領主として2
剣を持ち、仁王立ちするスプランヘルに、ダレムが口を開く。
「ということで、あの反逆者と冒険者ギルドの長が反乱を先導したというわけです。アルブレヒト兄様のお陰で何とか追い払うことに成功しましたが、まだ行方を追っている最中で……」
ダレムが自分の都合の良いように言い訳をしていると、スプランヘルが目を鋭く細めた。
「それで、領主代行の任を放り出してここへ帰ってきたのか」
スプランヘルが低い声でそう告げると、ダレムが跪いた状態のまま慌てて口を開く。
「いや、しかし、反乱が……」
「反乱を鎮圧したのなら、その後街が通常の状態に戻るまで治安維持を行え。反逆者を追跡しているのなら報告を待ち、同時に使者をこちらに派遣すれば良い。何故、お前自らが街を放り出して此処に来る必要がある?」
スプランヘルがそう言うと、ダレムはグッと顎を引いた。アルブレヒトは笑いながら片手をあげると、スプランヘルに対して口を開く。
「まぁ、待たれよ、兄上。ダレムは領主不在の中、よく街中を見て回り、街を治めていたのだ。問題は公爵家に剣を向けた冒険者とその味方をした冒険者ギルドであろう。咎を受けさせる相手を見誤ってはならない」
諭すようなことを言うアルブレヒトに、スプランヘルは溜め息を一つして顔を向ける。
「それも些か疑問が残る。何故、冒険者が突然公爵家に剣を向ける? 何も得は無い。これが他所の貴族から多くの褒賞が出る仕事ならば兎も角、そのような案件でも無いではないか」
「な、何を言っているのだ、兄上! 公爵家の実子が狙われているというのに、些細な案件であると!?」
「熱くなるな、アルブレヒト。客観的に見ればいくら公爵家の人間とはいえ、まだ小さな町の領主代行と騎士団の士官見習い。狙ったところで旨味は無いのだ。それよりは、公爵家と事を構える危険性の方が上だろう。それに、わざわざ公爵家と敵対する道を選ぶ冒険者に、ギルドが簡単に味方をするわけがない」
「な、な、な……! あ、兄上は、この俺やダレムに価値が無いと仰るか!? それに、俺は上級士官を任される騎士である! 将来は騎士団長となり、やがて父上のように軍功をあげて新たな公爵家を興すのだぞ! 心外な! 即時撤回を求める!」
アルブレヒトが顔を真っ赤にして吠えると、スプランヘルは再び溜め息を吐いた。
「引っかかるべきところはそこでは無い。ダレムよ。冒険者ギルドの長は何と言ってその反逆者に加担したのだ。何か口上を述べたであろう?」
アルブレヒトが上級士官の補佐であるという事実にはわざと触れず、ダレムに対して問う。そう聞かれ、ダレムは言葉に詰まった。冷や汗を一筋流して、視線を彷徨わせる。
「え、あ……そ、そうですね。何か言っていましたが……あ、た、確か、バルトロメウス公爵にこの地を治める力は無い、とか何とか……」
「確かか」
ダレムの言葉に眉間に皺を寄せ、スプランヘルが聞き返す。すると、ダレムは顔を上げて何度も小刻みに頷いた。
「た、確か、そんなことを言っていたと……」
答えたダレムを見下ろしながら、スプランヘルは口を開く。
「おかしいな。スラヴァはそれぞれの重要拠点から離れた地にある。故に、父上の配下の中で最も忠誠心の厚い男を領主とした。さらに、各ギルドの支店を誘致する際、ギルド長の経歴や人柄も確認している。片田舎に支店を出してもらうんだ。通常ならば碌な人間が来ない。しかし、父上のことをよく知る人物ばかりがわざわざ来てくれた」
そう口にして、スプランヘルは冷たい視線をダレムに向ける。
「ダレム。お前をあの町の領主代行の任に就かせたのは、公爵家へ反感を持つ者が少ない地だからだ。特に町の権力者達は皆、公爵家へ協力的な者ばかりだっただろう。その地で反乱が起きるなど、貴様のやり方がおかしかったとしか思えない」
スプランヘルがそう告げると、ダレムの顔色は一気に青くなった。
はっきりと、スプランヘルはダレムの領主代行としての能力を疑う発言を口にした。これは、ダレムの出世の道が閉ざされたことに等しい。程なくして領主代行の任も解かれることになる。
現在、公爵家の当主を代行しているスプランヘルの言葉である。これを撤回するには当主であるバルトロメウス公爵がダレムの能力を認めるか、改めて大きな手柄を立てて自ら評価を上げるしかない。
だが、領主代行の任を解かれたダレムがこれから何をして手柄を立てるのか。剣も魔術も使えず、サボっていた為に政務の役に立つことも出来ない。行動を起こすとするならばそれこそ馬鹿にしていた冒険者になるか、融資を受けて商売を始めるなどしか無い。
ダレムがそれを思い絶望に項垂れると、アルブレヒトが立ち上がって吠えた。
「不当だ! 兄上はダレムの能力を知りもせずに処罰しようとしているではないか! それは何故か!? ダレムが自らの地位を脅かすかもしれないと怯えているからだ!」
と、的外れな推測を口にする。
それにスプランヘルは頭痛に耐えるように頭を抱え、口を開く。
「今、能力不足を認識したところであるというのに、何を知らないと言うのか。ならば、スラヴァの町の権力者達に意見を求めることにする。それならば不服はあるまい」
スプランヘルが仕方なくそう言うと、ダレムが息を飲んだ。ダレムとて自らが犯罪まがいのことをしてきたことは認知しており、もし町の者達にそのことを口にされれば、出世どころか投獄されることは間違いないのだ。
今やダレムの顔には滝のような冷や汗が流れていた。だが、ダレムから都合の良い情報しか聞かされていないアルブレヒトは気にしていない。
「権力者だけでなく、市民の話も聞いておいてもらおう。それが公平というものだ」
アルブレヒトはそう言うと、満足そうに自ら頷く。スプランヘルが折れたことを、自分が正しいと証明できたと誤解しているのだ。
故に、次の話が自分に来るとは思いもしなかった。
「ところで、アルブレヒト。お前も、騎士団から勝手に離れてダレムの下へ行ったようだな? 騎士団の責務をなんだと思っている?」
怒りの滲む声で尋ねると、アルブレヒトは悪ぶれもせずに頷き、答えた。
「うむ。盗賊団が出たと聞いてな。すぐさま傭兵団を雇い、地方へと出陣したのだ。この俺が来たと知り、盗賊どもは逃げてしまったが、安心されよ。公爵家の威光を存分に見せつけたのだ。もう盗賊は出るまい」
自信満々な様子でそう口にすると、アルブレヒトは高笑いをした。
スプランヘルはまた額に手のひらを当てて項垂れると、深い溜め息を吐く。
「……その盗賊団は、東部の騎士団に討伐を依頼していたのだ。騎士団長から聞いている筈だろう」
「いや、聞いていない。む、そうだ。聞いてくれ、兄上。あの無礼な騎士団長は一向に俺に指揮をさせんのだ。あのような地味な訓練ばかり、それも毎日同じ内容だ。あんなものをしたところで俺の力は磨かれん。俺は兵を率いてこそ能力を発揮するのだ」
「指揮をしたことも無いのに、何故そんな自信がある」
「何を言う。父上の子として、誰よりも才能を持ち合わせているのは間違いないではないか。なにせ、俺が最も父上に似ているからな」
と、根拠にもならないことを口にして、アルブレヒトは笑いだした。
スプランヘルは冷めた目つきで二人を眺めた後、手を振る。
「……もう良い。ダレムの件はこちらで調査する。アルブレヒトは傭兵団に支払った金銭を返還するように。二人とも城内で大人しくしていろ」
「ちょ、ちょっと待て! 傭兵団を雇ったのは必要な経費だ! まさか、盗賊団を相手に一人で行けと言うのか!?」
「勝手に討伐に出た者が何を言うか! 騎士団に属しているのだから、騎士団長の言う事を聞かねばならん! 爵位など無関係だ!」
憤慨するアルブレヒトに怒鳴り返し、スプランヘルは二人を兵士に連れ出させた。
広間の喧騒が収束して、一人溜め息を吐く。
「……まったく、今はあんな馬鹿者共に構っている状況ではないというのに……」




