7話 伝説の樹の下
森の中を走り回り強火でこんがり炙られて、正直休みたかったがウェアウルフの追撃を警戒して結局、夜通し歩き続けることになった。
こんな時、磯崎さんや辻野さんたちがいたら「もう歩けない~」とか文句言い出して風間くんがご機嫌とりで休憩を宣言するだろう。
だけど文川さんは文句なんか言わないし、なんだったら俺を追い越そうとずんずん前に進んでいく。
なんかもう、そのやる気を見てるだけで2000円くらい渡したくなるね。
今お金ないけど。
というかそうなんだよなぁ、お金無いんだよなぁ。
旅の資金は王様からシコタマもらっていたが、基本的には会計係の金子くんが管理していて、俺たちはこづかい程度の金額が渡されていただけだ。
金がないと言ったが厳密には今、銅貨2枚は持ってる。
銅貨1枚でリンゴが1つ買える。
まぁ100円程度の価値かな。
文川さんがいくら持ってるかは分からないがR武器という立場的に俺とそう変わりあるまい。
クラスの連中と別行動をとると決めたものの、先立つものがないと異世界を楽しむどころか飢え死にだな……。
☆☆
朝陽が昇り、空が少し明るくなってきた頃に広い街道へ出た。
遠くの方から歩いてくる旅人の姿がちらほら目に入り、俺も文川さんもなんだか安心した。
オフラインのRPGだと街を出た瞬間、フィールドには誰もいないというのが一般的だが、実際は街と街を繋ぐ道は商人や旅人が結構な数、往来しているので、道の端っこで爆睡してても山賊に襲われる心配はない。
と思う。
「どうする? ここらで少し休憩していく?」
側にいる文川さんに尋ねる。
徹夜で歩いた上にシンナイの村まであと1日以上かかる予定だ。
ペース配分考えないと途中でぶっ倒れかねないぞ。
若いんだし多少の無理は利くだろうけど。
「そうだね、正直ヘロヘロだけど……」
彼女はその場にしゃがみこんで「ふぅ~」と息を吐いてからスクッと立ち上がった。
「せっかくなら寄り合い所まで行って休もうよ。そっちの方が落ち着くもの」
「そっか。じゃあ、もうひとふんばりといきますか」
そこからさらに一時間ほど歩いて、寄り合い所が見えてきた。
そこは旅人たちの集まる休憩所。
休憩所ったって建物があるワケじゃなく、切り株の椅子や丸太を半分に切っただけのテーブルが雨ざらし状態でいくつか設置してあるだけだ。
この世界では街道沿いにそういうスポットがいくつも点在している。
日が暮れると見ず知らずの旅人たちが集い、数の力で山賊や魔物の夜襲を防ぐ。
今は早朝、まだ寝ている人や朝食をとっている人が30人ほどいる感じだ。
俺たちもその中に加わり、切り株に座……ろうとしたが全部、使用中なので、適当な木を見つけてその根元に二人並んで腰をおろし、木の幹にもたれかかる。
「はぁぁ~……さすがに疲れたぁ……」
文川さんが両足を前に投げ出して息を吐き出した。
「君島くんはまだ余裕な感じ?」
「余裕ってほどじゃないけど……まぁ歩けと言われればまだまだイケる」
「体力あるなぁ……運動とかしてたの?」
「ああ……中学の時はテニス部だった。軟式だけど」
「うっそ!? テニス!? 似合わない!! なんでそんな大それた事しようと思ったの!?」
この女、とんでもなく失礼だぜ。
「いやー、必殺技で対戦相手を観客席までブッ飛ばすテニス漫画に憧れてね」
「ああ……例の漫画ね。もうぶっちゃけ聞くけど君島くんって漫画とかゲームとかラノベとかたしなむ方ですか?」
「たしなむ方です」
「二次元に嫁がいて三次元の女はすべて豚だと思ってる?」
「まだそのランクには達していないし達したくもない」
「ふーん、じゃあ私たち分かりあえるかもね」
分かりあえるらしい。
「文川さんもラノベとか読むんだ?」
「……」
返事がない。
見ると文川さんは木の幹にもたれかかったまま頭を垂れて寝落ちしていた。
スー……スー……と寝息が聞こえる。
俺も寝とくか。
どうせ盗まれるものもないし、見張りも不要だろう。
そう思って眼をつぶるとトンッと、肩に何かが軽く押し付けられる。
なんだ?
眼を開けると文川さんの頭が俺にもたれかかってきていた。
ははっ。
おいおいおいおいおいおいおいおいおいなんだこれはなんだこれは俺はいったいどうすればいいんだ神が俺を試しているのかぐあああああああああああああああかみさま……どうもありがとう……
正体不明の謎の幸福感で胸がいっぱいの俺は胸がいっぱいになった。
はぁ……はぁ……そ、それはいいんだが……寝れん!
俺はもうなんか心臓がドキドキしっぱなしで一応、眼を閉じるものの脳はギンッギンッに冴えていて、もはやその姿勢でじーっとしているしかなかったのだった。
☆☆
「んん……」
それからしばらくして彼女は目を覚ました。
ボヤ~っとした様子で俺にもたれかかっていた体勢を起こし、両腕を前に突きだし「んん~っ……!!」っと伸びをする。
「ふわぁあ……いつのまに寝たんだろ……。君島くん、ずっと起きてたの?」
どうやら俺にもたれかかっていたとは気付いてない雰囲気だ。
「いや、俺も寝ててついさっき起きたかな」
本当は一睡もしてません。
ああ、体が痛い。
痛いけどなにやら幸せなひとときだったな……。
俺が何かしらの余韻に浸っていると文川さんは湧水の杖を取り出した。
「君島くん、お水飲む?」
「ああ、いいね! ありがたくいただきます」
そういえばノドがカラカラだ。
杖から滲み出す水を両手ですくいゴクゴク飲み干す。
っぷはぁ~……うまい。
下手に攻撃力だけあるSR武器よりよほど便利かも知れないな、その杖。
彼女も杖を上にかざしてジョボジョボこぼれてくる水に口をつけて直接飲む。
女子にしては少々、お行儀が悪いが杖を持つ手で片方ふさがっている以上、俺みたいに両手ですくう飲み方はできない。
村についたらコップでも買ってあげたいな。
「あ、そうだ。文川さん、もう1回水出せる?」
「いいよ~。ほいっ」
両手で水をすくって今度は顔を洗う。
睡眠不足だが、眼と脳がシャッキリした。
「それ、いいなぁ……」
顔を洗ってサッパリした俺を羨ましそうに見る。
「洗面器でもあればいいんだけどな」
「……じゃあ君島くんが洗面器になってください」
「え?」
俺の両手に水を貯めて「それじゃ失礼するね」とその水に彼女は顔をチャプッ……と、つける。
丹念に洗ったとはいえ俺なんかの手に貯めた水で顔を洗ったりして、文川さんが汚れないか心配していたら、彼女は水に顔をつけたまま盛大に吹き出した。
「ぶはっ!」
バシャッと二人に水がぶっかかる。
「ど、どうしたんだ文川さん?」
「いや、ごめん。なんか急になんでこんな事してんだろうっておっかしくなってきて」
フフフフッアハハハハッと彼女はびしょ濡れで笑い出した。
そんな様子を見てるとなんだかつられて俺も笑ってしまう。
そういや異世界に来てからこんなに笑ったのは初めてかも知れないな。
そのあと、ポケットにねじこんであった干し肉を水で洗って、俺のファイアバゼラードで軽く炙り焼きにして二人で食べた。
噛むと熱い肉汁がじわりと口の中に広がり、なかなかにジューシー。
いつもなら40人分の調理をしなきゃいけないが今朝はこれにて朝食終了。なんともお気楽だ。
そうだよな。
旅ってのは不便さがある代わりに、こういう気楽さが無きゃいけないよな。
今ごろクラスの連中はどうしているだろう。
無事逃げられただろうか。
逃げられたとして食事はどうしてるんだろう。
まぁ知ったことじゃないぜ。
ただ他人事でもない。
シンナイの村までの干し肉はギリギリあるものの、お気楽な旅を続けるために、なんとか金を稼がないとなぁ。