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碧眼の守護者  作者: kakasu
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第23話少女の記憶と悲しきメロディ④

 魔族に人間が加担している可能性の高さを認識し、連隊長たちは驚愕した。フェンリルは眉をひそめ、チラリと隣のクロエに視線を向けた。クロエの表情はいつもと変わらない。動揺する様子も無く、ただ黙ったまま銀色のネックレスを見つめていた。

「さらに、ダミール島の領主城地下から採石場まで、海底トンネルが建設されていたことが確認されました。国内の技術では、海底トンネルの建設は不可能であり、確実に国外の技術が用いられております」

「……技術大国エンジーナ! 今日の事件とつながりましたな!」

 グラフスが声を張り、クルーガーに視線を向ける。

 クルーガーが大きくうなずいた。

「エンジーナが魔族に加担してることは、ほぼ間違いねぇ。神官試験のルートをピンポイントで襲撃してきたのを見ると、国内にも協力者がいる可能性は高い」

「魔導武具の観点からだと魔導士、神官試験のルートに詳しい者だと神官も疑わしいですね」

 クルーガーの言葉にフェンリルが考え込む。

「身内に内通者がいる以上、大掛かりな調査は出来ないと言うことね。旧帝国軍が関与しているならば国王に報告する義務があるし、やりずらいわね」

「わざわざ魔導機兵まで持ち込んで、エンジーナの宣伝に来てくれたんだ。ここまでは後手に回ってたが、今度はこっちから攻め込む番だぜ!」

 難しい顔をするクロエに、クルーガーが意気揚々と拳を向ける。

「兄上、それだけは絶対になりませぬ。国王の許可なく他国で戦闘行為があった場合、厳重な処分がくだされます。それにクロエは、兄上と外国へ行くときは新婚旅行と心に決めております!」

「……ごめん。お兄ちゃん最後のほう意味わかんない」

 兄妹の会話を聞いて、フェンリルが「プッ」と吹き出した。

 グラフスは、かわいい我が子を見るように2人を微笑ましく見つめた。

 サーズとアイリスが大きな声で笑い出す。

 張り詰めていた空気がほぐされていく。

「あ、そうそう、ここに書いてある住所を訪ねてくれ」

 クルーガーが思い出したように1枚のメモを取り出してエドに渡す。

「魔導士キース・バレルさん……ですか?」

 殴り書きされた文字をなんとか解読したエドが尋ねる。

「そいつ、魔導武具にすげぇ詳しいの。ロウリーから回収したネックレス、詳しく解析してもらってくれよ」

 クルーガーが話しながら、自分に抱き着こうとする妹の顔面を鷲掴みにして押し返す。

 エドは「了解しました」と苦笑いで答えた。



 マイたちは記憶喪失の少女を連れて、王都東地区のショッピングストリートを歩いていた。「町を歩けば何か思い出すかもしれない」というルカの提案で、王都の若者たちに人気の通りに出たものの、地元ユーフォルムとは比較にならない人通りの多さに、少女たちは圧倒されていた。

「ええいっ、このビッグウェーブに今乗らずしていつ乗るんだ!」

「待ってよルカ」

「ああ! 私も行く」

 濁流のごとき人ごみの流れにルカが飛び込み、その後をララとエミリが追いかける。

「あぅ……」

 タイミングを逃したマイが間の抜けた声を出す。

「まったくあの子たちは、ただ買い物したかっただけなんじゃないかしら?」

「エリーちゃん、どうしよう? ルカちゃんたちとはぐれちゃったよぉ」

「平気よ、ルカには伯母様の宿の地図を持たせてあるし、はぐれたときは教会本部前に集合するって決めてあるから。あの子たちも適当に遊んだら、教会前に来るはずよ」

 エリーゼが地図を開いて説明する。

「そっかあ、良かった。じゃ、私たちも行こうか……」

「別にこの大通りでなくてもいいんじゃない? 隣の通りの方が静かだし、きっと彼女も安心して歩けるわ」

 都会の空気に馴染まないマイの気持ちを察してか、エリーゼは隣の道を指さした。

「そうだね。私もあっちの通りがいいなーって思ってたんだ。行こう」

 記憶喪失の少女は、マイの言葉に笑顔でうなずいた。

 マイとエリーゼが記憶喪失の少女を挟んで歩く。

 東地区一番のショッピングストリートの隣は人通りも少なく、落ち着いた雰囲気の商店が立ち並んでいた。流行の洋服や、最新のアイテムを取り扱っている店は一軒も無い。家具や工芸品はアンティークが主体で、帽子や衣服、アクセサリーも古い型を取り扱う専門店が並んでいた。

 3人の少女は、落ち着いた雰囲気のお店を眺めながらゆっくりと歩く。

「私、こういうお店けっこう好きかも。なんかさ、大人っぽくない?」

「私も好き。記憶があったころの私も、こういうの好きだったのかな……」

 青い瞳で通りを見つめながら少女がつぶやく。

「あなたのこと、なんて呼べばいいかしら? 名前が無いままというのも不便よね」

「んー、名前も全然思い出せないし……」

 少女が頭を抱えて考え込む。

「えっとね、髪が水色でしょ。それで、水色は大陸の古典語でエルラだから、エルちゃんはどうかな?」

「なるほど、水色の古典語からエルね。どう? あなたのこと、エルって呼んでもいいかしら?」

 マイの考えに賛同したエリーゼが少女に尋ねる。

「エル……素敵な響き。うん、ありがとう」

 自分の新たな名前を声にして、少女は青い瞳を輝かせた。

 名前を気に入った様子のエルを見て、マイとルカは顔を見合わせニッコリ笑った。

 エルが雑貨店の前で立ち止まり、ショーウインドーを覗き込んだ。

「何か気になるものがあるの?」

「これって、なんていうの?」

 声をかけたエリーゼに、エルはショーウインドの中を指さして質問する。

「オルゴールよ。機械仕掛けで音楽を演奏してくれるの」

「お店とかで流れてる曲は、オルゴールが演奏してるんだよ。うちにも小さいのが1つあるよ。誕生日にお父さんに買ってもらったんだ」

 エルは2人の話を興味深そうに聞き、再びショーウインドーのオルゴールをジッと見つめた。

「中に入って見せてもらいましょうよ。記憶を取り戻す手掛かりになるかも知れないわ」

「エルちゃん、行こ」

「う、うん」

 エリーゼが店の扉を開いた。

 エルはマイに手を引かれ、店の中へ入って行った。

 陳列棚にはたくさんの置時計や懐中時計が並べられ、壁にかけられたランプの温かな光が店内をぼんやり照らしている。

 外よりも少しうす暗い店内に、時計の振り子の音が響く。

「すみませーん。誰かいませんかぁ?」

 マイが控えめに呼びかけると、店の奥から店主が慌てて飛び出してきた。

「はいはい、すみません。何かお探しですか?」

「オルゴールを見せていただけますか?」

「ええ、どうぞこちらへ」

 少女たちを案内した店主が、壁側の棚から一つのオルゴールを手に取り、ぜんまいを巻く。店主が手を離すと、オルゴールがキレイな音色を奏で始めた。優しく、そして切ないメロディに、少女たちが目を閉じて耳をかたむける。オルゴールの演奏が止まり、マイとエリーゼが目を開くと、目をつむったままのエルが涙を流していた。

「エルちゃん、大丈夫?」

「何か思い出したの?」

 尋ねる2人を見て、エルは首を横に振った。

「思い出したことは何も無いの。でも、なんだかとても悲しいメロディだったから……」

 エルが頬につたう涙を拭きながら答える。

「お嬢さんたちは、この曲をご存知かな?」

 店主がオルゴールを丁寧に棚へ戻しながら尋ねる。

「確か『人形のメヌエット』だったかしら? 戯曲のテーマ曲として作られたのよね」

「へぇー、エリーちゃん詳しいね。私も曲は聞いたことあるから知ってるよ」

 マイが感心しながら、『人形のメヌエット』を奏でたオルゴールを眺める。

「確かにこの曲は悲しい曲なんだ。100年前の有名な劇作家が書いた戯曲なんだが……」

 それは当時人気を博した演劇を題材に作られた曲だった。

 戦争孤児の少女が、幼いころの記憶を頼りに生き別れた家族を探す物語。大人になるまで家族探しの旅を続け、やがて彼女は唯一生き残った姉と再会する。それと同時に、彼女は自分が人ではなく、姉と思っていた女性が幼いころ大切にかわいがっていた人形であった事実を知る。驚愕の事実を受け止めきれず、悲しみに暮れた人形は命を断とうとするが、幼い日々を彼女と共に過ごした女性がそれを止め、共に暮らしていくことを誓うという、当時の戯曲にはめずらしいファンタジー要素の強い作品であった。

「ハッピーエンドのお話で良かったです。悲しい感じのメロディなので、お話も悲しい終わり方なのかと思いました」

 語り終えた店主にマイが安心した顔で話す。

「うーん、それがね、姉だと思っていた女性から『ずっと妹のように思ってた。これからも姉妹として仲良く暮らしましょう』と告げられるんだが、主人公の彼女は人形の体に戻ってしまうんだよ。『また会えて嬉しかった。お姉ちゃん、ありがとう』と言い残してね」

「そんな……」

 マイがびっくりして口を両手でふさぐ。

「やはりバッドエンドなのね」

「悲しい物語ですね」

 エリーゼとエルがしんみりした様子で言った。

「私はね、バッドエンドとは思わないんだ」

「えっ?」

 意外なことを口にする店主を3人の少女が見つめる。

「主人公は自分が人形だったことを知り、悲しみに暮れ、命を断とうとまでした。でも人間だとか人形だとか関係なく、姉と思い慕った人は自分を家族として愛してくれていた。人間の体は失ったけれど、きっと彼女は大切なものをもらえて、嬉しかったんじゃないかな?」

 少女たちは複雑な表情で店主の話に耳をかたむけていた。

「そうですね。私もそう思います。劇を見てた人は悲しく感じたかもしれないけど、きっとお人形さんは、幸せになったんですよね?」

 最初に口を開いたエルが笑顔で答えた。

「んー、私はやっぱり人間の体のまま姉妹仲良く暮らしたほうが良かったと思うなー」

「マイって、意外と頑固だったのね……」

「ええーっ、エリーちゃんの方こそ!」

「わたくしは素直よ」

「二人とも、ケンカしないで」

 少女たちを見ていた店主が笑い出す。

「じゃ、このお店に来てくれた記念に、このオルゴールをプレゼントしよう」

「そんな、悪いです」

 遠慮するエルの前に、店主がオルゴールを差し出した。

「君たち3人の思い出にしておくれ。もらってくれたら、このオルゴールもきっと喜ぶよ」

 エルがマイとエリーゼの顔を見る。

 2人は笑顔でうなずいた。

「ありがとうございます。大切にします」

 エルが礼を言うと、店主は優しく微笑んだ。



 ショッピングストリートで買い物を満喫したルカたちは、はぐれた時の待ち合わせ場所であるマリアンヌ聖教教会本部の前にやってきた。王都の中心部に位置するこの場所もたくさんの人が行き交っていた。

「さすが王都の教会本部、でかいわー」

 ルカが建物を見上げる。

「エリーゼに誘われなかったら、王都なんて来る機会なかったもんね」

「確かにね。おかげでカワイイ洋服も買えたし」

 エミリとララが顔を見合わせて笑う。

「おっ、あれマイたちじゃね?」

「ホントだ」

「おーい、エリーゼ、マーイ、ここーっ」

 3人がマイたちを呼んで大きく手を振る。

 その声に気がついたマイが手を振り返し、人ごみをかき分けて教会前までやってきた。

「ここもすごい人だねー。都会はやっぱり違うね」

「バルサも大きな都市だったけど、王都はさらにスケールアップだよなあ」

 マイとルカが興奮冷めやらぬ様子で語り合う。

「ショッピングストリートの観光は満喫できた?」

「もちろん! 大満足」

 エリーゼが尋ねると、ララとエミリは戦利品の数々を掲げた。

「よくもまあ、それだけ買ったわね……」

 エリーゼがあきれ顔でつぶやいた。

「そっちはどうだった? 水色のお姉さん、なんか思い出せた?」

「ルカちゃん、水色のお姉さんは今日からエルちゃんになったのだよ。水色の古典語エルラから私が命名しました!」

 質問したルカにマイが胸を張って自慢気に話す。

「あー、はいはい。わかったわかった。で、どうだった?」

「えっと、思い出したことは無かったんだけど、雑貨屋さんでこれをもらったの」

 エルが小さなオルゴールを見せ、ぜんまいを巻いた。雑踏の中に『人形のメヌエット』の悲し気なメロディが流れる。

「ああっ、この曲聞いたことあるな」

「私も知ってる」

「確か『人形のメヌエット』だよな?」

 少女たちはオルゴールの演奏が止まるまで、静かに曲を聞いていた。

「記憶は定かじゃないけど、なんだかオルゴールとこの曲が懐かしい気がして……」

 エルが手のひらの上のオルゴールを見つめる。

「いいじゃん! そう思えただけでも一歩前進だよ」

「小さな出来事の積み重ねが記憶を取り戻すための近道ですよ」

 ルカとエミリの言葉に元気づけられ、エルは笑顔を見せた。

「おーいマイ、どうかした? 知り合いでもいたかあ?」

 ギルド会館の方にジッと視線を向けているマイの肩をララが叩いた。

「違うの。さっきから男の子がこっちを見ていて。ほら、あの街灯の横」

「んん? 男の子なんていないぞ」

 マイの指さす方向を見るが、男の子は見当たらない。

「おいおいマイー、とうとう恋に目覚めちゃったかあ?」

「違うってえ!」

 ルカがニヤニヤしながらマイをからかう。

「マイって、意外と自意識過剰だったのね……」

「ホントに見てたんだよお!」

 エリーゼもルカに便乗してからかう。

「私も見たよ。多分、エルちゃんと同い年くらいの子」

「エミリちゃーん、ありがとぉ」

 マイが潔白を証明してくれたエミリに抱き着く。

「エルのこと知っている子かしら? エルは見えた?」

「えっと……どうかな? 分からないや……」

 男の子が立っていた街灯のそばに視線を向け、エルは胸の前でオルゴールを握りしめた――。


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