過去3 エルフの国
この世界は五つの大陸に分かれており、三つの大陸では人間が最大勢力となっている。残りの一つは獣人、最後の一つは様々な種族がおよそ均等に暮らしている。
神が最初に生物を創り出した時は、人間の始祖である半神、ハイエルフ、魔族、妖精がそれぞれ別の大陸に置かれ、各々の文化を築いていった。
推測でしか無いが、これは神が最も優れた種族が何かを知る為の実験のようなものではないかとされた。
ハイエルフは四百年近い寿命がある為、今でも原種が十数名残っている。しかし、魔族、妖精は寿命が二百年ほどの為、原種はまず残っていない。半神は百年と更に短い為、言わずもがなである。
ただ、寿命が短い者の方が人数は増えやすく、今や世界の人口の半分は人間だろう。
ハイエルフと人が混ざった者がエルフであり、寿命は二百年ほどとなったが、かなり人口は増えた。妖精と人が混ざった者がドワーフであり、小人族とも言われる存在となった。寿命は百年程度である。
そして、魔族と人が混ざった者が獣人と呼ばれる存在となり、寿命は百年ほどとなった。
人間は当初からあまり変わらなかったが、神力なるものは完全に失われ魔力も弱くなった。寿命は環境次第で七十年ほどだろう。
ちなみに、魔族と混ざったダークエルフと呼ばれる者もいるが、少数であるとのこと。
人間が最大派閥となって久しく、それ以外の存在を亜人と呼ぶようになったことから、エルフはエルフの国に、ドワーフは山中の鋼の国に、獣人は森の中の緑の国に寄り添うように集結している。
どの種族にも冒険者や行商人などを生業とする者がおり、他国に出る者もいるが、最近は徐々に減ってきているらしい。
当のエルフが最も閉鎖的で、今や殆ど外に出ることはない。
「何故なら、我々は老いぬ身体故、人間に狙われた時期があった。それは数にものを言わせた暴力的なものであり、我々の意思などはそこに介入しない。連れていかれた者は奴隷にされる。長い年月で鍛えられた魔術を使わされるのならまだ良い。ただただ愛玩動物のように飼われたり、場合によっては無意味な拷問すら受けて死んだ者もいたという」
大まかに世界の説明をした後に、青年は悲しげにそう言うと、怒りの篭った目を私に向けた。
「ハルマ。君がもし、我らの内の誰か一人を奴隷として捕まえて売ったなら、一生を買えるだけの富を得るだろう」
そう言われて、私は目を瞬かせる。
「そんなものに興味はありません。むしろ、せっかく独自の文化を作り上げた人々を奴隷にしてしまうなんて……信じられない」
思わず、怒ったような声が口から出た。それに青年は目を細め、頷く。
「そうか。では、今度はこちらから質問をしても良いか?」
そう聞かれ、私は身の上を話した。違う世界にいたこと、死んだと思ったら此処にいたこと。そして、地球では病に臥せり、何も出来ずに死を迎えたこと。
「君の世界とやらに、完全治療薬は無かったのか?」
その質問に、私は無いと答えた。飛行機や船、恐ろしい兵器や宇宙船などまであるのに、どんな病気も治す薬は無い。
すると、彼はある事に興味を持った。
「……宇宙、とは?」
地球や今自分達が丸い惑星の上におり、太陽という星の周囲を十数個の惑星が周回している。
太陽は地球の約百十倍の大きさがあり、重さは三十万倍以上。ちなみに太陽がある銀河には千億の恒星があるとされ、ほかにもそういった銀河が数千億以上存在する。
そんな天体学を話すと、青年の目がキラキラと少年のように輝いた。
「どういうことかな? この今立っている場所が丸くて、その、宇宙という場所を転がっている?」
「いや、浮いているというか……説明が難しいですね」
「我らが飛翔魔術で空を飛んでいるのに近いか?」
「まぁ、そんな感じと思って下さい」
困りながらもそんな説明をすると、青年は暫く考え込み、顔を上げた。
「面白い。君に嘘を吐いている気配は無いし、騙そうという悪意も無い。それに、飛翔魔術で雲の上に行った時、確かに地上は端が丸く見える。それはつまり、君の説明と合致することでもある」
そう言って、指を立てる。
「宇宙。星。他にはあるか?」
「科学とかどうです? 飛行機とかおもしろいと思いますよ」
そう言って解説していくと、青年は異常に良い食いつきを見せた。
「鉄の塊が空を……家屋よりも巨大であると……ドラゴンのようだな。何百人? そんなに運べるのか。それに速度も速いと……ふむ、まっはというのはよく分からんが、どんな生物よりも速いというのは驚愕だな」
静かに感想を言い、何度も物思いに耽る青年。だが、こちらに傾いた上半身が、輝く瞳が、青年の興奮度合いを表現している気がした。
「客観的に見るならば、君の言葉は荒唐無稽だろう。そんな馬鹿なと言われて当然であり、場合によっては罵声も有り得る。しかし、私は信じる」
そう言うと、青年は目を見て、力強く頷く。
「君に嘘を吐いている気配は無い。そして、嘘だとしたらあまりにも細かく作り過ぎている。私の質問に全て答え、矛盾も無い。何より、私は君のことを大いに気に入っている。君が嘘を吐くわけがないと思っているのだ」
恥ずかしげもなくそう言われ、むしろこちらが照れてしまう。
「えぇと、ありがとうございます」
とりあえず信頼への礼をすると、青年は頷いて立ち上がった。
「こちらからも知識を提供したいが、後は魔術くらいしか思い浮かばん。教えてやろう」
青年にそう言われて、思わず目を瞬かせる。
「魔術……私にも使えるものでしょうか」
尋ねると、青年は楽しそうに笑った。
「使えるようになる。私がそうさせるのだ」
そう言って、青年は私を謎の神殿に連れていった。壁と床が光を反射させる銀色の金属で出来ており、壁は高いが屋根は無い。奥には巨大なクリスタルがあり、その周囲には他のエルフ達が立っている。
男のエルフが二人と女のエルフが一人だが、皆が揃って美しい。きちんとそれぞれに個性のある顔立ちなのだが、美を損なう個性ではない。
やはりエルフは美形揃いなんだな。
そう思いながら頭を下げると、三人は青年に顔を向けた。
「ウェルシア様……この場に人間は……」
その中の一人、女のエルフがそう口にして青年を見る。青年、ウェルシアは首を傾けて口を開いた。
「何故だ? そのような規則は無い」
疑問を呈すると、クリスタルの横に立つ背の高いエルフが訴えるようにウェルシアに対して口を開く。
「しかし、この数百年、この場に人間は入ったこともありません」
「それは必要が無かったからだ。そもそもエルフの国に人間は殆ど入れないだろう」
即答で否定され男は押し黙る。続けてもう一人の男が止めようとするが、それも意に介さなかった。
ウェルシアが引かないと分かったら、三人はこちらに目を向けた。
「人間よ。ここはハイエルフとエルフの神聖な地。最も外部を近付けさせてはならぬ場所。申し訳ないが、引き返してもら……」
「ちょっと退け」
女の言葉を遮り、ウェルシアはズンズンと歩を進める。それに気負けしたのか、女はこちらを睨みながら一歩退いた。
「こっちだ。これに触ってみろ」
そう言われ、私は三人に頭を下げながら前に出て、クリスタルに手のひらを押し当ててみる。
もうちょっと言い方とか考えてくれたらこんなに険悪にならずに済んだのに。
そんなことを考えていると、クリスタルの中にふわりと赤い煙のようなものが浮かび上がった。




