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領主として3

 薬を調合したソフィアは疲労困憊で椅子の背もたれにもたれかかった。


「……つ、疲れた……混ぜ続けないと、固まっちゃうからね。魔力の調整もあるし、大変だったよぅ」


 甘えたような態度と声でソフィアがそう言うと、春馬は苦笑しながらソフィアの頭を優しく撫でる。


「お疲れ様。頑張ったね。ありがとう」


「うぅん、ハルマの為だもの」


「バルトロメウス公爵の為じゃないのか」


「黙ってなさい、セコール」


 三人が淡く発光する白い液体の前で和やかに会話していると、周りの兵士達が焦れた様子で口を開いた。


「で、出来ましたか?」


「まだ完成ではないのですか?」


 確認してくる兵士に、ソフィアは笑いかける。


「出来たわよ。さぁ、公爵様の下へ行きましょう」


 そう答えると、兵士たちは慌てて動き出した。液体の入ったガラス瓶を手にして立ち上がるソフィアだったが、ふらりとバランスを崩す。春馬は無言で側に行き、身体を支えた。


「あ、ハルマ……」


 ソフィアが照れながら名を呼ぶと、春馬は笑顔で肩を貸した。


「本当なら休んでてと言いたいけど、地下に一人で残しては行けないから……あ、背負って歩こうか?」


「だ、だ、大丈夫。ありがとう」


 耳まで真っ赤にしたソフィアが礼を言うと、二人は不恰好に歩き出した。


 ヴァールは肩を竦めて鼻を鳴らしつつ、二人がバランスを崩しても良いように後ろを付いてくる。


 階段を登って一階まで上がり、通路へと出る。奥に行けば厨房や近衛兵用の部屋、一部住み込みのメイドの部屋などがある。手前に行けば正面ホールへと出て、そこから階段を上がれば謁見の間や貴賓室、会議室などがあった。


 一先ず、ホールに出ようとする春馬達だったが、ホール側から出てきた人影を見て足を止めた。


「……あ?」


 固まる面々の中で、ヴァールが最初に声を発する。すると、ホールに突如として現れた二人の内の細い方、ダレムが目を見開いて叫んだ。


「あぁ!? き、き、貴様ら……!?」


「な、何だ、ダレム! 何者だ!?」


「兄上! あれがこの俺に歯向かった屑どもです!」


「なんだと!? では、差し向けた傭兵団から逃げ切ったというのか!? そうか、それでこの城に! この城ならば傭兵達が入れないと踏んで侵入したか! 悪知恵だけは働くようだな! だが、このアルブレヒト・フォン・クランツに見つかったのが運の尽きだ!」


 怒鳴り、アルブレヒトが剣を抜く。それに相対しようとヴァールが剣を抜き掛かるが、すぐに場所と相手が誰かを思い出して眉間に皺を作る。


「……ハルマ!」


 どうにかしてくれ、と顔に書いたような表情のヴァールを見て、春馬は口を開く。


「待ってください! 今、我々はスプランヘル様の命により、公爵閣下に飲んでいただく薬を作りました! これを持っていかねば、公爵様は……!」


 そう訴えると、ダレムがソフィアの顔を見て、次に両手で抱えられたガラス瓶の中で光る液体を見た。


 にやり、と口の端が上がる。


「それは毒であろう?」


 ダレムがポツリとそう呟くと、アルブレヒトの目が鋭く尖った。


「……成る程な。父上を暗殺する気であったか。ならば、俺は命を賭して止めてみせようぞ!」


 アルブレヒトが宣言をして殺気を膨らませると、ソフィアが怒りの滲む目で睨んだ。


「意味が分からないわ! 何故、私達が公爵を暗殺する必要があるの!?」


「大方近隣の木っ端貴族や、中央の保守派貴族が雇ったに違いない。なにせ、公爵家は力を持ち過ぎたからな。王国で並ぶ者が無い軍功は広大な領地と軍事力だけでなく、名声を聞いて移住してきた多くの民や商人達によって経済力まで上げる結果となった。その力をやっかむ者は幾らでもいる!」


 ダレムは得意げになってそんなことを言うと、発光する液体を指差した。


「他の者は騙せてもこの俺は騙せんぞ! その怪しい液体を渡せ!」


 決め台詞でも言うように芝居掛かった口調でそう言うと、ダレムも剣を抜いて構える。


「皆の者! 暗殺者だ! ひっ捕らえよ!」


 ダレムが指示を出すと、背後から兵士たちが集まり出す。そして、春馬達の後を付いてきていた兵士達も剣を抜いた。


「……お前らもこれが毒だと思ってんのか」


 ヴァールが地の底から響くような低い声で兵士達に問いかけると、兵士達は俯くが答えることは出来なかった。


「そりゃ、ダレム達がひっ捕らえよと言えば無視は出来ないさ」


 春馬がポツリと呟くと、兵士達は苦々しく顎を引き、剣の先を春馬に向ける。そのことにソフィアは激しい嫌悪感を示した。


「恥知らずの人間らしい行動ね。仕えるべき主人の命を救うことより、保身を選ぶなんて……あ、ハルマは違うわよ?」


 慌ててフォローを入れるソフィアに苦笑し、春馬は右手の手のひらを上に向け、ダレム達へと振り返る。


「ひ、ひぃああっ!? は、早く捕まえ、いや、殺せ! すぐさま殺せ! あの男が魔術を使う前に!」


 怒鳴るダレムの指示に応じて、ダレムの後ろから数人の兵士が剣を振りかぶって迫る。それをヴァールが瞬く間に叩き伏せた。


 その様子を横目に、春馬は口を開く。


「私達を罪人と決めつけるのは良いですが、この薬を調べもせず毒と判断して良いのですか? ソフィアが言ったように、その一つの決断に掛かっているのは公爵様の命ですよ?」


 諭すようにそう言った春馬に、ダレムは半狂乱で叫ぶ。


「戯言を! それが毒なのは明白であろう! 貴様らが作ったものなど、口にする方がどうかしている!」


 ダレムがそう断言すると、アルブレヒトが頷いて前に進み出た。


「観念しろ、暗殺者どもよ! 直ちに首を切り落としてくれる!」


 アルブレヒトがそう言った直後、ダレムとアルブレヒトの背後からスプランヘルが姿を現した。


「何事だ!?」


 スプランヘルは近衛兵達を引き連れて現れると、状況を目で確認する。


「何をしているのだ、ダレム、アルブレヒト! 彼らは客人であり、父上の容態を診てもらっているのだ!」


 スプランヘルがダレムを睨むと、ダレムは慌てて口を開く。


「あ、兄上! 奴らが俺の言っていた反逆者です! 兄上は騙されています! あの薬も、恐らく毒に違いありません!」


 ハッキリとそう答えると、聞いたスプランヘルが眉根を寄せた。


「毒……まさか、そんなことは……」


 一瞬、スプランヘルは悩んだような素振りを見せ、すぐにダレムを睨む。


「口からでまかせであろう。何故、Aランク冒険者が公爵の命を狙う」


「な、兄上!? 俺よりもこんな冒険者なんぞを信じるというのか!」


 本当に傷付いたといった顔でそう訴えるダレムの姿に、アルブレヒトだけでなく一部の兵士達も春馬達に敵意の目を向けた。


 だが、スプランヘルは険しい顔で息を吐く。


「ならば問う。はっきり言って、父の命はもう長くない。その父を何故わざわざ毒殺するのだ」


 スプランヘルが問うと、ダレムは上手く答えられずに呻いた。


「そもそも、彼らは高位ランクの冒険者だ。何故わざわざ公爵領に留まる。違う国でも問題なく生活していける力を持っているのだ。故に、わざわざ金を貰って公爵を殺す必要も無いはずだ」


 それから、スプランヘルは更に質問を重ねていき、全ての疑問にしどろもどろとなるダレムは、やがて折れた。


 地面に崩れ落ちるダレムを悲しそうに見下ろし、口を開く。


「失態を取り返そうと、無理やり彼らを暗殺者に仕立て上げようとしたのだろう。あまりにも強引だ」


 スプランヘルがそう推測すると、アルブレヒトが目を見開いてダレムを見た。


「まさか、ダレムがそんな……」


 アルブレヒトは愕然と呟く。スプランヘルはその横顔を一瞥し、ダレムに向き直る。


「……貴様は実の弟だ。本来であれば、兄弟には主要な都市の領主や騎士団長になってもらい、公爵領を皆で強く、豊かにしていきたかった。しかし、身内だからこそ厳罰に処さねばならん。後に沙汰は言い渡す。ダレムを地下牢に繋げ! アルブレヒト、お前は騎士見習いまで格下げする! 今一度心身共に鍛え直せ!」


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