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第6話:1日遅れのメリークリスマス

 とりあえず急いで小屋に戻ると、ずぶ濡れのオカマ男が外で焚き火をしていた。

「火砕! 緋衣は?」

 朔夜が真っ先に尋ねると

「部屋で縮こまって寝てるわよー。色も元に戻ってたし、大丈夫なんじゃない?」

 と、オカマ男は疲れきった声で答えた。

 恐らく、彼も水は得意ではないのだろう。なんといっても元は蛾だ。

「火砕、ありがとう」

 朔夜もそれを察したのか、オカマ男に礼を言っていた。

「別にー。あら? 剣、見つかったみたいね?」

 オカマ男は剣を持つ俺を見てそう言った。

「……まあね」

 そう答える朔夜はぎろりとこちらを見た。今だに埴安姫は俺の腕から離れない。

「おい埴輪、あんまりくっつかないでくれ。朔夜が怖い」

 俺がそう言うと

「もーう、ハニーと呼んでくれて構わんのじゃぞ」

 と、語尾を可愛く上げてそいつはにっこりと微笑んだ。

 ……外見とかは若い子ぶっているが、こいつは一体何歳なのだろう。

 少なくともオカマ男とかよりかは年上な気がする。なんとなく。




 日も落ちて、俺が本日2度目の風呂から上がると、またしても朔夜が待ち構えていたかのように部屋から顔を出した。

「英輔、ちょっとちょっと」

 と、手招きをする。

「なんだ? そっち、『男子禁制』って書いてあるだろ?」

 と俺がからかうと

「いいもんそんなの。いいから」

 と、彼女は俺の腕を引っ張った。

 部屋に入ると、鼠女の姿が見当たらないことに気がついた。

「あいつは?」

 と尋ねると

「緋衣? 外で何かしてるみたい」

 と朔夜は言いながら、何かをリュックから取り出した。

「英輔、そこに座って」

 と彼女はベッドに腰掛けるよう指示する。

「?」

 言われるがままに俺が腰掛けると、朔夜もすぐ隣に腰掛けた。

 ベッドが軋む。

(……!)

 昼間もとても近距離で座ったりしたのに、なぜか妙に俺の心臓は跳ねる。

(なんていうか、夜の、ベッドは、良くない、ぞ)

 なんて勝手に俺が思っていると、

「英輔」

 と、名前を呼ばれてさらにどきりとする。

 自分の顔が赤くなっていることに気付いた俺は彼女の顔を直視できなかった。

 すると

「はい、これ」

 と、彼女は俺のこめかみに何かを貼り付けた。

「……?」

 指で触ると、それは絆創膏だった。

「それ、私のせいだからね。……ごめんね」

 と、朔夜は謝ってきた。

「え……いや、別に気にしてないのに……」

 と、俺が本音を言うと、朔夜はどこかほっとしたような、それでもどこか寂しそうな顔をした。

(……?)

 たまに、彼女のことがよく分からないときがある。

 どうしてそんな顔をするんだろう。

 けれど俺がそんなことを尋ねる前に、彼女はぱっと表情を切り替えて、

「そう? ありがとう」

 と、いつもの笑顔でそう言ったので、俺は何も言えなくなった。

「なあ、明日にはもう帰るんだよな」

 俺がそう切り出すと

「そうだね。まあもともとこの山、観光用じゃないし」

 と、朔夜は苦笑して言った。

(……じゃあ)

「じゃあさ、今度はもっと違うとこに行かないか?」

 俺は思い切ってそう提案した。

「……今度? 違うとこって?」

 朔夜は不思議そうに尋ねてきた。

「春休みとかに。遊園地とかどうだ? お前好きそうだけど」

 俺がそう言うと

「え?」

 と、朔夜はどこか間抜けな声を出した。俺がこんなことを言いだすなんて、想像だにしていなかった様子だ。

 俺は少し不安になって

「……嫌か?」

 と尋ねると、朔夜は勢いよく首を振って

「ううん!! 行く!! 絶対!!」

 と、まるで子供のようにはしゃいだ。

 それを見て俺は少しだけほっとする。

 やっぱりこいつは、こんな風に笑ってるほうがいい。

「英輔、約束だよ! 絶対だからね!!」

 と、朔夜は指きりの小指まで用意した。

 俺は少々恥ずかしく思いながらも小指を差し出す。

「ゆーびきーりげんまん、うそついたら針千本のーますっ、指切ったっ」

 子供みたいにそう歌って、俺達は約束した。

 春に、また逢おうと。






 隣室から聞こえる憐と英輔の楽しそうな声を背に、風呂に入ろうと外に出た私は、どこからともなく漂うアルコール臭に気がついた。

 それを辿ると、山小屋の壁にもたれて、だらしなく座り込んでいる、銀糸の髪の女を発見した。

 その足元には何本もの徳利とっくりと、お猪口ちょこが散乱していた。

「……酒臭いわよ、アナタ。ていうかどっからそんなもの持ってきたのよ」

 私が呆れながらそう尋ねると、緋衣は半分夢の中のような声で言う。

「……るさい。山の鼠が地酒持ってきてくれたのよー……」

 すると少し離れた茂みががさがさと揺れた。数匹の茶色い鼠達がこちらを窺っている。

(……貢物みつぎものというわけか)

 蛾である自分には分からないが、もしかすると鼠達の世界には多少の縦社会というものが存在するのかもしれない。


 人の姿に化けられるほどの力を授かった生き物は、おおよそにおいて同類から敬われ、憧れの対象となる。

 他とは比較にならないほどの長寿をも得る。

 まあ、始めは悪い気はしない。

 自分は特別なんだと、その生に誇りすら持つだろう。

 しかし特別になるということは、他の者達とは違う世界で生きる、ということだ。

 見知った仲間は次々に年老い、新たに出来た仲間ですら、ほんの僅かな時間を共にしただけで消えていく。

 取り残されていくような、孤独。

 人間の中にも『不老不死』というものに憧れる者がいるという。しかし莫大な年月の間に多くのものを望めると思うのは、ただの幻想だ。

 だって、結局。

 失くすもののほうが、多いのだから。


「……ぅー……」

 にわかに、目の前の彼女は涙を見せ始めた。

(――相当酔ってるな、これは……)

 私が呆れていると

「憐ちゃんもー……あの馬鹿男と戯れてるしぃ……寂しい、なぁ……」

 そうぼやきつつ、うつらうつらと首を揺らす彼女に

「ちょっと緋衣、こんなとこで寝たら風邪引くわよ」

 私はそう言い聞かせるが、相手は聞く耳ももうないようで、ついには、静かに寝息を立て始めてしまった。

(……ああもう)

 私は頭を抱えつつ、どうしようかと悩む。

 下手に動かすと後で何を言われるか分からない。

 かといってこのまま放っておくのもどうかと思う。

 例えばあの鼠達。見たところ雄ばかりのようで、この女王様に下心を起こさないとも限らない。

 眠りこけている彼女をもう1度よく見る。

 昼間着ていたコートは今はどこへやっているのか、長い脚や肩を大胆に出した服はこの寒空の下だと寒々しいとしか言いようがない。だが、酒で火照ったその肌は、この上なく艶めかしく見える。

 加えて、このあまりの無防備さ。

「…………」

 自分でも気付かぬうちに、少し眺めすぎたことを私は後悔しつつ、

(……男嫌いのくせしてどうしてこんなに扇情的な格好をするかな)

 と常日頃から思っていた疑問で文句をつけてみる。

 が、すっかり眠り込んでいる彼女の顔は、自分より200も年上だという事実を感じさせないほど、幼いものに見えた。

(……仕方ないな)

 私は色々考慮した結果、やはり彼女を動かすことにした。今は憐達が女部屋にいるから、男部屋に運ぶのが得策だろう。

 起こさないように、慎重に、かつ素早く彼女を抱え、そっと歩き出す。

 しかしそこまで慎重にならずとも、彼女は目を覚ます様子を見せなかった。

 ただ、

「…………リウ……シン……」

 寝言だろうか。彼女の唇から、そんな異国の響きが漏れた。

「…………」

 これは直感なのだが、さっきのは、男の名前ではないだろうか。

 そのことが少し意外、……というわけでもない。

「結局私達は、似たもの同士というところだな」

 私はそうひとりごちて、小屋へと入っていった。






 その日の晩は、なんというか、大変だった。

「埴輪!! いい加減諦めてよ!!」

 朔夜の声が響く。

「いーやーじゃっ!! お主は炎の属しか持っておらぬではないかっ!! 妾は英輔と寝るのじゃ!!」

 そう駄々をこねる埴輪こと埴安姫。

「…………」

 俺はそんな2人を眺めつつ、何も言えない。

 ここは男部屋だ。昼間も言っていたとおり、埴輪の奴が俺と一緒に寝るとかなんとか言って聞かないので朔夜が文句を付けているところだ。

 しかしその前に、既に男部屋のベッドで妙に酒臭い鼠がちんまりと眠っているのが気になったといえば気になった。

 オカマ男は既に窓ガラスに貼り付いて眠る準備をしている。

「ええい小娘、こうなったら勝負じゃ!!」

 埴輪がそう言い出した。

(は?)

 俺が呆気に取られていると

「望むところ!! 何で勝負するのさ!?」

 朔夜はやる気満々の様子だった。

「女の勝負じゃ、決まっておろう?」

 『決まっておろう?』と言われても俺にはぴんとこなかった。が

「……分かったよ。嘘ついちゃ駄目だからね。英輔、ちょっとあっち行って」

 と、朔夜は分かっている様子で、俺に離れるよう手で指示した。

「?」

 俺は理解できないまま、とりあえず部屋の隅に寄った。

 すると、2人は

「じゃあ同時で」

 と寄り合った。

(……仲良いんじゃないのか? あいつら)

 俺が呆れているうちに、ぼそりと、何か数字のようなものが同時に聞こえた。

 すると

「「なーーーー!?」」

 2人は同時に叫び声を上げた。

「なんでバッチリ同じなのさ!!」

 朔夜は顔を赤くして叫ぶ。

「知らぬわ!! くっ、多少は妾が勝っておると思っておったのに……!!」

 と、埴輪は悔しそうに言った。

(……………)

 なんとなくだが、あの2人の勝負の内容が分かってしまって、俺は目線を泳がせた。


 そして、結局。

「仕方あるまい。ではみなで眠ろうではないか。 どうじゃ英輔? 両手に花、枕元に鼠というのは」

 と、埴輪が言い出した。

「いや、……俺、床で寝るから」

 俺がそう言うと

「んなっ! じゃあさっきの意味ないし! 恥を忍んで勝負したのにっ!!」

 と朔夜が攻撃してきた。

「そうじゃそうじゃ!! 妾もふかふかのベッドで眠りたいのじゃっ!!」

 埴輪も追撃する。

「…………」

(それって結局埴輪がベッドで眠りたいだけなんじゃないのか)

 そんな俺の心の呟きなど2人は知らず、朔夜はベッドに潜り込んで、枕をその傍らに置いた。

「ここから入ってきちゃ駄目だからね、英輔。襲ったら殺すっていうの覚えてる?」

 半分立派な脅し文句を言いつつ俺が布団に入るのを待つ朔夜。どうやら本気らしい。

 俺は溜め息をつく。

 全く、朔夜のお父さんはどんな教育を施してきたんだろうか。

 とりあえず俺もその場しのぎにベッドに入った。

 勿論朔夜とは背中合わせだ。

 片手には剣を握っていないといけないという不自然さを我慢しつつ、朔夜が寝静まるまでこのまま待機しようと思う。

「おやすみ、英輔」

 やけに満足そうにそう挨拶する彼女に

「……おやすみ」

 俺はそう返して、眠ったふりをした。



 瞼を閉じてからは、煩悩との戦いだった。

 最初は、意外と落ち着いている自分に俺は少し得意になっていた。

(……なんだ、俺、結構いけるぞ。もしかしたらこのまま眠っちまうかもしれないな)

 しかし、ふとこうも思う。

(……女子と仮にも同衾してるのにここまで落ち着いてていいんだろうか、若い男が)

 そういえばヒロは合コンに行くとか言っていた。

 他の奴らもとても楽しみにしてそうな顔をしていたが、俺は別に合コンに行きたいと思ったことはない。

(もしかすると俺はまだ精神的に幼いのかもしれないな……)

 が、しかし。

 朔夜が寝返りでも打ったのか、もぞりと布団が動いたかと思うと、足の先がこつりと触れ合った。

「!?」

 途端に、落ち着いていた俺の鼓動は早鐘のように高鳴りだす。

(……お、落ち着け俺!)

 しかしそんな俺の気も知らないで、今度は朔夜の手が俺の背中に当たった……というよりもう完全に触れている。

 背中が温かい。というより熱い。

 まるで後ろから捕まえられたかのような錯覚を覚える。

 罠にはまった獲物みたいに、逃げられない。

 いや、違う。

 逃げられないんじゃなくて、逃げたくないんだ。


 このまま寝返って、その手を握り返したくなる。

 昼間みたいに、いや、昼間よりもっと強く、彼女を抱き寄せたくなる。

 ……3ヶ月だ。

 ここにきてようやく俺は、3ヶ月間溜まりに溜まった感情を体で自覚した。

 けど、駄目だ。

 そんなことをしたら、こんな。

 背中合わせに眠れる、こんなぬるい関係は、壊れてしまうだろう。

 ……いや、もしかすると。


 壊れてる。

 俺はもう、多分壊れてる。


(駄目だ)

 俺は寝ぼけかけの火照った顔を振り払うよう、大きく瞬きをして、するりとベッドから逃げ出した。



 朔夜は目覚めなかった。それが少し幸いだ。手に握ったままの剣も音を立てない。埴輪もまだ眠ったままなのだろう。

 朔夜はとても気持ち良さそうに寝ている。

 そんな幸せそうな顔を見て

「……たく」

 俺は小さくぼやいた。

 文句のひとつでも言ってやりたい気分だ。

 やはり彼女のお父さんに『軽々と男と一緒に寝るなんて言っちゃ駄目だ』と教えておいてもらわなければならない。


 でも、どうなんだろう。

 こいつは何で俺と寝るなんて言い出したのか。

(……前だって……急に、キスするし……)

 もともとそんな奴なのか、と思えばそれきりだが、そんなわけはない。だって、前のキスは、こいつのファーストキスだって言ってたんだから。

 今日も、俺に逢いに来たんだと言ってくれた。

 もしかすると……なんてピンク色な想像が頭を一瞬だけよぎるが

(ないない。襲ったら殺すって言ってたし……)

 俺は恐ろしくなってぶんぶんと首を振った。

 分からない。ほんとにこいつは分からない。


 そのままじっと彼女を見ていると、俺を掴んでいただろうその手が、宙を掴むように空っぽになっているのが少し気になった。

(……こいつ、またうなされたりするのかな)

 枕元には変わらず鼠が横たわっている。

 朔夜がもしうなされてあれを掴んだら鼠女が窒息死してしまうかもしれない、とかいうなんとも真夜中に相応しいホラーな光景を想像した俺は、

(あ、そうだ)

 ひとつ良い手立てを思いついて、音を立てないよう自分の鞄をあさりだす。

 取り出したのは、ついこの間、ヒロと行ったゲーセンでたまたま取った景品の人形。『カエル将軍』クリスマスバージョンだ。

 ……実は昨日朔夜にやろうかと思って一応鞄に忍ばせていたのだが、オカマ男や鼠女がいたので渡す機会を見出せなかったのだ。

 自分の不器用さに苦笑しつつ、俺はそっと、彼女の手のひらにその人形を押し込んだ。

 すると、朔夜は無意識か、その人形を軽く握って受け取ってくれた。

(……赤ん坊みたいだな)

 俺はそう思って笑みをこぼしつつ、彼女に告げる。

「……遅くなったけど、メリークリスマス。朔夜」


エピローグも是非どうぞ(笑)

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