ガレージ内禁煙
かつて人類最速の名をほしいままにした男がいた。
その男こそ、バイソンの生みの親、ジルマッハ。
ジルマッハは走るたびにバイソンを壊し、走るたびに記録を更新してきた。
そんなジルマッハについたあだ名は『命知らずのジルマッハ』
ジルマッハの操るバイソン5号のたたき出した10分2秒66という記録は、伝説として語り継がれることとなる。
そして、その伝説の記録を脅かすものが現れた。
それこそが、ジルマッハの操るバイソン6号。
人々はまた当たり前のように、ジルマッハがバイソンを大破させ、記録も塗り替えると思っていた。
しかし、ジルマッハが記録を塗り替えることはなかった。
代わりに残ったのは、いつものように大破したバイソンと、ジルマッハの死体だけだった。
「よお、バンク。整備は順調か?」
バンクのガレージにダッシュがやってきた。
「順調もクソもないよ! 君が7号を壊したせいで、こっちは大忙しなんだ! たくっ、カナロアストレートまでに時間がないっていうのに」
「しょうがねーだろ! 二回目のニトロで壊れちまったんだから」
「だからあれは調節中だったんだ! あれほど無理はしないでくれって言ったのに!」
「悪かったよ……」
ダッシュが面倒くさそうに言った。
――ブーンッウーンッ
「趣味の悪いのが来たぞ」
ダッシュが言った。
「趣味が悪いとは失礼ね。そんなこと言うなら援助は打ち切らせてもらうわね」
ピンク色のマシン、エミリーオクトパス号から降りてきたメイが、腕を組んで言った。
服も相変わらず全身ピンクだ。
「ほら、ダッシュ、謝ってくれよ。ただでさえ修理代がかさむんだからさ」
「知らねーよ。大体金を出すのはコイツじゃなくて、コイツの親父だろ。何を偉そうに」
「あんたこそアイブラ商会の援助なしにはマシンにも乗れないくせに偉そうね? うちのパパ、7号を壊したこと怒ってたわよ? ダッシュは相変わらずの様子で、反省の色が見えなかった、って報告しましょうか?」
「反省だって? 反省してマシンが早くなるなら、いくらでも反省してやるよ」
そう言うとダッシュはタバコを口に咥えた。
「おい! タバコは外で吸えって言ってるだろ!」
バンクがダッシュの口からタバコを抜き取る。
「チッ」
ダッシュはバンクからタバコを強引に奪い取ると、ガレージの外に出て行った。
「ふぅ~」
ガレージの壁にもたれかかって、ダッシュがタバコの煙を噴き出す。
「アンタは相変わらずね。いつでもマシンの速さの事ばっか。そんなに記録が大事なの?」
メイがダッシュの隣に立ち、タバコに火をつける。
「俺は記録なんてどうでもいい。ただ早いマシンに乗れればそれでいいんだ。でもジルマッハは記録が大事だったみたいだけどな」
「あの人だって一緒よ。ただマシンを速くする資金を手に入れるために、記録を更新し続けてただけよ。速いマシンに乗りたいって気持ちはアンタと一緒」
「アイツと俺を一緒にすんな」
「どうしてそこまであの人を嫌うの? あなたにとって、バイソンを譲ってくれた恩人じゃない」
「恩人か……俺にとってあいつは、世界で一番嫌いな男だ……」
ダッシュは肺一杯に煙を吸い込み、細く、長く、ゆっくりと、煙を吐き出した。




