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第1話:ちょっと変わったクリスマス

 正午前、俺は空腹を訴える腹の虫をなだめつつ、学校を出た。

 すると後ろから

「おーい、英輔!」

 と、友人の声がして俺は立ち止まった。

 振り返ると、そこにはヒロをはじめとして、水泳部1年の面々が顔を揃えていた。

「? どうした、皆揃って」

 俺が尋ねると、

「明日クリスマスだろ? 予定ない男子はいっそ合コンでもやらね? って話になってさ、お前もどうよ? どうせ予定ないだろ?」

 とヒロは言ってきた。

(……合コンねえ……。まだ早いと思うけどなあ……)

 俺はそう思いつつも、その場にいる面々の、新たな出会いへの期待に胸を焦がしているような顔を見ていると何も言う気になれなかった。

「……悪い、明日はちょっと用事があるんだ」

 と、俺は返答した。

「な!?」

 ヒロは頬に手を当てて、あからさまにショックを受けた、というリアクションを取る。

 冬休みに入ってテンションが上がっているのだろう。

「何!? お前、もしかして彼女が出来たとか言うんじゃないだろうな!? お、お前には抜け駆けの前科があるんだからな……ってああ!? もしかして憐ちゃんと遊ぶ約束が入ってたりするのか!?」

 と、鋭いところをヒロは突いてきた。

 俺は目を逸らす。

(……遊びに行くんじゃないんだけどな……)

 しかしそれだけでヒロは確信したようだった。

「ウアアー!! 英輔、お前はいつからそんな奴になってしまったんだ……! くそう! もう合コン誘ってやらねえぞ! せいぜいイチャつくがいいさ!!」

 と、彼は他の面々に『行こうぜ』と声をかける。

 しかし俺が彼らの背中を見送っていると、ヒロはささっと戻ってきて、

「おい英輔、休みが明けたら戦果を報告しろよ。包み隠さず言うんだぞ、このむっつりスケベ!!」

 と、俺の背中をばしばし叩いた。

「だから! 俺むっつりじゃねえっての!!」

 笑いながら駆けていくヒロにそう叫んでいると、周りの下校中の生徒に少しばかり注目されてしまった。

(…………)

 俺は赤面しつつ急ぎ足で家に帰った。




「ただいまー」

 そう言って玄関の戸を開けると、俺の目に見慣れないものが入った。

 靴だ。

 今この家には、俺とお袋しかいない。

 よって常時床に並べてある靴は俺のものかお袋のものしかないのだ。

 なのに今日は若者の、女物の靴が1組、揃えてあった。

 ……そして、それは若干見覚えがある靴だった。

「英輔おかえりー。お友達が来てるわよ」

 と、お袋はどこか興奮気味な様子でやって来た。

「……朔夜?」

 俺がげんなりしながらそう尋ねると

「そうそう、憐ちゃん。もー、英輔ったら学校のこと全然話してくれないから彼女がうちに来たときお母さん焦っちゃったじゃなーい! 隅に置けないなあ英ちゃんは!!」

 と、お袋はノリノリで俺の背中を叩いた。

 ……さっきから背中を叩かれすぎて痛いくらいだ。


 俺が居間に入ると、朔夜はしっかりとテーブルについていた。

「おかえりなさい、東条君。お邪魔してます」

 と、妙にかしこまって言う彼女の、昨夜とのギャップに俺は困ってしまった。

「今ご飯作るからねー、憐ちゃんも食べるでしょ?」

 とお袋はエプロンの紐を結びつつ台所に立った。

「ありがとうございます、いただきます」

 と、朔夜は『良家のお嬢様』らしく微笑んだ。

 

 お袋は鼻歌を交えつつ、チャーハンを作っているらしい。

 野菜を炒めるフライパンの音に声を隠しつつ、俺は朔夜に言った。

「おい、お前、今日は外で大人しくしてろって言っただろ!?」

「だってさ、明日から数日出掛けるわけだしさ、ちゃんと話しといたほうが後々いいんじゃないかなーって」

 と彼女は眉をひそめつつそう言った。

「な!? お袋に話したのか!?」

 そんな俺の声が聞こえたのか、

「英輔、明日から旅行に行くんでしょ? ちゃんと準備できてるの?」

 とお袋は普通に尋ねてきた。

「え、あの!? いいのか!?」

 俺はしどろもどろになっていた。

(だって、ほら、一応若い男女が2人きりで出掛けるんだぞ、しかも泊まりで!!)

「あら何英輔、もしかして隠して行くつもりだったの? もー、いやあね。お父さんが帰ってくるのは大晦日だし、誰も止めないわよー。昔はお母さんもねー、好きな人と2人で行ったわよー、スキーでしょ、食べ歩きでしょ、あとね……」

 と、お袋は自分の若かりし頃の話を語り始めた。

 俺は聞いていて途中でくらっときたのだが、朔夜は目を輝かせて最後まで聞いていた。




 結局、万事うまくいったことになる。

 彼女の思惑通りに。

「英輔のお母さん面白いねー。あんなにすんなりオーケー出してくれるとは思わなかった」

 と、朔夜は俺の部屋の椅子をくるくる回しながらそう言った。

「……俺もびっくりだよ」

(お袋があんなに緩い人だったなんて……)

 まあ、親父が堅物なのでちょうどいいのかもしれないとも思う。

 それに今回だって、やっぱり隠して行くのも気が滅入っただろう。

「明日の朝8時にここに来るからそれまでに準備しといてね。まあ2日分くらいの準備で多分大丈夫だから」

 と彼女は言った。

「あのさ、『くらい』って何」

 俺が毎度のことを尋ねると

「お宝を見つけるのにどれくらいかかるかなんて正確にはわからないの! でも今回は居場所の分からないケモノと違って位置が大体特定されてるし、それに動かないものだし」

 と彼女は言った。

「ふーん……」

 俺がいぶかしげな目で見ているのが気に入らなかったのか

「何その目! 今回は危なくないって! ほんと、ハイキングだと思って! 皆仲良く!!」

 と、朔夜は無駄に元気に言った。

 俺はふと疑問に思った。

(……皆仲良く?)

 しかし尋ねる間もなく彼女は荷物を背負って立ち上がった。

「じゃあね、英輔。また明日!」

 そう言って、彼女は部屋を出て行った。

 そんな背中を見送りつつ

(……昨日も泊まったんだし、今日も泊まればいいのに……)

 なんて、俺は自然と思っていた。





 翌日、予告どおり朔夜は8時にやって来て、俺は彼女に付いていくまま電車に乗り込んだ。

「で、どこ行くんだ」

 今更ながらに俺は隣の朔夜に尋ねる。

「ここ。龍霊山」

 そう言って彼女は地図を取り出した。

「龍霊山……?」

(名前は聞いたことあったけど……行ったことないなあ……)

「案外この近くなんだよ。この電車であと3時間ってとこかな」

 と朔夜は地図を指でなぞる。

「しかしこの時期に山かよ。何探すんだ?」

 この時期じゃ紅葉ももうないだろうし、むしろ寒いんじゃないだろうか、山は。

「だからお宝って言ったでしょ? 具体的に言うと、剣だね」

 と、彼女は物騒なワードを吐いた。

「……剣……」

 それで俺は思い出す。そういえばこいつはそういう危ない奴だったと。

「イーグルの武器開発室からの依頼でね、どうもこの山に強い力を持つ剣らしきものが眠ってるって話で。それがまた『土』の属性を持った珍しい剣らしいんだよ」

 と朔夜は少し興奮気味に喋る。

「へえ……。で、それを見つけに? なんでお前が」

 と俺が尋ねると

「え? いやほら、土属性の剣があったら水の属性のケモノ相手に有利かなーって」

 と彼女は答えた。

(……そっか。こいつの弱点は水だったっけ)

 そんなことをぼーっと考えながら、ふと周りを見回すと、今電車に乗っているのは若者がほとんどで、それも大体がカップルだった。

(今日、クリスマスだっけ……)

 俺はあまりじろじろ周りを見ないように視線を落とす。が、周りのカップルは『今から遊びに行きます』的な雰囲気の装いなのに対して、俺達はというと、防寒対策ばっちりに着込んで、さらには泊まりに備えた大荷物。

(……クリスマスに山……クリスマスに山登り……。ムードねえな)

 と俺は頭の中で反芻していた。

 しかし

(……でも2人で出掛けるってことには変わりないのか? ……傍から見たら俺達ってどんな風に見られてるんだろ……)

 と考えたりもする。

 ちらりと横を見ると、朔夜はやけに楽しそうに地図を眺めていた。

(こいつはどういう意図で俺を誘ったんだ……?)

 と気になってみるも、直接訊くわけにもいかず

(……まあいいか。どうせ暇だったし、な)

 俺はそう納得して、目を閉じた。

 その時なぜか、俺の口元は自然と綻んでいた。




 途中で鈍行に乗り換えて辿り着いた駅は、自動改札なし、しかも駅員が1人しか見えない、『超』がつくほど簡素な駅だった。

「あ、あれあれ、あれが龍霊山だよ」

 と朔夜が指差したのは、ちょうど正面に見える、半分はげかけたような山だった。

 しかし

「意外とでかいな……。ほんとに剣、見つかるのか?」

 と、思ったのが率直な感想だ。

「大丈夫大丈夫、あらかじめ位置は特定されてるから、その辺りを探せばオッケー。それに今回は人手も十分だしね〜」

 と朔夜は意味ありげに笑った。


 ……その意味を理解したのは、件の山の麓に辿り着いたときだった。

 彼女はおもむろにグローブをはめ、リュックから1本の刀を取り出して、抜いたのである。

 久しぶりに見る、妖刀『火光』だった。

 そして彼女は宙に線を引き、

「三炎の二、三、来い」

 そう言った。

(――は!?)

 俺が何かを言う前に、そいつらは現れた。

「んーー! なんかいい空気〜〜」

 伸びをしつつそう言ったのは白い髪に白いコートを纏った女。豊かな胸、すらりと長い手足など、女性として非の打ち所がないような完成した身体を持っているが、側頭部から鼠の耳らしきものが出ている点で、どこか可愛らしさをかもし出す。が、

「む、なんでアンタがここにいんのよー」

 と、俺を見て即悪態づくあたり、相変わらずの男嫌いらしい。

 そして

「あら、英輔クン! 久しぶりじゃな〜い」

 そう、宙に浮くような挨拶をしたのは、色鮮やかな赤い民族衣服を纏う金髪赤眼の美青年。

「ちょっと見ないうちに少し背が伸びたんじゃなーい? 思春期の男の子ってこれだから素敵」

 と、相変わらず色目を使って俺に擦り寄ってくるので

「いや、そんなことは」

 と俺は朔夜の後ろに逃げ込んだ。

「……ていうかいきなりなんでこの2人を呼び出してんだ、お前は。疲れるんじゃなかったのか?」

 と俺が朔夜に問うと

「ノープロブレム。ここは稀に見るパワースポットだからね、緋衣達みたいな人間と契約してる妖でもここなら私からの体力供給なしで自由に動けるってこと」

 と彼女は言った。

「んー、でも焔クンは流石に無理ってことねん」

 とオカマ男が言うと朔夜はどこか残念そうに苦笑した。すると

「あの子は別格だから仕方ないわよ、憐ちゃんのせいじゃないわ」

 慰めるように鼠女が言った。

(焔……か)

 朔夜が使役する妖は全部で3人。最後の1人、あの鹿の化身の少年は、力が強すぎて流石に出て来れないということか。

「とりあえず今回は皆で『土の神の剣』を探すんだからね! 喧嘩しないように!」

 と朔夜は鼠女とオカマ男のほうを特に意識してそう宣言した。

「「は〜い」」

 と、2人が気のない返事を同時に返したかと思うと

「ちょ、ハモんないでよ馬鹿火砕!!」

「はあ〜? ハモったのはそっちでしょ!」

 と、早速喧嘩を始める始末。

 朔夜と俺は溜め息をつきつつ、歩き出した。


続きはまた明日……

憐「じらさずにさっさと出せよもー」

ははは……

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