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領主として1

 大きなベッドに寝たその人物を見て、ソフィアが難しい顔で唸る。


 豊かな髭を生やした背の高い老人だ。痩せ細っていて年齢以上に歳に見えるが、実際には六十歳ほどである。


「父、バルトロメウス公爵は武芸に秀で、剣を握れば国一の剣士と謳われるほどだった。だが、ここ数年、稽古をすれば眩暈を覚え、力強く剣を握れば指先が痺れて剣を取り落すようになったのだ。やがて、普段の生活にも影響が出てきた。体が震え、筋肉が硬くなった。そのせいで動きは鈍くなり、文字が書きづらくなったという。声が震えて出しづらくなり、途中で痞えることもあった」


「それで、大衆の前に出なくなったのか」


 スプランヘルの台詞にヴァールが無遠慮に呟く。そんなヴァールをお付きのメイド達と豪華な鎧を着た数名の兵士が睨んだ。


 スプランヘルは浅く頷くと、バルトロメウスを見下ろす。


「最近は、徐々に眠る時間が長くなり、睡眠が深くなった。あれだけ自信に満ち溢れていた父がすっかり小さくなってしまった……それが最も寂しく、悲しい。たとえ寝たきりになろうと、父には自信を持っていてもらいたいのだ」


 スプランヘルが寂しそうにそう口にするのを見て、メイドの一部が鼻をすする。


 その様子に、ソフィアが春馬に顔を寄せてそっと呟く。


「……このスプランヘルって人は、良い人みたい。本当に悲しんでいるわ」


 ソフィアの感想に、春馬は頷いて同意する。


「私もそう思う。見舞いに来る人は相当見てきたけど、スプランヘル様は本心を口にしてるね」


「見舞い?」


 二人がひそひそと話していると、スプランヘルが振り向いた。


「どうだろうか。何か、分かるか?」


 そう聞かれて、ソフィアは困ったような顔で前に出る。至近距離でバルトロメウスの顔色や呼吸の様子を確認し、腕を組んで悩む。


「……毒でも呪いでもありませんね。かといって、発熱も無いし、呼吸も安定している。病気のような感じも……」


「軍功で今の地位を築いたんだろう? なら、古傷が原因じゃないか? よく歴戦の剣士とかがなる症状に似てるぞ」


 悩むソフィアにヴァールがそう助言した。すると、スプランヘルが何処か誇らしげに否定する。


「父は歴戦の勇士ではある。しかし、体に傷を負ったことは殆ど無い。それも全て軽傷だ」


「ふぅん。まぁ、指揮官になってからも自身が戦わずに勝利し続けたということか。軍神ってのも頷ける」


 ヴァールが感嘆の息を吐くと、スプランヘルは満足そうに首肯した。


 そこに、春馬が口を開く。


「脳に関する症状な気がするね。脳梗塞の後遺症……もしかして、回復魔術で脳梗塞を治療したのかな? いや、パーキンソン病とかも有り得るか……?」


 小さく呟かれた言葉だったが、ソフィア達はしっかりと聞き取った。


「ハルマ、分かるの? 何の病気か」


「脳の病ってことか?」


 二人に言われ、春馬は眉根を寄せて首を傾げる。


「いや、知っている症状というだけで、公爵がそうだとは断定出来ないよ」


 そう言う春馬だが、スプランヘルが食い下がった。


「待ってくれ。これまでは治療の取っ掛かりすら無かったのだ。なんとか、治療を試みてくれないか」


 スプランヘルは頭を下げてそう頼み込んできたので、春馬はソフィアに顔を向ける。


「脳の状態を過去に戻せないかな? もしくは、異常を正常に戻す、とか」


 春馬がそう尋ねると、ソフィアは数秒顎を引いて悩み、顔を上げた。


「……過去に戻すのは無理だけど、正常な状態になら可能かもしれない。エルフの秘薬、エリクシールなら」


 ソフィアの口にした言葉に、スプランヘルが目を剥く。


「エリクシール!? 我が国でも代々の国王にのみ引き継がれる秘薬ではないか! そのような物を持っているというのか!?」


 驚愕するスプランヘルに、ソフィアは複雑な顔で首を左右に振る。


「今は持っていません。しかし、作り方は知っています。なので、材料を揃えていただきたいのですが」


「分かった、すぐに用意しよう! 何が必要だ?」


「六色石とドラゴンの牙もしくは骨、後は大きな銀の容れ物が必要です」


「どれも貴重だが、宝物庫にあるだろう。他にはないのか?」


 スプランヘルは言われた瞬間に近くのメイドに指示を出し、次の指示を仰ぐ。


「他は全て我々が持っている材料です。それでは、陽の差さない一室をお貸しください。そちらで薬の調合を行います」


「わ、分かった。では、地下の魔術研究所を使うが良い」


 ソフィアの言葉にバタバタと周りは動き出した。すぐさま地下の準備をしようと立ち去るメイド。その状況を確認しようと地下に向かうスプランヘルと側仕えの兵士達。


 春馬とヴァールはそんな面々を見ながら顔を見合わせる。


「おい、いつ傭兵どもについて言うんだ?」


「もうちょっと待った方が良くないかな? ほら、公爵様が治った後とか……」


「治らなかったら?」


 ひそひそと小声で話す二人に、ソフィアが浅く息を吐く。


「はぁ……これから私は丸一日薬作りよ。石を磨り潰して粉にしたり、牙に魔力を蓄積させたり、薬草乾燥させたり色々と時間が掛かるわ。その間に、何とかスプランヘル様にお願いしておいて」


 そう言い残して、ソフィアも地下へと向かって部屋を後にした。


 残された二人は顔を見合わせた後寝入ったままの公爵の顔を見て、部屋の守護をしている兵士四人を見た。


「……あの、スプランヘル様は……」


「地下に赴かれたかと思われます。どうぞ、我々はこちらに残らなければなりませんので、お二人は外にいるメイドにお声掛けください」


「あ、ありがとうございます」


 ヴァールは片手を上げるだけに留めたが、春馬は丁寧に一礼して部屋を出た。


 通路に出るとすぐに若いメイドを見つけ、春馬は地下室への案内を頼んだのだった。






 一方、街には私兵三十を連れた豪華な馬車が到着していた。


「まったく、スラヴァの領主代行から外されるとはな。地方がここまで腐敗しているとは……早く対処せねばなるまい」


 アルブレヒトが怒りの滲む声でそう呟くと、ダレムが馬車の内壁を殴って同意する。


「その通りだよ、兄上! 領主代行として街の風紀を守っていた俺を、あのクソ野郎! 公爵家を馬鹿にしてるんだよ!」


「なんだと! 公爵家を馬鹿にするとは許せん男だ! その旨もしっかりと伝えて極刑に処さねばならん! さぁ、我が城に行くぞ!」


 アルブレヒトがそう怒鳴り、窓から見える城を指差す。しかし、ダレムは不服そうな顔で溜め息を吐いた。


「でも、スプランヘル兄様は臆病だからね。もしかしたら、地方領主ごときでも何も言えないかもね」


「馬鹿な。たかが男爵だぞ? いくらスプランヘル兄でも断固とした態度を示すはずだ」


「それが出来ないから困ってるんじゃないか。まったく……長子だからって副領主の任につくのは実力不足も甚だしいね。領主が病に伏せて副領主が何も言えないような臆病者なんだから、将来が心配だよ」


 肩を竦めるダレムに、アルブレヒトは腕を組んで唸った。


「次兄もそうだが、地方領主になって街をわずかに発展させて満足する器の小さな者が多過ぎる。次兄はせいぜい第二都市の一領主で限界だ。他のも各地の領主代行をする程度で根を上げている……やはり、偉大なる父上の血を濃く継いだのは俺達だけのようだな」


 アルブレヒトが遺憾そうに首を振りながらそう言うと、ダレムは大きく頷いた。


「まったくだよ。俺達は地方都市の領主くらい難しくも何ともないからね。まぁ、今は先にあの反逆者達をどうにかしないと。あんな危険人物を放置するわけにはいけない」


 二人はそんな会話をしながら、城へと向かったのだった。

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