりにスプランヘルが側へ歩み寄った。
「……父上」
声をかけるが、バルトロメウスは熟睡しているのか、全く反応しない。しかし、呼吸は先ほどまでよりも平常なものとなっていた。
「……侍医に確認させ、明日また容態を診るとしよう。君達もこの城に泊まると良い。食事を用意しよう」
スプランヘルがそう告げて振り向くと、春馬は傍目からも分かるほど嬉しそうに口を開いた。
「城に泊まれる……すごい。夢みたいだ」
「昨日もある意味泊まっただろうが」
「あれは地下室で一夜明かしただけだよ。食べ物だって美味しかったけど出前みたいな感じになってたし」
「同じようなもんだ」
「全然違うってば」
春馬が一人でワクワクしていると、スプランヘルがフッと息を吐くように笑う。
「それほど楽しみにされたのでは半端な歓待はできんな。少々凝った料理を準備させよう。それまで、湯浴みでもしておいてくれ」
「本当ですか! うわぁ、それは楽しみです!」
湯浴みについてか、食事についてか、春馬は大喜びで返事をした。それに、スプランヘルは笑いながら頷く。
「ふふ、ハルマ殿は邪気が無いな。立場上、悪意には敏感なのだが、君からは一切それを感じない。これで父上の容態が快方に向かわずとも、君とは良い関係でありたいものだ」
スプランヘルがそう言うと、春馬は素直に首肯するが、ヴァールは目を丸くして二人を見た。
スプランヘルがいずれバルトロメウス公爵の跡を継ぎ、当主となるのは間違いない。その人物に気に入られ、今後の関係も示唆された。
これは、言ってみれば公爵を味方につけたようなものである。公で発されたものではないが、スプランヘルは極めて誠実たる貴族である為、単なる言葉では収まらない内容であった。
故に、ヴァールは素直に驚嘆する。
「権力者や年上に好かれる奴だな、本当に。あ、後エルフにもか」
腕を組んでたヴァールが呟くと、ソフィアが嬉しそうに否定する。
「ハルマは良い人に好まれるのよ」
ソフィアの言葉にヴァールが面白くなさそうに目を細めたが、ふと思い出したように自分を指差す。
「俺もか」
「たまに性格の悪い人にも好かれるのよ」
「どういう意味だ」
睨み合う二人に、当の春馬が近づいて声を掛ける。
「まぁまぁ……さぁ、湯浴みを勧めてもらったんだから、早速行こう。楽しみだなぁ」
と、春馬に言われて二人は矛を収めたのだった。




