61話 暴風
「ガーヤックでの戦闘で吉崎くん、エルダーヴァンパイアに噛まれたでしょ?」
エルダーヴァンパイア?
正式名称は分からないがイケメン魔族に首を噛まれてはいたな。
噛んで血を吸う、というより首の肉を喰い千切っていたのであんまり吸血鬼っぽくなかったけど。
というかあの衝撃グロ映像を思い出したら気持ち悪くなってきた。
「彼、毎回その時点で吸血鬼の眷族になっているの」
桃園さんはケロリとした爽やかな笑顔で言い放った。
「えっ、それヤバいだろ!? ってか『毎回』そうなるって分かってるならなんとか出来なかったの?」
「んーと、ごめんね? 今回は私、文川さんを生け贄にしちゃったじゃない? だからもしも文川さんがあの森で死んでたら責任とってすぐに自害するつもりだったし……」
「あっ……もしかして桃園さん、今回は捨てプレイ的なヤツ?」
生け贄にされちゃった文川さんがクイズ番組で正解が分かったような嬉しそうな顔して桃園さんに指を突き付けた。
「正解!」
桃園さんもパチパチと拍手する。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
「捨てプレイってことは……どうせ今回は失敗するって前提で……適当に雑にやってるってこと?」
「そだよ。だって毎回、全力プレイじゃ私だって疲れるよ。疲れ果てちゃうよ!」
うーん……捨てプレイ回に付き合わされる俺たちはたまったもんじゃないが、彼女の境遇を考えたら仕方ないのか。
俺だって何回も死に戻りを繰り返してたら『今回は何もしないでダラダラする回』にしたり、下手したら『どうせ死に戻るし今回は女子たちにセクハラしてやるぜ回』とか魔が差してやってしまいそう。
「ま、ま、でも今日まで死者ゼロ回は始めてだし、私もここにきて本気プレイに切り替えることを宣言するから、ネ?」
「それがいいよ。俺は桃園さんと一緒に日本に帰りたいからな」
「うほっ、嬉しいコト言ってくれるじゃない!」
桃園さんが俺の腕にやわらかな胸を押し付けてきた。
へへへ。
「ぐぽァッ!?」
鼻の下を伸ばした瞬間、鼻の穴から大量の水が噴き出してきて溺れそうなんだが!? ここ、陸地なのに!?
見ると詩緒梨さんが湧水の杖を俺に向けて何か仕掛けたようだった。
「文川さん……無凸状態の湧水の杖をスゴい使いこなしているわね」
「まあね。君島くんが死にかけボーナスガチャ回させてくれないから手持ちの武器で勝負するしかないもんね」
「あ、だったら私があとで上手く死にかけさせてあげる。このSR武器『蛍火』は相手の体力を吸う代わりにHPを1以下に出来ず敵にトドメを刺せないという特性があるの」
「へぇ! じゃあその武器で傷つけられても死なない保証つき? やりたい! ガチャ回したい!」
「じゃ、今夜あたりやろっか?」
顔中の穴から水を噴き出して死にかけてる俺を一切無視して女子たちは物騒な話で盛り上がっていた。
「で、さっきの続きだけど……そろそろ魔族として覚醒する吉崎くんがガーヤックに向かって秘宝サタニックシードを強奪して魔王に昇格する予定なんだけど……昇格したてだからか吉崎くんだからか知らないけどやたらと弱いのよね」
「げほげほ。つまり……本当に吉崎くん一人を犠牲にすれば俺たち無事に日本に帰れるってワケか」
「うーん。いざ、そう言われちゃうとねぇ……」
俺も詩緒梨さんも考え込んでしまう。
「ま、そろそろ……と言ったけどあと1ヶ月ほどは猶予があるし、当分はエレメント狩りを最優先するから二人でゆっくり考えてみてね」
桃園さんは両手を広げて「キーーーーン……!!」とか言いながら飛行機みたいに走り去っていった。
学校にいた頃はああじゃなかったが異世界での死に戻り生活でかなりヤバい人になってるなぁ。
「で、どうしよう……?」
「うーん。というか詩緒梨さん、日本に帰りたい度はどれくらい?」
「……分かんない」
最近クラスのみんなといるのも楽しくなってきた。
長らく見てない漫画やネット、ゲームを堪能したいし家族と会いたい気持ちもある。
だから日本に帰るのもいいかなと思えてきたが、でも帰ったら帰ったでまた異世界での暮らしが懐かしくなる気もする。
特に40歳、完全にオッサン世代になった時に『異世界で勇者続けて英雄としてチヤホヤされてれば良かった!』とか後悔してそうなうだつの上がらない俺も容易に想像できる。
異世界で詩緒梨さんと家を買って暮らしてお隣りに住むアトラスやサーヤさんたちと庭でバーベキューしたり、たまに魔物退治にいったりする生活も楽しそうだよな。
いや、サーヤさんは帰りたがってたか。
こりゃあ、ちょっと考えどころだ。
詩緒梨さんもすぐには答えが出ないようで、みんなとの集合時間まで二人で赤い海を眺めながらボンヤリ過ごすのであった。
☆☆
それから3週間ほど経った。
「せいっ!」
ズパァーンッ!! と赤焔の槍から火球を撃ち出して風の上位精霊を近藤くんが消し散らす。
「ふぅっ、こんなもんかな」
「お疲れお疲れ。近藤くんもすっかり慣れたね、精霊狩り」
「はは。毎日やってたら、こんなのはゲームとおんなじだよ」
かつては☆1雑魚モンスターの角ウサギ相手に苦戦をしていた近藤くんも今や☆4上位精霊を余裕で仕留める名ハンターになっていた。
ここは風の谷。
ガイナスから少し離れた場所にある一年中、強風が吹き荒れるスポットだ。
今は魔王モルドレッド降臨の影響で風の精霊たちがいつもより多めに出現しているので風のエレメントを集めている俺たちには絶好の狩り場。
「ヒュィイイイイイイ……ッ!!」
「お、また来たな……!」
しばらく休憩していると、またも全身薄緑色の女のような姿の風の精霊が襲いかかってくる。
「おりゃーっ!!」
すっかりその気になった近藤くんが先頭に立って、炎を灯した槍を構えて突撃していった。
この3週間で近藤くんたちも桃園さんに半殺しにされて死にかけボーナスガチャをガチャガチャ回しまくり&精霊の肉片で勇者としての力を解放して、クラス全員がイイ感じでパワーアップしていた。
ちなみにここには風の精霊が弱点とする火属性ガチャ武器を持つクラスメイトが集まっている。
水属性武器の詩緒梨さんやサーヤさんは火の精霊を、光属性武器の桃園さんは闇の精霊を討伐……といった感じで各々が得意とする6属性スポットに別れて必要な素材を効率よく集めているワケだ。
別の言い方をするとクラス40人を6チームに分けてもクエストをこなせるまでに俺たちは成長していた。
これが現実世界なら、たった3週間で何チョーシこいてんだって話だが異世界勇者の俺たちはRPGのキャラクターのように3週間のやりこみで相当レベルが上がったようだった。
「エレメント、ずいぶん集まりましたねソラさん」
緑色に透き通るキラキラとした欠片を拾い集めて腕いっぱいに抱えたアトラスが話しかけてくる。
「ああ、これだけ集まったならそろそろ引き上げてもいいかな」
俺は野営地に保管してある山のような精霊の欠片を見てムフフンと笑みをこぼした。
これだけのパワーアップ素材を通常時に集めようとしたらかなりの時間と労力を浪費したろうが、今は魔王降臨で大気中の魔素が荒ぶっている。
ゴールドラッシュのようにザクザクとレアモンスターが出てきてくれるんだから魔王モルドレッド様様だぜ。
「よし、まだ日暮れまで時間もあるし野営地の片付けして街に戻ろっか」
「おっ、やった! 今夜は宿のベッドで眠れそうだぞ!」
俺の言葉に近藤くんが歓声をあげて、女子たちとテントを崩し始める。
と、その時。
ピタリと風が止んでいることに気付く。
この辺りは元々、強い風が吹き続けているので、こんな感じで無風状態になると逆に違和感を感じる。
「ソラさん」
「ああ。なんだろうな、コレ」
「ん、どうした?」
俺とアトラスの様子に気付いて近藤くんが話し掛けてくる。
「っつぽあ!?」
突風が吹き、テントが吹っ飛び、近藤くんの身体が上空高くに舞い上がる。
やばい!! 4階建ての学校の屋上くらいの高さまで飛んでってたぞ!?
「近藤!!」
同行していた女子の島谷さんが悲痛な叫び声を上げた。
「ぃよっと!!」
近藤くんは風のガチャ武器、烈風剣に切り替えて地面に激突する前に大量の風を噴き出してブレーキをかけた。
「っとと!!」
それでも勢いの止まらない彼の身体をアトラスと俺でガッチリとキャッチする。
「二人とも、悪い! 助かった!」
「ああ、無事で良かっ……」
「近藤ーぅっ!」
言葉をかけようとした俺を押し退けて島谷さんが近藤くんに抱き付いて安否を確認する。
「平気!? ケガしてない?」
「はは、なんとか」
「もう、心配させんなっつーの!」
一度、身体を離して近藤くんにケガが無いか確認したあと改めて首に抱きつく島谷さん。
「きゃーっ、シーマ大胆~!」
と他の女子からからかいの声をかけられる。
「くそっ、コイツらそういう関係だったのか。爆ぜろリア充」
「い、いいだろ!? 君島だって文川としょっちゅうイチャついてるクセに!!」
「俺はいいんだよ俺は」
ジャイアニズムに近い謎の理論でかわしつつ、俺は上空に不自然に集まる雲の渦を注視する。
「ソラさん、来ます!!」
『コォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ』
辺り一帯に女の甲高い悲鳴が響いて、雲が形を変え次第に左右3対、計6枚の巨大な翼を持つ褐色肌の半裸の女性が顕現した。
辺りには嵐のような風が吹き荒れる。
大地がビリビリと揺れて大気が震え、まるでこの世の終わりがいきなり襲ってきたような圧倒的理不尽感だ!!
『人間よ!!』
翼を持つ半裸の女性はカッと眼を見開き、全身から台風のような暴風を解放する。
「アトラス、コイツを頼む!」
「了解です!!」
俺はこの3週間でレベル200に達してしまった呪われしR武器ファイアバゼラードの刀身に圧縮した爆焔を宿してアトラスに渡す。
「覇ッ!!」
アトラスの超人的な身体能力で射出されたファイアバゼラードはミサイルのようにパァンッ!! と音の壁を破って半裸の女性に直撃!!
ゴパァアアアッ!!
と、ナパーム弾のように焔を巻き上げ炸裂した。
「はびゅっ!?」
半裸の女性は身体をくるむ神々しい白衣を吹き飛ばされ全裸の女性になって岩壁に叩きつけられてグルンと白目を剥いた。
吹き荒れていた風もソヨソヨと弱まる。
「気絶したのかな」
「たぶん……」
俺とアトラスは警戒しながら近づくが全裸の女性はピクリともしない。
ただのモンスターや精霊ならトドメを刺すところだが、ちょっと品があるというか……気軽に殺していい存在なのだろうか。
風の神みたいな存在を殺すとこの辺り一体の風が淀み、悪臭が漂うようになり作物が腐るとかってファンタジー設定をラノベだかゲームだかで見たことある気がする。
俺は美しい全裸の女性をまじまじと観察する。
「ソラさん、目がケダモノみたいになってますよ!」
気が付けば形の良い乳房や剥き出しの褐色の美脚をガン見してしまう俺氏。
うーむ。目のやり場に困るな。
いきなりボスっぽく現れた女性になんとなく勝ってしまった俺は色々と大人な身体にとりあえず毛布をかけるのであった。
ブクマやら評価ありがとうございます!




