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3話 満たされて






食事を終えると大広間から出て、真紅の絨毯が敷かれた、先が見えないほどの長い廊下を進んでいく。



「──美味かったか」


「あ、はい…とても…。あんなに美味しいものがあるんですね…特に、最後の、」


「ああ、クゥヘンか」


「はい…甘くて、しっとりしてて…」



最後にデザートとして出てきたのがクゥヘンというお菓子だった。ふわっと甘くて、でもしっかりした食べ応えもあってとても美味しかった。けれど──、食事を終えるとはじめての感覚に襲われた。



「…でも、その…お腹の中が、きつい…です…」


「腹の中が…?ああ、それが満腹というやつだ。悪いことじゃない…目覚めて初めての食事だったからな…少し多かったか」



満腹…これが。なんだろう、確かに満たされた感覚がある。お腹だけじゃなくて、なんというか、心も、頭の中も。



「…ふわふわする…」


「…?」



そう、ふわふわする。体が、──ううん、意識が…ぼーっと…。



「…満腹で眠くなったのか」


「──は…、あっ…!いえ、その…ッ」



今自分はどうなっていたのだろう、メフィストフェレス様の言葉で遠のく意識を無理矢理掴んだ。頭を振って覚醒を試みる。



「…いい。食い過ぎも眠気も、まだその体に慣れていないだけだ」


「この…体、に…?」


「少し眠れ。暫く仕事はなしだ…まずは体を慣らして、それと少しは魔界について案内せねばなるまい。時間は無限だ、焦ることもない」



メフィストフェレス様の「眠れ」という言葉に、どっと睡魔が溢れてきた。またぐんと意識が遠のく。


この体に慣れてない…まるで本来私のものではないような…。ああ、でも、別にそんな事は…どうでもいいのか…メフィストフェレス様が、私を選んで…くれた、それだけで……。


そこで意識が途切れた。



「…まあ、早く俺の仕事を補佐できればそれに越したことはないがな」



意識を手放した使い魔の体を抱き留めながら、大悪魔は微かに笑んだ。



「──おや。もしかしてそれが選定会で連れ帰った者ですか、メフィストフェレス様」



使い魔を小脇に抱えたところで不意に声がかかる。見やればそこ現れたのは、人の良さげな笑みを湛え、大きな鎌を携えながら白緑と白を基調とした祭服とカミラフカを身に纏った男だった。


背中には漆黒の翼と、アカシア色の瞳に深紫色の髪…毛先は肩にかかり外にはねている。



「…アシュヴェルか。まあ、そうだ。さっき目覚めたばかりでな、まだこの体と環境に慣れていないようだ。全く、生前の処遇が魂にまで染み付いているらしい、食事を食べさせるにも一苦労だった」


「はは、なるほど。まあ生前と今ではそれこそ天と地…いや、天界と魔界ほどの差があるでしょう。戸惑うのも無理はない」


「…そのようだな」


「しかし、貴方がそんな魂を拾って即転生させるとは、余程気に入ったのですか?それとも、気紛れの憐れみですか」


「さあな。…人手が足りていないのは事実だ。──それで、ヴェンダッハ大峡谷の小者はどうだった」


「あーハイハイ、小者は所詮小者ですとも。確かに情報通りメフィストフェレス様への叛逆を企てていたようですが、」


アシュヴェルと呼ばれた男は飄々と語りながら巨大鎌で空を切ると、そこに現れた亀裂から、どどどっ、と赤黒い玉のようなものがいくつも落ちてきて、辺り一面を染め上げた。



「──この通り。死神アシュヴェル=イレイア=ドラクルが一つ残らず狩り殺しました」


「…そうか、ご苦労だった。だがここで出すな、誰が掃除する」


「あっ申し訳ない。…いつものように、見せしめに?」


「ああ、城下の処刑広場に棄てておけ」



大悪魔への叛逆…魔界リユヘルムダランでは日常茶飯事である。ここは最も強い悪魔が大悪魔となって統べる世界。大悪魔を殺すことが出来れば、それ即ち最強の証となり魔界の全権を握ることとなる。


過去の大悪魔の中にはそれを利用し、天界や人間界へ侵略を試みた者もいる。


悪魔の本質は欲望。各々それに従って勝手気ままに行動するため、以前の魔界は殺戮や姦濫絶えず目も当てられないほど混沌としていた。


しかしメフィストフェレスが大悪魔となってからは大分治安が良くなった。メフィストフェレスは警邏によってそれらを圧制、従わぬ者や叛逆者は即刻狩り殺されて、見せしめに城下町の中央広場に晒された。悪魔どもにはこれくらいの処罰が丁度いいらしく、そこそこ効果があったようだ。それでも全てなくなりはしないのだが。



(…ゆくゆくはルナにもこれを見せる…というか見ないでここでは生きられんな。これも慣れ…てもらわねば)



そんな一抹の不安を抱えて、メフィストフェレスは使い魔を寝かせるべく寝室へと向かった。













魔界の街並みや食べ物はドイツをイメージして書いております。

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