1話 目覚め
「…んー……ぅ…?」
暖かくて眩しい光が瞼を射して蠢く。
(眩しい…けど、気持ちいい…)
不意に私が眠るベッドの端に誰かが座り込んだ感触がして、ベッドが軋む。
誰かが私に何かを言う。
「……ナ、ルナ」
「…ぁ、ぅ……ル…?月…?」
誰かは私をルナと呼ぶ…。
その意味を、私は知っている…月だ…時と共に満ち欠けして煌々と銀色に輝く…私の好きな、月。
私は、月…?
「起きろ、ルナ」
「うぅ……もっと…眠い、です…」
「………」
仰向けに寝ていた私は、そう言いながらもぞもぞと動いて誰かの方へと寝返りをうった…その時に、ハッと気付く。
此処はどこなのか…私は誰なのか…。私の名前…名前……?
…分からなかった。
「……ル、ナ…?」
「!…」
確かこの人は私を「ルナ」と呼んだ…それが私なのだろうか?
私は、それを確かめようとまだ重たい瞼を開いて…視界に入ったその人に目を奪われた。
「………はね」
「?…あぁ、これか…」
誰かは、黒くて短い髪に金色の瞳の男の人で…背中にどす黒い赤色の六枚の翼があった。襟のついた白いシャツに黒いパンツという格好で、鋭い目は一見冷たそうだが、穏やかな気を纏っている…気がする。
「あ…貴方は、大丈夫…」
「…なにがだ?」
聞き返されてハッとした。
自分でも何を言っていたか解らないくらい、無意識に思った事を呟いていた。
自分でも分からない…何が、大丈夫なのか。
「…すみ、ません…何でもない、です」
少し気まずい…私は何とか言葉を濁して、更にそれをかき消そうとゆっくり上半身を起こす。
やけに体がダルくて、自分で自分の頭を支えるのが億劫で…たくさんあるふかふかの枕を背もたれに寄りかかった。
「…ここ、は……」
なるべく動きたくなかったので、首を僅かに振るのみでゆっくり当たりを見渡した。
まず視界に飛び込んできたのは、自分から見て右側にある大きなテラスに続くガラス張りの扉。その向こうに見える空は赤かった。
次いで部屋の中を見渡せば、自分がどれだけ大きなベッドで寝ていたかが分かった。しかしそれだけ。この天井の高い部屋に置いてあるのはこのベッドだけだった。
寝室…だろうか?
「ここは、魔界だ。様々な悪魔共が住まう深淵の地」
「…ま…かい……」
「俺はメフィストフェレス。この魔界を統べる者だ」
「統べる者…偉い人……メフィストフェレス、様…?」
統べる者って、多分王様の事だ…だから、多分この人は偉い人。
「記憶の操作はなかなか難しいとぼやいていたが…上出来だ」
「えっ…?」
メフィストフェレス様はそう言って立ち上がると私の両肩をそっと掴んでこちらを見る。
「お前は…ルナ。俺のコウモリの使い魔だ」
「こ、こうもり…?使い魔…?」
こうもりって、暗い所を飛ぶ…耳の大きい…そう思って私は自分の顔に触れてみる。普通に人の肌だ。
「…自分を見るか」
メフィストフェレス様は私の横に立って目の前で手を上から下に流れるように下ろす…すると、水面が揺れるように手の軌道が波打ち…鏡のように私を映した。
「……!」
水の鏡に映ったのは、淡黄色の髪に黒い瞳の…これが私…?頭からは黒い毛の大きな耳が生えていた。よく見ると自分の後ろには黒い、メフィストフェレス様とよく似た形の一対の翼が見える。そして私も襟のついた白いシャツに黒いパンツ、金のボタンの赤いクロスタイと両手首にも赤いリボンがブレスレットのように巻かれていた。
確認出来たのはそれだけで、水面が静寂を取り戻すように、鏡は消えてしまった。
「わかったか?お前は、コウモリのルナ…俺の傍で、俺の仕事を手伝ってもらうぞ」
「…は、はい……」