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69話 そして伝説の教室へ……

☆☆


「えー、このように、メソポタミア文明の特徴として周囲に砂漠や山脈がなく……他の民族が入ってきやすい開放的な地形。というのがありましてぇ」



 なんだか懐かしいが特に好きでもないオッサンの声とともに、カッ、カッ、カッ……とチョークで黒板に文字を刻み付ける音が響く。



「んぅ……?」


 一瞬、状況が分からず寝ボケた声をちっちゃく漏らしてしまう。



 眼球だけをキョロキョロ動かし、周囲を軽く確認するとそこは教室だった。



 見覚えのある高校の教室。


 座っている席は教室後方の真ん中あたり。



 周りには学校指定の制服を着て、授業を受けるクラスメイトたちがいる。



 窓の外にドラゴンが飛んでる! ……なんて事もなく、外には運動場があって、その向こうには日本の平和な街並みと青空に白い雲が広がっていた。



「……!!」


 帰ってきた……日本に!!



 ヒャッハァーと叫びだしたかったがちょっと待てよ?


 そのわりには周りのクラスメイトたちは普通に黒板見たり、ノートにメモをとったり通常通りの態度じゃありませんか。


 かくいう俺もボケッとしてると先生に不自然に思われるので、黒板に書いてあることをなに食わぬ顔で手元に広げられたノートに書き移す。



 さっきまで異世界にいたというのに、ノートを書いてるだけですぐに元のただの高校1年生に戻ったような感覚だ。



 いや、しかし。



 教室に響くチョークの音。


 先生の声。


 カリカリ、カリカリとそこかしこでシャーペンを紙に走らせる音。



 そんな常識的な退屈な音を聞いていると、なんだかさっきまでファンタジー世界にいたなんて事がひどく不自然な事柄のように思えてきた。



 常識的に、冷静に考えて……異世界転移なんてあるハズ無いだろ……。





 ……夢、だった?



 先ほどまでの異世界での出来事を……異次元空間を詩緒梨さんと抱き締めあいながら漂った感覚を脳の中で反芻する。



 そうだ、詩緒梨さんは!?



 慌てて彼女の姿を探すと、最前列の席に座ってる詩緒梨さんの姿をすぐに見つけた。


 

 この位置からだと表情が見えない。



 え? どうなんだ!?



 なんか、詩緒梨さんも、周りのクラスメイトたちの反応も無さすぎて、さっきまでの出来事は全部夢だったんじゃないかと本気で思えてきてしまう。



 いや……モンスターを倒したり街でチヤホヤされた経験が夢でも構わないんだが。



 だけど、しかし……詩緒梨さんとの想い出までがただの妄想だったとしたらツラ過ぎるんですが!

 

 うおお~詩緒梨さん、コッチを向いてくれ~!!



 そんな念を彼女に送ろうとギリギリ見つめていると、教壇でメソポタミア文明ネタを披露していた坂口先生が急にツカツカとこちらに向かってきた。



「おい、これ、キミ。あんまり堂々と居眠りするものじゃないよ」


 先生は机に突っ伏してる男子の頭を指でコツコツとつつく。



 へひゅぅ~あせった。


 念を飛ばそうと変顔してた俺が注意されるのかと思ったぜ!



「……俺の眠りを妨げるのは誰だ……?」


 内心ホッとしていると、頭をつつかれた男子がガタンと席を立つ。


「なにを寝ぼけとるんだ。そんなに眠いなら顔でも洗って……」


「ぅうううおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」



 ソイツは突如、両手を広げて絶叫した。


 背中しか見えなかったからすぐには分かんなかったが……アイツ、吉崎か!!



 ざわざわっ、とクラス全体に動揺が走り、何人かの生徒は席から腰を浮かす。


 あの言動……まさか心が魔族のままなのか!?



 ってことはやっぱり異世界での冒険の日々も、詩緒梨さんとのラブラブ生活も夢じゃなかったんだ、ラッキー!!



「な、なんだキミは。どういうつもりだ!!」


「くっくっく。どういうつもりだ? 決まってるだろ、復讐の始まりだ

……なぁ、君島ぁぁああああ!!!」



 教師の問いかけをスルーして吉崎は俺の方に向き直り、ガッと勢いよく手を突きだす。



「おっと!?」


 魔法を使うモーションのように見えたので、俺はとっさに席を立って転げるように横へと移動した。


「キャアァッ!?」


 急に俺が突っ込んできたものだから隣の席の女子がビックリした声をあげ、さらにその声から動揺が伝染してざわめきがより一層大きなものへと変貌していった。



 と。


 一瞬、教室がパニック状態になりかけたけど、落ち着いて状況を確認すると魔王吉崎の突きだされた手のひらからは特になんの魔法も発射されていない。



「あ、あれ? くっ、応えろ我が魔力!!」


 なんか吉崎くんが手をクイクイッと押したり引いたりしてると、



 スパァンッ!!



 と教室の扉が勢いよく開かれた。



「なにかあったんですか坂口先生」


「お、おぉ、片岡先生。ちょっと男子がふざけたようで……」



 坂口先生が騒ぎを聞きつけやってきた体育教師、片岡に告げ口するように吉崎くんと俺をなめらかに指差す。



 って、俺もッスか!?



 まぁパッと見、仲の良い男子生徒同士がバトルごっこしてるように見えたかもだけど!?



「チッ……お前らちょっとコッチ来いッ!!」


 殺人タックルで有名な大学のアメフト部に所属していたという巨漢の片岡先生はトロールよりも恐ろしい剣幕で俺たちを怒鳴り付ける。



 って、トロールに比べたら全然怖くないな。



「貴様、この俺に指図するのか!?」


 空気を読めないアホ魔王吉崎が片岡先生に向かって殴りかかる。



「おっ、なんだお前。そこまでしたらシャレにならんぞ」


 片岡先生は向かってくる吉崎を難なく組み付き、羽交いじめにして拘束。


 吉崎は「このっ、離せっ!!」とわめき散らすが拘束は解けそうもない。



「坂口先生、ちょっとコイツにセッキョーしてきますわ」


「あ、はぁ。うん、うん。任せました」


 坂口先生も突然の騒乱にキョドってるようで「どーぞどーぞ!」状態で吉崎くんを引き渡した。



 引きずられるようにして教室から連行されていく吉崎くんが悲しそうな瞳で俺を見ているような気がしたが知ったことじゃないぜ。



 あまりのインパクトに俺の事は不問になったようで、しなしなっと世界史の授業が再開されたのであった。



 吉崎のヤツ、魔王のままコッチの世界に帰ってきてしまったのか。


 アイツ、この先どうなるんだろう。


 いや……あのしゃべり方、お笑い芸人にでもなれば痛キャラとしてワンチャンあるかもな。



 正直そんな事どうでもよかった俺は授業終了のチャイムがキンコンカンコン鳴ると同時に狭い教室を駆け抜けるように詩緒梨さんの方へと突き進む。




「よっしゃああああ!! やったぜ!! 日本に帰ってきたぞおおおお!!」


 的場くんが歓喜の声を上げるとまだそこにいた坂口先生が眉をひそめつつ教室から出ていった。


「わぁああなんだよ、みんな静かだから夢でも見てたのかと思ったぜ~」


「私も私も!! 授業中だから話しかけるワケにもいかないし……」



 そんな会話が飛び交う中、俺は席に座ったままの詩緒梨さんの後ろに立つ。



 どうしたんだろう、詩緒梨さん……。


 正直、授業中であってもチラッとくらい俺の方を見てくれたら不安なんか一発で消し飛んだものを。



 少し嫌な予感がしてきた。



 根拠はないけど、何故か俺の彼女に限って異世界での記憶がなくなってるとか……そういうの無しだぞ!



 勝手に悪い想像をしてドキドキしながら席に座ったままの詩緒梨さんの前に回り込んで顔を覗きこむ。


 すると───────



「っ……」



 彼女はギュッと目をつぶっていた。



 そっか。ハッハ~ン。


 これはアレだな。


 キスしろってことだな。



 周りでは人目もはばからず男女で抱擁してたりするので俺も大胆に詩緒梨さんのオデコにキッスした。


 口づけで無いのは恥ずかしいからというよりちょっと体勢的に無理があったからです。


「ッ!?」



 額の突然の感触にうろたえた詩緒梨さんが目を見開く。



「眠り姫のお目覚めかニャ?」


 己のキザったらしい行動にちょっと照れたので語尾にニャをつけて相殺する事に絶対に成功したはずのあっぱれな俺は彼女の目をまっすぐに10センチくらいの近距離で見つめる。


 すると詩緒梨さんが途端に表情をクシャッと歪ませて、綺麗な瞳から涙がポロポロと(こぼ)れだしたではないか。



「わわっ!? ど、どしたの詩緒梨さん!?」


「う、うぅうぅぅっ、ふわわぁ~ん」


 なんか急に泣き出したので俺の方がパニック状態だ。


 なに、なんで!?


 日本に戻ったら急に俺が気色悪いナメクジ陰キャ野郎だってバレちゃった!?



「あぁああ~っ、君島くんなに文川さん泣かせてるのよっ、この人間のクズ!」


 桃園さんが心地よい罵声を浴びせかけてくれて興奮してきたぜ。



「……い、いや、ち、違うの。違うから」


 詩緒梨さんはゴシゴシと涙を拭いて俺の手をギュッと握ってくれた。


 柔らかくて熱い、女の子の手。


 異世界(あっち)ではよく手を繋いだりしたものだが、こうして日本の学校の教室で、制服姿の詩緒梨さんに手を握られるとなんか新鮮な感じ!!



「来てっ」



 同じクラスの女子高生と手を繋げるという事実に改めて感動している俺の手を引っ張って、俺と彼女は教室の外に出て廊下を走る。




「こらっ!! 廊下は走らない!!」


「はうっ!?」



 詩緒梨さんは青春っぽく走り出したそうだったけど先生に注意されたので、俺たちは仲良く手をつないで廊下を歩き出した。



 ぱっ。



「あれあれ、詩緒梨さん? 手は……」


 生徒たちの注目を浴びて恥ずかしくなったのか握っていた手をササッと離す詩緒梨さん。


「か、勘違いしないでよね。貴様とは敵を倒すため一時的に手を結んだに過ぎん……」


 少年漫画のライバルキャラのような台詞をもらして詩緒梨さんは階段を上がっていった。





☆☆



「はぁああああああ……よかったぁ……。夢じゃなくてホントによかったぁあああああ……」


 彼女のあとを追って、人気のない屋上前の階段の踊り場まで行った瞬間、詩緒梨さんは俺にしがみついてそう漏らした。


 笑顔、というよりも恐怖から解放され安心したような、疲弊したようなそんなギリギリの表情。


 やっぱり彼女も不安だったんだな。


 俺は精一杯やさしく頭をなでなでした。



「でもそれならすぐに俺の方、チラ見してくれたら手くらい振ったのに」


「だって……明希人くんからもらった指輪なくなってるし……もしかしたら全部夢で……明希人くんの顔を見ても知らんぷりされたらと思ったら私、すごく怖くて……」


 そういう詩緒梨さんの手はふるふると震えている。


 かわいい人だなぁ。



 あらためて彼女の震える手を握るとキーンコォーンカァーンンクォオオオンンン!! と、次の授業開始を告げるチャイムが鳴り出した。


 くそっ、いいところで!



「戻ろっか」


 くすっと微笑んだ詩緒梨さんがピョンっと階段をジャンプして下へ降りていく。



 そうだ……焦る必要はないもんな。



 とりあえずあと一時間、授業が終われば昼休みだ。


 一緒に弁当食べながら、いっぱい話をしよう。



 それから放課後。


 二人とも部活に入ってないから話す時間はいくらでもある。


 コンビニ、本屋、レンタルビデオ。


 いつもは一人でフラフラ徘徊してた馴染みの店も、詩緒梨さんと一緒ならきっと新鮮。


 情報を交換しあって、お互いの趣味を押し付けながらコミックスやアニメDVDを物色する。


 考えただけでワクワクが止まらないぜ!



 女子と二人で学校から帰るという未知の冒険に、俺は胸のドキドキをおさえられず、気色悪いくらいの笑顔を垂れ流しながら教室へと戻るのであった。




たぶんあと1話だけ続きます。


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