4話 興味
──あったかい…ふわふわ、ふかふか…心地が良い…。こんな風に、ゆっくりうんと眠れるって、とても幸せなんだなあ…。
「……、」
ゆっくり、ふわりと意識が戻った。ここはさっきの寝室のようだ。
ふわふわの枕にふかふかのベッド。
「……あ、そうだ…お食事を頂いたら…眠くなって…そのまま」
ということは、メフィストフェレス様の手を煩わせてしまったのだろうか…。
部屋には誰も居ない。相変わらずベッド以外は何もないし、テラスから見える空は赤い。
空って、赤いものだっけ…?
そう思って身を起こす。惹かれるようにテラスへ向かい、ガラス越しに外を眺めた。
「わぁ…すごい…」
空だと思っていたものは、果てまで続く赤い岩壁だった。しかしよく見れば壁というより、この場所が谷底にように見える。天上が見えない。そして眼窩には街が広がっていた。大きく空いた広場のようなところから放射状に区画整理されており、規則正しく家屋が並んでいる。その広場にはなにやら人集りができているが、遠すぎてよく見えなかった。
「…ここが、魔界…悪魔が住まう、深淵の地…」
メフィストフェレス様はそう言っていた。そっか、深淵…だからここはやっぱり谷底なのかもしれない。あの人集りも、さっきの召使いさんも…メフィストフェレス様も、悪魔、なんだ…。でも悪魔って、どういうものなんだろう?
「…私は、コウモリだっけ…」
私は悪魔ではなくて、コウモリ。ガラスに写った自分の顔を見て確認する。頭の上の耳を触ってみる。
「わ…感触がある…」
当然といえば当然なのだが、耳にも手にも感触が伝わる。適度な固さと靭やかさでちょっと気持ちがいい。
次に背中の翼を見る。メフィストフェレス様のものとは少し違うようだが、確かにコウモリのような翼だ。ちょっと広げてみよう、と思ったときには既に目一杯広がっていた。なんだか不思議な感覚だ。この手足と同じようによく動く。
…もしかして、羽ばたいたら飛べるのだろうか…?
好奇心に駆られて翼をバタバタ動かしてみる。けれど体は少しも浮かない。
「飛べないのかな…?」
もう少し頑張ってみる。すると翼がどう動くのか少し分かってきて、さっきとは羽ばたかせる角度を変えてみた。
すると──、
フワッ、と一瞬だけ体が浮いて驚き、足がもつれて尻餅をついてしまった。
「……う…浮いた…!?」
半信半疑、半ば冗談のような感じで羽ばたいたので自分でも驚きだった。本当に飛べたのかどうか、立ち上がって再び羽ばたいてみる。こう、翼全体で空気を包むように、蹴るように──。
バサッ、バサッバサッ!
「…!!」
確かに浮いていた。自分の足が床を離れて、体が宙に浮いている。視線も少し高くなった。驚きと感動のようなものを感じた。
「わ、すごい…う、浮いてる…!うわぁ…!」
ほんの数十センチ浮いただけだったが、もう翼が疲れてきて、羽ばたきをやめた。今度は上手く着地をする。
「これ…もっと練習したら、もっと浮いたり、飛び回れるようになるのかな…?」
「──ああ、なれるぞ」
「!?」
1人で感動して思わず独り言を喋っていたので、不意の応答にビクッとして振り返ると、そこにはいつから居たのか、メフィストフェレス様が居て──、
目は真剣なのだけれど、口元を押さえて肩を震わせていた。
………あっこれは…笑われてる…。
「メ、メフィストフェレス様…!ああ、あのこれはその…っ!い、いつから…!」
「…いや…、真剣に耳を触ったりしてるから様子を見ていた…それだけだ…」
「そ、それだけって…!」
全部じゃないですか…!なんだか途轍もなく恥ずかしくなって顔を押さえた。メフィストフェレス様の顔が見れない。
「違う、別に馬鹿にしているわけじゃない…翼があって飛べることなど当然だった俺にとって、お前の反応が…あまりにも、初々しいと言うか…可愛らしくてな…」
私は羞恥に晒され穴があったら入りたいくらいくらいなのに、メフィストフェレス様は弁解をしているうちについに我慢できなくなったらしく、口元の手を目元にやり、くつくつと笑っている。
さっきまで表情一つ変えない方だったから、こんな風に笑ったりするのだと少し意外に思いながらも、どう反応したら良いものか居た堪れず、俯いて手を握る。
「…あぁ、すまん。悪気はない…」
漸く落ち着いたメフィストフェレス様は私の目の前に来ると、ふわりと頭を撫でてくれた。それが意外で、思わず顔を上げる。
「あっいえ、その…分かってます…でもなんだかとても恥ずかしくて…」
「そうか、俺は良いものが見れて嬉しかった」
「え…?」
「少し前までガチガチに緊張していたお前が、飛ぶ事に興味を示せるようになった。少しはここに慣れてきたのだろう?」
「あ…、」
確かに、さっきまでは仕事の内容とか、主従の在り方とか、食事のマナーとか、色々気になって緊張して、周りや自分を気にする余裕もなかった…。そっか…少し慣れてきたのかな…?
「…ここは“怖くない”場所だ、安心しろ。俺の使い魔としてはある程度常識や礼儀は欲しいが、お前にはもうそれが身についている。心配するな」
「……はい…ありがとうございます…」
怖くない…そう聞いてとても安心した。再び頭を撫でてもらえて、思わず口元と目元が緩んでしまう。
「!…、笑う余裕も出てきたか。良いことだな」
「!、はい…!」
使い魔の生活は、まだ始まったばかりだった。