表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/24

仲間と珍道中3 アルブレヒト

「どういうことだ、ギルド長よ!」


 木製のドアが揺れるほどの大声で怒鳴り、アルブレヒトは冒険者ギルドの二階に上がってきた。


 訪ねてきたという報告だったが、その勢いはむしろ殴り込んできたといった方が正しい。エステルヘルは目を細めて、ゆっくりとソファーから身を起こす。


「これはアルブレヒト殿。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 エステルヘルはそう答え、目の前の人物を見た。


 黒い衣服に白地に金色の刺繍が施された豪華なマントを羽織った長身の男だ。服を下から盛り上げるほどの分厚い筋肉を持ち、目の前にするとかなりの圧力である。


 アルブレヒトはエステルヘルを睨み、怒鳴る。


「馬鹿にしているのか! 俺は今、弟のところへ行ってきたところだ! 可哀想に、弟はすっかり気落ちしていたではないか!? 反逆者が現れ、それを討伐しようとしたら貴様らが裏切ったと聞いている! 何故だ、ギルド長! これだけ我ら公爵家に恩を受けておきながら、何故そのようなことが出来る!?」


 そう言って、エステルヘルの返答を待つ。それにエステルヘルは眉根を寄せ、首を左右に振った。


「何故も何も、そんな事実はありませんからのう」


「なにぃ!?」


 ギロリとアルブレヒトが睨み付ける。それを正面から見上げ、溜め息を吐いた。


「ダレム殿が最初に罪のない民に手を出したのが始まりじゃて。それを止めろと言われ、今度はギルド員に剣を向けたんじゃ」


 そう告げると、アルブレヒトは怒りに震えた。


「馬鹿な! 弟にも理由があったのだろう! それを確認もせずに領主に止めろなどと無礼な発言をする者にも問題がある! そこで素直に捕縛されておれば剣を向けられることも無かった筈ではないか!」


「理由も何も無い。ダレム殿はこれまでにも多くの問題を起こしておる。今回も同様じゃ。それに、ダレム殿は領主代行であり、領主ではありませんぞ」


 エステルヘルがそう言うと、アルブレヒトは空いたソファーを蹴り飛ばした。破片が舞い散ってソファーが粉砕する。


「貴様では話にならん! この俺の問いに正直に答えんなら貴様も捕縛するぞ!?」


 怒鳴るアルブレヒトに、エステルヘルはソファーに座ったまま低い声を発した。


「……おい、小僧。お前がバルトロメウス公爵の名を汚す行為をしておるのは理解しとるのか。この町ではお前は領主代行でも何でも無い。貴族はお前の父親で、お前にはまだ大した権力も無い。それでもワシを捕まえると言うなら、上等じゃ。相手になってやるわい。冒険者ギルド全体と戦うつもりでくるんじゃぞ?」


 ざわざわとエステルヘルの髪が波打ち、身体も僅かに膨張する。それに一歩引き、アルブレヒトは腰に差した剣の柄を握った。


「獣人か、貴様……! ちっ、頭の中まで獣だな。俺は騎士団の上級士官だぞ。必ず、貴様を後悔させてやる。覚えていろ!」


 アルブレヒトはそれだけ告げると、剣を鋭く一閃した。白銀の線が空中に軌跡を残し、エステルヘルの頭上を通り過ぎる。


 空気を切る音がして、数メートル離れた先にある壁に亀裂が入り、建物の外にまで衝撃が伝わった。


 エステルヘルが動じずに睨み上げると、アルブレヒトは鼻を鳴らして剣を仕舞い、部屋を出て行った。


「……ハルマ達に使いを出さなければならんの。あいつは、間違いなくハルマ達を追うだろう」


 そう呟き、エステルヘルはギルド員に声を掛けるのだった。






「ハルマ! そっちだ!」


「分かった!」


 ヴァールに言われて春馬が坂道を転がるように降りていく。


 三人は街道を外れ、木々の生えた山へと足を踏み入れていた。


「本当にこっち!? 道も無いじゃない!」


 ソフィアが邪魔な枝を手で払いながら付いてくる。ヴァールは横顔だけ向けて、坂の下を指差した。


「音が聞こえるだろうが」


 至極当たり前のことを言ったような顔だったが、二人は耳をすましても聞こえなかった。


 だが直後、僅かな金属音と振動が響いてくるのを感じた。


「あ、本当だ」


「凄いじゃない。後でお肉あげるわ」


「……褒められた気がしない」


 間の抜けたやり取りをしながら、三人は山を降りた先にあった街道へと出た。街道は馬車二台が離合出来るかどうかといった狭いものである。


 その街道の少し先に、馬車一台と五人の冒険者らしき人々。そして、大きな魔獣が三体いた。魔獣は人型であり、分厚い体は灰色の肌で覆われている。背の高さは五メートル近くあるだろう。


「トロールだ。馬車が狙われてる」


 そう春馬が言うが、ヴァールとソフィアは左右を確認するように見ていた。


「もう一つ街道があったのか」


「多分次の街のラコニアから別の街に行く街道ね」


 ヴァールとソフィアの悠長な会話に、春馬が慌てる。


「ちょ、ちょっと二人とも。それどころじゃないでしょうが。私が倒すよ?」


 春馬がそう言って魔力を手のひらの上に集中し始めると、二人はギョッとして止めた。


「ご、ごめんね、ハルマ? ほら、結構戦えてるから、もうちょっと様子を見ても大丈夫と思って……」


「馬鹿か、そのファイヤーボールを消せ! 俺が行くから、ハルマはそこでジッとしてろ!」


 謝るソフィアと怒鳴り、走り出すヴァール。二人はあっという間に目の前から消え、トロールの側に移動した。


「シッ」


 息を鋭く吐く音と同時にヴァールの体が霞んだように素早く動く。直後、トロール一体の片足が切断された。


 激しい悲鳴とトロールの巨体が倒れる音と地響きが鳴り響く。


「だ、誰だ!?」


 目だけで振り向き、冒険者らしき五人は突然の乱入者の姿を確認した。


 そこへ、詠唱を終えたソフィアの魔術が発動する。


「ホワールウィンド!」


 美しい声の後に、不可視の風の刃が無数に放たれた。トロールや周囲の木々を切り裂いていく風に、二体のトロールは両手で自らの体を庇うようにして動きを止める。


「今だ!」


 低い男の声を合図に、五人の冒険者は二体のトロールの足を切り裂き、矢を突き立てる。膝が折れて崩れた瞬間、大きな両刃の剣を持つ男が二体のトロールの首を斬ってトドメを刺した。


「っぷはぁ!」


 思い切り息を吐き、全員が地面に座り込む。


「た、助かった……あんた達は……!?」


 苦笑いをしながらそう言って振り向いた男は、ヴァールとソフィアを見て息を呑む。


「あ、あんたは、まさか、ヴァールと『聖弓』の一人、か?」


「嘘だろ? 二人ともAランクじゃないか」


 どよめく冒険者達をざっと見て、ソフィアはさらりと回復魔術を行使する。


 白く淡い光が地面を照らし、その上に座り込んでいた冒険者達は淡く発光しはじめた。


「お、おぉ……!」


「本物だ。癒しの魔術……ソフィアーナか」


 怪我だけでなく、僅かながら体力も回復する魔術を受け、全員が落ち着きを取り戻す。


 そして、一人が後から歩いてくる春馬に気がついた。


「まさか、あいつもAランクか?」


「いや……あ、あいつは、黒い災害の……?」


 誰かが春馬のことを知っていたらしく、冒険者ギルド内でのみ有名な二つ名を口走る。


 途端にギョッとした顔になる残りの四人。


 春馬はそれに苦笑いしながら、声を掛ける。


「皆さん、怪我はもう大丈夫ですか?」


「あ、ああ」


「助けてくれてありがとう」


 返事はするが、明らかに全員が警戒心を持っていた。その態度に、ヴァールとソフィアが苛立ち始める。


「ハルマが一番に助けようって言ったんだけど?」


 ソフィアが凍てつくような声でそう口にすると、びくりと五人は背筋を伸ばし、こちらを見た。


「そ、そうだったのか」


「それは、悪いことをした……申し訳ない」


 頭を下げる冒険者にヴァールとソフィアが満足そうにするが、春馬は慌てて両手を振る。


「あ、いやいや、こちらこそ。何とかなったかもしれないのに、横から手を出してしまって申し訳ありません。それでは、お互いに旅の途中でしょうから、これで」


 春馬が笑って別れの挨拶をすると、リーダー格らしい男が顔を上げ、胸元からプレートを出した。


「俺たちはそれぞれはCランクだが、パーティーとしてはBランクの『鉄壁』だ。もし、何か必要なことがあればなんでも言ってくれ。この恩は忘れない」


 その言葉に、春馬は嬉しそうに笑って頷いたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ