最終話 ぶらりらぶ旅は続くよどこまでも
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「それではぁ~異世界を共に旅した~……1-E組全員が無事、ガッコー卒業できた今日の良き日を祝してぇ~カンパーイっ!!」
コチィンっ!
桃園さんの号令に合わせて、当時のクラスメイト同士で炭酸ジュースの注がれたグラスをぶつけあった。
なるべく多くの人たちと乾杯するために皆、座席から立ち上がり店に集まった同胞たちとカチン、カチンと飲み口を鳴らしあったのち席に戻る。
「いや~、あれからもう3年か~」
「ははっ! しかしまぁ異世界がどうこうっていうより、今は受験終わった解放感の方が大きいけどな!」
あっちこっちでお疲れさま的な言葉が交わされている。
俺もせっかくだから誰かと話そうと店内を見回すと……
小松くんと磯崎さん。それから的場くんと西宮さんのペアが視界に入った。
他にもちらほらとカップル出来ているっぽいな……。
だけど特に妬ましくはないしリア充爆発しろとも思わないもんね!
なぜならば俺の隣にも3年前より髪の伸びた可愛く、それでいてちょっぴり大人びた文川詩緒梨さんというカノジョが微笑みかけてくれているからだ。
そして、その左指の薬指には照明の灯りを反射してキラリキラリと指輪が輝いている。
ここは地元の繁華街にある、食欲旺盛な高校生が打ち上げするにはもってこいの食べ放題1980円な焼肉屋チェーン『ドナドナ』(なんちゅー名前だ)。
俺たち異世界冒険高校生たちは、あれから特に大きなトラブルもなく、卒業式の日を迎えて3年生のクラスの打ち上げ!!
……ではなく、1年生の時のクラスメイトで集まって騒ぐことにした。
2年生に進級してクラスがバラバラになってからは、異世界での話をする機会もすっかり減って、3年生になれば受験勉強でそんな思い出に浸る精神的余裕もなくなっていたが。
みんな、それぞれの進路も決まって無事卒業。
となるとちょっと心に余裕も生まれ、そして来月になれば進学先の大学のある地域に引っ越ししていく者もいる。
そういう意味では、このメンバーが一同に集結する機会はこれで最後かも知れない。
ファンタジー世界を命懸けで旅してきたこのメンバーともう一度、思いきり語りたい。
そんな想いからか、桃園さんが卒業式後の焼肉打ち上げパーティを発案し、皆もこうして集まったワケであった。
もっとも、そんなに語りたい思い出もないのか欠席した者も2名いたが。
「お、ライスきたきた。ってか、頼んだの俺だけ? 男は全員とりあえずライス大、注文しとくからな」
野球部の青木くんが先走ったマネをして店員に注文しようとする。
「待つんだ青木。焼肉と白米っていうのは……万人にとって必ずしも良い組み合わせとは言えない」
東京の一流大学に現役合格を決めた小松くんが的確な指摘を入れる。
「そうだぜ、ご飯でお腹いっぱいになっちゃったらお肉あんまり食べれなくて損しちゃうだろ!?」
第一志望には落ちたが滑り止めの隣県の大学にギリギリ受かった的場くんが意地汚い指摘を入れた。
「いや、僕は肉をたくさん食べたいとかそういう話ではなく炭水化物のカロリー的な健康の話をだな……」
「しゃらくせぇ!!」
「あっ、よせ!?」
小松くんたちの制止を振り払うように青木くんはタレをたっぷりつけた焼き肉をご飯にバウンドさせてガツガツとかきこむ。
「ぐははは! うめぇ!」
だよな。
小松くんの主張も的場くんの主張もよーく分かるけど、ジューシーな焼肉と白米を一緒にかきこむのは人類の夢だ。
「すいませーん、ライス小を……詩緒梨さんは?」
「いただきます」
「ライス小二つお願いしまーす!」
目立ちたくない陰キャゆえ、大きな声で店員さんを呼びつけるなんて恥ずかしいマネ、以前の俺には不可能だったろうがあの冒険を乗り越えたことで少しは成長したようだ。
厨房まで届くデカイ声で堂々とライスを注文してやったぜ。
「くっ、負けてられないわ! 店員さん、こっちにもライス大1つ!」
桃園さんがさらに大きな声でご飯を召喚する。
「太るぞ」
ちゃっかり彼女の隣に座っている三橋くんがボソリとつぶやいた。
「ん~? 私が太ったとして三橋くんに関係ある?」
「ぐっ……」
桃園さんを追って都内の一流大学に合格したストーカー三橋くんがうめき声をあげる。
「桃ちゃん、まだ三橋くんと付き合ってないの?」
その様子を見た詩緒梨さんが辛味噌カルビ肉のお世話をしながら、向かいに座る桃園さんに尋ねた。
「ちょっとちょっと。『まだ』とは聞き捨てならないわね、しーちゃん。それではいつの日か、私が三橋くんと付き合ってしまうみたいじゃない?」
桃園さんは『そんな気これっぽっちも無くってよ?』と言った感じで涼しい顔して炭酸ぶどうソーダをくぴくぴ流し込む。
「お前も大変なのに惚れちまったよな。もういっそあの清田さんとかいう生徒会のコにしちまった方がいいんじゃないか?」
的場くんが突っ伏してる三橋くんの肩に手を起き、励ましの言葉をかける。
「いや、清田はそういうんじゃないから。慕ってくれてはいたが俺なんかに恋愛感情は持たんだろう」
卒業式後、校門で待ち伏せしていた後輩女子にブレザーの第2ボタンねだられたのに『そういうんじゃない』も何もないだろうに。
恋愛感情無しでボタンを盗られたというなら清田さんは三橋くんの中で『ボタンを奪ってコレクションにする変わった女子』という扱いなのだろうか。
「じゃ、D組の佐伯さんとかどうだよ? あのコ、スタイルいいし可愛いし、ていうかお前コクられたのに断ったんだって?」
今度は青木くんが話しかけてくる。
「そう言われても俺は佐伯ってコとはそんなに親しくないんだぞ? そんな……一方的にいきなり好きだって言われて付き合えるかよ」
「何回もフラれてるくせに一方的に桃園さんに告白し続けるお前がどのクチで言ってやがんだ!?」
そう言うと青木くんは三橋くんが焼いていた上ホルモンをお箸で奪い取る。
「あっ、ホルモンは焼くのに時間がかかるんだぞ、返せこの野郎!!」
するとホルモンをつまんだ青木くんお箸を三橋くんお箸でこじ開けて肉を奪い返そうとする。
すでに二人の唾液が付着しているであろうお箸の先がネチョネチョと絡み合う様子はとてもなまめかしく幻想的で気色悪かった。
「ふふふ……」
もっともBLをたしなんでいる詩緒梨さんにはただの桃源郷のようだが。
「それにしても、かつてはナイフで殺しあう仲だった二人がお肉をめぐってイチャイチャするなんて、……なんかそういうのっていいよね!」
いいか?
俺には到底理解できないモノの考え方だが……。
だけど、三橋くんと青木くんが殺しあい。
そういえばそんな事あったよな。
異世界の海辺の街で桃園さんと合流しようとしたあの日。
死にかけパワーアップが目的だったとはいえ、そこの三橋くんは青木くんのお腹をナイフでブッ刺そうとしてたっけ。
治療薬が準備されてはいたが、それでもクラスメイトを躊躇なく殺しかけるなんてすげぇヤバいヤツだろと思ったもんだが。
三橋くん、変わったよな。
日本に帰ってきて最初の夏休みくらいまでの三橋くんは平凡な印象だった。
俺も他人の事は言えないが、勉強もスポーツも内申点的なベクトルでも特にパッとした印象は無かったけど、文化祭のキャンプファイヤー&フォークダンスで桃園さんに告白して玉砕したのち彼は覚醒した。
桃園さんを振り向かせるために勉学に励み、テストは常に90点以上に。
さらに生徒会に入って、精力的に活動して3年生ではなんと生徒会長をつとめた。
そうなると周りの女子たちの彼を見る目も変わり、生徒会の女子やら別のクラスの女子にモテたりと漫画のようなハーレム状態だ。
もっとも肝心要の桃園さんは相変わらず振り向いてくれなかったみたいだが。
「……なんだよ」
しみじみと振り返りつつ彼を眺めていると、視線に気付いた三橋くんがガンを飛ばしてきた。
俺の方は大して思い入れもないが、彼は異世界でボコられた恨みがあるからか俺にやや敵対心を抱いてるようだ。
あれから3年も経つのになぁ。
殴った方はあっさり忘れるが、殴られた方は死ぬまで根にもつ、ってヤツだろうか。
「桃園さんはツンデレだからな。きっとあんな態度とってるけど、本当はかなり三橋くんのこと好きだと思うよ俺は」
「なにっ、本当か!?」
俺はテキトーな事をほざいた。
これ以上、絡まれるのはゴメンだからだ。
「君島……俺はお前という人間を誤解していたのかも知れない」
三橋くんはかつてなく爽やかな表情で俺のお皿に肉汁したたるホルモンを5個も積んでくれた。
「思えば俺はお前にイヤな態度をとり続けてきたかも知れんな……。今まで悪かった」
そしてヤツは素直に頭を下げる。
こいつ、あんな見え透いたウソでここまで人が変わるのか。
逆に恐ろしいぜ。
「いや、いいさ。三橋くんの未来に光あれ」
「おう、サンキューな! というワケで桃園さん、俺と付き合ってくれ!」
「いやいや……どういうワケよ……。おととい断られたばかりなのに何故、今日ならイケると思ったのよ」
桃園さんが冷めた態度でお断りした。
というかおとといも告白したのかよ。
「おい君島、どういうことだ!?」
「照れてるだけだよ」
「なんだ、そうなのか!」
「ちょっと君島くん! さっきからテキトーな事言うな~!?」
桃園さんが冗談っぽく叫ぶと、もはや三橋くんのフラれ芸は鉄板ネタへと昇華され、店の中がドッと笑いに包まれた。
よしよし。
俺の言葉が起点となって1ウケしたぜ。
結局2時間ほどの打ち上げパーティで俺が注目を浴びたのはその辺のやりとりだけ。
思ったほど異世界での思い出話に花を咲かせることもなく、どちらかというとこれからの大学生活に向けた話題で盛り上がり、ふわっとした感じで『異世界勇者同窓会』は幕を閉じたのだった。
☆★
焼肉店ドナドナを出て、一人、また一人と別れを告げてそれぞれ帰路につく。
あるいは二次会でカラオケに行くって連中もいるみたいだが、それはもう本当に仲のいい4、5人のグループで……という感じだ。
クラス会としてはもう解散。
時刻は21時をまわり、冬の空はもう真っ暗。
寒いのはごめんだが、冷えた空気が透き通ってるこの感覚は嫌いじゃない。
俺と詩緒梨さんも最後まで話していた小松くん、磯崎さんカップルに長めの挨拶を済ませ、二人きりで夜の繁華街を歩き出す。
せっかくなのでゲーセンに寄って、何か面白いプライズマシーンの景品は無いかと二人でチェックしたのち、俺たちはショッピングモールの裏手にある公園にやってきた。
「なんか飲む?」
ベンチの近くにある自販機にチャリンと硬貨を入れつつ詩緒梨さんに尋ねる。
俺はとりあえず自分用にホットココアを買ってみた。
これなら気持ち的に詩緒梨さんも頼みやすくなるだろう。
俺一人でゴクゴク飲むのも寂しいから付き合ってよね、というカタチになる。
俺もカノジョが出来たことで気が利くオトコになったものだぜ、うんうん。
「んー……さっきの焼肉屋、ソフトドリンク飲み放題だったから水分はもういいかな?」
詩緒梨さんに申し訳なさそうな顔でお断りさせてしまった。
くそっ! やっぱり全然、気が利いてなかったぜ!
ベンチに座り、仕方なく俺は一人でバカみたいにココアをごくごく飲み出した。
「はぁ~俺、ココアって初めて飲むけど美味しい飲み物だなぁ」
「え、うそ!? そんな高校生いるの!?」
「ごめん、ウソをついた……」
「なんでそんなウソついたの……?」
「何かこう……流れを変えようと思って」
俺はカッコよく星空を見上げる。
繁華街なので街の灯りがジャマだけど、それでも冬の夜空にはたくさんの星が煌めいている。
「私たちが行った『異世界』って、なんだったんだろうね……」
俺につられて星空を見上げた詩緒梨さんがそんなことをつぶやいた。
「ひょっとして、あの星々のどこかにあの世界があって、シュペットちゃんやアトラスくんがいたりするのかなぁ」
指輪をはめた左手を伸ばして星をつかむようにキュッと手を閉じる。
「どうだろうねぇ」
俺の考えでは異世界とは魔法ってモノが存在する時点で単なる『遠い場所』ではなく『物理法則の異なる別の次元』。
ロケットに乗ってどっかの星についた途端、魔法が使えるようになるとは思えない。
よって『あの星のどれかが異世界かも?』という問いかけの答えはノーだけど、こう見えて詩緒梨さんはロマンティックなトコがあるのでマジレスは避けておこうか。
「それにしても……さっきは思ったより盛り上がらなかったね、異世界の話題」
「ん……まぁ店員の目もあったからね。あんまり大っぴらにゴブリンを殺した話とかするのもいかがなものかと」
と分かったふうに返したものの、確かに肩透かしを喰らった気分になった自分もいる。
『離ればなれになる前に、最後に思いっきりあの冒険の日々を語り合おう』という趣旨があったハズなんだが。
「ま、みんな大人になったって事ですよ」
「そっか~。ちょっぴり残念ですなぁ~。今日は久しぶりに持ち上げられる明希人くんが見られると思ったんだけど」
久しぶり、か。
異世界から帰還して、しばらくはチヤホヤされたもんだけどね。
だけど夏休みが明ける頃には存在感も薄くなり、すっかり元の目立たない陰キャに戻ってたな。
もっとも小松くんや的場くんとはよくつるむようになったし、それに何よりカノジョがいたからぼっちからリア充に昇格はしてたけど。
陰キャリア充ってトコかな?
なので穏やかで充実した学生時代は過ごせたが。
異世界にいた時にちょっぴり感じていた『主人公オーラ』はすっかり消滅していた。
俺なんかより三橋くんの方がよっぽど主人公してたかもな。
「はっ、ひょっとして詩緒梨さん、幻滅しちゃった!?」
日本に戻って輝きだした三橋くんとモヤモヤとくすぶり出した自分を比較してなんか急に不安になったぞ。
二人でいるときは楽しそうに見えたけど、日本に戻ってすっかりモブキャラに成り下がった俺に物足りなさを感じていたとか!?
「あ、ちがうちがうよ。残念って言ったのは持ち上げられてアタフタしてキョドってる明希人くんのかわいい表情を見て性的に興奮したかっただけで」
「ふう、な~んだ。サディスティックなだけか」
俺はホッとした。
いや、ホッとしていいのか?
まぁ、いいか。
「言っておくけど私はもう明希人くんをカッコいいかとか年収いくら~とかそういうレベルで見てないからね。今さら幻滅とかありえないワケですよ」
「ほう。じゃあ、どういうレベルで見てるの?」
「なんていうか、もう……そこにいるのが当たり前で、いなくなると苦しくなるっていうか……」
「空気とか水とかそういうレベル?」
「というより麻薬かな」
スゴいものに例えられたぞ!?
それ、喜んでいいの!? ねぇ、喜んでいいのかな俺!?
「あぁ……クスリ欲しくなってきた」
詩緒梨さんは唇を突き出して迫ってきた。
突然の不意打ちに俺の身体が一瞬、硬直する。
「ん……」
すると甘ったるい声をあげて彼女は俺の持ってた缶のココアを奪い取ってすすり出した。
そりゃあんな甘いもの飲んだら甘ったるい声も出るよね。
ってオイ!!
「お腹いっぱいじゃなかったの!?」
「や、ごめん。カラダ冷えてきたし、あったまりたくて」
「なるほどね!!」
大声で納得すると詩緒梨さんがクスクス笑ってくれた。
「くっくっく……。キスされると思った?」
「詩緒梨さんが幸せならもうなんでもいいよ」
ガッカリした素振りでうつむく俺のほっぺたにちょんっと彼女の唇が触れる。
うへへ。
「……ねえ。もしもまた異世界に召喚されるとしたら、どうする?」
詩緒梨さんが肩を寄せて聞いてくる。
「え?」
どうなんだろうか。
即答できない自分がいた。
戻ってきてしばらくはアニメもネットもエアコンもある日本サイコー音頭でよよいのよい♪だったし基本的に今もそう思ってるけど……。
なんとか詩緒梨さんと仲良く地元の国立大学に進むことは出来たが……この世界での俺はあまりに平凡であると受験勉強を通じて実感した。
今のところは順調だ。
でも10年先はどうなってるか分からない。
大学卒業して新卒で就職しても本当に俺なんかが社会でやっていけるのだろうか。
少なくとも『勇者ソラ』みたいに国家から注目される存在にはなれないだろう。
下手すりゃどこかでドロップアウトしてフリーターに……って未来も無くはない。
でも異世界なら……命を危険にさらす事にはなるが『勝ち組』への道は約束されているんだ……!!
「……ってマジに考えてもな。異世界には戻れないんだし」
「戻れますよ!! ソラさんっ!!」
「へぁ?」
思わずマヌケ声をあげてしまう。
だって仕方ないだろ。
聞き覚えのある声がしたと思ったらいきなり地面がボォオオッと燃え出して炎で魔方陣が描かれたのだから。
そして燃え盛る炎から出てきたのは長い銀髪に褐色の肌、そして薄く輝く白い衣を纏ったアトラスだった。
「うそ、ホントなの……!?」
詩緒梨さんも信じられないという顔で突っ立っている。
「おひさしぶりです! ソラさん、それにナギさんも!!」
少し背も伸びたアトラスが笑顔を向けてきた。
俺はというと、白い衣のスキマから自己主張しているあきらかに丸い球体と化した褐色のおっぱいに釘つけだ。
「アトラス……お前、それは……!?」
「はいっ!! あれから色々ありまして……ボク、女のコになっちゃいました!」
「そっか、分かった」
まぁ俺たちの世界でだって性転換できるもんな。
魔法、神の奇跡、なんでもアリアリなファンタジー世界ならもっと性転換できるだろう。
色々思うトコロはあったがツッコんでもしょうがないので俺はあっさり納得することにした。
人間、諦めが肝心だしな。
「ねぇねぇ、ちょっと触ってみていい?」
「はい、どうぞ!」
詩緒梨さんがアトラスの胸を興味深げにツンツンとつつく。
「あっ……ふっ……」
「それで……異世界に戻れるってどういうことなの?」
「んっ……えと、実は魔王が降臨しちゃった件で、ソラさんたちのお力を借りたくて……」
詩緒梨さんに弄られ、なまめかしくあえぎながらアトラスは説明を始める。
「力を借りる? でも魔王なんてアッチの世界じゃ、しょっちゅう降臨してなかったか?」
「はぁ。そうなんですけど、今回の魔王はソラさんのお知り合いだった、あの吉崎って人でして……」
「「えっ!?」」
俺と詩緒梨さんは声をハモらせて驚いた。
吉崎のヤツ、打ち上げ参加確認のメールに返事もしないと思ってたら異世界に行ってたのか?
「なんでも自分が不幸になったのはボクらの世界のせいだから何もかも滅ぼして無に返すんだ! って発表してました」
「無に返すねぇ。それ言っとけばカッコいいとでも思ってるのかな、今どき」
詩緒梨さんがバカにしたように苦笑を浮かべる。
「あと、そんな魔王ヨシザキの気配に導かれるようにカザマって人も勇者として勝手に召喚されました」
「あの男もかよ!? 勝手に……って事は誰かが喚んだワケじゃないんだ?」
「はい、勝手に来ました」
なにやってんだよ、まったく……。
「たぶん異世界に対する強い執着心で自力転移を可能にしたのではないか……とティアさんが言ってましたっけ、そういえば」
「おっ、魔王ティアか~。あの人、元気にしてる?」
「ええ。今ではクラスチェンジして聖魔王騎士ティアとしてエルファスト国の人気マスコットキャラです。グッズが爆発的に売れて経済的にも守護神となってますよ」
「なにそれ、グッズほしい!」
「あっ、持ってきてるので良かったらどうぞ!」
詩緒梨さんがおねだりするとアトラスはどこからともなくティアの形を模したミニ彫刻を出した。
なんかキーホルダーみたいだな。
「まぁそういうワケで、ソラさんの関係者が来て面倒くさいことになっているのでこうなったらお二人になんとかしてもらおうかなぁと思った次第でして」
「ええ? うーん、なんとかって言われてもなぁ」
ポリポリと頭をかきながら詩緒梨さんの方を見る。
思わぬカタチで妄想のような生活をリスタートするチャンスが廻ってきた。
異世界に戻って再び英雄に!!
……いや、英雄とかどうでもいいけど詩緒梨さんと異世界を自由気ままに旅して暮らす生活は正直憧れる。
憧れるけど俺の答えは決まっていた。
「すまん、アトラス。俺たちは異世界には行かない」
「明希人くん……」
詩緒梨さんがキッパリ言い放った俺の横顔を見つめてくる。
もしかしたら彼女に相談した方が良かったか? と思いもしたが
「もしかしたら詩緒梨さんに相談した方が良かったかな?」
やっぱり確認しておいた。
「いえいえ、そこはオトコがビシッと決めちゃってください。私は明希人くんに付いていきますから」
詩緒梨さんがニコッと微笑んでくれる。
「そうですか~残念だなぁ……。まぁボクたちもレベルアップしたので今さら魔王の一人や二人、問題なく倒せますけど。はぁ~」
アトラスはさみしそうにタメ息をつく。
炎のアーティファクトを操るイメージからか、体温の高そうなアトラスの熱い吐息が冬の寒さでホワッと白く染まった。
「だけど本当にイイんですか? いつでも異世界間ゲートを開けるワケではないのですよ。もしかしたらコレが転移できる最後の機会な可能性もありますが……」
「いいさ。異世界のおかげで俺にもカノジョが出来た。陰キャぼっちから陰キャカップルにクラスチェンジ……それくらいが丁度いいんだ。たぶん、それ以上のぞんだらバチが当たる。そんな気がする」
俺が本当に平和な日本で生きるのがもったいないくらい優秀な人物ならファンタジー世界で覇王になるのもやぶさかではないが、全っ然そんな器じゃないもんな。
「俺たちはこの世界で身の丈にあった冒険をするよ」
「ふふっ、分かりました。そういうトコがソラさんっぽいですよね」
そう言うとアトラスは呪文のような言語をつぶやき始め、地面に描かれた魔方陣が薄れていく。
そしてそれに合わせて姿が薄らいでいくアトラスがまっすぐに俺の目を見つめて言った。
「ソラさん、ずっと好きでした」
「ん? 俺も好きだったぞ」
ボォオオッ!! と魔方陣から炎が激しく燃え上がる。
「ええぇ!? それ本当ですか!? ボクやっぱりソラさんの世界に行きますぅっ!!」
「待ちなさいアトラス!! ソラさんの『好き』はきっと天然ハーレム的な例のヤツだから!!」
魔方陣から飛び出そうとしてくるアトラスの背後から、少し大人びたシュペットちゃんが現れて羽交いじめにする。
「あ、シュペッ……」
「お騒がせしました~。お二人ともお元気で!!」
シュペットちゃんがパチンッとウィンクした瞬間、魔方陣も二人の姿も一瞬にしてかき消える。
俺と詩緒梨さんはしばしの間、ポカンとしてしまった。
数秒前までこの場は確かに異世界と繋がっていたハズだが、今は何もない。
ただの公園の芝生だ。
夢でも見てたような感覚に陥るが、そばにいる彼女も一緒に見てたのだから現実なのだろう。
ふぅーっ、と深呼吸する。
3月の冷たい空気が脳に染み渡ってアタマがシャッキリした。
「なんか……思わぬサプライズだったね」
シュペットちゃんたちがいた、魔方陣があったところをジッと眺めながら詩緒梨さんが呟く。
「うん。そして……いつのまにかいい時間だよ」
暗がりの中でスマホのディスプレイを表示させると時刻は21時47分を指していた。
「ホ、ホントだ。もうすぐ22時だね」
「うん、22時だ」
「……いよいよだね」
「うん、いよいよだ」
22時。
それは下調べしておいたこの近くのラブホテル『アクアリウム』の「宿泊サービスタイム」が始まる時刻。
そして俺がついにいよいよ童貞を捨てる時刻でもあり、詩緒梨さんと初セックスを開始する歴史的瞬間でもあった。
正直、焼き肉パーティ中もアトラスが異世界転移の話を持ちかけてきた時もそのことで頭がいっぱいだったぜ。
「行こう、詩緒梨さん! 俺たちの冒険はこれからだ!!」
「ファンタジー世界よりもドキドキする冒険にしようね」
俺たち二人は手を繋いでラブホに進撃して、このあとメチャクチャSEXした。
完!!
はい、そんなワケで最終回でした。
ご愛読ありがとうございました!!
うっかり忙しくなったため更新ペースが途中からはげおそになってしまいましたが懲りずにまたなんか書いてみたいです。
感想、レビューへの返信滞って申し訳ないです。ちまちま返していきます。
それでは、また機会があればよろしくでした_ノ乙(、ン、)_