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選民思想2

 剣を振るう鋭い音が連続で鳴り、兵士の怒鳴り声が響く。


「くそ! 意外に素早いぞ!」


「だが、剣も抜かんとは……!」


 二人の兵士が剣を振るい、焦れたように言った。春馬は冷や汗を流しながら走り回り、口を開く。


「敵対する意思はありませんよ。一先ず、そちらの親子への理不尽な行いを止めてくれれば良い。それだけですから」


 春馬がそう言って宥めようとすると、兵士達は更に激昂して襲い掛かった。だが、依然として剣は空を切る。


 業を煮やし、ダレムが腰に差した剣を抜いた。両刃の長剣は豪奢な鞘の造りに合う見事なものだった。柄から刀身の真ん中を走るように描かれた模様が鈍く光り、その剣がそれだけ高価であると見てとれる。


「動くな!」


 その剣を、拘束されたままの女の首に押し当てて、叫んだ。対象を指定しなかった命令に、春馬だけでなく兵士達も動きを止めて振り返る。


 そして、状況を理解して笑みを浮かべた。


「動くなよ、冒険者。貴様が動けばこいつが死ぬぞ」


 ダレムが言い、春馬の顔から笑みが消える。


「……ちょっとでも好意を抱いた相手じゃないのか」


 低い声で春馬が聞くと、ダレムは馬鹿にしたように笑い、女の首を浅く斬りつけた。


「無礼な口をきくな、愚か者が!」


 女の首から血が流れたのを見て、春馬の目が鋭く細められた。片手を上げ、手のひらをダレムに向ける。


「動くな。死にたくなければ、その女性を離せ」


 低い声で春馬がそう告げると、ダレムは怒りに任せて剣で女の首を斬り裂こうと力を込めた。


 次の瞬間、甲高い音を立ててダレムの剣が空を舞った。しかし、剣の柄にはダレムの手が付いたままである。手首から先を失ったダレムは、一拍遅れて血が溢れ出したのを見て声にならない声を出し、一歩後ずさる。


 女の肩を掴んでいた兵士二人は何が起きたのか分からず動揺し、拘束する力を緩めた。


「春馬、男を頼む」


 落ち着いた低い声がして、体勢が崩れかけた女の体が何者かに支えられる。拘束していた兵士二人はいつのまにか叩き伏せられていた。


 ダレムは負傷した自身の傷を見て混乱しており、切り落とされた手首と長剣を拾いにいっている。


 突如乱入してきた男は女の体を支えたまま春馬を見た。


 灰色の髪の男だ。彫りが深く、はっきりとした顔立ちの精悍な男である。年齢は三十前後ほどだろうか。白い革製の衣服の上に、暗い茶色の革と金属製の軽装鎧を着込んでいる。手には片刃の剣が握られていた。


「助かる」


 春馬はそう言って、動けずにいた男を振り向いた。


「さぁ、逃げますよ。援護しますから、街の外へ」


 春馬が告げると、男は慌ててナイフを構え直す。


「む、娘を……!」


「分かってます。ほら、北の門から逃げましょう。大丈夫ですから、走って」


 慌てる男に春馬がそう言って笑う。すると、兵士達が剣を構えて動き出した。


「舐めるな!」


「逃がすわけがないだろうが、反逆者共め!」


 怒鳴って迫る兵士。一人は春馬が剣を避けてから回り込み、背中を蹴って倒した。そして、残りは片手で女を支えたままの灰色の髪の男が剣で斬り伏せる。


 人一人抱えているとは思えない速度で走り、斬撃を繰り出す男の姿に、周りにいた人々からも歓声が上がった。


 それを憎々しげに睨みながら、ダレムが怨嗟の声を上げる。


「この、大罪人共……! 必ず見つけ出して捕えてやるぞ! 今日のことを後悔させてやる! 分かったか!」


 血を流しながら、ダレムが叫んだ。


 それに逃げる親子は真っ青になったが、春馬と男は息を漏らすように笑う。


「さて、どっちが後悔しますかね? それでは」


 それだけ言って春馬達が立ち去ると、ダレムは血を流し過ぎたのか、その場で膝を折って座り込むようにして倒れた。







 まだ誰からも連絡が来ていなかったからか、門番は通常通りのチェックのみを行い、春馬達を外へ出した。


「ありがとう、ございます……!」


 脱出した直後、女が涙を流しながら頭を下げる。男も同じく、涙ぐみながら顎を引いた。


「もう、終わりかと思った……まさか、あのダレムに逆らってまで俺たちを助けてくれる人がいるなんて」


 二人の言葉を聞きながら、春馬は困ったように笑う。


「まぁ、流れ者なんで気になさらず」


 春馬がそう言うと、灰色の髪の男が仏頂面で口を開いた。


「俺が一番働いただろう」


「良いじゃないか。別に誰が答えたって。感謝してるよ、ヴァール」


 文句を聞き、春馬はヴァールと呼んだ男を振り向いて軽く感謝を伝える。ヴァールはそれに満足そうに頷き、腰に下げた袋から小さなガラス製の瓶を出した。そして、それを女に向けて放る。


「治療薬だ。使え。今なら傷痕も残らない」


 ヴァールがそう告げて女は治療薬を受け取るが、目はヴァールの顔から離れなかった。


 震える手で瓶を持ったまま、ヴァールの顔を指差す。


「ま、まさか、灰色の鬼狩り……」


 女がそう口にした瞬間、男が慌てた様子で叱責する。


「こ、こら! Aランク冒険者、英雄のヴァール殿だろう!? も、申し訳ない。ヴァール殿。悪気は無く、たまたま思い出した字名が……」


 言い訳をしつつ謝罪する男に、ヴァールは無表情で溜め息を吐いた。


「気にしていないし、英雄でもない。たまたまオーガが森の中に巣作りをしていたから潰しただけだ。近くに町があることも知らなかったしな」


 ぶっきらぼうにそう言ったヴァールに、春馬が笑いながら頷く。


「道に迷ってたって話だよね、それ」


「うるさい」


 春馬が茶化すと、ヴァールは一言で切って捨てた。そんなやり取りをする二人に、女は難しい顔で首を傾ける。


「……ヴァール様はお一人で行動されることも聞いていましたが」


 その呟きが聞こえたのか、聞こえなかったのか、春馬とヴァールは二度三度と適当なやり取りを行い、女を見た。


「あ、ほら。早く飲まないと」


「傷が残るぞ。ほら、早く飲め」


 二人に急かされて、女は慌ててもらった薬瓶を口につけて傾けた。中には薄っすらと青い液体が入っており、するすると女の口の中に流れる。


「……はぁ。あ、ありがとうございました」


 飲んだ後、女は急ぎ礼を述べる。


 直後、傷口は淡い光を放ちながら変化をしていった。血が止まり、逆再生のように裂けた肉が集まり、皮が再生していく。


「治る過程はなんか気持ち悪いよねぇ。中々慣れないなぁ」


 春馬が眉をハの字にして言うと、ヴァールは呆れたような顔で首を左右に振る。


「見慣れた。お前も見慣れろ」


「そんな簡単には……」


 二人が間の抜けた会話をしている中、傷が治っていく過程を唖然とした様子で見ていた親子は、揃ってヴァールに顔を向ける。


「ヴァール殿、これはまさか……!」


「ん? 中級治療薬だ。エルフ特製の」


「なっ!?」


 なんでも無いように告げられ、親子は愕然とした。


「そ、それは……こ、困ったことに、俺たちにはとても払える品では……」


 男が冷や汗を流しながらそう言い、ヴァールは面倒くさそうに春馬を指差す。


「気にするな。どうせコイツのだ」


「いや、確かにそうだけど、お前は気にしなさいよ」


 話を振られた春馬は苦笑混じりにそう返し、女を見た。


「……うん。傷は綺麗に治りましたね。じゃあ、気を付けて村にお帰り下さい」


 春馬が女の顔を見ながら優しく声を掛けると、女は照れたように赤くなって一歩下がった。


「女たらしが。ソフィアに言うぞ」


「ソフィアは関係無いでしょ。普通の会話だ」


「天然だから一番タチが悪い」


 二人が半眼で文句を言い合うと、男が所在なさげに声をかける。


「あ、あの……お、お代は本当に?」


 男の言葉は二人の耳に届かず、親子はどうしたものかと顔を見合わせたのだった。


なんと1話投稿して五分で評価が……

嬉しくて泣きそうです。

ありがとうございます。

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