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60話 渚の大盛りイカ焼きそば


「うわぁああーっ!? なんだ、あの空の色はぁー!?」



 下からクラスメイトの叫び声が響いてきた。


 そりゃあんなデカい轟音がすれば誰でも外の異変に気付くよな。


 コッチも状況を飲み込めちゃいないが、他の人がパニクっているならせめて自分はシッカリしなきゃ……と、むしろ冷静になる。



「とにかく、みんなと合流しましょっか。二人とも、死に戻りの話も魔王の話もオフレコでね」


 宙に浮いていた桃園さんは窓の外から部屋の中へと華麗に舞い降りると、口元に人差し指を立ててウィンクしながら廊下へと軽やかに駆けていった。



 俺と詩緒梨さんは色々と巻き起こった急展開に対応しきれず顔を見合わせる。


「……明希人くん、どうする?」


「……ここはしばらく桃園さんの出方を伺おう。本当に魔王が出てきたって話なら、俺らがどう対応すべきか分からなすぎる」


「だね。あと確認しておくけど、明希人くん昨日の戦闘中に桃園さんのこと『愛してる』って言ってたけどアレって……」


 詩緒梨さんがジト目を向けてくる……!!


「え!? 今その話!? いやいや、アレは敵のスキをつくるための作戦ですって!! セクシーコマンドー的な!! 攻撃そのものより鉄壁の防御を崩すことこそが俺流の奥義だから!!」


「むむ~……?」



 桃園さんが俺と別の時間軸でおセックスしてたとかいうから詩緒梨さんが疑惑の目で見ているじゃないか、まったく!!



「お二人さん、早く来なさいよぉ~!! ほら、かけあし~!!」


 

 部屋の外から桃園さんの急かす声が聞こえてきた。


 誰のせいでこじれてると思ってんだコンチクショー!!




☆☆



「団長、大変だ。まだ昼前なのに空が赤く染まって……」



 桃園さんの姿を見るなり忠犬みたいに三橋くんがパタパタ走り寄ってきて報告してくる。


 っていうか今、桃園さんのこと団長って呼んでなかった?


 ネトゲでチームを作って、その集団のリーダーを『団長』とか呼んだりする風習があるけど、そういうノリなんだろうか。



 なんか微笑ましかったのでププッと俺はワロタ。


 すると「あ?」と三橋くんが血管をピキピキする勢いでニラんでくるではないか。


 ヒェー、こわいこわい。コイツ、俺のこと憎みすぎだろ。



「三橋くん、私も上で確認したよー。悪いんだけど誰か冒険者ギルドに行って情報を集めてきてくれる?」


「了解した。俺が行ってくる」


「そう? ありがとう! じゃあ三橋くん、よろしくお願いするね!」



 三橋くんは人差し指と中指をピッと合わせてカッコよく桃園さんにサインを送って「小野寺、行くぞ!」と斧の人に声をかけて宿から出ていった。


 ハリキってるなぁ。


 しかし、そうか……(おの)の人は小野寺(おのでら)くんという名前だったか。


 キミのことは二度と忘れないよ。だって名前がしっくりくるから。



「君島くん、私たちもいったん宿に帰ってみんなの様子を見に行こうよ」


 詩緒梨さんがクイクイっと袖を引っ張ってきた。


 かわいい。


 じゃなくて、それもそうだな。


 いや、でも桃園さんの死に戻りの話が本当なら今後の展開を知ってるんだし先に情報を聞いておくべきか……?



「それじゃ君島くん、ウチとソッチでそれぞれ情報収集してランチの時間になったら海岸沿いにあるリヴァイアサン食堂で集合! で、いかが?」


 桃園さんが詩緒梨さんの持つ方とは逆側の袖を引っ張ってきた。


 両袖を女子に引っ張られるパラレルワールドに異世界転移した俺氏。


 思考回路はショートする寸前だ!



「はいはい、じゃあそーゆー事で」


 考えるのを放棄して幸福感に浸っていた非モテ系男子の俺を詩緒梨さんがグイグイ引っ張って強制的に海神停からログアウトしました。




☆☆



「けっ、デレデレしやがって……なに? 君島くん……桃園さんのこと好きなの?」


「違う違う! 俺が好きなのは詩緒梨さんだけだから! 桃園さんは……そう、言ってみればハンバーグみたいなもので……!!」


「意味が分からないよ!?」


「詩緒梨さん、ハンバーグとかカレーライスとか好きでしょ?」


「うん? まぁそれらが嫌いな人はいませんわな」


「つまりそういう事だよ」


「どういう事!?」



 巧みな話術で詩緒梨さんの尋問を交わしながら俺たちの宿泊する宿へとたどり着いた。



「あ、君島くん! おかえりなさい! 桃園さんの話ってどうだったの? 大丈夫だった!?」


 宿に入ると水瀬さんがお迎えしてくれた。


 死に戻りの話も詩緒梨さんの生け贄の話もヒミツなので、その辺は適当に誤魔化しつつ彼女らに敵意は無いということだけ伝える。


 水瀬さんも桃園さんグループと敵対なんかしたくないんだろう、俺の雑な説明でも素直に受け入れてホッとした表情を見せる。



「それで、あの赤い空の事だけど……なんなんだろう? 今みんな街に出て情報を集めにいってるけど」


 おお、みんな言われなくても動いてるのか。


『情報収集とかなにカッコつけてんだよ』とバカにされてた時代を思うと感慨深いぜ。


 嬉しさのあまり「アレは魔王モルドレッドってヤツが人類侵略を開始する合図らしいよ」と水瀬さんに教えそうになるがこの件はまだオフレコにしろと言われてたっけ。



 なので知らないフリをしつつ、俺も適当に街をうろついて情報を集めることにした。


 緊急性のある事なら『ランチの時間に合流』なんて悠長な事は桃園さんも言わないだろう。


 逆に考えれば、いきなりそのモルドレッドとやらの軍勢がここに襲撃してくるって事はないんだろうな。




 再び宿を出て、港街ガイナスの通りを詩緒梨さんと歩く。


 本来はリゾート地っぽいのでイカの串焼きだ、特製フルーツジュースだと浮かれ気分な屋台があってイチャイチャしながら楽しめそうな場所だが、今はさすがに空の異変でざわざわと街全体が動揺している雰囲気だ。 



「まぁでもいいか。情報収集ったって現時点では誰も何も分かって無さそうだし、串焼きでも買い食いしながらぶらぶら歩こう」


 昨夜ここに到着してすぐに桃園さんとバトルして今に至るからな。


 まだ全然、街の中を見学できていない。



「そんなのんびりしちゃってて大丈夫かなぁ」


 と言いつつ詩緒梨さんは既にイカ焼きそばを購入していた。


 塩と油の芳ばしいニオイが漂い、とても旨そうだったので俺も屋台で買って、せっかくなので浜辺で食べる事にした。



 ザザ~ン……ザザ~ン……。


 波打ち際で女子と食べる焼きそばは青春の香りがするぜ!!


 ただ一つ贅沢を言えば空が血みたいに赤く染まってなければ最高だったんだが。


 夕日のオレンジ色の空ならいいんだが、本当にバカみたいに赤いからなぁあの空。


 

「君島くん。はい、あ~ん」


 終末みたいな紅の空をぼんやり眺めていると、詩緒梨さんが食べかけの焼きそばを俺に食べさせようとしてくる。


 俺も同じ焼きそばを買っているので「分けてあげる」的な事ではなく、単にイチャイチャしたいだけと見た!


「あ~ん……」


 その考えにのって俺は大きな口を開けてぱくりと詩緒梨さんの焼きそばをいただいた。


「よしよし、もっとお食べ」


 詩緒梨さんは俺の頭をなでて、また食べさせてくれる。


「じゃあ俺もお返し、はい、あ~ん」


「え、いや、私はいいですよ……」


「そう言わずに」


「うーん。じゃあ、あ~ん……」



 詩緒梨さんも照れながら俺の箸ですくった焼きそばをツルルッと食べる。



「ふふふ」


「えへへ」



 俺たちは見つめ合いながら、お互いのお箸を空中で絡めながらそっと唇を重ねる。



「へいへいへ~い! お二人さん、ちょっとイチャつき過ぎですよ~? クソがッ!!」


「ぱわぁ!?」



 詩緒梨さんがビクッとして振り向くと背後に桃園さんが仁王立ちしていた。


 いや、別に仁王みたいに仰々しくはないがとにかく立ってた。



「も、桃園さん、覗きとは趣味が悪いなぁ」


「だって話しかけようとした瞬間いきなり接吻し出すんだから仕方ないじゃない!! それとも二人の熱いディープキスをじっくり黙って観察していれば良かったかしら!? 私は構わないわよ、さぁどうぞ!!」


 桃園さんは開き直った。


 そういう事ならコチラにも考えがあるぜ。


「詩緒梨さん……」


「え!? ん……」


 俺は1度は距離をとった詩緒梨さんを抱き寄せ、肩をつかんで再びキスをする。


 恥ずかしいのだろう、最初はビックリして離れようとするが、舌と舌を絡ませると彼女の腕からガクガクと力が抜けてされるがままに唇をむさぼりあう。


 そうして1分間くらい濃厚なキスシーンを桃園さんに見せつけた。



 見るとさすがの桃園さんも顔を真っ赤にして固まっていた。


「勝ったぜ」


「わ、私たちの力を思い知ったかー!」


 詩緒梨さんもヤケクソで叫んだ。



「はっ……な、なんか久しぶりに心底動揺してしまったわ。さすがは君島くん、そして文川さんね……」


「それで何の用かな? というか今の状況について聞きたいこと満載なんだけど」


「ええ、まさにその話で来たのよ」


 桃園さんも屋台で購入したらしい野菜フルーツスムージーをチューッとストローで一口飲み込んで、砂浜に腰をおろした。




「まずは魔王モルドレッドについてだけど……コイツはスルーして構わないわ」


「えっ、意味ありげに登場したのにスルー? 戦わないでいいってことなのか」


 拍子抜け、という気もしたが雑魚モンスターのトロール相手に苦戦しているのが今の俺の実力だ。


 正直ホッとする。



「それより今やるべき事はエレメント集め。魔王降臨の影響で精霊系モンスターの活動が活発になるから討伐して素材を集めてみんなをパワーアップさせるのが優先よ」


 桃園さんの説明によると精霊がドロップするエレメントを用いることでガチャ武器ではなく勇者自身をパワーアップさせる効果があるそうな。


 パワーアップを重ねれば素手でロープを引きちぎって空を飛ぶような芸当も可能になるらしい。


 

「でも魔王は1ヶ月ほどでよその国の勇者に討伐されちゃうから、その間にエレメントをかき集めるだけかき集めてパワーアップしまくらないとね」


 なんかソシャゲの期間限定素材集めキャンペーンイベントみたいだな。


「たった1ヶ月で? なんか……わりとアッサリ倒されるんだな、そのモルドレッドとかってヤツは」


「一応聞くけど……その魔王、私たちで倒すことって出来ないの? まぁ出来ないから桃園さんは死に戻りを繰り返してる気もするけど」


 死に戻りを繰り返す……か。


 魔王も倒したことあるって言ってたけど、魔王を倒して日本には帰れなかったんだろうか?



「このあとエルファストから要請が来て、私たちも討伐するために魔王のいる大陸ラルガンティスに向かうんだけど……」


 桃園さんは遠い目で赤い空を見上げる。


「……まぁ控え目に言ってみんな死んだわ」


「ひ、控え目に言わなかったら?」


「……」


「いや、やっぱりいいや」



 何を思い出したのか桃園さんの目から光が消えていったのを感じて話を切り上げた。



 『みんな死んだ』



 と、言うと簡単に聞こえるが恐るべきパワーを持った残虐な魔物に殺されるってことは死体もキレイなもんじゃないだろう。


 ニュースで『全身を強く打って死亡』と表現した場合、実際は肉体の原型が留めていないくらいグチャグチャになってる……とかいう豆知識をふと思い出して吐きそうになった。


 その光景を桃園さんは何度も見てきたし、桃園さん自身もそんな目に遭ってきたということか。



 明らかにテンションが下がった桃園さんを抱き締めてあげたかったが俺が抱き締めると倫理的に問題がありそうだな。


「詩緒梨さん、抱き締めてあげて」


「わかったよー」


 詩緒梨さんが桃園さんを両腕でギュッと優しく包み込んであげた。



「ああ……文川さんのお尻やわらかいなぁ」


「いやぁ!?」


 悪ふざけか知らないが俺の詩緒梨さんのお尻を指でいやらしく揉みしだいた桃園さんがビンタで吹っ飛んでいく。


「ふぅ……元気でたよ!」


 砂浜に這いつくばった桃園さんが嬉しそうに舌なめずりした。



「明希人くん~、ア、アイツ頭おかしいよぉ……」


 詩緒梨さんが本当にひいてる感じで俺の背中に隠れた。


 この人、下ネタ関係は苦手だからな。



「ちなみに桃園さん、魔王を倒した事あるって言ってたけどモルドレッドってヤツとは別の魔王を倒したの?」


 話題をそらすついでに気になる事を聞いてみた。


「それと……魔王を倒したのに桃園さんが日本に帰らずに死に戻ってる件も詳しく聞きたいんだけど」



「んー、そうね……」


 桃園さんはパッパと砂を払いながら何から話そうかと思案している様子を見せる。


「まず、私が死に戻ってる理由はクラスメイト全員が生還できる最強のエンディングを目指してるからよ。魔王を倒せばエルファスト城の祭壇にゲートが開くから帰ろうと思えば私だけ帰る機会もあったわ」


「……ん? その場合って……私たちが死んだまま桃園さんだけが帰った場合ってどうなるの? 桃園さんが学校に戻って、死んだ私たちはどうなってるの?」


「時空の神様にその辺聞く機会があったんだけど、死んだ人たちは魂が戻らないんだって。たぶん植物人間みたいな状況で教室の椅子に座ってる……って感じになるっぽい」


「げ、なにそれ、怖っ!」


「だから、あらかじめ言っておくけど今回もクラスの誰かが死んじゃったら仮に魔王を倒しても、私は毒薬を飲んで死に戻るわ。その場合、君島くんたちは帰れても私は植物状態だろうからお母さんたちによろしく伝えてね。『あなたの娘さんは異世界でよろしくやってます』って」


「……っ」



 何をバカな……一緒に戻ろう! と言いたいところだが、それは俺の命が一つしかないからか。


 桃園さんみたいに何度もやり直せるなら最高のトゥルーエンディングを掴みとるまで止まれないのかも知れない。




「……なんか、ソレ、嫌かな……。妥協とか出来ないの?」


 詩緒梨さんがションボリして呟いた。


 虫を喰わせようとしたり、ビンタしたりしてたがやっぱり桃園さんと帰りたい気持ちはあるんだな。



「そうだよなぁ。例えば吉崎一人が死んだだけなのに桃園さんが帰ってこないってなんかもったいない気もする」


 場を盛り上げるために(?)ちょっと不謹慎なことを口にしてみた。


 でも結構、本音でもある。



「ふ~ん、そういうコト言っちゃうんだ、君島くん」


「あ、ごめん。桃園さんはみんなを助けるために真剣なのに嫌いなヤツ一人くらい死んでもいいとか、デリカシー無さすぎだな、俺」


「いやいや……私も正直、何十回も死に戻りしてると心が磨り減って

てきててね。昨日も見たでしょ? お芝居とはいえクラスのみんなに躊躇なく斬りかかる私の姿を」



 ……確かに。


 ミスったらリセットすればいい。


 死に戻りを繰り返すうちにゲームみたいな感覚になってるのかも知れない。



「……私は、いいと思うよ。桃園さんの心が限界を迎える前に妥協して日本に帰っても」


 詩緒梨さんがうつむきながら桃園さんの手をとりギュッと握る。


 壊れかけてバラバラになりそうな彼女の心を繋ぎ止めようとしているようにも見えた。



「ありがとう、文川さん……」



 桃園さんも手を握り返してから



「ちょっと相談があるんだけど」


 と言った。




「ちょっとさっきの話に戻るんだけど……私が倒した魔王の話に」



「うん?」



「私はモルドレッド以外の魔王とも戦ったけど、みんな似たり寄ったりの強さでね。犠牲者ゼロどころか勝つ事すら難しい。……ただ、そんな中、魔王の中では格段に弱っちい雑魚な魔王がいてね」


「おお、ソイツなら俺たちがエレメントとかでパワーアップすれば犠牲者ゼロで勝てそうな感じ?」


「んー、犠牲者ゼロは無理。必ず一人は死ぬわ」



「必ず一人は……? 倒したら発動する死の呪いがあるとか? だったらそれこそ吉崎に倒してもらって呪いをかぶってもらうとか」


「それいいねぇ」


 俺と詩緒梨さんは軽口を叩く。


 本気で言ってるワケではない。


 詩緒梨さんはどうか知らないけど。



「うーん、イイ線いってるけどちょっと違うかなぁ~」


「ちぇっ、それじゃ正解は?」


「正解は、私が倒した弱っちい魔王こそが吉崎くんその人なのでした~!」


「……え?」



 な、なんだって?



「だからね、君島くんたちもご存じのあの吉崎くんがあと1ヶ月くらいで魔王になるから、魔王になった彼を殺せば彼以外は日本に帰れそうって話」



 吉崎くんが魔王に!?


 一体なにがどうなったらそんな恐ろしい事が起きるんだ!?



 驚愕の事実を耳にして『アイツを殺せばみんな帰れるのか。ソレもアリかな』と一瞬思った薄情な俺であった。

 



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