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碧眼の守護者  作者: kakasu
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第20話少女の記憶と悲しきメロディ①

 眠っていたクロエが目を覚ますと、すぐ近くに兄の顔が見えた。自分を抱きかかえた兄が、ゆっくりと歩いている。兄の大きな手のぬくもりを感じ、クロエの心は安心感に満たされていく。クロエが手を伸ばして兄の頬に触れる。しかし兄は、クロエと視線を合わせることなく、まっすぐ前を向いて進んでいく。兄が立ち止まり、クロエをそっとベッドに下ろした。

「兄上」

 クロエが呼びかけても反応は無い。

 兄が背を向けて再び歩き始める。

 クロエが体を起こそうとするが、力が入らない。

「兄上っ」

 もう一度大きな声で兄を呼ぶ。

 兄はまったく振り返るそぶりを見せずに歩き続け、やがてその背中は見えなくなった。

「兄上ぇ!」


 クロエは自分の叫び声で目を覚ました。


――夢か……


 クロエは全身に汗をかき、寝間着がぐっしょり濡れていた。

「失礼します。クロエ様、大丈夫ですか?」

 部屋に飛び込んできたフェンリルが心配そうに尋ねる。

「うん、大丈夫。ちょっと夢を見ていて……兄上の夢」

「そうでしたか。体調はいかがですか?」

「もう大丈夫」

 クロエが笑顔で答えながら着替え始める。

 湾岸都市ダイバーから王都に帰還して数日、クロエは体調を崩し自宅で静養を余儀なくされていた。ダミール島での魔術師ハーディとの戦闘で、呪いの毒を受けた後遺症と診断され、休養を取るよう言われたのである。クロエは部隊に断固復帰すると言い張ったが、母クレアに止められて渋々受け入れた次第である。

「クロエ様、軍服でなくドレスをお召しになってください」

 手際よく騎士団の制服を身に着けたクロエに、フェンリルが赤いドレスを持ってきた。

「えー、なんで?」

「本日は、ドレイル侯爵主催の食事会に出席していただきます」

 フェンリルが両手に抱えたドレスをクロエの胸元に押し付ける。

「そーゆーのホント苦手。フェンリルが代わりに出てよ」

「私もクロエ様の護衛としてお供いたします」

「替え玉でいけるって」

「いけねぇよ!」

「ほら、フェンリルも髪長くて私と似てるじゃん」

「かすりもしねぇよ!」

 フェンリルがビシッとツッコミを入れた。

 クロエの笑い声が部屋中に響く。

「今のツッコミ、騎士学校でもよくやったねー。思い出すなあ」

 ケラケラ笑い続けるクロエを見て、フェンリルはため息をついた。

「ねえクロエ、私たちもう学生じゃないんだよ。貴族の食事会も大切な仕事なんだからね」

「冗談だよ。分かってるって」

「もう、この子は昔から私をからかってばっかり」

 クロエがペロリと舌を出し、フェンリルから赤いドレスを受け取った。

 フェンリルは大陸北部の小国ラバン出身の戦争孤児であった。大陸戦争終結後、当時の聖教騎士団連隊長が彼女を引き取り、養女として育てた。フェンリルが騎士学校高等科1年のときに、飛び級で進学してきたクロエとクラスが一緒になり、2人はすぐに意気投合した。学年が違う2人は、それまで話す機会が全く無かったが、高等科の3年間を同じクラスで過ごし、クロエとフェンリルは親友と呼べる仲になった。

 それまで、本当の友達と思える存在がいなかったクロエにとって、高等科で出会ったフェンリルはかけがえのない宝物であった。フェンリルと仲良くなってから、クロエの学校生活は明るく楽しいものへ一変した。兄と会えなくなった寂しさを、フェンリルが癒してくれた。クロエはそんな彼女に感謝していた。

「私がいくら呼んでも、兄上に私の声が届かないの」

「えっ?」

「さっきの夢の話」

「ああ。ハハハハッ」

「なんで笑うのよ。真面目な話なんですけどー」

 クロエがふくれっ面でフェンリルをにらむ。

「昔聞いた話を思い出して。ほら、クロエが初等科2年の時、熱を出してレオン様に部屋まで運んでもらった話」

「ああ」

「クロエがベッドに寝かされて『兄上、ずっとそばにいて』って言ったらレオン様に『うっせぇ、黙って寝ろ』ってデコピンされた話。ハハハハッ」

 フェンリルが豪快に思い出し笑いする。

「フェンリル笑い過ぎ。兄上は、照屋さんなのよ」

「じゃあ、夢の中のレオン様も照れてただけじゃない?」

「そうね。きっとそう」

 クロエは急に機嫌がよくなり、ドレスに着替え始めた。

 フェンリルは、かわいい妹を見るような優しい瞳でクロエを見つめた。



 バール王国は大陸南部中央に位置する大国であり、この年の南部同盟国魔導士連盟会議の主催国であった。

 バール王国魔導士連盟本部の会議室に、五か国の代表と副代表、各部門の責任者が一堂に集まり、議論を交わしていた。

 最重要案件として挙げられた議題は、ここ最近で増加傾向の見られる強力モンスターの出没と、魔族の出現であった。

「ユーシー王国では、教会の管轄下でミノタウロス、オークといった大型モンスターが出没しており、いずれも魔族の関与が確認されています。ここ1か月の間に、他国でも同様のケースが見られ、魔族の進行を疑わざるを得ない事態です」

 議長を務めるバール王国魔導士連盟会長が、手元の報告書を読み上げながら危機感をつのらせる。

 会議出席者も皆ざわつき、異例の事態に困惑していた。

 各国の出席者が、それぞれ対策案を提示していくが、どれも決め手に欠けるその場しのぎのものばかりであった。

 4か国の対策案が発表され、残るはユーシー王国のみ。

「ユーシー王国魔導士連盟は、新たな魔導武具の配備を提案いたします」

 ユーシー王国魔導士連盟会長、ルディ・ランスロットが自信に満ちた表情で語る。

「魔導武具ですか? 具体的にどういったものでしょう?」

 議長が眼鏡の位置を直しながら尋ねる。

「詳しくは魔導武具研究室のイルス主任が説明いたします」

「魔導武具研究室主任のイルスです。まずは、皆さんにお配りした資料をご覧ください」

 ルディに代わりイルスが説明を始める。

 各国出席者が手元の資料に目を通す。

 そこには、人工的に造られた魔石のステータス上昇効果が記されていた。

「これはすごい!」

 皆が驚きの声を上げる。

「皆さまご存知と思いますが、暗黒石の採掘及び加工とその使用は禁じられております。そこで、我が研究室では、暗黒石に代わる副作用の無い安全な魔石の開発に成功しました」

 イルスの発言に、歓声が上がった。

「それは、どのような方法で?」

 議長が身を乗り出して尋ねる。

「魔導技術保護のため、最終調整の工程は機密事項となりますが、公開できる範囲の内容は資料に記載しております」

 一同が夢中になって資料を見つめる。

「簡単に説明すると、各ステータス上昇効果の得られる魔石から魔力を抽出し、再結晶化することによって新たな魔石が生成できるのです。そして、その魔石を加工して作られたのがこの指輪です」

 イルスの右手の人差し指には、黒い魔石のあしらわれた指輪が装備されていた。

 イルスが席から離れて闇の魔術を詠唱する。闇の力が両手に宿り、さらにそこから暗黒の小さな球体を作り出す。イルスの手の平の上で闇のエネルギー集合体がゆらゆら揺れる。

「皆さん、いかがですか?」

「す、すごい魔力だ!」

「あの大きさで、これほどのエネルギーを集約するとは……」

 各国の出席者は口々に驚嘆の声を上げた。

「今ご覧いただいている通り、指輪の使用者である私になんら異常はありません。むしろ普段より爽快なほどです」

 会議室にドッと笑いが起こる。

「えー、このように我が連盟では、安全に使用できる魔導武具、ダーク・リングの開発に成功しました。この装備を普及させることにより、増加傾向にある強力モンスターへの対抗措置になると考えております」

 ルディが白い口ひげを触りながら、胸を張った。

「なるほど……ルディ会長、ダーク・リングの実用試験はどれくらい進んでいますか?」

「はい、ダーク・リングを一日8時間装備し、2週間の使用試験を行いました。精神、肉体への副作用は一切見られておりません。ステータス上昇効果においては、体力、防御力で最大1.5倍、魔力では最大2倍の上昇値を記録いたしました」

「魔力が2倍の上昇とは、すごい!」

 議長をはじめとする各国出席者の間から感嘆の声が漏れる。

「なお、使用試験は現在も継続中であります。使用者に何らかの異常が見られた場合は、すぐに報告させていただきます。この件、是非とも各国元老院に進言していただきたく願います」

 ルディは最後に深く頭を下げた。

 議長が新開発の魔導武具、ダーク・リングについて採決をとる。全会一致で提案は採用され、各国元老院への進言が決定した。

 ルディがロマンスグレーの髪をかき上げ、含み笑いを浮かべた。



 マイは極度の緊張状態に陥り、喉がカラカラに乾いていた。

 大きなテーブルの上には、今まで食べたことのないご馳走がズラリと並んでいるが、緊張による胃痛のせいで食欲がない。高い天井につるされた豪華なシャンデリアを見上げるたびにため息が出る。

「マイも、こえたへてみろ。ふんげーふまい!」

「ルカちゃん、お行儀悪いよ。あと、何言ってるか分かんない……」

 口いっぱいにご馳走を頬張り、ほっぺたをパンパンに膨らませるルカを見て、ララとエミリがクスクスと笑う。

「ご馳走はすごくおいしんだけどさ、場違いな空気感もすごいんですけど……」

 ララが周りの大人たちを見てつぶやく。

「確かにね。学生は私たちだけみたいだけだし……」

 エミリが苦笑いする。

「気にしすぎなんだよ。アタシらはれっきとした招待客なんだぜ。さあ、どんどん食べようぜ」

「ルカちゃんのそーゆー性格、うらやましいよーな、うらやましくないよーな……」

「どっちだよ!」

 マイにツッコミを入れるルカを見て、2人が声を上げて笑う。

 4人はエリーゼと一緒に、ドレイル侯爵の食事会に出席していた。エリーゼの父親と懇意にしているドレイル侯爵が、神官試験の合格祝いに催したものであり、エリーゼが「合格した友人と一緒に参加したい」と言った結果、マイとルカそして、ララとエミリも招待されたのであった。

「ごめんなさい。お待たせしちゃって」

 あいさつ巡りを終えたエリーゼが戻ってくる。

「お、戻って来たなお嬢様」

「やめてよ、その呼び方」

 ルカがエリーゼをからかう。

「エリーゼのドレス姿、見たかったなー」

「制服じゃ、いつもと同じだもんね」

「もう、ララとエミリまで。普段通りでいいのよ。それより、二人とも本当に良かったの?」

「ああ。あれから色々考えて決めたんだ。エリーゼのパーティメンバーに入ってなかったら、正直合格できたかわかんないし。後悔はないよ」

「私も同じ。このまま中等科の神官コースに進んでも、ちゃんとついていけるか不安だし、それよりもっと自分に合った進路を探そうと思ったの」

 ララとエミリがすっきとりした顔で答える。

 新学期が始まってすぐ、2人は神官初級審査の合格を辞退して、普通科コースに進路を変更した。都市バルサでの事件以降、ララとエミリはエリーゼと腹を割って話すようになり、良い関係を築きはじめた。

 マイはそんな友人たちの和やかな様子を、微笑ましく見つめていた。

「おーい、チビーッ。俺だーっ。こいつらに、私の従者だってガツンとぶちかましてくれー」

 屋敷の入口の方から、大きな声が聞こえる。

「あの声はもしかして……」

 マイが大広間を抜けて階段を下り、ホールに向かう。

 屋敷の入り口で警備の兵士と言い争いをしているクルーガーが目に飛び込んできた。

「マイ、見なかったことにしよう」

「ええ、そうしましょ」

「……」

 ルカの提案にエリーゼがうなずく。

 マイが両手で顔を覆った。

「おいルカ、無視すんな! コラお嬢、方向転換してんじゃねーよ!」

 マイが呆れた顔でクルーガーの元へ近づく。

「あの、お騒がせしてすみません。この人は、私の従者です」

 マイが兵士に学生証プレートを見せる。

 階級、見習い神官と記された下の欄に、専属従者、クルーガーと記載されていた。

「大変失礼いたしました」

 兵士が深く頭を下げる。

「ホント失礼しちゃうわ」

「クルーさん、ちゃんと謝ってください」

「なんでだよっ」

「大きな声出してすみませんでした」

 マイが代わりに謝り、クルーガーの腕を引っ張り急いで2階へ上がった。

「わたくし、クルーガーさんを招待した覚えはありませんけれど」

「わたくし、チビの従者ですから、主に追従する義務がございますのよ」

「グッ……その言葉遣い、やめていただけない? イラっとくるわ」

 クルーガーがエリーゼの真似をしてニヤニヤ笑う。

「おおおっ! さすがは貴族の食事会、うまそうなもんがたっぷりあるな」

 クルーガーが目を輝かせて、ご馳走にかぶりつく。

「クルーさん、お行儀悪いですよ。もう、ちゃんと上品に食べてください。主の私が恥ずかしいです」

「食い方に下品も上品もあるかよ。食っちまったらクソに変わるのは、貴族だろうが平民だろうが同じだっつーの」

「食事中にクソとか言うなよー。おっさん、大事な時にいないで、いらん時に現れるよな」

「おっさん言うな! くーっ、体に染みるなー。まともな食事にありつけたのは一週間ぶりだぜ。来る日も来る日も、カビの生えたパンと水みたいなスープ」

 大げさなリアクションを見せながら、クルーガーがすごい勢いで料理を平らげていく。

「マイちゃん、大丈夫? だまされてない?」

「マイ、悪いことは言わないから、契約解除したほうがいいぞ」

 ララとエミリが耳打ちをする。

「はいそこっ! こそこそ従者契約解消すすめんなっ! こっちは生活かかってんだYO。チビが合格したから見習い神官にランクUP、俺の給与もベースUP、契約切られたら俺の生活ギブUP! HEY! YO!」

 大声で即興ラップを披露したクルーガーに、拍手喝さいが起こった。

 会場内が笑いの渦に包まれる。

 クルーガーがどや顔で「どーもどーも」と口にしながら両手を上げて拍手に答える。

 マイは頬を紅潮させ、「すみません」を連呼しながらペコペコ頭を下げた。


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