第三章 自然と共に生きる者達(4/8)
「――あたしがラドカルミアに行く前のことだ」
状況が分からないユウ達に向けてディナが肩越しに語る。
「教皇領で一体の魔族が発見され、殺された。さっきの組紐は、その魔族が腕につけていたものだ」
「俺達狼人族の親はな、集落から自分の子が出ていく時に自分の尾の毛を編み込んだ組紐を持たせるんだ。それがありゃあ別の集落でも身分が証明される。何より、子にとっちゃかけがえのない親との絆だ」
話を引き継いだ族長の説明で全てを、今しがた自分に向けられた視線の意味を理解したユウは、
「じゃあ、さっきの人は……」
「エディモと、その妻のアッファナだ。殺されたのはその息子のアシャルカ」
「……保護区の外に出たのか」
レイのその呟きから、そんなことをすれば当然だ、というニュアンスを嗅ぎ取ってディナはその両手を握りしめる。
「――そうだ。人間はこいつらを見つければ躊躇なく殺そうとする。だから狼人族はこの大森林保護区から出れねぇ。でも、ここは若い連中には狭すぎるッ」
限界がきつつある、と以前ディナはユウ達に言った。その限界の予兆がこの一幕なのだろう。
彼らの祖先は安住の地を求めてここへとやってきた。そして教皇の庇護の下、大森林保護区という限られた土地にそれを見出した。以前を知る者達にとってはここは安住の地だったのだろう。だが、ここで生まれた新たな命には、ここしか知らない若者にとっては保護区という名の牢獄に他ならない。世代を跨ぐことによる感性の変化。知性ある生き物が広大な世界を前にして好奇心の獣を押さえつけることなどできようものか。
しかし人間は彼らが外へ出ることを許さない。
行き場のない感情に肩を震わせるディナに黒い毛に覆われた大きな手が置かれる。
「すまねぇ……あたしが最初にアシャルカを見つけられてれば……」
「何言ってんだ。てめぇ一人でこの森を見張るなんてできるわけねぇだろ。それに、アシャルカも、エディモもアッファナも。こうなるかもしれねぇことは承知の上だ。てめぇが責任感じるようなことじゃねぇんだよ」
そう言って梯子を登る。登りながら横目でユウ達を見やり顎でクイッと家の中を指す。付いて来いということらしい。
一同が家の中に入ると不思議な香りが鼻孔を擽った。植物の葉を屋根に利用しているため、虫が湧かないように内側から香草を燃やした煙で燻してあるのだ。木で組まれた足場は、大柄な族長が歩いても軋みもせず頑丈。見た目以上に頑健に作られている。中も広く天井も高いが、さすがに族長、ディナ、ユウ――さくらもち、レイ、セラの大所帯が入ると窮屈な感じは否めない。円になって座るとお互いの膝頭が触れ合う距離。当然だが明かりはない。ただ屋根に開閉式の押し戸が取りつけられており、今日のように晴れた日にはそれを全開にすることで陽光を取り入れることができる。葉を透過することによって淡い色合いとなったものと合わせて生活には支障がないレベルの明かりは得られるようになっていた。
「さて、と。まぁ、まずは茶でも飲め」
と、もっとも奥まった位置に座る族長が陶器の容器に入った飲料を、同じく陶器のコップに注いでいく。それを隣に座るディナが慣れた様子で皆へと分配していく。
特に警戒するでもなく、濁った茶色をしたそれを口に運んだユウは眉を顰めて首を捻る。植物の煮汁であることは間違いないが、今まで口にしたことのない妙な味と香りがする。レイとセラもおおむね似たような反応だ。ディナだけは特に表情を変えることもなく口に運んでいる。
「まだ名乗っていなかったな。俺はこの集落をまとめる族長のテヴォ。あんたらは?」
テヴォと名乗った狼人族に促され、ユウ達が名乗るとテヴォは一つ頷き、
「それで、あんたらがここに来たわけを聞こうか」
「あー、ちょいまち。その前に訊きたいことがあんねん」
話を遮ってユウがずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「ディナちゃんやぁ、最初、テヴォさんに会った時、親父言うてたな?それに、その腕にある組紐……。なんや他の人達ともえらい仲ええみたいやし、どういう関係、なんかなって」
それはレイとセラも気になっていた。人間と魔族という垣根を抜きにしたとしてもディナと彼らの関係はかなり親密に見える。それこそ同族、家族のようだ。
「なんでぃ、まだ言ってなかったのか。ディナは俺の娘だよ」
「もちろん血は繋がってねぇけどな」
すぐさまディナは補足する。人間と魔族の混血児が存在する、という話はレイもセラも聞いたことがない。生物的に可能なのかどうかすら不明だ。
「あたしは……まだ物心つく前にこの森に捨てられたんだよ。いや、捨てられた、とはちょっと違うか」
自身の腕に巻かれた組紐を触りながらディナは語る。
「理由は分からねぇ。ただ、あたしの母親は生まれて間もないあたしを抱いてこの森の中で倒れていたらしい。傷だらけだったそうだ。何者かに襲われて逃げてきたって感じだったらしい。それを見つけたのが親父達さ。母親はすぐに事切れちまったが、まだ命があったあたしを親父達が育ててくれた。練め……練魔行も親父達から教わったのさ。狼人族の戦士は皆練魔行の使い手だからな」
レイに指摘したのとは逆の言い回し。
「太らせて喰っちまおうと思ったのさ!それがなんでぃ、こんなガリガリになっちまいやがって!しかもどんどん強くなりやがる!仕方ねぇから俺の娘にしてやったのさ!」
「んだと!あたしが、娘になってやったんだ!族長の娘っていや拍が付くと思ったからな!」
よくもまぁ、それほど楽しそうに悪態をつけるものだとセラは感心しつつ、また茶を一口。首を傾げる。美味しいともまずいとも言えない。
「ともかく、その内定期的に様子を見に来る教皇にあたしのことは知れた。教皇はすぐにでもあたしを引きとろうとしたが……」
「拾った手前、すぐに放り出しちまうのはな」
「待て、教皇がここに来るのか」
現教皇のセムジ二世はもうかなりの高齢のはずだ。何より教皇がわざわざこんな森の奥地まで来ることにレイは違和感を感じる。他の信徒からも何かあるのでは、と勘繰られるのではないか。
「流石に最近はもう来ねぇがな。名目上は森林浴、森の中での瞑想だ。実際は狼人族の様子見と、塩とか香辛料の取引。そればかりは森の中じゃ手に入らねぇ。んで、狼人族はその対価として森で採れた稀少な薬草を渡す。聞いたことないか?ローティスの秘薬の話」
「まさか、神秘の秘薬の出所がここだったとは……」
それはとても有名な話だ。多くの医者が匙を投げた病人が教皇領を訪れ、教皇が自ら調合した薬を飲むとたちまち病はその身体から去ったと。有名ではあるが、多くの者は信者を増やすための作り話だろうと思っている。しかし実際にそれで病が治ったと公言してはばからない者もおり、たとえ眉唾でも一縷の望みをかけて教皇領を訪れる者は後を絶たないという。
思わぬ真実を知りレイは唸る。自分が魔族を斃すことしか考えていない間にも、彼らの知恵で命を救われる人間がいた。
「話を戻すがな、こいつは人間だ。外へ出ても何も咎められることはねぇ。だったら一度は外の世界を見てみるべきだ。そのうえで、これからどう生きるか決めればいい」
「――って言うもんだからよ。十歳の時にあたしは外に出る決心をした。この組紐はその時にな。んで、孤児院で神学と人間の世界の勉強をして、教皇に勧められて異端審問官さ。異端審問官ならローティス教の権威の届く範囲ならどこでも自由に出入りできる。大森林保護区とかな」
そこまでの話を聞き終えたユウは、感銘を受けた様子でディナのことを見やり、
「壮絶な人生を歩んできたんやね……」
「それはお前も大概だろうが」
ディナは一息に茶を飲み切る。ユウ達にとっては微妙な味のその飲み物もディナにとっては懐かしい生家の味なのだろう。
「親父、このユウはな。ここの世界の生まれじゃない。別の世界から召喚されてきた勇者なんだよ。ラドカルミア王国の勇者召喚という界律魔法でな」
テヴォの片眉が上がる。
「妙な奴だとは匂いで分かるが、別の世界たぁ信じられねぇな。しかもこんな娘っ子が勇者ときた。まぁ何だろうがどうでもいいが」
言葉通り、そのことに関してテヴォはさして関心はなさそうだ。もとより人間と魔族の抗争から離れるように生きてきた種族が狼人族。勇者だなんだということにも縁がないのだろう。
「で、その勇者がいったい俺達に何の用だ?」
身を乗り出してユウが口を開く。
「うちと一緒に、この森の外に行かへんか?」




