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64話 魔王、再び


 ガイナスを一望できる丘の上。


 木の柵に手をかけながら私と明希人くんはボンヤリと街を眺めていた。


 21世紀の日本では見られない、木と石で出来た古い建築物が立ち並ぶわくわくする景観。


 魔王モルドレッドの影響で一日中、空は赤いけれど夕暮れどきになるとますます赤みが増して沈みかけた太陽はルビーのように美しく輝きを放っている。


 不気味さを通り越して幻想的な光景ですらある。


 そんな、目に飛び込んでくる景色の1つ1つが、あらためて私たちは異世界にいるんだなぁと認識させてくれる。



 だけど……。



「日本に帰りたい?」


 真紅の陽射しに彩られた美しい街に視線を向けながら明希人くんが短くスッパリ尋ねてきた。



「どうなんだろ……」



 私はボンヤリと言葉を返した。


「明希人くんは帰りたい?」


「……帰りたい気持ちはある。だけど、2度とこんなファンタジーな世界に来られないと思うと惜しい気持ちもあるんだ」


「私も」



 街から街へと旅をして色んな情報を仕入れていた。


 魔法の力で街全体が空中に浮かんでいる天空都市だとか1年に1度だけ水が虹色に輝く不思議な滝とか。


 宝石を溶かして作った神々しい味がするという超高級ゼリーに伝説の絶品ドラゴンステーキ!


 というかドラゴンってヤツを1度見てみたいな。


 いつかお金が貯まったら二人で世界を見て回ろうって約束をベッドの中でしていたのに、まだ全然何も体験できていない。


 

「……俺たちだけ残るって手もあるけど」


 明希人くんが私の方を向いて問いかけてきた。


「でも桃園さんの話じゃ異世界に帰るゲートは1週間ほどで閉じちゃうらしいし……」


「その時はもう1回どっかの魔王を倒そう。クラスのみんなは先に帰ってもらって…今度は俺たち二人で」



 まぁ私たち結構強くなったもんね。


 最初はチート能力も無くてスライム一匹倒すのに体力も知力もフル回転だったけど今はもうすっかり俺Tueee私Tueee出来ちゃってるし。



 魔王を二人で……いや、アトラスくんたちも手伝ってくれそうだし他に異世界の仲間を増やしたっていい。


 とにかくクラスのみんながいなくても魔王を倒すことは不可能ではない気もする。


 ガルーダの女王みたいな未熟な新米魔王も探せばいるだろうし。



「でも、もしもその過程で明希人くんが命を落とす可能性が1%でもあるなら絶対に嫌です」


 私は彼に思いきり抱きついた。


 ぎゅっとした。



「俺も……詩緒梨さんに何かあったら……」



 もうこれ以上、議論することもない。



 私たちは見つめあってキスをして口を塞ぎあう。




 お互い生きたまま、平和な日本に帰れる。


 こんな良い話はないだろう。



 いや、日本だって交通事故とかアタマの狂った殺人犯とか野良イノシシとか危険が無いワケではないのだけれど。



「帰ろっか」



 失ってから後悔したって遅いもんね。



 私たちは美しいガイナスの街並みをしっかりと目に焼き付けて、日本に帰る決意をしたのでありました。




★★




 それから数日後。


 色々と準備を終えた私たちは例のロック鳥に運ばれてエルファストの街へと帰還しました。



 城の地下にある異世界のゲートが解放された事で私たちが魔王を倒したという事はエルファストの人たちにも既に伝わっているようで城下町はすっかりお祭り騒ぎ。



 祝福の紙吹雪が舞う中、馬車に揺られて王様の待つお城へと直行した。




「おお、よくぞ魔王を討伐した……勇者たちよ! やはりワシの目に狂いは無かった!」



 王の間にて、立派な白い髭をたくわえたエルファスト王が行儀よくかしづく明希人くんの手をとり立ち上がらせる。



 目に狂いは無いとの話だが、この国の大事なお姫様の婿養子に抜擢された勇者風間くんは今どうしてるんだろうか。


 最初にSSR武器引き当てて期待されてたけどハッキリ言ってこの世界で何もしてないよね、あの人。


 まだ試練の山で修行してるのかなぁ。



「これでついにエルファストにも誉れ高きご当地勇者が誕生した。さ、さ、褒美をとらせよう。望むものがあればなんなりと申し出てみよ」


「ははー、王様。私たちは今後も新たな魔王討伐に挑みたいと考えております。そこで、さらに強力な装備が揃えられるよう可能な範囲で軍資金をいただけたら嬉しいなぁと思っておりまする」


 明希人くんがすっごい雑な丁寧語で王様に無難な要求をする。


 ふむふむ、と王様も納得してるご様子。



 だけど、これはブラフだ。


 もう日本に帰るんだから新しい装備品なんか必要ないんですよね私たちには。




 何度も死に戻っている桃園さんの話によれば王様たち、実は私たちを日本に帰す気はこれっぽっちも無いらしい。


 せっかく魔王を倒した知名度バツグンの勇者をすぐに帰してしまっては経済効果も薄いんだって。


 「お前を有名にするのに今までいくら使ったと思ってるんだ!?」的なアイドルの芸能事務所みたいに当分の間、私たちで儲ける算段なワケだ。


 そりゃあ宿代タダにしてもらったり、冒険の仕度金をじゃぶじゃぶ使わせてもらったりはしたけれど。


 勝手に私たちを異世界に呼び出したのは王様たちの方だもんね。


 いつまでも魔王討伐という名のデスゲームには付き合ってはいられないのです。 



 なので、ここはひとまず王様たちを油断させてスキをついてコソッと日本に帰ろうぜ! という話になったわけであります。



「ほっほっほ、そうかそうか。よしよし、ではあとで充分な金貨を届けさせようぞ。さしあたって今宵は盛大に宴を楽しむがよい」



 パパラパ~♪


 明希人くんの返答に気をよくした王様がパンパン手を叩くと、脇に控えていた楽団が管楽器でおめでたいメロディを奏で始めて「エルファスト魔王討伐記念パーティ」が始まったのでありましたよ。



★★



「で、どうしよう?」



 お城でおっぱじまった宴にはお風呂に入ってサッパリしてから参加する。という話になり、私たちはいったん宿に戻ってヒソヒソと作戦会議を始める。



 作戦会議の中心人物は桃園さんだ。


 ちなみに『もう隠す必要もないでしょー』と彼女は既にクラス全員に死に戻りの話をカミングアウトしている。



「とりあえずみんなを集めなきゃね。風間くんと吉崎くんとその愉快な仲間たちを」


 風間くんは試練の山で修行しているけど、宴に参加するため今夜のうちに城に戻ってくるらしいので問題なさそうだけど。



「吉崎のヤツ、大人しく宿で待ってりゃ面倒なかったのにな。まったく」


 もぬけのカラになった吉崎くんの宿泊部屋の前で的場くんがボヤく。


 宿の人の話では1週間ほど前に吉崎くん、樋口くん、棚橋くんの3人はどっかに旅立っていったらしい。


 行き先はガーヤック。吸血鬼に噛まれて今さら闇の力に精神を支配された吉崎くんは『魔王』に覚醒するための特殊な秘薬を強奪にいったと桃園さんが詳しくネタバレしてくれた。


 驚愕の事実だけどサラッと説明されると味気ないよね。



「いつもの予定ではあと1週間後に出発するハズだったけど……君島くんが魔王を倒したことで微妙にスケジュールが変わったのかしらね」


「え、俺のせいスか」



 気まずそうにポリポリと頭をかく明希人くん。かわいい。



「それで桃園さん。吉崎が魔王になっても大丈夫なものなのか?」


 小松くんが心配そうに確認してくる。


「大丈夫だいじょーぶ。魔王吉崎くんったら呆れるくらい弱っちいから私一人で一刀両断できるって」


「「一刀両断はマズイだろ!?」」



 男子たちに一斉にツッコまれ、桃園さんは舌を出してテヘペロした。



「まぁアレよ。死なない程度に痛め付けて縄で縛って異世界ゲートに放り込めばいいんじゃないかしらと私は思っているわ」


「え……それって吉崎くん、魔王のまま日本に帰るってこと?」


「マリアリス様に聞いたら私たちが日本に帰ったら魔力とかガチャ武器とかそういう能力・装備は全部リセットされるそうだから魔王の力も失われるわよ。たぶん」



 たぶんっていい加減だなぁ。


 って、まぁ桃園さんだって神様じゃないんだからそこまでは分からないか。



 ドンドン、ドンドン!!



 そんな話をしていると宿の扉が外から激しくノックされる。


 1階ロビーで話していた私たちは扉を注視する。



「はいはい、ただいま……」


 宿の主人が早足で扉を開けにいくと、ガチャリと開かれた扉の向こうに吉崎くんがいた。


 その両手には血まみれの樋口くん、棚橋くんがぶら下がっている。



「吉崎……!!」


 的場くんが緊張の声を上げた。



 全身裸だがその皮膚は光沢のある漆黒色。


 瞳は真っ赤に発色して明らかに人間のそれではない。



 吉崎くんは樋口くんたちをコチラに乱暴に投げつけてきた。


「ぐはっ……」


 宿の床に叩きつけられて二人は小さく呻く。



「み、みんな……逃げろ……吉崎のやつ、とんでもない力を手にいれ、た……」


 息も絶え絶えに棚橋くんがつぶやく。



「ふ……ふははは。フッハッハハハハハハ!! おま」




 ドッカアァアァアアアアンッ!!



 吉崎くんが何か主張しようとした瞬間、明希人くんのファイアバゼラードがお腹に炸裂して通りの向こう側まで吹っ飛んでいった。



 みんなで様子を見に駆け寄ると大の字になって吉崎くんは白目を剥いて失神している。



「さすがは主、見事な奇襲です!」


 ガルーダ女王のティアがすかさず拍手しながら「さすごしゅ」した。


 一応説明しておくと「さすごしゅ」とは『さすがですご主人様』の略である。



「君島くん。一応、前口上は聞いてあげましょうよ。マナーとして」


「いや、きっと今から中2病っぽいカッコいい事を叫ぶ予定だったんだろうけど……聞かないでやる方がコイツのためかなって」


 明希人は悲しそうな目をして吉崎くんを縛りあげ始める。



 まぁ、日本に帰ったら私たち同じクラスで学業をともに修める関係性だものね。


 クラスメイトの前で魔王となった意気込みを語ってしまった吉崎くんの行く末を思うとなかなか気の毒であり、それを未然に防いだ明希人くんのファインプレイぶりに私はキュンキュンした。




「二人とも大丈夫か」


 小松くんがポーションをふりかけると棚橋くんたちは無事全快した。



「ああ、大丈夫だけど……」


「吉崎のヤツ、空を飛んだり目からビームを放ったりヤベー強さになったと焦ってたのに……君島すげぇな。この世界で相当な強さの勇者になったんじゃないのか?」


「どうかな。ま、そうだとしても……そんな強さを振るうのも今ので最後だけどな」


「え、最後って……?」



 そう。


 これでのちに合流する予定の風間くん以外のクラスメイトは全員揃った。



 あとはお城にある異世界ゲートを通って日本に帰るだけ。



 私たちの冒険はもうじき終わるのだ。


 

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