2話 立場
仕事を手伝う──一体どんな事をするのだろうと、不安になっていたのだけれど、
「……あの…、」
「?、どうした」
連れてこられたのは、大きな洋風の広間で、そこには長くて大きなテーブルと、何脚もある椅子──どれも繊細な装飾の施された高そうなものだ。天井からはとても大きなシャンデリアがぶら下がっている。食堂…?のような場所。
あまりにも立派な内装に暫く呆けていた。メフィストフェレス様のお給仕でもするのだろうかと思ったのだが、私も隣の椅子に座れと促された。言われるがままに着席をし、暫くすると召使いさんがお食事を運んできて、メフィストフェレス様と、私の前にもそれを並べてくれた。
野菜の前菜、黄金色のスープ、パン、お肉の蒸煮に茹で卵…。
…これはどういうことなんだろう…。メフィストフェレス様の使い魔なのだから、お食事をお持ちするのは私の仕事ではないのだろうか…?なぜ座らされて、しかもメフィストフェレス様と同じ食べ物が私の前にも…。全く意味がわからなかった。
「これ…は…?」
「腹が減っているだろう。仕事はそれからだ」
「え…と…、なぜ私にもメフィストフェレス様と同じものが…?」
思わず首を傾げてしまう。そこではたと気付いた。
もしかして、毒見役…ということだろうか…?
「あっ…私が毒味、を…?」
「……お前…、」
そこで、メフィストフェレス様の表情が曇った。それを見て私は言いようのない不安に襲われる。一気に息苦しくなって、体が強張り、血の気が引いた。そう、怖いのだ。恐らく私の察しの悪さが気に障ってしまったのだろう、眉根を顰め、鋭い眼光が私を訝しげに見つめる。
気分を害してしまった。怒られる──。
「あっ、あの…っすみませ」
「──俺に毒は効かん」
「………え…っ?」
メフィストフェレス様は小さく息を吐いてからそう言った。なんの事なのかよく分からずに、呆けてしまう。
「ここは魔界だ。下劣な悪魔どもが蠢く深淵の地。毒如きで死んでいては大悪魔など務まらない。俺には汎ゆる毒への耐性がある」
と、言うことは…毒味ではない…?では一体、私の仕事とは…。
「…お前の仕事はまだだ。今は、俺と供に腹を満たす…それが食事だろう」
「……は…、」
まだ、よく飲み込めていない。確かに食事の時間とはそういうものだけれど、“自分”が、主と同じ場所で同じものを一緒に食べるというのが、驚きだった。こういうのは、多分、別の場所で、主よりももっと質素なものを口にするものではないのだろうか…。
いつの間にか、メフィストフェレス様の雰囲気は元に戻っていた。寝室で見たときと同じ穏やかな。さっきのは一体何だったのだろう…私の粗相で不愉快な思いをさせたのではないのだろうか…?
ふと横を見れば、メフィストフェレス様はすでにお食事を始めていた。私も食べてもいい、と言われた…と思うのだけれど、どうにも、気が咎める。
「…食器の使い方は分かるのか」
「えっ!?あっ、わっ、分かります…!」
「ならばどうした?」
固まっている私を見て不思議に思われているのだろう。今度は、恐らく心配をかけてしまっているように見えた。金の瞳が私を覗き込んでくる。
「…つ、使い魔というのは…その、主に仕えるもの、ではないのでしょうか…」
「まあ、そんなようなものだが…それがどうした」
「従者が…主と同じ場所で同じものを頂くなんてこと…」
そこでまたメフィストフェレス様の表情が変わった。
けれど今度は──怖いものではなく、どこかハッとしたような、そんな雰囲気だった。
「……そうか…そこまで染み付いているのか…」
「え…?」
「いや。俺の──大悪魔の使い魔というのは、確かに俺に従う者ではあるが、立場的に言えば俺の次に権威ある者でもある。お前は“一番下ではない”」
「…あ…、」
そう言われて、なんとなく安堵した。そっか…立場的にはメフィストフェレス様の次、なんだ…。
「…お前への扱いが、俺への扱いとも取れる。今のお前はそういう立場だ。それでいいと、俺が決めた。だからお前は何の遠慮もいらない」
「は…はい…、」
メフィストフェレス様が、私を選んでくださった…ということかな…。
なんだろう…それはなんだかとても、心が温かくなった。
「あの…、ありがとうございます…」
「!…、ああ」
温かくなった心から溢れた言葉を伝えると、メフィストフェレス様の雰囲気がより穏やかになったような気がした。