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宥和の勇者 ―結ばれた手と手―  作者: noyuki
結ばれた手と手(ハンズアンドハンズ)
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第一章 旅立ちと二人の同行者(5/5)

「ごはんっごはんっ」


 夕刻。斜陽(しゃよう)が草葉を燃やし、夜の呼気がそれを吹き消していく。一同は草原の真ん中、街道から少しだけ()れた場所にぽつねんと置かれた倒木の(かげ)野営地(やえいち)と定めた。


 まだ日のあるうちに近くの林から三人で手分けして木の枝を集めておき、それに火打ち石で火を点ける。


 その全てがユウにとっては新鮮で、野盗に襲撃されたことなど記憶から抜け落ちているのではないかと思うほどにはしゃいでいた。


「たいしたものは作れないんだが……」


 料理を担当するのはレイ。作ったものは言葉通り極めてシンプルな代物(しろもの)だった。


 飯盒(はんごう)に川で()んできた水を入れ、そこに周辺で()んできた野草と一口大に切った干し肉を加え煮込(にこ)んだスープ。味付けは干し肉から出る塩気のみ。


 そこに保存食の堅焼(かたや)きパンを添えれば夕食の完成だ。調理らしい調理もしていないしスープの見た目もあまり美味しそうなものではないが、野営時の食事などこんなものである。


 スープが完成する頃には日はすっかり落ちて、空には星が(またた)いていた。


「いただきまぁす!」


 焚火(たきび)(あか)りを頼りに、ユウが木の器に取り分けたスープを(さじ)(すく)って一口。


「おお!干し肉だけでもけっこう塩気出るんやな!」


 お気に召したようで、続いてパンに(かじ)り付く。が、すぐにその表情が(くも)る。


「噛みきれへん……」


 茶色で平たい形のパンは保存には適しているがその堅さはユウの小さな(あご)で噛み切るにはいささか頑丈(がんじょう)すぎた。


 (となり)でずずずとスープをすすっていたセラが見かねて声をかける。


「そのまま食べるんじゃなくて、唾液(だえき)でふやかすかスープにつけて食べるの」


 実際に自分もパンをスープに浸して食べてみせた。美味(おい)しいともまずいとも言わず、その後も作業的にパンとスープを口に運ぶ。


 見様見真似(みようみまね)でユウもパンをスープにつけて食べる。


「おいしい!」


「そうかしら……」


 ユウは目を(かがや)かせているが、一般的にそれはおいしいと言えるような味ではない。ただ栄養をとるためだけのもそもそした小麦の(かたまり)だ。


 だがこの世界で旅をするには欠かせない保存食である。今後頻繁(ひんぱん)にお世話になることだろう。


「そう思えるのは今だけだぞ。(じき)に城で食べた料理が恋しくなってくる」


 ユウ、セラと焚火を(はさ)んで座るレイももそもそと堅焼きパンを口に運ぶ。やはりあまり美味しそうに食べているようには見えない。保存が()くのと堅さ故に顎を動かすので少量で腹が満たされるのが利点だ。


 食事が終わると早々に寝る準備に入る。夜の闇の中では人は活動を休止せざるを得ない。火という文明を手に入れても本能に根差(ねざ)した生活サイクルは変わらないのだ。寝床と定めた場所の小石をどけて空間を確保する。


「ユウは寝ててくれ。見張りは二人で交互にする」


 火の番をしながら立膝(たちひざ)の姿勢で座っているレイにユウが気づかわしげな視線を向ける。


「ええんかな、うちだけ寝てて」


「気にするな。それに――いや、なんでもない」


 実際の所、ユウに見張りが(つと)まるとは思えない。


 城壁から出てしまえば人間領とはいえ多くの危険がある。今朝(けさ)の野盗(しか)り、(おおかみ)などの野生動物然り。闇に(まぎ)れて近づく彼らをユウが見つけられるかどうか。喉元(のどもと)()らいつかれてからでは遅いのだ。


 そのことを知ってか知らずか、ユウはそれ以上食い下がることはなく外套(がいとう)身体(からだ)に巻いてゴロンと草原に仰向(あおむ)けになった。


「うわ、すっごいなぁ……こんな星空見たことないわ」


 ユウの黒い瞳に本物の星空が映り込む。見渡す限りに広がる銀砂(ぎんさ)()いたような天蓋(てんがい)。星の光を遮るものは何もなく、焚火以外の灯りもない。


 レイとセラにとっては見慣れた夜空も、ユウにとっては思わず溜息(ためいき)を吐いてしまうほどの美しさだった。


 草原に吹く風がさわさわと草木を揺らし、ユウの頬を()でた。パチパチという木の枝の()ぜる音に交じって近くの林から(ふくろう)の声も()こえてくる。


「でもさすがに屋根のないとこで寝たことないしなぁ。寝れるかなぁ」


 そんな不安げな声が聴こえてからさほど時間も()たないうちにすぅすぅという小さな寝息が聴こえてきたのでレイは思わず苦笑した。


「お前も寝ていいんだぞ」


 レイは向かい合う同行者に声をかけた。


 膝を抱えてボゥと火を見ていたセラは火から視線を動かさずに話始めた。


「ねぇ……この子、本当に勇者だと思う?」


 唐突(とうとつ)な質問の真意(しんい)(はか)りかねて、レイは火が映り込む彼女の瞳をしばし見つめた。だが、いつものように気だるげなその表情からは何も読み取れず、手に持った小枝をパキリと折って火の中に投げ入れる。


「それを見極(みきわ)めるための旅だと俺は聞いていたが?」


「……そうね、じゃあ質問を変えるわ。貴方(あなた)は、ユウが勇者であってほしいと思う?」


 新しい小枝を手に取ろうとしていてレイの動きが止まる。


 質問していながら返答を待たずにセラが言葉を続けた。


「今日一緒にいて思ったけど、私はユウに勇者の力なんてないほうがいいと思ってる。この子、ちょっとおかしいわ」


 レイは横目で寝ているユウを流し見た。(おだ)やかであどけない寝顔。髪や瞳の色はこの世界では珍しいが、それ以外はごくごく普通の女の子に見える。


 セラは視線を焚火から上げて正面からレイを見据(みす)えて言った。


「野盗に襲われた時、この子まったく(おび)えてなかったわ。数人の武器を持った男に囲まれて、震えるどころか軽口(かるぐち)を叩く余裕(よゆう)すらあったのよ」


「それは俺達が手練(てだ)れだと聞いていたからじゃないか?」


一の騎士団(ナイツオブザワン)がどういうものかも知らないのに、貴方の力量なんて分かるわけないじゃない」


 実際、レイがいくら強いと聞かされていたところでそれがあの人数さを(くつがえ)せるほどのものだと想像しうるだろうか。


 では、下手をすれば命すら(うば)われかねない状態でなぜユウは平常心を(たも)てたのか。


「この子、自分に対して酷く無頓着(むとんちゃく)なのよ。たぶん命すらも。だから怖くない。だから自分を必要としてくれる人がいるところが自分のいたい場所なんて言えるのよ」


 自分を必要としてくれる人がいるところが自分のいたい所。ユウの言葉は一面だけ見れば献身的(けんしんてき)で立派な(こころざし)に思えるかも知れない。実際にレイはそう思った。


 だがセラからしてみればそれは他人任せの極みだ。自分で考えることを放棄(ほうき)していると言ってもいい。自分の人生などどうでもいいのだと。


 よくよく思い起こせば、まだ十四歳の少女が、何の()()もない異世界にたった一人やってきてこうまで落ち着いて、粛々(しゅくしゅく)と状況を受け入れられるものだろうか。少なくとも自分が十四歳の時ならばこうはいかないとセラは思う。泣き出して(ふさ)ぎ込むか、元の場所に返せと(わめ)き散らしているだろう。そう思うからなのか、セラはこの異世界からやってきた少女に何か違和感のようなものを感じていた。


 何か根本的なものがこの少女と自分では違う。それが何なのかは、まだはっきりとはしないが。


「……考え過ぎじゃないのか」


 レイがまた小枝を手にとって火の中に投げ入れたの追ってセラの視線も焚火に戻った。


「そうかしら。もし、この子に勇者の力があったとして、そのせいで魔族との戦争に()り出されなんてしたら……たぶん、私達のために躊躇(ためら)いなく死のうとするわよ、この子。私は、こんな女の子の犠牲(ぎせい)の上で成り立つ平和なんてごめんよ」


 その(さま)はレイにも容易(ようい)に想像がついた。自分が犠牲になることで他の誰かが助かると分かれば、たぶんユウは躊躇わない。躊躇うどころか進んで犠牲になろうとするだろう。


 それが自分の存在理由だったのだと笑いながら……。


「なんて言えばいいか……危ういのよ、この子。自分の意思ははっきりしてるのに、それが自分を中心にした考えじゃない、みたいな……」


 一通り言いたいことは言ってから、(しゃべ)りすぎたかとセラは少し後悔(こうかい)した。たった一日で人の本質など見抜けるものではない。少々憶測(おくそく)でユウのことを計りすぎたかもしれない。


「――まぁ、やっぱり、貴方の言う通り考え過ぎかもしれないわね。さっきの話は忘れて」


 自分がここまで激情的(げきじょうてき)に物を言うとは思わなかった。言い終わった後で後悔する程度には感情的だった。


 それもこれも、今朝門の前で交わした握手と向けられた笑顔のせいだ。魔族との戦闘経験のあるセラだからこそ、あんな笑顔を浮かべる女の子を奴らとの争いに巻き込みたくない。


 少しの間、焚火の音だけが草原に響く。


「……優しいな、お前は」


 本日二度目のその言葉に、今度は赤くなるのではなく明らかに機嫌(きげん)(そこ)ねた表情がレイに向く。


「だとしても、俺はユウが勇者であってほしいと思っている」


 セラは無言。


「立場上、何度も魔族と戦ってきたし(やつ)らに(ほろ)ぼされた村や町を見てきた。奴らを()ち果たすのは俺達の悲願(ひがん)だ」


 一の騎士団はラドカルミア王国の誇る精鋭部隊(せいえいぶたい)。討ち倒した魔族は数知れず。しかし全てを守れたわけではない。その花と剣の紋章(もんしょう)()びることを許される人数は決して多くないのだ。護れる範囲には限界がある。


「勇者召喚はラドカルミアの民全ての期待を背負(せお)っていた。それで()び出されたのがこんな女の子だとしても、勇者としての力があれば関係ない。我らのために戦ってもらいたい」


「たいした騎士様ね」


 セラのあからさまな皮肉(ひにく)。それにレイは、決意を持って答えた。


「だが死なせはしない。勇者のためならば一の騎士団は身を(てい)して盾となるだろう。それが喚び出した俺達の最低限の責任だ」


 倒木に立てかけた盾の紋章が焚火の光に赤く(ゆら)らめいている。


 レイの言葉は間違いなく一の騎士団の総意(そうい)。それが彼らの騎士道だ。そうでなければ一の騎士団を名乗る資格はない。


 だから(あらた)めて騎士は言う。


「ユウは絶対に死なせない」


「……そ」


 セラはただその一語を(つぶや)くと、レイに背を向けて身体を横たえた。


「交代の時間になったら起こして」


「分かった」


「あと……」


 セラが外套にくるまった身体をもぞりと動かす。


「お前じゃなくてセラね。男にお前って呼ばれるの、見下(みくだ)されてるみたいで嫌いなの。私もこれからあんたのことは名前で呼ぶわ、レイ」


「……分かった。セラ」


 星は夜天を(おお)()くし、月が煌々(こうこう)と輝いている。


 ずいぶん長い間セラと会話していたような気がするが、まだ夜は始まったばかり。燃料の小枝は足りるだろうか、とレイは思った。

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