6話 東の空
「ゼェ……ゼェ……や、った……!」
炎から抜け出した先は静かな森だった。
安心して力が抜ける。身体はまだ余熱を帯びていて熱い。抱き抱える文川さんを下ろそうとするも腰の高さまで茂みで埋め尽くされて下ろせない。酸欠か別の体調不良かで頭がクラクラする。
危機を脱したものの色々な状況が俺を混乱させ、炎エリアから離れても文川さんを抱えたまま数メートル前進。
とりあえずこの茂みを抜けたら彼女を地面に下ろそう、と思った瞬間、地面が無くなった。
「え!?」
茂みを抜けると急勾配の丘になっていて、片足を踏み外した俺は堪えきれずに坂を文川さんと二人仲睦まじくゴロゴロ転がり落ちていった。
服をモコモコと重ね着しているのでうまく身動きがとれない!
結局、坂のかなり下の方まで転がっていってようやく止まった。
「痛たたた……くもないか?」
重ね着したせいで転がりまくったが、逆にあちこち身体をぶつけたダメージは服が吸収してくれたみたいだ。
ハッとして文川さんの方を見る。
倒れ伏したままピクリとも動かない。
「ふ、文川さん……?」
「あああああ熱ぅぅぅいいいいいいいいいッ!!!?」
一瞬、嫌な予感がした俺の心配を吹っ飛ばし、彼女はガッと立ち上がって毛布を剥ぎ取り、体中に巻き付けてある布を次々と取っ払う。
勢い余って制服の白ブラウスのボタンを外して、ブラが剥き出しになったところでビクッと止まって俺の方を見た。
「や、やぁ」
俺は手を挙げて挨拶する。
「えぇえええい見たければ見ろぉぉいいいい熱いんじゃああああっ」
文川さんは白ブラウスも地面に叩きつけた。
熱で赤みと汗を帯びた彼女の白い肌が俺の前に晒される。
生きてるって素晴らしい。
「そういえば熱いな……」
俺も熱々おしぼりみたいになってる服を脱ぎ捨てた。
☆☆
湧水の杖でバシャバシャ水浴びして火照りを充分に冷ました俺たちは水を絞った服を着ながら今後の相談をした。
「で、どうしよう?」
文川さんが眼鏡を外してフキフキ拭きつつザックバランに尋ねてくる。
「はぁ」
文川さん眼鏡無しバージョンもいいな、なんて思いながら辺りを見回す。
とりあえず森は絶賛大炎上中だ。
みんなと合流するにしても今すぐは近付く事すら出来ない。
といって、ここに留まって火が収まるまで様子見……というのもちょっと不安なんだよなぁ。
時間が経てばウェアウルフがコチラに向かってくる可能性だって全然あるだろう。
「んーむ、いったんエルファスト王国のいつもの宿に戻ってみようか? アイツらも心配して俺たちを探しに来てくれるかも知れないし、あるいは冒険者ギルドを通して連絡もとれるかも……」
俺たちを勇者として召喚したのがエルファスト王国の王様である。
話は通っていてここから2日ほど離れた場所にあるエルファスト王国城下町の指定の宿なら勇者特権で無料宿泊可。
1ヶ月ほど城下町の宿を拠点として近くの草原や全長10メートルほどのミニダンジョンを冒険して経験値を積んでいたのが現時点での俺たちの異世界冒険譚のすべてだ。
つまりまだほとんど何もしていない。
「……君島くん」
「ん?」
眼鏡をかけ直した文川さんがまさに神妙な、という表現がふさわしい表情で俺の顔を見てきた。
「ぶっちゃけ話をしたいんですけど、君島くん。あの人たちと冒険したい?」
「したくない」
つい条件反射で即答してしまった。
慌ててお口にチャックをするが、まぁどうでもいいか。
正直言ってクラスメイトにはあまり良い感情を抱いていない。
一緒に雑用をこなした小松くんみたいに俺よりの人間もいるので、クラス全員、気にくわないってワケじゃないんだが……。
自分で言っちゃうとカッコ悪いが、誰よりも苦労してる俺がつまらなくて、楽ばかりしてるアイツらが楽しく暮らせている今の生活は非常にクソくらえであった。
「でもなぁ……」
これから先の戦いを考えるとやっぱりSSRやSR武器所持者の協力は必要不可欠なワケふぎゅっ!?
いきなり文川さんに鼻をつままれた。
彼女の指、冷たくてまだ少し火照った鼻に心地よいな。
「でもアレでしょ? これから先の戦いを考えるとやっぱりSSRやSR武器所持者の協力は必要不可欠~とかって考えてるんじゃない?」
「な、何故それを……?」
「ふふん、なんとなく君島くんの考えそうな事は分かるようになってきたよ」
何……だと……!?
じゃあ文川さんのパンツ見たいとか考えたらバレるってのか!?
俺はダメだと思いつつ、つい文川さんのスカートを見つめてしまった。
「え? なに? 今、なに考えてるの……?」
彼女は不審な顔をしてスカートをさっと押さえる。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多寺 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子……。
俺は虚空を見つめて般若心経を心の中で唱えた。
「文川さん、キミの意見を聞こう!!」
そしてビシッと彼女に指を突きつける。
「あ、う、うん……私はその……うん。しばらく思うように旅がしたいなぁって」
「思うように?」
「だってみんなと一緒だと効率的に動けないことが多いし……う~ん。いや、それも言い訳かなぁ。だって、せっかく異世界に来たんだよ? 魔王の命殺ってこいやとかそんなことじゃなくて、もっとこう……旅を楽しみたいじゃない、純粋に!」
そうまくしたてる彼女の瞳はキラキラしていた。
……確かにな。
俺も1ヶ月前、この世界に来た時はワクワクしていた。
不安もあったけどそれ以上に異世界への期待感はハンパなかったのに、いつのまにかクラス連中に便利に使われて、現実って結局こんなものかと諦めの境地に達してたけど……。
今ならまだ取り返しが利くかも知れない。
その先に何があるかは分からないけれど。
俺はおもむろにスッと遠くの……北を指差す。
「君島くん……?」
「さっきの森を越えて1週間も歩けばセイラム交易都市。俺たちが本来、次に目指していた場所だ」
そこにはエルファストよりも強い防具、役立つアイテム、ランクの高いモンスター討伐クエストがあるという。
たぶん、この道を進めばクラスメイトたちと合流出来る可能性がもっとも高い。
そして次は逆の南の方向を指す。
「次にアッチがご存知エルファスト王国。そこに戻ればとりあえず王様たちを頼ることが出来る」
文川さんは黙って俺の指差す方角を見つめる。
そこには大きな城も街もあるハズだが、彼女が望むものはそこにはないのかも知れない。
「そして最後に……」
さっきの二つとは全然、別の方角の東を指す。
「この先を2日ほど歩けばシンナイの村がある。緑豊かで名物のイノシシ料理と温泉が自慢ののどかな保養地らしい」
「えっ?」
文川さんが俺の顔を振り返る。
「魔王討伐の勇者には用の無さそうな場所だけど、勇者フミカワはどこへ向かいますか? 目的地を選んでください」
俺はあえてゲームの選択肢っぽく振ってみた。
彼女は一瞬、俺の意図している事に想いを巡らせ、そして決断した。
「シンナイ!!」
いいのか?
そこには、いざとなったら頼ることが出来るSSR武器所持者もR武器集団もいないんだぞ?
そんな思いを込めて彼女を見つめていると、文川さんはコクッとうなづいた。
別にその村に何かあるってワケじゃない。
ただ、初めてクラスの連中とハッキリ別行動をとるという、この選択肢から俺と文川さんの異世界冒険譚はようやくスタートした。
そんな気になれた。
そして二人でシンナイに向かって歩き始めると、やがて向かう先、東の空からまぶしくも美しい陽が昇り、長い夜が明けたのだった。