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第2話:彼の真実

 最寄り駅の様子から想像すると、この山は観光スポットというわけでもないらしい。

 ということはあまり道も整備されていないのでは……という俺の予想は少し外れていた。

「何か意外と歩きやすいねえ、この山」

 と、先頭を行く朔夜が言った。

 山道は草が伸び放題かと思いきや、綺麗に刈られていたりと、まるで俺達が迷わないように道が作られているような感じだった。

 よくよく見ると、草を刈った跡というのもどうも新しい気がする。それこそここ数日内ぐらいのものではないだろうか。

「ねえねえ憐ちゃん、今日はこの山で泊まるの? まさか野宿?」

 と、微かにこちらに視線を注ぎながら鼠女が尋ねていた。どうやらこちらを警戒しているらしい。

 そんな野良犬を見るような目で見ないで欲しいと思いつつも、確かに泊まる場所については俺も気にしていたことだ。

「ん? えっとね、この山には山小屋があるって地図に書いてあるからそこを使おうと思ってるんだけど」

 と、朔夜は言った。

「……山小屋? 誰か管理人がいるのか?」

 俺が尋ねると

「んー? 連絡先とか書いてないからなー、いないんじゃない?」

 と、朔夜は暢気なことを言った。

「お前な、そんないつ建てられたかも分からない山小屋、無人だったとしたらもう腐ってるぞ!」

 俺が言うと

「うっるさい男ねー、とりあえず屋根があればいいのよ。アンタ達は外で寝なさいよね、当たり前だけど」

 と、鼠女が俺とオカマ男に向かって言い放った。

「んまー!! 男女差別はんたーい!!」

 傍らにいたオカマ男が反抗する。すると

「男か女か分からない奴に言われたかないわよ!!」

 と、鼠女は少しだけ穿ったことを言った。

「あーもう2人とも!! お昼にするよ!!」

 と、朔夜は声を張り上げた。

 そういえばそろそろお昼時だ。

 しかし

(……俺、あんまり食べ物持ってきてないんだよな……)

 そりゃあ今日のお昼になるパンぐらいは入れてきたが、まさか山で寝泊りするとは思っていなかったので、少し食べ方を考えなければならない。下手すると帰る頃には体重が減っているだろう。

 そんなことを思って急に不安になっていると

「今日のお昼は私が用意してるからねー」

 と、朔夜が元気にそう言って、リュックからレジャーシートを広げ始めた。

(……遠足か?)

 しかしお昼を用意してくれているとなるとありがたい。彼女の無駄に膨らんだリュックは恐らく先のことを見越しての大荷物だったのだろう。


「じゃじゃん」

 と、朔夜はそれらを広げた。

 俺は目を見張る。他の2人も沈黙している。

「……これは……」

 かなり多数のタッパに入れられた高級そうな料理達。

 サラダからメインディッシュ、デザートまでより取り見取りだった。

「……どうしたんだ、朔夜。まさか作ったわけじゃないだろ?」

 俺は少し不安になって尋ねた。

「昨日泊まったホテルのディナーバイキングからちょっとずつくすねてきたの。大丈夫大丈夫、この季節じゃまだ腐ってないよ」

 と、朔夜は笑顔でそう言った。

「……くすねたって……」

(すっごい迷惑な客だっただろうなあ、こいつ……)

 そんな俺の思考を表情から読み取ったのか、

「ちゃんとギャルソンに多めのチップ握らせといたから大丈夫だよ」

 と、彼女は口を尖らせた。

(……チップ……? こいつは一体どこのホテルに泊まったんだ……)

 俺は頭を抱えた。

 

 とりあえず美味しい昼食をいただいて、俺達は再び山道を登り始めた。

 結局始終鼠女とオカマ男はつまらないことで口論していたが、聞いているとなんだかんだで賑やかで楽しめた。が、その2人の会話を聞いていると、どうも朔夜とは話すタイミングが見つからなくて、少し消化不良な感じもあった。




 空が暗くなりかけた頃、朔夜は前方を指差した。

「山小屋だ!」

 驚くべきことに、それはちゃんと存在していた。

 しかも有り得ないくらい、新しいのだ。

 加えてなぜか、鍵も開いていた。

 朔夜が扉を開けて中に入り込んだ。

「思ったより綺麗だー。しかも部屋2つあるよ!」

 と朔夜が言うと

「ふうん、じゃあワタシ達も入れるわねん、英輔クン」

 とオカマ男が俺にウインクする。

(げ、こいつと相室か……? 襲われたらどうしよう……)

 なんて自分でも驚くような心配が頭をよぎったのはさておき、それにしても出来すぎてはいないだろうか。

 こんな寂れた山の山小屋なんて、とっくに廃棄されていそうなものだ。それなのにこの新しさといい部屋がきちんと分かれているあたりといい……

 そんな中、

「……ねえ、何か匂わない?」

 と、鼠女が呟いた。

「匂うって何が?」

 朔夜の問いに答える前に、鼠女はさささと小屋の裏側へと回った。俺達が追いかけると、そこには。

「……温泉?」

 微かな硫黄の香りと共に、白い湯気が上がっている。

「こりゃもうリゾートだね」

 と、朔夜が言った。

(……なんで、温泉……? しかも……)

「おい、なんであんなに綺麗なんだ、この温泉。自然に放置されてたらここまで綺麗じゃないぞ、湯とか」

 と俺が言うと

「山のお猿さんが掃除してるんじゃないの?」

 と、素なのか冗談なのかよく分からないことを彼女はけろりと言った。

「んなわけあるか!!」

 俺がそう叫ぶと、鼠女が

「ったくアンタもいちいちぴーぴーうるさいわね!! いいじゃない、使えるんだから」

 と、朔夜の後ろから反論してきた。すると

「しかも男湯と女湯が分かれてるわよ〜ん」

 と、少し離れたところからオカマ男が声を上げた。

「は?」

 そちらを注視すると、本当にもう1つ湯があって、その前に『男湯』と書かれた看板があった。よく見ると、こちらの湯の近くには『女湯』と書かれた同じものがあった。

 それらの看板も小屋同様、妙に新しい。

 さらには『湯船にタオルを入れても構わないからね!』なる張り紙までしてある。

(……待てよ……)

 それらの字を、俺はどこかで見た気がする。

 かなり達筆の、大人の字だ。

 そして俺は結論に至った。

(……朔夜のお父さんの字だ……)

 いつぞや、9月の1件でお礼状が家に届いたことがある。そのときの字はまさかの直筆で、俺は少しばかり感動したものだ。まあ、文面自体は俺に対するお礼なのか、釘うちなのかよく分からないものだったのだが。

「脱衣所まであるし……なんか親切な山だね」

 と、朔夜はのほほんと笑っている。

 あれは恐らく、天然だ。

(……気付いてやれよ、朔夜……)

 娘のために前もって先回りして山に道を作り、小屋を建て替え、温泉まで整備した親馬鹿を通り越した父の愛に俺は同情し、感動した。




 急いで建てたのだろう、部屋の中は意外と簡素だった。

 部屋も2つに分かれているが、ベッドは各部屋に1つずつ。……まあ、ここまで持ってくるのも大変だったんだろうと思う。

 勿論女部屋と男部屋に分かれた。

 俺が荷物を整理していると

「ねーえ英輔クン、そろそろお風呂入らなーい?」

 と、しばらくベッドに転がっていたオカマ男が切り出してきた。

「……あんた、入れるのか?」

 俺は疑問に思っていたことを訊く。

 だって相手は一応蛾だ。

「この姿なら入れるわよーう。これでも日々磨いてるんだから!」

 と、オカマ男は髪を色っぽくかき上げた。

(何を磨くんだ、何を)

 と呆れつつも、俺はじっと彼を眺めた。

 流れるような長い金の髪。前髪で右目は少し隠れているが、片目だけでも十分魅力がある。

 ……弁明するが『魅力がある』、というのは俺が特別それに魅力を感じているというわけではない。

 一般的に見て、こいつは間違いなく『美青年』の部類なのだ。

 だから、俺は疑問に思ってたんだ。

「あら何、英輔クン、そんなにワタシを見つめないで! 照れるわ!」

 頬に手を当ててふざけるオカマ男に少々呆れつつ、俺はその疑問をとうとう口に出した。

「なあ、なんであんた、普通に喋らないんだ?」

 俺は以前1度だけ、彼が普通に喋るのを聞いたことがある。あれは聞き間違いではないだろう。

「普通って?」

 オカマ男が首を傾げた。俺は少し困ってしまって

「いや、だから、その……オカマ口調……」

 と、視線を逸らしつつしどろもどろに言うと

「…………」

 彼はしばらく黙った。

 沈黙が続く。

(……なんか、まずいこと言ったかな……)

 と、俺が後悔し始めたとき

「……1度聞かれてたからね、やっぱりばれてたか」

 落ち着いた、男の声が聞こえた。

(え)

 俺が顔を上げると、そこには苦笑というよりどこか儚さを顔に浮かべた彼がいた。

「確かに口調は作り物だよ、英輔」

 澄んだ声。いつもの宙に浮いたような声とはまた違う。

「じゃ、じゃあなんでわざわざ……」

 俺は自分の顔が少し熱くなってきていることに気がついてまた顔を伏せた。

 なんていうか、オカマな感じで喋られるよりこっちのほうがかなり、色っぽく感じるのだ。

(……って!! 俺、なに男に色気を感じてるんだ馬鹿!! 俺の馬鹿!!)

 俺の苦悩をそっちのけに、彼は話す。

「まあ、端的に言えば女性避けかな。あんな感じに男にしか興味ないって思わせれば誰も寄ってこないだろ? ついでにあの口調だと男も本気にはなってこない」

 ……ということは。

「別に男が好きってわけじゃないのか?」

 俺はそれが少し意外で、ちょっとした期待を込めて尋ね返した。

 すると彼は柔和に笑って

「まあね」

 と答えた。

 俺はそれを聞いてほっと安心した。

(なーんだ、そうかそうか。なら今夜は安心して眠れそうだ)

 なんて俺が思っていると

「……まあ、嫌いでもないけどね」

 と、彼はぼそりと呟いた。

「は!?」

 俺の叫びを無視して

「じゃあ英輔クン、お風呂入りましょうか〜。もう女共は入ってるみたいだし〜〜」

 と、口調を戻したオカマ男は俺に擦り寄ってきた。

「なっ!? お、俺後で入るからあんた先に入れよ!!」

「え〜〜? ここは男同士、水入らずってやつよーう。嬉し恥ずかしの青春について語り合いましょ?」

「なーーーー!?」

 ……やっぱりこの男は分からない。




 そんな感じで、オカマ男はるんるんと、俺はげっそりと風呂から戻ると、隣の部屋のドアが開いて

「あ、英輔! 今からこっちでトランプやらない?」

 と、朔夜が待ち構えていたかのようにそう言った。

「トランプ?」

 なんだか本当に、修学旅行にでも来た気分だ。

 ……まあそれなら女子がここまで近くにいることはまずないだろうが。

「にゃー!! 憐ちゃん駄目よー!! この部屋は男子禁制って貼り紙があったわ!!」

 と、どこからともなく鼠女の声が聞こえた。

「?」

 その姿を俺がきょろきょろと探していると

「……緋衣、アナタなんでそんなカッコしてんの?」

 と、呆れ気味に傍らのオカマ男が声を出した。

 その声の方向は、朔夜の肩のあたりに向かっている。

 よく見ると、朔夜の白いシャツに溶け込むように、純白の小さな鼠が乗っていた。

「うっるさいわね!! お湯でも若干ダメージ食らうのよ!! 今は省エネモードなの!!」

 と、鼠は吼えた。

「じゃあ無理して入らなきゃいいのに」

 と、オカマ男が鼻で笑うと

「黙んなさい!! 旅の思い出はお風呂からって決まってんでしょ!? 温泉に入って何が悪いのよ馬鹿ーーーー!!」

 と、半分泣きが入ったような声で鼠女は喚いて朔夜の胸にしがみつく。

「よしよし。だよねー、やっぱ温泉は入りたいよねー。今のは火砕が悪いよ」

 と、朔夜は鼠をなだめるように撫でつつ、オカマ男をたしなめると

「う……」

 オカマ男は少しバツの悪そうな顔をした。

 それから何を挽回しようとしたのかオカマ男はすすすと朔夜の傍によって

「英輔クン、結構いいカラダしてたわよ〜」

 と、彼女に耳打ちした。

「な!?」

 俺が赤面すると同時になぜか朔夜も赤面した。

「あら? 想像した?」

 とからかうようにオカマ男が言うと

「し、してないし!!」

 朔夜は顔を真っ赤にして叫んだ。

 それを見て俺はさらに赤くなる。

 最終的に

「だー! 変態!! 火砕コロス!!」

 怒りに燃えた鼠女が元の姿に変化して、オカマ男に目にも留まらぬアッパーをくらわせた。


火砕さんのあんな話がちらりと出てきました。

以後緋衣嬢にもスポットライトが当たるとか当たらないとか、明日はもうちょっとどばっと更新するかもしれません。

では皆さん、メリークリスマース!

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