63話 健全なる男子の願い
「君島くんが魔王を倒した……?」
的場くんのあまりにも突飛な言葉が一瞬理解できずに私は思わずリピートしてしまう。
だって今はみんな、精霊のエレメント集めをするだけの経験値稼ぎ期間だったのに一体どうして最終目的の魔王討伐イベントが発生したというのか。
今、巷で話題の魔王モルドレッドってヤツを倒したの?
状況がナゾ過ぎる!
「ねぇ……その話とあなたの格好が血で汚れているのは何か関係があるのかしら? とりあえず、みんなは無事なの?」
桃園さんが的場くんの血で汚れた装備品を指して尋ねる。
クラスの誰かが命を落とすたびに『死に戻り』を選択してきた彼女としてはそこが真っ先に気になるポイントなのだろう。
「え? さぁ……ケガ人がいるとは聞いてないけど。おっと、ちなみにこれはさっき勢いよく鼻をかんだら鼻血が噴き出してさ。いやあ、焦ったぜ!」
この人もしかして大バカ野郎なのかな?
呆れつつ顔を上げると、街の方からクラスの別部隊の人たちがやってくるのが視界に入る。
そして、その先頭には明希人くん……と、彼の腕に胸を押し付けるように絡み付く褐色肌のグラマラスな女性の姿が私の敵意を針で突き刺すように刺激した。
「ぬぉおおおおお!? なんなの、あの女ァッ!?」
私は全力疾走でオラァ!!
すると明希人くんも私に気付いたようで照れくさそうに手を振る。
「おーい、詩緒梨さーん! ただいまぁ」
「あががが。き、君島くん、そのエロい女は何? お金に余裕が出てきたからって市場で性奴隷を買ってきちゃったの? この性欲モンスター!!」
「せ!? 詩緒梨さんなに言っちゃってんの!?」
「無礼な女め……。誇り高きガルーダの王女を性奴隷呼ばわりするとは!!」
褐色肌の女は私に向けて右手を突き出した。
その瞬間、突風が巻き起こり私の身体が足元からフワッと浮き上がるのを感じる。
「あんたこそ人の旦那におっぱい押し付けるなぁっ!!」
私は海竜の髭を自分の前で新体操のリボンのようにクルクルと回転させて鞭の渦で盾を作り出す。
するとそれは魔法をも弾き返す『海神の結界』となって逆に暴風が褐色肌女や背後にいたクラス連中の方に吹き散らして全部吹っ飛ばした。
「ちょ、詩緒梨さん! みんな死んじゃうから! ストップストップ!」
「大丈夫、この私にぬかりはないよ」
海竜の髭をしならせて地面にバシンッと叩きつけると吹っ飛んでいったみんなは突如現れたぷよぷよした水の球体にちゃぽんっと包み込まれて衝撃によるダメージはゼロに抑えられた。
ガチャ武器の限界突破や水のエレメントでの能力解放、あと日々の努力と1%のひらめきとかで私は半径1キロメートル内の水分を自由自在にコントロールするスキルを身に付けちゃったんだ。
自分で言うのもなんだけど私って結構すごいよね。
ちなみに褐色肌の女は至近距離でまともに暴風のカウンターを喰らって白目を剥いて失神してた。
「す、すげぇ。俺は一応、アトラスと二人がかりだったのに……詩緒梨さんソロで魔王倒しちゃったよ」
「えっ、これが魔王!?」
明希人くんはタメ息まじりで足元にぐったり倒れている褐色女を見下ろしたのだった。
★★
「私が悪かったです。どうか命ばかりはお助けください」
しばらくして目を覚ました褐色女は砂浜に顔面をこすりつけて土下座した。
いや、そこまでしなくてもいいんですよ?
「おもてを上げなさい」
「ははーっ」
私の言葉に彼女は上半身を起こす。
あまりにおっぱいが大きかったためか、土下座した拍子におっぱいが地面にぺたりと密着して砂まみれになっていた。
さすがは魔王、恐るべき魔乳。
明希人くんたちの話によると風の精霊を狩りまくっていたら精霊のまとめ役である彼女がいきなり襲撃してきたらしい。
で、それをうまい具合に薙ぎ倒したら彼女はなんと最近、魔王デビューしたガルーダ一族の女王だったというワケなんだって。
ちなみに名前はティア。
涙のティアかと思ったら、風の龍神ティアマトから来ているっぽい。
「しかし、まさか貴女様が主の奥方だったとは……。主同様すさまじい力をおもちのようだ」
「ふはは、まぁね」
「我々、精霊は強き勇者に仕えることこそ最高の誉れ。貴女様も主と同じようになんなりとこのティアにご命令ください」
「え、そういう感じの話になるんだ」
私はふーむと考える。
「あの、あなたの主の明希人くんは何かいやらしい命令をしなかった?」
「は。我がおっぱいを2秒間だけ揉ませてくれと頼まれました」
ガルーダ女王ティアはクラスのみんなが見守る中、自分の胸を両手で持ち上げてゆっさゆっさと笑顔で揺らしてみせた。
「わぁーっ!? 違う!! 詩緒梨さん、違うんだ!!」
「……ううん、聞いた私も悪かったよ」
背中をパンチしてやりたかったけどクラスメイトの前でそんな事を発表された彼の気持ちを思うとむしろ申し訳なく感じる。
「みっしーサイテー」
「君島ぁ! お前、カノジョいるくせに欲張り過ぎなんだよ!!」
「待ってくれ、これはアレだ!! いきなり精霊の親玉が『なんでも言うことを聞きます』って言ってきたら誰だって警戒するだろ!? だから思いきり屈辱的な命令をしても本当に従うかあえて試しただけなんだ!」
「しかし君島、それにしたって今の時代セクハラは不味い」
「違うから! 命令してみただけで実際には揉んでないから! ね、ティアさん!?」
「はい、主には舐めるように胸を見られただけで揉むには至っておりません」
「みっしーやらしー」
こうして明希人くんは魔王を倒した勇者なのに魔王にすらセクハラする恐るべきエロ野郎の称号を手にしたのである。
私は悪くない。
「ああ、いいよ! 分かったよ! 俺はエロだよ! キミシマでもキンタマとでも好きなように呼べばいいぜ! それはそれとして桃園さん!!」
「ん、私のおっぱいもツマんでみる?」
「ぐはっ」
明希人くんは痛恨の一撃を喰らってのけぞった。
さすがに好きな人がエロスキャンダルで叩かれる姿を見物するのも悲しくなってきた。
「えーと、私が言うのもなんだけどあんまり彼をいじめないでください」
私は手を挙げて主張すると「あわわ、師匠怒んないで! 本気じゃないから!」とサーヤさんが焦ってくれて事態は終息に向かった。
「ぐすっ。それじゃ桃園さん、あらためて聞くけど見ての通り魔王を倒したワケだけどコレで俺たち日本に帰れちゃうのか?」
「……君島くん、魔王の核は手に入れた?」
「コア? いや、分からない」
「ちょっと手のひらを上にかざして『はぁっ!』って感じで気合いを入れてみて?」
「ん……えーっと、はぁっ!!」
桃園さんに言われた通りに手をかざすと明希人くんの手の上に緑色の光を放つドッジボールくらいの巨大な黒水晶が出現した。
「わわっ、なんだコレ!?」
「う~ん、魔王の核もちゃんと入手してるわね……じゃあ、あとはソレをエルファストの地下祭壇に捧げれば……」
桃園さんはクラスのみんなの方に向き直って宣言した。
「私たち、日本に帰れるわ」
状況が飲み込めずに話をただ聞いていただけの人たちも息を飲む。
そしてワッと歓声が上がった!
「え、マジで!? ホントに!? 桃園さん、オレたちガチで家に帰れんの!?」
「帰れる。チョー帰れるわ」
「やったぁあああああああああああっ!!」
「うぇ~ん、よかった……よかったよぉ~……」
帰れる。
みんな、いきなりの朗報に半狂乱の大騒ぎだ。
涙や鼻水を垂らして男子女子関係なく手を握ったりハグしたりして喜びを全身で表現している。
私も嬉しい。
帰ったら今期、気に入ってたアニメの続きも視聴出来るし、お風呂に入ってサッパリしてエアコンの効いた部屋でスナック菓子を食べながらインターネットの海をサーフィンできる。
だけど……日本に帰れると歓喜している私たちをポカンと眺めているシュペットちゃんやアトラスくんを見ているとなんだか素直に喜べない自分がいるのも確かだった。
ガルーダの女王も状況が分かってないのかキョトンとしてるが、仕えると決めた私たちがいきなり日本に帰っちゃったらこの女どうするんだろ。
「詩緒梨さん」
ボーッと突っ立っていると明希人くんが私の隣に歩みよってきた。
「今夜はガイナス一のレストランを貸し切りにして盛大に宴をするんだってさ。サーヤさんと桃園さんが今決めたらしいよ」
「へぇ! それはいいねぇ」
「……その前に詩緒梨さんと二人きりで話がしたいんだけど、いいかな?」
二人きりになっておっぱいを揉ませろとでも言うんじゃなかろうね? と、からかおうとしたけど結構真剣な彼の眼差しを見てそんな事はやめておいた。
「いいよ。私も明希人くんと話したい」
クラスのみんなが浮かれ気分で海に飛び込んだり、もうお金を節約する必要もなくなったのでお店に繰り出したりする中、私たち二人は街を見渡せるガイナスの高台へと向かったのであった。
ゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか。
一気に書きたいけどお休みが今日しかない人のことも時々でいいので思い出してあげてください。




