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公爵家2

「先に謝っておきます! 村の方々!」


 ソフィアが背中越しにそう告げると、ジイダンを中心とした中年以上の村人達は苦笑する。


「気にしないでくれ! あんた達は善意で俺達を助けた! 悪いのは奴らだ! 後悔なぞせんでくれ!」


「ああ! むしろ、ジイダン達を助けた為に、トップクラスの冒険者であるあんた達がこんな事に……!」


 どこまでも善良な村人達の言葉に、ソフィアは歯噛みをして首を左右に振った。


「違います! 目の前には傭兵団に踏み荒らされてはいますが、大切な貴方達の畑もあります! それが失われることについてです!」


 ソフィアがそう否定すると、それを聞いていた村人達だけでなく、正面で武器を構える傭兵団も目を丸くした。


 そして、誰ともなく自分達の足元を確認し、半数近くが畑を踏み荒らしていることを認識する。


「……あの女も馬鹿か?」


「勝てる気か、まさか」


「いや、でもAランクらしいぞ、あのエルフ」


「騎士団長だろうがこの人数にゃ勝てねぇよ、馬鹿野郎」


 ソフィアの発言をどう捉えたものか分からない面々は、各々呆れたり怒ったりと反応を示した。


 そんな中、焦れてきたランダルが剣の先をソフィアに向けて怒鳴り声を発する。


「図に乗るなよ、亜人! 貴様がAランクの冒険者だろうがなんだろうが、この人数を相手にすれば絶対に勝てん! 挑発して活路を見出すつもりだろうが、当てが外れたな! このランダルは常に冷静沈着で知られる男! 貴様のような亜人の戯言など最初から聞く気は無い! まぁ、見た目だけは中々だからな! 殺さずに有効活用してやる!」


 そう言って豪快に笑い出すランダルに、傭兵達から下卑た歓声と口笛が鳴り響く。


「ハルマ、殺って」


 凍てつくような冷たい声がして、春馬は頬を引きつらせた。


「まさか、ファイアボールかい? 流石にそれは……」


 春馬が躊躇う素振りを見せると、ソフィアは輝くような笑顔で振り向いた。


「殺って?」


「りょ、了解しました」


 ソフィアの声と笑顔に身震いし、ハルマは片手を傭兵団の頭上に向けて、魔術を行使する。


「ファイアボール」


 そう口にした直後、ハルマの手のひらの先から小さな炎の球が現れ、射出される。炎は傭兵団のすぐ上を通り過ぎ、後方の丘に向かって飛んでいった。


 それを見て、傭兵達は噴き出して笑う。


「ぶ、ぶはははっ! なんだ、今の火花は……!」


 誰かがそう口にした瞬間、爆音と共に地面が揺れた。地響きは一瞬で、すぐさま空は赤く染まる。


 傭兵達は背後に感じる熱気に思わず振り向き、固まった。


 轟々と音を立てて丘が燃えていたからだ。決して小さくは無い丘が火柱を上げて燃え盛っている。その火は地獄の炎とでも言わんばかりの激しさであり、傭兵団の士気を急激に下げるほどであった。


 だが、そんな戦意がガタガタになった傭兵団に、春馬は笑顔で警告する。


「こんな感じで攻撃しますから、絶対に防御してくださいねー? 本気で攻撃を防がないと即死ですからねー」


 春馬がそう言って手のひらを上に向け、魔術の準備をすると、傭兵達は息を呑んで盾を構えた。


「ば、ば、馬鹿言ってんじゃねぇ!」


「あんな魔術防げるわけねぇだろうが!」


「止めろ! 人殺し!」


 一転、傭兵団は春馬の一発で腰が引けた。盾を構えながら怒鳴る男達にソフィアの目が更に冷たくなる。


「ハルマ、早く」


「はいはい」


 苦笑しつつ、春馬はそっと魔術を切り替え、発動した。一陣の風が吹き、盾を構えていた傭兵達が風に押されて仰け反る。


「ブラストウィンド」


 そこへ、突如として竜巻のような暴風が吹き荒れた。弧を描くように風が巻き上がり、傭兵達は堪らずその場でたたらを踏み、地面に薙ぎ倒されていく。


 数百人が身動き一つとれないような巨大な質量の風だ。その吹き荒れる風を見ながら、ソフィアが詠唱を始めた。


 十秒ほどで詠唱を終えたソフィアは、両手を前に突き出して口を開く。


「ファイアストーム!」


 風上級魔術と火の魔術を組み合わせた合成魔術を発動させたソフィアに、ハルマがウッと声を出して冷や汗を流した。


 春馬が作り上げた暴風の中を火炎放射のように荒れ狂う炎の帯。通常なら霧散してしまうような風の中で、その炎は何故か威力を増しながら燃え広がっていく。


 瞬く間に数百といた傭兵達が絶叫とともにその数を減らしていき、数分で僅かな者しか立っていない状況となる。


「ば、馬鹿な……っ!? たった、二人に……」


 ランダルの声が風と火の音に掻き消される。


 炎は弱まるどころか力を増していく一方で、春馬は慌てて水の魔術を発動させる。


 村人達は壁の向こうで鳴り響く炎と嵐の轟音、そして傭兵達の悲鳴を聞いて体を震わせた。石垣の上まで燃え上がる炎の渦に、恐怖によって一歩下がる。


 その時、春馬が放った水の魔術が空へと舞い上がり、空中で弾けた。


 途端、バケツをひっくり返したような大量の水が空から降り注ぎ、炎を急速に消し去っていく。


 しばらくして村の前で燃え盛っていた炎が鎮火し、春馬は複雑な表情で辺りを見た。


 傭兵達は皆倒れ伏しており、全滅は間違いない。


「や、やり過ぎじゃない?」


 そう言う春馬に、ソフィアは否定の言葉を口にする。


「逃すわけにはいかないでしょう? 逃せば、公爵家の手がこの村にも伸びてしまう可能性もあるし、私達がいない時に村に害を為すこともあり得るもの」


「そ、そうか。たしかにね」


 ソフィアの言葉に納得し、腕を組んで頷く春馬。ソフィアはその横顔に微笑み、村人達を振り返った。


「さぁ、我らの勝利です! 祝おうではありませんか! あ、焼け野原になってしまった畑は私達が弁償します! 申し訳ありませんでした!」


 と、ソフィアが村人達に叫び、頭を下げる。


 よく分からないまま、村人達は歓声を上げてみたり顔を見合わせてみたりと、それぞれ生返事を返した。


 そこへ、音もなく影が降り立つ。灰色の髪を揺らし、その人物はソフィアと春馬を順に見た。


「……何がどうなって俺がいない三時間だか四時間程度の間に死屍累々の現場になってやがる」


 その人物、ヴァールが低い声でそう呟くと、春馬は目を逸らし、ソフィアは怒り顔で文句を返した。


「貴方が遅いのが悪いのよ! 仕方なかったの!」


「なんでだよ!?」


 ヴァールの怒鳴り声は虚しく空へと響き渡っていったのだった。


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