バイソン6号
バイソン2号が歴史的レコードをたたき出してすぐに、一人の少年がガレージを訪ねてやってきた。
その少年こそが、のちのバイソンの整備士となるバンクである。
バンクは中央都市ロードで評判の車屋の一人息子だったが、バイソンの整備をするために、家を飛び出してきたそうだ。
お人よしのジルマッハは、その整備技術の高さをかって、バンクを整備士として雇い、バイソンの構造や整備方法も包み隠さず教えてしまった。
この時バンクが加わったことにより、バイソンの開発は加速した。
他の追随を許さないバイソンの速さは、マシンを壊しながらでも走り続けるジルマッハの精神力と、バンクの完璧なまでの整備技術の賜物である。
ジルマッハがカナロアストレートでマシンを壊すたびに、バイソンは進化していったのだ。
そして、バイソン5号のたたき出した、10分2秒66という記録は、数十年後の人類でも破ることの出来ない記録とされ、伝説の記録と言われた。
そして運命の日、伝説の記録に挑む者が現れた。
ジルマッハのバイソン6号。
バイソン6号は5号の記録を塗り替えるための、確信的な技術を有していた。
その名も『セカンドニトロシステム』
一回の走行で、二回のニトロ加速を使用する。
だがこの技術はマシンへのダメージが大きく、実現不可能だと言われていた。
しかし、バンクはやってのけた。
エンジンの仕組みを一から見直すことで、二回のニトロ加速に耐えうるマシンを作り上げた。
バイソン6号は、スタートと同時にとてつもない爆音を放った。
最初のニトロ加速を使用したのだ。
スタートから数秒たった時点で、すでにバイソン5号の記録を大幅に上回っていた。
夢の9分台も見えてきた。
ダッシュとバンクはゴール地点で固唾をのんでバイソンの記録を見守る。
遠くにバイソン6号が見えてきた。
いつも通り、バイソンは煙を上げ、苦しそうに走っている。
そこでまた、
――ドドッドッ!!
耳を引き裂くような爆発音。
二回目のニトロ加速の音だ。
このままのペースでゴールに到達すれば、9分台は確実だ。
そんな時、バンクが異変に気付く。
「おかしい、何かがおかしい!」
「おかしいって何が!?」
ダッシュも胸騒ぎが止まらなくなった。
「音がおかしいんだ! これは、エンジンの異常だ!」
「そんな……すぐに止めないと!」
――バーンッ!
ゴールライン手前、バイソン6号は大きな爆発音とともに宙を舞う。
アスファルトの地面をえぐりながら、炎をまき散らし、縦に回転している。
そして、ゴールラインを目前にして、バイソン6号は地面に車体をこすりつけながら、完全に停止した。
炎を噴き出し、原型をとどめていないバイソン6号に、ダッシュとバンクが駆け寄る。
辺りが騒然となり、消火器を持った人が集まってきて、バイソン6号から上がる炎を鎮火した。
ダッシュはバイソン6号のフロント部分を覗き込んだ。
「クッソ~やっちまった……」
そんな声は聞こえてこなかった。
ダッシュとバンクは、ただガレージの中でうなだれることしかできなかった。
目標を失い、大切なものを失い、大切な人を失い。
この言葉にできない悲しみは、ジルマッハに教わった。
その日の夜、ガレージに一台のトレーラーがやってきた。
側面には大きな文字で『アイブラ商会』と書かれていた。
そのトレーラーから中年の男が降りてきて、ダッシュとバンクを見つけるなり駆け寄ってきた。
「私はアイブラ商会代表のシュウと言うものだ。君たちがジルマッハの……」
ダッシュとバンクは黙ってうなずいた。
「実は、ジルマッハから君たちあての手紙を預かっているんだ」
そう言うとシュウ代表は、バンクに手紙を手渡した。
バンクが手紙を開き、読み始める。
ダッシュはバンクの背後から手紙を覗き込んだ。
俺が死んだとき、バイソンを渡す相手はもう決めてある。
とはいえ、俺が死ぬときはバイソンも粉々になってるだろうから、それでも良いって言うなら、受け取ってくれ。
バイソンは、
俺以上の命知らず、ダッシュと、
俺以上の腕を持つ整備士、バンクに渡す。
受け取ってくれるよな?
ダッシュとバンクは、何も言わずに、シュウ代表の顔をまっすぐ見てうなずいた。
トレーラーから粉々になったバイソンが降ろされる。
バンクがボロボロになったボンネットに手を置き、静かに笑った。
「ふっ、こんなものを直せっていうのかい? ジルマッハ、あなたはいつも無茶ばかり言いますね……」
「絶対に直してよね。ジルマッハがアンタたちに託したんだから」
シュウ代表の背後から女の子の声が聞こえてきた。
「君は……」
バンクが恐る恐る話しかける。
しかし女の子は涙をためた目で、バンクとダッシュを睨むばかりで、会話に応じようとしない。
見かねたシュウ代表が口を開く。
「この子はバイソンの大ファンでね。メイっていうんだ。ここに遊びに来ることもあるかもしれないから、よろしくね」
「はあ……」
メイはこれ以降、視察という名目で、毎日のようにガレージに入り浸ることとなった。




