過去4 魔術の基礎
クリスタルの中でもやもやと赤い煙が漂うのを見て、思わず声が出る。不思議な光景だ。
と、三人のエルフ達がそれを見て吹き出すように笑った。
「人間は魔術適性が高くないとは聞くが、これは低過ぎる」
「本来なら流石に火の粉くらいは上がるものだ」
「ウェルシア様も人が悪いですな」
女があざ笑うように言うと、他の二人も続いた。女は先程までの不機嫌さが嘘のように笑顔になると、私に退がるように手振りをし、代わりにクリスタルに手を押し当てた。
すると、クリスタルの中に大きな炎の球が生まれ、轟々と燃え盛り始める。
「おぉ、凄い。手品みたいですね」
思わず、そんな言葉が口から出た。すると女は癇に障ったのか、鋭く睨んでくる。
「仕掛けなぞ無い。これが私の魔力量だ。ちなみに、私が得意とするのは風だがな」
そう言うと、女は含みのある笑みを浮かべて一歩下がる。クリスタルの中の炎もあっという間に消えた。
興味深くクリスタルを眺めていると、ウェルシアが不思議そうにこちらを見て口を開く。
「……魔術を知らない口ぶりだったが、魔力の放出方法は知っていたのか?」
「放出方法?」
首を傾げると、三人のエルフが馬鹿にしたように笑いだす。
「そんなことも知らないのか?」
「どこの田舎者だ」
「魔術の基礎など、今や田舎の村でも教えているだろう?」
そんな言葉が投げ掛ける中、ウェルシアは気にもせずに手のひらを上に向けた。
「心臓から血を送るように、熱を伝達するように、水が染み込んでいくように、手の先に向かって念じろ。力はいらん。想像し、念じて、体の中心が温かく感じられれば成功だ。その温かさを、手の先に向かうように意識しろ」
言われたことを実際にやってみる。
意識すると、心臓の鼓動がだんだんとハッキリ聞こえてくるようになる。
温かさはほんのりとだが感じ始めた。
「手の先まで温かくなったら、これに手を当てて炎をイメージする。出来るだけ大きな炎が良い」
そう口にすると、ウェルシアが先にクリスタルに触れた。直後、クリスタルの中で青白い炎が燃え上がる。
轟々と燃え盛る青白い炎は、瞬く間にクリスタルの中を全て満たした。
「お、おぉ……!」
「なんと、見事な……!」
エルフ達が驚愕し、クリスタルの中の炎を見ている。女は何処か悔しそうに眉根を寄せた。
それを横目に、私は自分の手のひらが熱くなってきた感覚に一人頷く。
すると、ウェルシアは一歩離れ、クリスタルを指し示した。
「やってみろ」
そう言われたので手を伸ばすと、他のエルフ達が口の端を上げる。
手のひらがクリスタルに触れると、クリスタルの表面が冷たくて気持ちが良いな、などという思いが頭に浮かぶ。
あ、炎をイメージしないと。
思い出して、私は炎をイメージする。大きければ良いのならば、太陽とかで良いか。地球より遥かに大きな火の玉だ。まぁ、核融合の火だが、問題は無いだろう。
そんなことを思っていると、目の前のクリスタルが白い光に包まれた。
「……っ! 離せ! 離れろ!」
怒鳴り声が聞こえて後ろに下がろうとしたが、遅かった。
激しく発光するクリスタルの外にまで白い炎が溢れ、最後には空に向かって火柱が上がる。
いや、火柱というより、巨大な光線と言った方が良いかもしれない。目を焼くような眩い光の柱が立ち上り、辺りを白く塗りつぶした。
すでに、クリスタルから手を離して距離を取っている。だが、なかなか収まる気配は無い。
数秒してようやく暗くなってきた。目を細く開けて、周りを確認する。
三人のエルフは信じられないものを見るようにクリスタルを見ており、ウェルシアは面白いものを見るような目で私を見ていた。
「……ば、馬鹿な! な、何か仕掛けがあるに違いない!」
「え? 仕掛けがあるんですか?」
エルフの言葉にウェルシアを見ると、笑いながら否定された。
「そんなものは無い。まさしく、君の力だ。私などよりも遥かに上のな」
ウェルシアの言葉に、女が振り返る。
「そんな馬鹿な! ウェルシア様は現在、最も強い魔力を持つ方です! それを上回るなんて!」
感情的に女が叫ぶが、ウェルシアは笑ったままクリスタルを指差した。
「だが、目の前で起きたことが事実だ。私が得意なのは水だが、それでもクリスタルの周りに白い靄を出す程度。あのように溢れ出す魔力などまず有り得ない」
そう告げると、皆が押し黙った。それを見た後でこちらに顔を向けると、ウェルシアが話を続ける。
「ハイエルフは唯一原種が残っていると言ったが、あれは正確では無い。何故なら、最初に子を成した段階で、神から頂いた身体では無い身体になっていっているからだ。つまり、ハイエルフ同士で純粋な血脈が残っているとしても、それは神の造った身体とは大きく違うものとなる」
よく分からないが曖昧に頷いておくと、ウェルシアは空を見上げた。壁に切り取られた長方形の空が見える。
「最初のハイエルフは、このクリスタルから炎や水、風が溢れ出たらしい。だから、この神殿には屋根が無い。中の者が誤って死んでしまわぬように」
ウェルシアはそう言うと、改めてこちらを見た。
「君はどうやら、神が新たに創り出した存在らしい。ならば、君の話した信じられないような話も納得だ。恐らく、神の造った器に耐えられる魂が選別され、君に行き着いたのだろう」
「神に? でも、なんで違う世界から……」
「さて。神の意志など分からぬことばかりだ」
と、二人で考え込むように唸る。そこへ、話を聞いていたエルフ達が口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってください。それでは、この人間がウェルシア様のような原初の存在である、と?」
「いや、より最初の存在であるかと言うならば、私なぞ比べ物にならん。なにせ、本当に原初の存在なのだからな」
ウェルシアがそう答えると、三人は愕然とした顔でこちらを見た。そして、女のエルフが悔しそうに歯嚙みをし、口を開く。
「……申し訳ありません。ウェルシア様。私はやはり納得が出来ません。この目でその力を確かめなければ」
そう告げてこちらに向き直る女に、ウェルシアは呆れたように腕を組み、浅く息を吐く。
「非合理的だ。まだ魔術を使えない状態で戦ってもお前が勝つのは当たり前だ。だが、もし彼が、ハルマが魔術を覚えたなら、私ですら勝てないかもしれん。他の者は言わずもがな、だ」
ウェルシアはそう言って両手を軽く広げた。そういえば、初めて名を呼ばれた気がする。
と、そんなことを考えていると、女は言葉も出せずに手を震わせ、俯いた。いつ襲い掛かってくるのか。そんな気持ちで不安になっていると、女が顔を上げる。
「……帰ります」
だが、ウェルシアの言葉が効いたのか、女はそれだけ言い残して出て行ってしまった。それを見送り、ウェルシアは二人のエルフを振り返る。
「……お前達は残るのか?」
そう聞くと、二人は顎を引いて頷いた。
「どうであれ、我々の使命はこのクリスタルの保護と魔術の補助。使命を投げ出すようなことはいたしません」
「そうか。ならば、ハルマに魔術の手ほどきをするから手伝ってもらおう。まずは適性の高い火の魔術から」
ウェルシアの言葉を合図に、魔術の修行は始まったのだった。




