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公爵家5 スプランヘル

「良い宿だったなぁ……まさか大浴場があるなんて。しかも、食事も美味しかったし……」


「またいつか泊まろうね」


「そうだね。公爵家とモメなかったら今日も泊まれるかな?」


「大丈夫だよ、多分」


 すっかり新婚夫婦のような甘ったるい雰囲気で会話する二人に、ヴァールは舌を出しながら眉根を寄せる。


「楽しい宿の話も良いが、本題は公爵家だぞ。馬鹿みたいな会話してたら謁見もできないと思え」


「大丈夫じゃない?」


「なんでそんなに緩いんだよ。公爵だぞ、公爵」


「ヴァールが珍しく緊張してる」


「うるせえ!」


 ヴァールの心配もよそに、結局三人はいつものノリで城の前に行き、ソフィアが代表して胸元から金色の板を出す。


「Aランク冒険者のソフィアーナ・ネル・ラ・フィルリアス。領主殿に用があって参りました。謁見を賜りたく存じます」


 これまでとは打って変わってソフィアが凛とした態度でそう告げると、門番達は慌てて背筋を伸ばした。そして、こちらから見て左側に立つ鼻髭を生やした男が咳払いをする。


「む、ソフィアーナ殿。大変申し訳ないが、今閣下は体調を崩されている。火急の用以外は誰も面会させるなと命を受けているのだ」


 悪いが、と言葉を続けようとし門番に手のひらを見せ、ソフィアが口を開く。


「私はソフィアーナ。Aランクパーティーである聖弓の一人であり、癒しのソフィアーナと呼ばれていました。もし公爵殿が私の力の及ぶ病であったなら、会わせなかった貴方には咎を受けることになりましょう。せめて、その判断を下せる地位の者に話をなさい」


 訥々とソフィアが言って聞かせ、話を聞いた男はウッと息を呑んだ。後ろでは他の兵士達も顔を見合わせて何か言っている。


 懐疑的な視線を向けられても、ソフィアは一切動じない。それどころか、無言で見つめるソフィアからは神々しさすら発せられている。


「……わ、わかった。少し、こちらでお待ち頂きたい」


 そう言って鼻髭の兵士は城内へと入っていった。一連の流れを見ていた春馬は感心して頷き、ヴァールは片方の眉を上げて鼻を鳴らす。


「はっ。詐術もAランクか……っ!?」


 一言口にした瞬間、澄ました顔のままのソフィアが肘をヴァールの腹部に打ち込んだ。息が出来ずに悶絶するヴァールを放置して、ソフィアが春馬を見る。


「思わず、公爵の診断をすることになりそう。ごめんね、ハルマ」


 可愛らしく小首を傾げてそう言うソフィアに、春馬は眉をハの字にして笑った。


「大丈夫。もし病を治せたら万々歳だよ。普通に話をするより良いことかもしれないよ?」


「もう。ハルマったら優しいんだから」


 フフフと笑い合う二人に、ヴァールは頬を引攣らせて唸る。


「あのエルフ、二重人格じゃねぇだろうな……」


 ヴァールが小さくそんなことを言っていると、門番が城の中から戻ってきた。


「ソフィア殿、スプランヘル副領主様が会ってくださるとのことだ。中に参られよ。場所はこちらの者が案内する」


 鼻髭の兵士がそう言うと、二十代ほどの若い兵士が一歩前に出てきた。


「どうぞ、こちらへ! ご案内致します!」


 三人を先導し、兵士は城内へと歩き出し、三人も後に続く。それまでは大人しくソフィアに任せていた春馬だったが、城内に入った途端好奇心を抑えられなくなってしまった。


「すごい絨毯ですね。通路にずっと敷いてあるんですか?」


「いえ、正門から謁見の間、貴賓室の間までのみ敷いてあります。客人が通る通路です」


「凄い窓ですよね。この街で加工を?」


「いえ、確か材料の関係でとある港町で作っていると聞いたことがあります。申し訳ありませんが、仔細は分かりません」


「お、調度品も……先程は壺でしたが、こちらは甲冑ですね。途中には絵画がいっぱいありましたが、どれも公爵様の趣味ですか?」


「い、いや、申し訳ありませんが……」


 歩きながら質問責めにする春馬に、兵士の方が段々と追い詰められていき、見かねたヴァールがストップをかける。


「ほら、困らせるな。どうでも良いだろうが」


「えー? この絵画だって不思議だよ。写実的な絵が多いのに、この城には抽象的な絵が多い。珍しいじゃないか。公爵様の趣味なら是非絵画について話してみたいなぁ」


「あー、もう。いいから黙ってろ。後でソフィアとたっぷり絵画について話し合え」


 公爵の居城でも三人はいつも通り騒がしかった。通り過ぎるメイドや兵士が眉をひそめるのも気にせず、ワイワイ言いながら奥へ奥へ進んでいく。


 やがて、通路は行き止まりとなり、正面には一際豪華な両開き扉が現れる。


「こちらでスプランヘル様がお待ちである。扉を開けたら脇目を振らずに歩き、広間の真ん中ほどで立ち止まりください。閣下の代行でもありますので、皆様は一度跪き、こうべを垂れてもらいます。その後、スプランヘル様が楽にするよう指示をくださいますので、楽にして結構です」


 礼儀作法を簡易的に学び、三人はそれぞれ頷いた。 それを確認して兵士が扉を拳で軽くノックすると、扉を中から開いていった。


 光が扉の切れ目から広がっていき、三人の姿を照らし出す。扉の向こうは光にあふれていた。地面には真っ赤な絨毯が敷かれており、左右に並ぶ柱や天井からは細部までこだわった装飾のシャンデリアが吊るされていた。シャンデリアは火ではない別の光で発光している。


 無数の光に照らされた広間はきらきらと輝いており、三人は思わず息を漏らす。


「……客人は前へ」


 そう言われてようやく三人はハッとした顔になり、前へと歩き出す。


 左右には柱を挟むようにして一列に並ぶ兵士達がおり、正面には豪華な椅子と、その前に立つマントを付けた男の姿があった。


 髪を後ろ手に流した三十代ほどの男だ。服は貴族の着込むようなものではなく、簡易的な鎧である。手には鞘に入った長い剣を持っており、杖のように自身の正面で地面に立てている。


 その男を見つつ、三人は跪き頭を下げる。


「Aランク冒険者、ソフィアーナ・ネル・ラ・フィルリアス。同じくAランク冒険者、ヴァール。そしてBランク冒険者のシンメイ・ハルマ」


 家臣の誰かが名を呼び、男は浅く顎を引いた。


「……楽にするが良い」


 男がそう言うと三人はゆっくりと顔を上げる。


「私はスプランヘル・フォン・クランツ。この公爵領領主であるバルトロメウス公爵の嫡男であり、副領主の任についている。そちらの二人は名を聞いたことがあるな。もう一人は知らぬが、Bランクなれば相応の実力者であろう」


 スプランヘルはそう切り出すと、目を細めてソフィアを見た。


「……して、ソフィアーナ殿。貴女が父を病から救っていただけると耳にした。真か?」


 聞かれ、ソフィアは真っ直ぐに見返し、首を左右に振る。


「いいえ。私は公爵閣下を癒すことが出来るかもしれないと申しました。閣下の病の詳細は聞かされておりませんので、治せるかは不明です」


 正直にそう告げるソフィアに、周りの兵士の一部から怒りの視線が向いた。


 スプランヘルは諦めの表情で溜め息を吐き、遠くを見るような目でソフィアを見つめる。


「……これまで、多くの医者や神官に父の容態を聞き、商人には異国の薬はないか尋ねた。だが、どれも全くの無駄である。様々な治療をして僅かだが効果があると残ったのは、回復ポーションを少量ずつ飲ませることだけだ」


 スプランヘルはそう呟き、深く息を吐く。


「駄目でも良い。父を診てくれ、ソフィアーナ殿」


 スプランヘルは縋るような目でソフィアを見て、そう口にした。

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