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碧眼の守護者  作者: kakasu
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第22話少女の記憶と悲しきメロディ③

 ドレイル侯爵の屋敷の周りは、野次馬と化した市民に囲まれ大きな騒ぎとなっていた。食事会の催された屋敷は、ドレイル侯爵が所有する内の一つで、パーティや舞踏会専用に使用されているものであった。

 屋敷の南側の窓ガラスがすべて破壊され、すぐそばの通りには粉々に砕け散ったガラス破片が散らばっている。

 屋敷の玄関側の大通りには、黒い甲冑をまとった兵士たちが転がっていた。

「こいつら、いったい何だったんだ?」

「クルーガーさんが来てくれなかったら……考えるだけで恐ろしいわ」

 動かなくなった兵士を見つめ、ルカとエリーゼがつぶやく。

「クルーさん大丈夫かなあ? まだ戻って来ないけど……」

 マイが不安そうに屋敷の2階に視線を向けた。

「あの人ならきっと大丈夫」

「だって、魔族を倒しちゃうくらい強いんだから」

 ララとエミリがマイの肩にそっと手を置いた。

 突然、南側の通りから助けを求める声が聞こえた。

 マイがとっさに声の方向へ走り出す。

「お、おい、待てよマイ」

「ちょっとルカ。クルーガーさんにここで待っているように言われたでしょ! ララ、エミリちょっと待っていて」

 エリーゼが2人の背中を追いかける。

 ララとエミリは苦笑いしながら顔を見合わせた。

「私はユーフォルム神学校見習い神官のマイです。どうされました?」

 倒れた少女を抱きかかえる初老の男性にマイが尋ねる。

「この子が突然倒れて……さっきまで私の隣でドレイル侯爵のお屋敷を眺めていたんだが」

 マイが「わかりました」と返事をして、神の癒しを詠唱しかけたその時、少女がゆっくりと目を開いた。

「おい、しっかりしろ。どこか痛むとこは?」

 ルカが少女の顔を覗き込んで尋ねる。

 少女は首をゆっくり横に振った。

「す、すみませんでした。急にめまいがして……」

「大丈夫かい?」

「はい、もう平気です」

 少女が初老の男性に支えてもらいながら立ち上がる。

「無理するんじゃないよ」

 初老の男性は優しく言うとその場から去っていった。

 その後ろ姿におじぎをした少女がバランスを崩す。

 とっさに少女の体をエリーゼが受け止めた。

「すみません。立ち眩みがして……」

「もう少し休んだほうがいいわ。さあ、座って」

 エリーゼに体を支えられ、少女はゆっくりとその場に腰を下ろした。

 少女の肌は透き通るように白く、細い体は病弱に見える。身長は、クラスで一番のエリーゼよりも高く、顔つきは14,5歳に見えた。水色のサラサラしたロングヘアーが美しく、瞳の色も晴れた空のように爽やかな青色をしていた。


――瞳の色、クルーさんに似てるな。クルーさんはもっと濃い青色だけど……


 マイが吸い込まれるように少女の美しい瞳を見つめる。

「あ、あの……」

「ああ、ごめんなさい。ジッと見ちゃって。瞳の色キレイだなあって思って」

 マイが恥ずかしそうに視線をそらす。

「い、いえ。ありがとうございます」

「良かったらどうぞ。アイスティよ」

 エリーゼがバッグから水筒を手渡す。

 少女は礼を言い、喉を鳴らしながら美味しそうにお茶を飲んだ。

「のど、乾いてたんだな。私はルカ。で、こっちの金髪がエリーゼ、こっちのショートカットがマイ。お姉さんの名前は?」

「……」

 ルカの質問に、少女はうつむいて黙り込む。

「私……分からないの」

 沈黙のあと、口を開いた彼女は小さな声で言った。

「え? それって、もしかして……」

「あのお屋敷を眺めていて、そうしたらめまいがして、倒れてしまったことは覚えているの。でも、それより前のことが思い出せないの……」

「記憶喪失ってことかしら?」

 エリーゼの言葉に、青い瞳の少女は心細そうにうなずいた。



 ドレイル侯爵の屋敷に到着した聖教騎士団連隊長のグラフスは、まず野次馬の整理を部下に命じた。屋敷を取り囲む見物人の群衆で、入り口にたどり着くまで無駄な時間を費やしてしまった。

「団長、お怪我の具合は?」

 屋敷の門から少し離れた場所で、足に包帯を巻いてもらっているクロエを見つけて駆け寄る。

「軽傷だ。問題ない。敵勢力は兄上がすべてせん滅した。屋敷の2階に兄上がいる。行ってくれ」

「ハッ!」

 クロエとフェンリルに敬礼したグラフスは、屋敷へ入り階段を駆け上がった。ドアが開いたままの大広間に「失礼します」と言いながら入って行く。

「おっ、久しぶりだなグラフス」

 床に転がる甲冑の兵士を調べていたクルーガーが振り返り、笑顔を見せる。

「お久しぶりです、レオン様」

「フェンリルの親父はとっくに引退したってのに、グラフスはまだ働いてんのか? そのうち過労死すんぞ」

「騎士として死ねるのであれば本望ですな。ハッハッハッ」

 グラフスは大きな体を揺らしながら豪快に笑った。

 副団長フェンリルの父親とグラフスは同期入隊の親友であった。騎士学校高等科のころから見習い騎士として入団したフェンリルは、当初から頭角をあらわし、19歳で連隊長に就任した。娘の昇進と同時に、フェンリルの父親は聖教騎士団を退団し、現在は隠居生活を満喫している。

 フェンリルの父親とグラフスの両名は、クルーガーと共に対魔族戦争、そして大陸戦争を戦い抜いた歴戦の猛者であり、戦友であった。

「グラフスも息子がいたろ? 名前なんだっけ?」

「私の愚息のことなど、どうでもよいではありませぬか。それより、この兵士たち、どこの手の者でしょう?」

「まあ、見ろよ」

 クルーガーが兵士の握る剣を指さした。

 その剣は刃渡り50センチほど、全長約70センチの短めなものだった。国内で一般的に普及している剣より幅広な形状をしている。

「肉厚な刀身と幅広の両刃……これはグラディウスですな」

「大正解。では、次の問題。旧帝国軍でグラディウスを装備していた軍隊とその地域はどこでしょう?」

「まさか……旧ロール帝国エンジーナの魔導機兵部隊」

 グラフスが険しい表情で甲冑の兵士を見つめた。

「エンジーナが直接関わってるかどうかは分からねぇが、こいつは明らかにエンジーナの技術だ」

 クルーガーが兵士の兜をはぎとると、そこに現れたのは人の顔ではなく、様々な部品で組み立てられた機械仕掛けの人形の顔だった。

「では、さっそく現場調査といきましょう。部下を招集してもよろしいですかな?」

「ああ、あとは任せた。早く戻らねえと、クロエのヤツが機嫌を損ねちまう」

「ハハハハ。いくつになっても変わりませぬなあ」

 穏やかな笑顔を見せるグラフスに現場を引き継ぎ、クルーガーは急いで屋敷の外へ出た。

「兄ふへぇ!」

 クルーガーに抱きつこうと走り出したクロエを、フェンリルが後ろから口を塞いで押さえつける。

「クルーさん、無事でしたか? 良かった」

 マイがクルーガーのそばに駆け寄り、胸をなでおろす。

「誰に聞いてんだ? 俺は大陸最強のイケメン、クルーガー様だぜ」

「どこにいんだよ? イケメンなんて見当たらないんだけど。おっさんなら目の前にいるけどな。イテッ」

 キョロキョロまわりを見渡すルカにクルーガーのデコピンがさく裂した。ルカが涙目でおでこをおさえる。

 その様子を見て、記憶喪失の少女が「フフフ」と笑みをこぼした。

「で、誰なのこのべっぴんさんは?」

「南側の通りで倒れていたのだけれど、記憶喪失らしいわ」

「は? お前ら、通りすがりの記憶喪失を拾ってきちゃったの?」

「クルーさん、その言い方は失礼ですよ」

 マイが子供を叱るように言う。

 水色の髪の少女は、悲しそうにうなだれた。

「なあなあ、目の色、クルーガーにそっくりだろ。実は生き別れた妹だったりして」

 ルカの言葉にクルーガーが後方にチラリと視線を向ける。

 フェンリルに抑えられているクロエが手足をバタバタ動かし「妹は私!」と抗議していた。

 クルーガーが大きなため息をつく。

「俺は、事件の報告があるから教会本部に行く。お前ら、今日泊まる宿は決まってんのか?」

「はい、エリーちゃんの伯母さんが東地区で宿を経営してるので、今日はそちらでお世話になります」

「わかった。そんじゃ、なんかあったらこれを鳴らせ。速攻で助けに行くからよ」

 クルーガーが上着のポケットから取り出したものをマイに手渡す。

「鈴……ですか? カワイイですね」

「猫かよ。イテッ」

 クルーガーのデコピンをくらったルカが再びおでこをさする。

「俺は目と鼻もきくが、耳もいいんだぜ」

 クルーガーは笑いながら言うと、少女たちの顔を見渡し、「じゃあな」と手を上げた。

 マイがクルーガーの大きな背中を見送る。

「おーいマイ、アタシらも行こうぜ」

 先に歩き始めたルカが声をかける。

「あ、うん」

 赤と白で編み込まれたひもに結ばれた小さな鈴を見つめ、マイが微笑む。それを大事そうにそっとバッグにしまい、マイはルカ達の背中を追いかけた。



 都市バルサ教会支部のエド上級三等神官は、国内で起こった魔族に関する事件の調査報告と対策会議に出席するため、王都ボルンを訪れていた。マリアンヌ聖教教会本部に到着したエドが、案内された一室で出席者が揃うのを待つ。

「おう、待たせたな」

 最初に入室したクルーガーが、気さくに手を上げあいさつする。

 彼に続いて聖教騎士団副団長のフェンリル、そして赤いドレスを身にまとった団長のクロエが入ってきた。

「す、すまない、このような格好で。場にふさわしくないのは承知だが、あまりお待たせするのも悪いと思い……」

 戦闘時に裂いて大きくスリットの入ったドレスを恥ずかしそうに押さえながら、クロエが謝罪する。

「い、いえいえ。とんでもございません」

 初めて間近に見るクロエの美しさに、思わず見とれていたエドが我に返って首を横に振る。

 最後に聖教騎士団連隊長の3名が入室し、会議出席者全員が席についた。

「よっし、全員揃ったし始めるとすっか。エド、進行頼むわ」

「はい。バルサ教会支部上級三等神官のエドです。まずは、魔族が関与する一連の事件について、調査報告を交えながら順番に説明させていただきます」

 エドが持参した資料と報告書を読み上げていく。

 国内で魔族の関与が最初に確認されたのは、ユーフォルム近郊の森林であった。森を守っていた結界が魔族により破壊され、侵入したミノタウロスが神官試験の受験者とパーティメンバーの冒険者を襲撃した。

「レオン様がいなければ、このパーティは全滅しておりましたな。まさに神のご加護ですな」

 グラフスが両手を組み合わせ、祈りのポーズをしながら驚いた声で言う。

「レオン様は、この助けた子供の従者をなさっているのですか?」

「ああ、ユーフォルム神学校見習い神官のマイって子だ。子供らには、親父の姓クルーガーを名乗ってるから、そこんとこよろしく」

 連隊長サーズの問いに、クルーガーが軽いノリで返答する。

「フフフ。貴族嫌いのレオン様らしい。あ、クルーガーさんでしたね。フフフ」

 連隊長アイリスが口元を隠して上品に笑う。

「一連の事件は、すべて神官試験で通過するポイント、そして町や村で起こっています。暗黒石のリングを装着した子供がカーリック村を壊滅させ、都市バルサでは神官試験の受験者が暴走しました」

 魔族レイマーが暗黒石の指輪を与えたことは、ララの証言から判明していた。カーリック村で暴徒化したビリーも、ララと同様のケースからレイマーに指輪を与えられたことが推測できた。

「襲撃したオークの群れを副団長とレオン様がせん滅。そして魔族レイマーをレオン様が討伐。死者が出なかったのが奇跡ですな……」

「12年前は多くの犠牲者が出ましたからね」

「仲間もたくさん失ったわ。あの戦争で、同期は皆亡くなったもの」

 グラフスの言葉に昔を思い出したサーズとアイリスが悲しい目をした。

「ここで問題なのは、暗黒石の指輪です。使用者を死に至らしめる危険性から暗黒石の採掘及び加工、そしてそれを用いた魔導武具の使用は法律で禁じられています」

 人間と魔術体系が異なる魔族に、魔石の加工技術は無い。それは明らかに人間の協力者がいることを示唆していた。

「ダミール島では、領主ブルースになりすましていた魔族ロウリーをレオン様が討伐。暗黒石の採掘場で強制労働を強いられていたラバン人を救出しました」

「魔族が人間の奴隷を使って魔石の採掘とは……」

「恐ろしいですね」

「魔族ってこんなに計画的で組織的な集団なの?」

 エドの話に連隊長たちが驚きと困惑の表情を見せる。

「さらに、魔族ロウリーが装備していた魔導武具をレオン様が回収いたしまして、それがこちらになります」

 エドが皆に見えるように掲げた手には、銀色のネックレスが握られていた。

 クルーガーとの戦闘で瀕死の重傷を負ったロウリーは、倒れていた魔導士ハーディに暗黒石の指輪を着け、飛躍的な回復とステータス上昇を見せた。ハーディからの魔力供給を可能にしたと考えられるのが、この銀色のネックレスであった。

「このネックレスを解析した結果、国内では確認されていない魔石で加工されていることが分かりました。適応しないはずの魔導武具を魔族が装備していた。つまり、このネックレスは魔族用に加工されたものと推測できます」

「なんということだ! それはつまり……」

 グラフスの声が震える。

「人間の協力者がいるということね」

 クロエが冷静な表情で、銀色のネックレスをジッと見つめた。



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