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宥和の勇者 ―結ばれた手と手―  作者: noyuki
天に吠える狼少女(ウルフガール)
39/58

第二章 紅髪の異端審問官(7/7)

「あんたにだったらこのまま抱かれてもいい」


「お前そんなでも聖職者せいしょくしゃだろう。しかも若い女がそんなことを気安く言うんじゃない」


 生真面目きまじめな騎士らしい返答。


「別に処女じゃなきゃ神につかえられないわけじゃないさ。でも、その時はしっかりてるつもりで頼むぜ?」


 ローティス教が男女の自然ないとなみに関してあまりとやかく言う事はない。が、あまりに生産的でない行為に関しては人間を堕落だらくさせるとして否定的だし、行為の結果としてどのような責任が生まれるかについては厳格げんかくに教えをいている。ようは双方合意の上で子孫しそんを残すという目的ならば何もおとがめはないということだ。


「……朝っぱらから何話とんねん。レイ君のスケベ」


 横から投げかけれた、まだそういった事柄ことがらとは縁遠えんとおい幼い少女の侮蔑混ぶべつまじりの視線。


「俺か?俺が悪いのか?」


「やって思いっきり抱きしめとるし……」


 言われてはたと思いいたりレイはディナの拘束こうそくを解いた。今回の組手で彼女に余計な傷を負わせず、かつ彼女に負けを認めさせるにはこうやって動きをふうじる他なかった。


 残念そうに、ということもなくレイから離れたディナはふと思いつき、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「よかったよ。()()()()。またやろうぜ」


「一回だけと言っただろう……」


 余人よじんが聞けば妙な意味にとらえられかねないような言い回しに、レイはうんざりと肩を落とす。朝の鍛錬たんれんにしてはハードワークが過ぎた。


「……で、終わったみたいやけど、セッちゃん起きた?」


 恐る恐るユウが隣に視線を向けると寝起きの魔法師はいまだ不機嫌ふきげんそうではあるが、


「……それなりに」


 そう言って立ち上がって出発の準備を始めた。身体からだを動かせる程度ていどには目は覚めたらしい。少しばかり安堵あんどしつつも、一同は教皇領きょうこうりょうへの道行みちゆきを再開すべく準備を始めた。なお、御者ぎょしゃやとった男性はとっくの昔に準備を終えて馬に餌をやっている。ある程度ていど素性すじょうは話してあるとはいえ、レイとディナの組手には度肝どぎもを抜かれていたようだったが。


 焚火たきびの始末など野営の後始末を一通り終え、さぁ馬車に乗り込もうという、その時。


「……え、ちょ、えええええっ!?」


 突然張り上げられた大声に一同が振り返ると、何やら足元を見ながらわなわなと振るえるユウの姿があった。


「どうした?」


 怪訝けげんに思いレイが声をかけると同時、ユウがしゃがみ込む。その視線の先にはいつも彼女の後を付いてくる友人がいる。


「さ、さ、さくらもちが……!さくらもちに……!!」


「さくらもちがどうかしたの?」


 目が覚めて機嫌きげんも直ったセラがユウの視線の先をのぞき込む。そこには――


「さくらもちに穴空いてもうたッ!?」


 ユウの絶叫ぜっきょう通りに、その薄桃色うすももいろ楕円だえんに奇妙な穴が開いていた。大きさはユウの拳よりも少し小さいほど。それが楕円だえんの半分ほどまでをつらぬいている。ナイフか何かを突き刺してぐりぐりとえぐればこんなあとが残るかもしれない。だが、普通はスライムにそんなことをしてもこのようにあとが残ったりはしない。ゼリー状の彼らの身体からだは分断でもしない限りすぐにくっついてしまうからだ。


 ぷるぷる――ぷるぷる――


 しかもその穴、何やらもぞもぞとうごめいている。


「ど、ど、どうしよ!?昨日うちがお尻にいとったからかな!?」


 昨日の段階で、さくらもちには重大な任務が与えられていた。それはこの旅の間、馬車の振動から勇者のお尻を守るという重大な任務である。


 思い起こせばここ数日、ユウは馬車に乗りっぱなしだった。ユウでなくともそろそろ臀部でんぶが痛くなってくるころである。それに耐えかねたユウは申訳もうしわけないとは思いつつもさくらもちをクッションとしてその上に座っていたのだ。本当にある程度ていど意思が通じているようで、さくらもちはそれに一切抵抗しなかったし、昨日の夜の段階ではユウの体重で身体からだが変形するといったこともなかったのだが……。


「……いよいよ寿命かしらね」


 セラが恐ろしいことを言うのでユウがサァッと青ざめた。


「そ、そんな……」


 半分冗談だったのだが、思った以上にユウが絶望を顔面に浮かべているので少しセラは反省した。実際のところスライムの寿命などセラには分かりようもない。ただそれを生物という枠組わくぐみに入れるというのなら必ず終わりは存在するはずであるし、自然動物などは些細ささいな病気などで即座そくざに命を失いかねない。逆に自然現象という色合いが強いのならば、そんなもの存在しない、という可能性も十分にあるのだが。


「アカン!さくらもち死んだらアカン!ずっと一緒って約束したやんか……!」


 いつそんな約束したのか護衛の二人には分かりねるが、ともかく必死な様子のユウは何とかならないかと薄桃色うすももいろかたまりに両手を当てて魔力を流し込む。


 するとそれに反応したのか、穴の先、かたまりの中心付近にぽこりと空間ができたかと思うとそれがふくらみ、そして――


 ぷひぃー


 はたから様子を見ていたレイはその間の抜けた音に腰を抜かしそうになった。どうやら中心部分の空間は空気()まり、身体の伸縮しんしゅくによって穴から空気を吸い込んで、それをふいごのように噴出ふんしゅつしたようである。


「さくらもちが壊れた……」


 ますます絶望に打ちひしがれる勇者に追い打ちをかけるように、穴はもぞもぞと動く。何やら最適な形状を探しているように思えるような試行錯誤しこうさくごの後、とうとう――


 アー……


「鳴いた!?」


 それは確かに音だった。甲高かんだかい、ふえの音にも似た音。意図的いとてきにそれを出したというのならば、それはまぎれもなく鳴き声に相当するものであろう。


「なんていうか……キモいな」


 率直そっちょくな感想をらしたディナ。どうやらその言葉がこえたらしいスライムは一瞬いっしゅん、ショックを受けたようにびくんとふるえると、


「穴なくなってもうた……」


 みなの目の前でその声帯せいたいに相当するであろう穴はすっと消えて、元のつるりとした楕円だえんがそこにあった。ユウがもにょもにょとその身体からだ触診しょくしんするが、特に異常はない。昨日見た姿と同じ、薄桃色うすももいろ楕円形だえんけい


「ちょっとディナちゃん!ディナちゃんがキモいなんて言うから、さくらもちなんかしようとしてたのにやめてもうたやん!」


「ええ……元に戻って欲しいんじゃなかったのかよ……」


 絶望から一転、ぷんぷんとほほふくらませてしょげてしまったスライムを抱える勇者。本当にディナの言葉に反応したのだとしたらこのスライム、実はかなり繊細せんさいなのかもしれない。


「……何か、そう、魔力の過剰摂取かじょうせっしゅによる変化が起きてるのかもね」


 顎先あごさきに手を当てて魔法師は思案しあんする。魔力というものは生命をつかさどる力。大気中の魔力が多い場所とそうでない場所では、生息せいそくする動植物は同じ種類でも少しばかりよそおいを変えるという。具体的ぐたいてきには身体からだはより大きく、行動はより活発になる。大気中の魔力量でその変化なのだから、本来あり得ない量の魔力を直接注入されているさくらもちに何かしらの変化が起きても不思議ではない。


「ごはんひかえた方がええやろか……?」


 不安げにユウがセラに問う。


「別にいいんじゃない?さすがに食べ過ぎで死ぬってことはないだろうし……太りはするかもしれないけど」


「むぅぅ……ちょっと量減らすか……」


 ぷるぷるとさくらもちが震える。イヤイヤと言ってるように見えるのは気のせいだろうか。


「どうでもいいが、御者ぎょしゃが待ちくたびれてるぞ」


 ひとまずさくらもちが元に戻ったのでユウは一安心、とりあえず今日はさくらもちを尻にくのは止めようと心にちかい、馬車に乗り込んだ。


 騒々(そうぞう)しい朝の一幕いちまくがやっとり、ようやっと一同は教皇領きょうこうりょうへの道行みちゆきを再開したのである。


 そこから先の旅路たびじはごく平穏なものとなったが、以降いこう時折ときおり奇妙な鳴き声が馬車の中にひびくようになった。

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