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宥和の勇者 ―結ばれた手と手―  作者: noyuki
結ばれた手と手(ハンズアンドハンズ)
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序章 世界を変える脈動

 光が満ちようとしていた。


 光を放っているのは床に描かれた紋様。ミミズがのたくったような奇妙な文字が円の中に何層も連なって列を為している。不規則ながらもどこか整然としたその並びは葉脈ないし血管のようにも思え、ただの文字列に収まらない生々しさを見る者に感じさせる。それらの文字は一つの目的を為すためだけに組み合わされた魔法式であり、その緻密(ちみつ)さと複雑さたるや一個の生物であるといっても過言でない代物だった。


 床の魔法式を囲むのは五人のローブを着た人影。下はまだ十八歳にもいかないだろう少年から上は眼窩(がんか)の落ちくぼんだ老婆まで、年齢も性別もばらばらなその全員がこのラドカルミア王国で五本の指に入る屈しの大魔法師であった。


 魔法師達の呪文の詠唱が玉座の間を埋め尽くしていた。高い声、低い声。早く、遅く。寄せては返す波のように強弱を付けて、されど決して途切れることなく。そこに別の音の入る余地はない。聴く者に陶酔感(とうすいかん)すらもたらす独特な律動(りつどう)は口にする魔法師達自身を変性意識トランス状態へと導いていく。魔法師以外の聴衆達(ちょうしゅうたち)も呼吸をする度に呪文が口から体内に入ってくるようだった。


 玉座の間には魔法師達の他に数人の見届け人の姿があり、その誰もがこの国の行く末を左右する役職に就く者達だ。中でもここが玉座の間である所以(ゆえん)精緻(せいち)彫刻(ちょうこく)(ほどこ)された玉座に座る偉丈夫(いじょうふ)はその最たるものだろう。


 この日のため多くの月日と多くの資金が投げ打たれた。準備にかけられた歳月はおよそ十年にも及ぶ。最良の結果を出すために一切の妥協(だきょう)も許されず、資金に糸目もつけられなかった。


 この儀式にはそれだけの価値がある、いや、あってなくては困る。


 魔法式の光がどんどん強くなり、人々の陰影を濃くしていく。湧き出る光が窓から差し込む陽の光を押し返した。


 魔法師たちの額に(たま)のような汗が(にじ)み出る。いくら大魔法師と言えど、今()そうとしているのはまさしく奇跡の御業(みわざ)。己が持ちうる全ての技術、全ての魔力を持ってしてようやく為しうる大魔法。費やした歳月や費用も含めて絶対に失敗は許されないという心理的圧力(プレッシャー)がその双肩(そうけん)にのしかかる。


 全ては我らの未来のために。そのために彼らは命をかけてこの場に(のぞ)んでいる。


 室内に突風が吹き荒れた。魔法式の中心にあたる空間が歪み、そこからこことは違うどこかで生まれた空気が流れ込んでくる。


「おおッ――!!」


 感嘆(かんたん)の声を漏らしたのは玉座の偉丈夫、国王。(よわい)四十を越えても(いま)だ衰えぬことを知らぬ鋭い眼光が見開き、空間の歪みを見つめていた。


 最初は点に過ぎなかった歪みはどんどん大きくなる。やがては人が通れるほどの大きさへと。


 歪みの先がどこへ繋がっているのかは誰も知らない。にも関わらずその先に確かな希望が存在することをこの場にいる誰もが確信していた。


 魔法式の放つ光がいよいよ直視できないほどに強まった。儀式は佳境(かきょう)を迎え、魔法師は枯れかけた喉から呪文を振り絞り、衆人の期待も最高潮(さいこうちょう)に達する。


 ドクン、と何かが脈打つような波が起こった。見えざる波が玉座の間から城壁を越え、国を越え、世界へと広がり、そして――


 ドカッ――


 それは、奇跡が為された音にしてはあまりにもありふれた音だった。


 純白のカーテンが視界を覆い隠した時、何かが歪みから現れて玉座の間に敷かれた赤い絨毯の上に落ちた。


 光と突風が嘘のように収まり、絨毯の上に描かれた魔法式が焼けついて若干の()げ臭さが漂う。囲んでいた魔法師たちが糸の切れた人形のように一斉に倒れて気を失った。


「あいたぁ……」


 静寂(せいじゃく)の中、何かが言った。鈴を転がしたような高い声。


 徐々に白光に()かれた視界が戻ってきた国王が玉座から立ち上がって声高に儀式の成功を宣言する。


「おお……成功だ!勇者召喚は成功した!この者こそ我らの未来だッ!!」


 その一言で王以外の見届け人達からも喜びの歓声が上がった。


 だがその歓声の中心にいる何かは、何が何やら分からず(はと)が豆鉄砲を喰らったような顔で辺りを見回している。


「さぁ、勇者よ。立ち上がるのだ。其方(そなた)こそこのラドカルミアを、いや、この世界に生きる人間全てを救う希望だ!」


 王の言葉にその勇者は右を見て、左を向く。そして自分に語り掛けられているのだと分かってゆっくりと王を見上げた。


 その勇者と呼ぶにはあまりにも小さく、華奢(きゃしゃ)な指で自分自身を指さす。


「――勇者?うちが?」


 墨を流したかのような背中まで伸びる黒髪、眉毛(まゆげ)のところでパッツンと切られた前髪。どこかとろんとした眼、ちょこんとその間に座った小鼻。淡い薄桃色の唇は大人の色気とは縁遠く。


 年齢は多く見積もっても十六には届くまい。せいぜい十四、五。見る者によってはもっと下に見られるかもしれない。


 その勇者というにはあまりに可愛らし過ぎる少女は、召喚されて尻もちをついた体勢のまま、もう一度周囲を見回してぽつりと呟いた。


「……えらいよぉでけた夢やなぁ……」


 かくして勇者は召喚された。


 この物語は、こうして勇者となった少女が(なが)きに渡って続く人間と魔族の争いを終わらせ、世界を平和へと導くまでの冒険譚である。

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