8話 進撃のお肉
街道に沿って歩いて歩いて歩き続けていると、丘の向こうに一軒の古びた家が小さく見えてきた。
さらに近付いていくと緑に囲まれた美しい山の中にいくつもの趣のある家が立ち並び、そこかしこから白いモヤのようなものが立ち上っているようだ。
「君島くん、あの白いのって……」
「ああ、きっと温泉の湯気だな……!」
歩き疲れて体は重いが目の前に広がる光景に、心は一気に軽くなる。
ウェアウルフの襲撃から2日目の朝。
俺たちふたりはついに温泉郷シンナイにたどり着いたのだった。
☆☆
「うわぁあああすごいすごいすごーい! なんだか日本の温泉街みたいだね! それでいて建物はハリポタ風とか、なんちゅう村を作ってくれたのよ!? たのしー!」
村の中を歩き始めると文川さんのテンションがおかしくなった。
村。
というからには過疎化の進む寂しい雰囲気を勝手にイメージしていたのだが、思ったより有名な観光スポットだったらしく、結構な数の観光客で賑わっている。
山の麓にある村だけあって階段や坂が多く、その脇には湯気立つ温泉のお湯が流れる乳白色の用水路があり、連なる宿、土産物屋、食事処はどこも客を呼び込むために外装も趣向を凝らされており、ただ歩いているだけで楽し過ぎた。
文川さんが興奮のあまり俺の背中をパンチしてくるのもうなづける。
しかもパンチと言っても猫くらいのパワーしかないかわいい猫パンチなので殴られる俺も徐々に気持ちよくなってきた。
これがウィンウィンの関係というやつか。
「ね、ね、君島くん! これからどうしよっか?」
「うん、観光を楽しみたいとこだけどまずは冒険者ギルドで俺たちに出来そうな依頼を探そっか。お金が無きゃ昼ご飯も買えないし」
「お金? 昼食代くらいならあるよ?」
文川さんは腰に下げていた革袋から銀貨を取り出した。
10枚あった。
銀貨1枚で銅貨10枚分。だいたい1000円くらいの価値。
つまり銅貨2枚しかない俺より彼女は50倍金持ちだった。
「ぎっ!?」
「怖っ! モンスターじゃないんだから『ぎっ!』とか叫ばないでよ、しかも街中で」
「いやいやいや、なんで銀貨10枚もあるの!?」
「私、節約したし」
「いやいやいやいやいやいや、だって俺たちそもそも銅貨5枚しか支給されてなくない!? 節約ってレベルじゃないよね!? 文川さんは叩くとビスケットが2枚に増える夢のポケットをお持ちで!?」
「持ってませんけど……というか普通に風間くんが銀貨10枚ずつ配ってなかった?
あ、でも『何かあった時のために女子には多く渡しておこう、男たちにはナイショな!』とは言ってたような……」
「がっ!?」
あんのエーカッコシーが!!
貧困に苦しむのは俺たちなのに何故かヤツだけがモテる謎のシステムを構築しやがって!!
ぐぬぬぬぬおおお。
俺は怒りのあまり橋の下の用水路に向かって「風間くんの耳はロバの耳!!」と叫んでみた。
「えっ、風間くんの耳ってそうなの?」
「いや、まったく違うけど……なにかこう、溜まったものを吐き出そうと思ってネ」
「はぁ。でもまぁ実際こうして『何かあった時』に役立つワケだしいいじゃないですか」
「それもそうですな!」
俺は自分の感情を無視して気持ちを2秒で切り替え、とにかくご飯を食べることにした。
あんまり小さい事にこだわって文川さんに俺が矮小な虫けらだとバレたくはない。
もう手遅れな気もするけど。
☆☆
さて、お金があるといっても節約はした方がいい。
けど、せっかくの観光地だし最初くらいは名物っぽいものを食べたいよねーという二人の意見がピタリと一致して、そんな感じの、あまり高級そうではないけどちゃんと風情はある年季の入った佇まいの店に入る。
文川さんはシンナイ近辺で採れたばかりの新鮮な山の幸をふんだんに使った『緑豊かな山菜きのこパスタ』。
俺はドングリとイモを食べてたっぷり肥えた『大イノシシの焼き肉定食』を注文する。
ちなみにお会計は2人分で銀貨3枚となりまぁす。
コトッ……とまずは文川さんのパスタが運ばれてきた。
名前の通り、緑の美しい山菜で皿が彩られ、味がたっぷりと染み込んでそうなキノコがまた美味しそうだ。
ほわ~んと食欲をそそるニオイが漂う。
「わぁあ……おいしそー……!」
と目を輝かせる彼女だが、眺めるだけで何故か手をつけようとしない。
って、アレか。俺の料理が届くのを待ってるのか。
「冷めないうちにどうぞ召し上がれ」
「そう? じゃあ、いただきー♪」
文川さんは『待て』を解除された犬のように……いや、犬に例えるのもどうなんだ?
まあ、とにかく嬉しそうにフォークにくるくるパスタを巻き付けて、つるるるっと食べ始めた。
もぐもぐ。
「ん! ちゃんと美味!」
「それ、どういう感情表現?」
「んー。エルファストの宿の食事って、塩をふっただけのパサパサの焼き魚とか豆の味しかしないスープとか、なんか、その……全体的にアレだったでしょ?」
「アレだったなぁ」
業界用語で言えばズイマーだった。
「王都にある宿屋でさえアレなんだから、異世界の料理ってもうそんなものかと思ってたんだけど、ここのパスタのソースは甘みもあって、コクもあって、山菜の苦味がいいアクセントになっててちゃんと美味しいのですよ、もぐもぐ」
ほうほう。
俺もこの世界の料理には文川さんとまったく同じ印象を抱いていたけどこれは期待大だな。
なんて思っていると今度は俺の注文した焼き肉定食が届けられた。
「なっ……!?」
俺は絶句した。
それは焼き肉定食というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
それはまさしく肉塊だった。
すげぇな。
日本でよくある豚バラ肉の焼き定みたいなのを想像していたが、目の前に運ばれてきたイノシシの焼き肉は……厚さ5センチほどある。
がぶっ。
「うんまぁああああ……」
一口、噛むと熱く柔らかく、トロけるような感触と甘じょっぱい肉汁がじゅんわぁあああと口の中いっぱいに広がり、しかも一切れが大きいので噛んでも噛んでも肉は口の中から無くならず、至福の咀嚼が延々と続く。
イノシシ肉って初めて食べるけど、こんなうまいものだったなんて!
ごくり……。
羨ましそうに文川さんが熱い視線を送っているのに気づく。
「あの、良かったらどうぞ」
「え、いいの?」
「というか文川さんのおごりですし」
「しからば一口、失礼して……」
彼女はパスタのフォークでカステラみたいに切り分けられたイノシシ肉を突き刺し、小さなお口でかぶりつく。
「んっ……」
文川さんは目をつぶってビクンッと震えた。
これが今時の料理漫画だったら服が弾けとび彼女は公衆の面前で絶頂を迎えていたことだろう。
あぶないところだったぜ。
「なにこれ……美味過ぎるんですけど……」
肉を飲み込んだあとも余韻で文川さんのフォークを持つ手はぷるぷると震えていた。
そして皿に乗ってる残りの肉を見つめている。
まだ食べ足りなさそうだな……。
「文川さん、よかったらパスタと肉、半分こする? 俺も山菜パスタ食べてみたいし」
「え、君島さま、よいのですか?」
「よいよい」
というか本当に山菜パスタに興味あるし。
こうして料理を文川さんと仲良く分けあって「あれ、よく考えたらクラスの女子と二人きりでお店でお食事とかリア充の所業じゃね?」とか「これ、料理交換してるうちに何回か間接キスが発生してるよね?」とかなんか俺はもう限界を超えて新たなパワーが覚醒しそうになりつつもとにかく楽しいブランチでした。
☆☆
水を飲み、食休みしながらそこらに流れている無料の足湯コーナーに足を浸す。
足の指の隙間に熱いお湯が流れ込み、ああっ……、となる。(なんとなく分かるだろ?)
お腹は膨れ、歩き疲れて熱を帯びた足の裏が温かなお湯に刺激されて足の底に溜まった疲労物質がプチプチと溶けていく心地よい感覚に身を委ね、俺たちはすっかりマッタリした。
今日はもう何もしたくないなーと思いながらも時刻で言えば、まだ正午前。
日が暮れるまでまだまだ時間はたっぷりある。
昼食もそこそこ奮発しちゃったことだし、やっぱりお金は稼いでおこうという話になって、最初の予定通り冒険者ギルドに向かうことにした。
なんて威勢のいい事いっても俺たち冒険者初心者にこなせる仕事なんて限られているんだよなー。
何か手ごろな依頼がありますように!