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Bison8  作者: ハンニバル・オーウェン
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命知らずのジルマッハ

 ダッシュはカナロア州の中心都市、ロードの外れにあるスラム出身である。


 親も知らない、助けてくれる人もいない、お金もなければ、今日食べるものもない。


 そんな掃き溜めの中で一人、たくましく生きてきたのだ。


 

 幼き頃のダッシュの日課は、町に出かけて、財布をることだった。


 こうでもしないと生きてはいけなかった。



 ある日の昼下がり、ダッシュは町で掏った財布を片手に、目立たない路地の中を進んでいた。


 この日手に入れた財布の中には、運よく大量の現金が入っていたので、ズボンのポケットに詰め込めるだけタバコを買い、急いでスラムに向かって走った。


 その時、ダッシュの進路をふさぐように、太った警官が立ちはだかった。


 幼い子供にとって、その警官はまさしく壁のように見えた。


 すぐに路地を引き返そうとしたが、後ろにも体格のいい警官が。



 ダッシュは警官二人に警棒でタコ殴りにされ、地面にぼろ雑巾のように捨てられた。


 財布も取られ、ポケットに入っていたタバコまで取られてしまった。


 そして太った警官は立ち去り際に、


「ふっ」


 とダッシュのことを嘲笑い、タバコをひと箱、ダッシュの前に叩きつけた。




 ダッシュはあざだらけの身体を引きずって、途方もなく歩き続けた。


 スラムに戻ると、自分の惨めさに嫌気がさすので、この日は何となく帰りたくなかったのだ。



 ――バーンッブーッ!



 どこからともなく、爆発音のようなエンジン音が聞こえてきた。


 ダッシュは音の聞こえてくる方向に走った。



 しばらく走ると、白いアスファルトで覆われただだっ広い場所に出た。


 そのアスファルトの上を駆ける、一台のマシン。



 ダッシュはすぐに心を奪われた。


 何より鉄の塊があんなにも速く走ることに驚いた。



 ダッシュはこの日以来毎日、町でのスリも早々に切り上げて、マシンを見に行った。


 触れられるわけでもない、もちろん乗れるはずもないマシンを眺めているだけで、ダッシュは何となく幸せだった。



 そんなある日、いつも通り走っていたマシンに異変が起こった。


 聞いたことのない音が、マシンから漏れ出していた。


 そしてマシンは制御を失い、横転した。


 マシンはアスファルトの地面にぶつかりながら何度も回転し、何十回か回ったころに、とうとうタイヤを空に向けて静止した。



 ダッシュは心配になってマシンに駆け寄った。


 ドライバーの心配ではなく、もうマシンが走る姿を見れないのではないか、という心配である。


 ダッシュが何をするでもなく、ひっくり返ったマシンを眺めていると、ガラスの割れたフロント部分から人が這い出てきた。


「クッソ~やっちまった……」


 這い出してきた男は、しばらく地面で大の字になり天を仰いだ後、ダッシュの存在に気付いた。


「ん!? なんだお前!?」


 ダッシュは何と返せばいいのかわからず、辺りをきょろきょろ見回した。


「あっ! わかった! さてはお前、俺のファンだな!?」


「ふぁ、ふぁん?」


「そうかそうか、俺のファンの君には悪いけど、史上最速のマシン、()()()()はぶっ壊れちまった。ごめんな!」


 ダッシュは悲しそうにうつむいた。


 この男のファンではないが、このマシンのファンであったことには変わりないのだ。


「そんなに悲しむなって。バイソンの走りはもう見れないけど、バイソン()()の走りなら、そのうち見れるからよ」


 ダッシュの顔がパッと明るくなる。


「わかりやすい奴だなぁ。にしても困った……また一から直すとなると時間がかかるな……そうだ! お前手伝ってくれないか!? 一人でやるには少々骨が折れる。どうだ?」


 ダッシュは戸惑った。


 しかし断る理由はなかった。


 ダッシュは静かに首を縦に振った。


「決まりだ! 俺はジルマッハ。よろしくな」


「ダ……ダッシュ……」


「ダッシュ! 変な名前だな!」


 そう言うとジルマッハは、ダッシュに腕を差し出した。


 ダッシュは小さな手を震わせながら、ジルマッハの手を握った。



 これが『命知らずのジルマッハ』と、ダッシュの出会いである。

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