67話 陽キャ
★★
風間くんをさわやかに置き去りにしたのち、私たちはお城の中をあちこち見学してまわる流れになった。
みんな笑顔を浮かべながら徐々に少しずつ和やかな雰囲気で地下祭壇へとジワジワ向かってゆく。
『いざ日本へ帰るぞ!』な~んて必死の意気込みを見え隠れさせながらクラス40人で進軍すると衛兵さんたちもさすがに不審に思うだろうからね。
あくまでフワフワとした観光気分を醸し出すよ!
「すっげぇよなぁ。あんな高い天井いっぱいの壁画、どうやって描いたんだろ」
「この柱の模様もキレイに彫られてるぜ。機械なんて無いだろうし全部、匠の業ってヤツなのか……」
「なんだか修学旅行みたい!」
……などとノーテンキにハシャぎまわる『作戦』のつもりだったけど、私たちってあんまり自由にエルファスト城の中を散策する機会が無かったワケで。
ゆえに結局『すげ~!! リアルお城超カッコいい!!』と素で興奮しながら歩きまわる感じになってますけどね。
「おお、勇者殿一行。こんな遅くにどうされましたか」
「はぁ、いえ。僕たちのいた世界ではこれだけ立派なお城を見る機会、そうそう無かったから珍しかったもので」
夜中に城をうろつく私たちに衛兵さんが話しかけてくる。
「ハッハッハ、なるほどなるほど! 今宵は宴で各所が開放されてますからなぁ。せっかくですから存分に見てまわっていってください」
「どうもありがとうございます」
「そのうち勇者様たちがいたというニッポンという世界の様子も聞いてみたいものですなぁ」
クラスの中では無口だけど知らない人には愛想がいいらしい小松くんが無難に対処した。
たまに呼び止められても、特に不審がられることもない。
そんなこんなで遠回りしつつもこれといったトラブルもなく、いよいよ私たちにとっての『始まりの地』。
地下の祭壇へと続く階段を下っていった。
★★
21世紀の建物じゃないんだからお城の地下なんて薄暗くてジメジメしてて……と思いきや通路の壁に数メートルおきに設置されてる天使の彫像が淡く輝いて地下全体を明るく清らかに照らしている。
懐かしいねぇ。
ここに来るのは3~4カ月ぶりかな。
異世界に転移したばかりの私たちは魔王を倒せ、命を賭けて戦えと一方的な説明を聞かされて、ビクビクしながらこの地下通路を歩いた記憶が甦る。
チート能力でもあればワクワクするシチュエーションだったかも知れないけど、私ときたら水がチョロチョロ流れてくるだけのショボい杖1本もらったきり。
『ああ、私モブキャラなんだな~』ってタメ息が出たものだけど、モブキャラにしてはそれなりの冒険が出来たよね。
彼氏も出来たし。
満足まんぞく。
うん、もうコッチの世界に思い残す事はないかな。
さようなら異世界!!
別れの挨拶を勝手にしながら地下通路を奥へ奥へ進んでいくと祭壇の間に辿り着いた。
そこには他の場所と同じように衛兵さんが二人、見張りをしている。
そして祭壇を守る彼らの後ろには虹色の光の柱がキラキラと輝いていた。
アレが日本と異世界をつなぐ異世界ゲート……!!
桃園さんの話ではあの光の中に魔王の核を捧げればゲートが開くらしいよ。
「おう、これは勇者さまがた。こんな場所へ何用で?」
衛兵さんの一人が片眉をあげて尋ねてくる。
先ほど上で会った衛兵さんたちに比べると、こんな寂しい地下通路にゾロゾロとやって来た私たちを不審に思っている気配が伝わってくる。
時刻で言えば深夜2時3時ってトコもなかなか怪しいよね私たち。
「いえ、あの。ここは僕たちの冒険が始まった特別な場所。今夜みんなでこの場所を参拝することで初心を思い出し、気を引き締めようかと」
小松くんが詐欺師みたいにペラペラとそれらしいウソをでっち上げる。
今、この場では頼りになるけど意外と悪いヒトなのかも知れない。
サーヤさん……将来、浮気とかされなきゃいいな、と色々と失礼なことを思った。
「おお、なるほど! しかし、ここはあなた方といえど通すためには宰相閣下の許可が必要でしてなぁ。申し訳ないですが……」
「申し訳ないです」
シュパッ
謝罪の言葉をつぶやいた桃園さんがいきなりSR武器「蛍火」で衛兵さんの首筋を切り裂いた。
「……!?」
あっという間の出来事に衛兵さんは目を見開き、口をパクパクさせながら倒れ伏す。
「ちょっと、も、桃園さん!?」
こんな、いきなり斬りかかるなんて……いや、そもそもお城の関係者を傷つけるなんて打ち合わせに無かった! と、クラスメイトから批判まじりの驚きの声が上がる。
「よっと」
見るともう一人の衛兵さんは三橋くんに背後から音も無く、首スジをスパッと斬られている。
「何してるんだ!! こんな……こんな事って……!!」
お城の兵隊さんたちとは多少の交流があったらしい小松くんが憤慨する。
「大丈夫大丈夫。はい、ポーション」
桃園さんがちゃぽちゃぽといつものようにポーションをふりかけると衛兵さんの傷がスッと消えた。
風間くんに全部あげたかと思ったけど、こんな事も想定済みだったのかシッカリとポーションを何本か残していたようだ。
「漫画みたいに腹パンや首の後ろに手刀喰らわせて気絶させれりゃ早いんだがな。結局このやり方が一番早いんだよ」
三橋くんが人を傷つけるのに慣れてそうな冷たい目で倒れた衛兵さんを見下ろす。
大丈夫か、このヒト。
日本に帰って犯罪者にならなきゃいいけど。
「だけど、僕たちになんの相談も無しに……!! 話せば分かってくれたかも知れないのに!!」
「そ、そーだよ!! この人たち悪くないのにいきなり斬るなんてヒドすぎるよ!!」
「あ?」
三橋くんが小松くんとサーヤさんを睨み付ける。
「小松くん、サーヤさん、その話はあとでやろう。でも……もしも説得して俺たちを通してくれたとしたら、このオジサンたちきっと処罰されてしまうよ」
明希人くんが間に入って3人をいさめる。
「そっか。勇者40人に襲われて力づくで祭壇に通してしまった、って事ならこの人たちも怒られないよね。たぶん、あんまり」
明希人くんに言われて私もちょっと思った。
まぁ衛兵さんたち、いきなり斬られて怖い思いはしただろうけど、ポーションでケガは治したし、誰か呼ばれたりしたら厄介なことになってたろうし『ベスト』かは分からないけど『ベター』な選択だったのかも知れない。
「ふ。君島もそこの女も分かってるみたいだな」
三橋くんがニヒルに笑った。
「こらーっ、『そこの女』じゃなくて『文川さん』って言いなさい」
ドスッと桃園さんのパンチが三橋くんの脇腹に突き刺さる。
「ぐはぁッ!?」
「まったく……人をケガさせるのは私の役目だって言ったのに。勝手なマネして」
「ぐ……だって団長にばっか罪を背負わせるワケにはいかないだろ……」
三橋くんがそっぽを向いた。
ほ~う。
どうやら当初は桃園さんが衛兵さんを二人とも斬り倒す予定だったみたいだけど、三橋くん……そういう事か。
惚れた女子の罪を一緒に背負うなんてカッコいいじゃん!
……いや、そうでもないか。
正直ちょっと気持ち悪
「よし、じゃあチャッチャとゲートを開いてしまおうか。誰かがジャマするフラグが立つ前に」
「あ、うん。そうだね」
スキあらば三橋くんをディスってると明希人くんが祭壇の方へうながしてくれた。
他のクラスメイトたちもワラワラと集まってくる。
みんなの視線は自然と明希人くん、そして彼が取り出した魔王の核に注がれる。
「これで、ファンタジー世界ともおさらばかぁ……」
的場くんが感慨深そうに漏らし、宙を見上げた。
祭壇が祀られてる場所なだけあってココの天井もアーチ状の建築様式だかなんだか凝った造りだ。
こんなヨーロッパの観光地みたいな光景が当たり前に見られる生活もこれで終わり。
みんなもそれぞれ思うところがあるのだろう、様々な表情を浮かべている。
「みんな……もう思い残すことは無いかな」
「そりゃ無くはないけど帰ろうぜ。命あってのモノダネってヤツだし」
明希人くんの念押しに青木くんが身もフタも無いことを言った。
さすが野球部。その脳ミソは単純明快。
「そだな」
明希人くんはフッと笑って魔王の核を光の柱に投げ入れてみる。
すると。
パシッ! パシッ! とフラッシュが焚かれたようにまばゆい光で視界が真っ白になったかと思うと。
「え、これ……教室……?」
さっきまで虹色に輝いていた光の柱の中に、数か月前に私たちが授業を受けていた学校の教室が映し出されている。
そして、その教室の中には写真みたいに静止した私たちが椅子に座っているのが見える。
「……で、桃園さん、どうすればいいの?」
「うん、あとはカンタン。この光の柱に飛び込めば日本に帰ることが出来るわ。たぶん」
「たぶん……なの?」
「ん~。だって、みんなが帰るのを見送ったことはあるけど私自身が帰ったことは無いから、ね」
死に戻りマスター桃園さんの言うことを100%信頼しきってついてきたけど、ここにきてそんな不確かなことを言われて、みんな不安げにゲートをのぞきこむ。
「おいおい、大丈夫なのかい、桃園さん。入った瞬間、ワープに耐えきれず身体が粉々に吹っ飛ぶとか困っちゃうぜ」
青木くんが怖いことを言った。
「てめぇ、団長の言うことにケチつける気か!?」
三橋くんが食って掛かる。
「それじゃ桃園さんを心より信頼してる三橋くんが最初に飛び込んだらいいんじゃないかな」
「ああ!? えっ!?」
明希人くんの提案にキレながら戸惑う三橋くん。
今の反応はちょっとおもしろかったよ。
三橋くんは不安そうに、しかし力強くガッと桃園さんの方を見つめた。
「いや、まぁ……本当に粉々になったら私、1回だけ三橋くんのことを想って自慰行為をすることを約束するわ」
「なっ!? ガッ!? だ、団長が……桃園さんが俺で……!?」
三橋くんは桃園さんの……どこ? なんか桃園さんの右手の指をじっと凝視してゴクリと唾を飲んだ。
「きもっ」
サーヤさんが忌憚の無い意見を口にしました。
「うぉおおおおおおおおおおおお」
そして男、三橋は光の柱に向かってダッシュする。
「俺の生涯に一片の悔い無し!!」
本当に悔いが無かったらそんな言葉、頭によぎらないと思いますけどね。
とにかく三橋くんは光の中に飛び込んだ。
すると光の柱を突き抜ける勢いでダイブした三橋くんの身体がフッと吸い込まれるように消える。
「いった……のか?」
みんなで光の柱ごしに学校の教室の様子をのぞきこむけど、あいかわらず教室の中の時間は静止しているようで三橋くんが帰ったかどうかは分からない。
でも、たぶん帰ったんだろう。
根拠は無いけど、ここまで来たらそう思うしかないや。
「よし、どんどん行こう」
「と、その前に……男子は手を貸してくれ。吉崎をゲートに放り込んじまう」
気持ち悪いから今まで特に触れなかったけど失神した吉崎くんは死体を入れる大きめな麻袋に入れて魔力封印の護符とか貼りまくってここまでひきずってきていた。
「でもコイツ、魔王化してるんだろ? このまま日本に帰っても大丈夫なのか?」
吉崎くんの親友……かどうかは知ったこっちゃないけど檜山くんが桃園さんに尋ねる。
「吉崎くんがこうなったのはこの世界にしか存在しない魔力の影響だから。日本に戻れば魔力もなくなってフツーの人間に戻ると思うわ、たぶん」
全身が黒い皮膚に包まれた吉崎くんを見下ろしながらまた『たぶん』って言った。
う~ん、桃園さんだってそこまで詳しくは分からないよね。
「まぁ吉崎だし、多少おかしなことになってもいいか」
「そうだな」
檜山くんと棚橋くんが意気投合して吉崎くんの身体をゲートへと放り投げようとした、その時。
「ちょっと待てえええ!!!」
通路をガシャガシャ走りながら厄介な勇者、風間くんがやってきた。
「風間のヤツ何しに来たんだ」
「おい、面倒なことになる前にさっさと飛びこんじまおうぜ!」
何人かの男子がゲートをくぐってたぶん日本に帰っていく!
「待てって……言ってるだろぉおおお!!!」
風間くんの足元に火花がパチッと散ったように見えた次の瞬間。
引っ込み思案でクラスの輪の端っこにいた小柄で華奢な女子、西宮さんのところまで一足飛びで瞬間移動した。
何それ!?
それが試練の山で修行した成果!?
そして流れるように西宮さんの腕を後ろ手に掴んで、首に炎の魔剣レーヴァテインの刃を突きつける。
「あう……っ」
「ちょ、風間! 西宮さんをどうする気だよ!?」
彼女の漏らした声に反応して的場くんが絶叫した。
「何もするワケないだろ。みんなが……君島が俺と一緒に残ってくれたらな」
そういいつつ、レーヴァテインの刃に炎を灯らせて西宮さんの顔を赤く照らす。
くっそー、悪モノかコイツ!
「さぁ、みんな、祭壇から離れてくれ! そしてもう一度話し合おう!」
風間くんは大昔のドラマに出てくるような正しい心を持った熱血教師のようなキラキラした目で語りかけてくる。
「どうしよ?」
「大丈夫、ポーションまだあるから。ひとまず西宮ちゃんごと風間くんを切り裂いて……」
「またソレすか。う~ん、でもそれがてっとり早いか?」
明希人くんと桃園さんがコソコソと物騒な打ち合わせをしていると
「だ、ダメだ! 西宮は気弱なんだ! ポーションで治すったって……あいつの心に刃物で斬られたってトラウマが残ってしまう!」
的場くんが血相を変えて進言した。
「そうしたら……日本に帰っても、アイツもう心から笑えなくなるかも知れない……、だから……」
「みっしー、ももも! ダメだよ、的場の言う通りだよ!」
サーヤさんもそこにのっかった。
「おお、勇者ソラとその仲間どもよ! 王を騙し、元の世界に逃げ帰るとは何事か!」
その時、威厳に満ちたおじいちゃんの声が響き渡る。
エルファスト王だ。
王様が狭い地下に何百という甲冑姿の騎士たちを引き連れて姿を現す。
「このタイミング……風間くんがチクったのね」
桃園さんが軽く舌打ちする。
「大丈夫、言うことを聞けば悪いようにはしない。さぁ、みんなゆっくりこっちに来るんだ!」
もうなんていうか悪党しか言わないようなセリフを吐いた風間くんが大人しく従わざるを得ない私たちを見て、イキイキと明るく陽気に笑みを浮かべたのだった。
地味に600point達成。大感謝です。