第3話:目的
結局、『男子禁制』(勿論朔夜のお父さんの字)と書かれた貼り紙は無視して、俺達は女部屋に入り込む形となった。
「……顎が、割れるかと思ったワ……」
俺の後ろでオカマ男が顎をさすりながらぼそりと呟いた。
多分、先ほどのアッパーが相当痛かったんだろう。
「ふん! 憐ちゃんに変なこと吹き込むのが悪いのよ、ああ嫌らしい!!」
すっかり元気な鼠女は人間の形に戻っても相変わらず朔夜の傍から離れない。
「まあまあ……」
と朔夜は今日で何度目かのなだめる台詞を吐いた。
そんな彼女の前には白い箱がある。
「……おい、それ、何だ?」
俺が尋ねると、朔夜は待ってましたと言わんばかりに
「ふっふっふ……」
と得意げに笑って
「じゃじゃん」
またしても厳かに、白い箱の蓋を開けた。
するとそこには、少しへしゃがり気味なホールシフォンケーキがあった。
「わあ、ケーキ!」
まず歓声を上げたのは鼠女だ。やはり妖といえども女というのはこういうものに目がないらしい。
俺はというと
「……おい、これもあのリュックに入れてたのか?」
そんなことを尋ねていた。朔夜はきょとんとして
「そうだよ。だって今日クリスマスだし」
と、当たり前のように答えた。
(……だから、こいつは一体何しにここまで来たんだ……)
俺は半ば呆れつつも、はしゃぐ女2人を前にしては何も言えず、ただケーキが配当されるのを待っていた。
形はともかく味はかなり上質なケーキを頂いてから、果ての見えない『大富豪』が始まった。
というのも、鼠女がオカマ男より下位になると激しく闘志を燃やして何度も何度もやり直しをするのだ。
朔夜は楽しそうにゲームを続けるし、オカマ男は鼠女の挑戦を必ず受けて立ったから、誰もそれをやめようとしなかった。
そんな状況が数時間続いて、
(……そろそろ眠いんだけどなあ……)
俺があくびをすると
「英輔、もう眠いの?」
と、朔夜が目ざとく尋ねてきた。
「もうってなあ、結構いい時間だぞ、ほれ」
俺が午後10時を示す腕時計を彼女に見せると
「まだ10時だよ?」
と彼女は顔をしかめた。
「明日も早く起きて剣を探すんだろ? そういうときは早く寝るもんなの」
と俺が諭すと、朔夜は少し不満げに目を伏せて唸ってから
「……分かった」
と呟いた。
そんな日の晩は、オカマ男は蛾の姿になって俺にベッドを譲ってくれた。そういう紳士的なところには若干感謝しつつ、俺は布団の中でふと思った。
(……なんていうか、あいつと一緒に出掛けてるのにあんまりゆっくり喋ってないような……)
昼間はほとんど鼠女とオカマ男の口論を聞いてただけだし、さっきもあんな状態だったし。
(やっぱ3ヶ月も音信不通だと……)
少し距離が開いてしまったのだろうか。
翌朝、山小屋に置いてあった保存用の食料(勿論製造日はごく最近の)を朝飯にして、また山登りは再開された。
今日は空模様が少し怪しい。加えて、山全体にうっすらと霧がかかっていた。
朝は苦手なのか鼠女とオカマ男は昨日に比べると口数が少なくなっていた。先を行く朔夜もどこか眠そうな顔をしている。あの様子だと夜遅くまで鼠女と何か遊んでいたに違いない。
「おい朔夜。大体の位置が特定されてるって言ってたけどどのあたりなんだ?」
俺が尋ねると
「んー? もうすぐー」
と、彼女は気のない返事を返した。俺はやれやれと視線をあたりに移す。
霧はどんどん濃さを増しているような気がする。
なんと言うか、少し警戒心を覚えざるを得ないような、そんな霧だった。
そうして、ようやく朔夜が足を止めた。
「えっと……この辺りって書いてあるんだけど……」
と彼女は言うが、周りにはそんな、剣がありそうなスポットなど無い。あるとすれば土の壁だ。
「仕方ない、この辺掘ろうか」
なんて、彼女は言い出した。
「は?」
俺が少々非難めいた声を出すと
「だ、だって土の神の剣は封印状態で気配もあんまり感じられないんだもん。今回だって古くからの伝承を元に何年も検討された結果作成された地図を貰ってここまで来たんだから」
と朔夜は妙に長い言い訳を吐いた。
それで、俺は今更ふと気付いた。
俺達が来る前に、朔夜のお父さん達がこの山に足を運んでいるのは間違いない。恐らくその時にだって調査ぐらいはしているだろう。
が、それでも朔夜をここに遣ったということは、剣は見つからなかったってことなんじゃないだろうか。
(うーん……、となると探すのは相当骨が折れる作業なんじゃないのか?)
俺がそんなことを悶々と考えていると、朔夜はなにやらごそごそとリュックの中をあさっていた。
「何探してんだ?」
俺が尋ねると
「スコップ。……おっかしいなー。忘れたかも」
朔夜はそんなことを言って、片手に刀を持った。
そして
「仕方ない。手で掘って、手で。私は火光使うから」
なんて、幼稚園児の芋掘りのようなノリで言った。
(は!?)
「アホか!! こんな硬そうな土、手で掘りきれるわけないだろ!! 刀も論外!! 傷むぞ!?」
俺がそう叱咤すると、朔夜はむっと顔をしかめて反論した。
「やってみないとわかんないじゃん!!」
もはやけんか腰になりつつあった。
「あのな、正確な位置も分からないのに無鉄砲に掘っても見つかるわけないだろ!!」
俺がそう言うと朔夜は苦々しく口を結んだ。
まあ、こちらの言うことのほうが筋は通っていると自負している。朔夜もそれぐらいは分かっているのだろう。
それで、調子に乗った俺はつい、こんなことを言ってしまった。
「そもそもケーキとかどうでもいいもんは持って来てるのになんで1番大事なスコップを忘れて来るんだよ、お前は。遊びに来たんじゃないんだろ?」
すると、朔夜はぴたりと表情の変化を止めた。
(……?)
只ならぬ雰囲気に、俺は気まずさを感じた。
他の2人も恐ろしいほどに黙っている。
数秒後、朔夜はくるりと背中を向けて、
「……分かったよ。何か代わりになりそうなもの探してくるから、英輔達は適当に掘っといて」
そう呟いて、霧に向かって走っていった。
その声の端が、どこか上ずっていたのは、気のせいなんかじゃない気がした。
「さ……」
俺が彼女を呼び止める前に
「こんの……ガキィっ!!」
鼠女のそんな声と共に、頬を激しくはたかれた。
不意打ちだったので思わず俺は横倒れになった。
(ぃたた……)
「え、英輔クン、大丈夫?」
オカマ男がしゃがみこんで俺の顔を覗き込む。
俺は『大丈夫』だと手で応えて、目の前で俺を睨む鼠女を見上げた。
「……ったく、これだから男は嫌いよ! なんっにも分かってないんだから!! アンタはここまで何しに来たのよ?」
紫の瞳に静かな怒りと、どこか悲愴を込めつつ、彼女は俺にそう問うた。
(……何しに……って……)
朔夜が『剣を探しに行く』っていうから、付いてきた。
それだけだ。
それだけ。
……本当に、
それだけか?
(そんなわけない)
俺は立ち上がって
「……ごめん。ありがとう」
俺は鼠女にそう言って、その横を通り過ぎた。
いつの間にか周りは濃い霧で覆われていて、自分がどこを走っているのか分からなくなって、足を止めた。
気がつけば頬が濡れていて、悔しかったので私は思い切りジャンパーの袖で顔を拭った。
(英輔の馬鹿。にぶちん。唐変木)
恨み言をつらつらと頭の中で反芻してから、私はひと息ついた。
……確かに、この山に来たのは土の神の剣を探すためだ。
土の属性を持つ武器があれば、アレを倒すときにとても有効だろう。
これは大事な仕事だ。
遊びじゃない。
だから、本当なら、彼を誘う必要はない。
けれど、あえて誘ったのは……
「……ほんと、分かってないなあ……」
また、涙腺が高まりそうだったので、私はしゃがみこんで、その場に縮こまった。
(結局英輔は『剣を探しに来た』だけで、ほんとに、それだけなんだ……)
なんだか自分が少し惨めだ。
というより情けない。
本当は英輔のほうが正しい。『遊びに来たわけじゃない』。なのに、自分はあんなに浮かれていた。
……冬休みが始まる前からせっせと準備して、
料理の美味しいホテルを探して、
有名なケーキ屋さんに無理して予約して。
英輔の家の前で待ち構えて、驚かそうと思ってベランダに登るタイミングまでちゃんと計ってた。
(……馬鹿みたい)
そう思うとまた涙腺が高まる。
こんな顔では、当分3人の前には帰れそうにない。
……そうしていると、背後で嫌な音がした。
ブゥン。
「!?」
羽音だ。虫の羽音だった。
思わず体が反応して、私はびくりと身を起こした。
昔から、虫は大の苦手だ。
どこが苦手なのかよく分からないが、とりあえず苦手なのだ。むしろ生理的に受け付けないと言ったほうが正しい。
すると目の前を黒いものが横切った。
「ひ!?」
派手な羽音を響かせて、それは私の周りを旋回する。
――昔から、そう。
虫という生物は、虫が苦手な人の周りに限って寄っていくのだ。
「寄るな!! あっち行けぇッ!!」
ただでさえ泣いていたのに今度は虫ごときに私は半泣きにされていた。惨めにも程がある。
手には火光があるが、虫ごときに国宝級の刀を抜くのはやはり少し躊躇われた。
また目の前に迫った黒い虫を避けようとしたとき、身体が妙に後ろにのけぞった。
(!)
霧で周りがよく見えていなかったのがまずかった。
身体が浮いた瞬間全てを悟る。
私は道から足を滑らせて、斜面を転がる羽目になる、と。
――その刹那、私は誰かに手を掴まれて、力強く抱き込まれた。
ほとんど今日の日付の話だったということを忘れていました(汗)。
今から全部載せちゃいますね(←ちょっと)