59話 説明回
「死に戻り……?」
桃園さんの言葉に俺も詩緒梨さんも思わず眉をひそめつつ顔を見合わせる。
死に戻り……最近のラノベとかで見かけるファンタジックな特殊能力だ。
簡単に言えば『死ぬと、ある時点まで時間を巻き戻って生き返り、やり直せる』という……ゲームで例えればコンティニューみたいなものか。
どんな強敵に殺されても何回もやり直せば対処法が見えてくるし、大災害で大勢の死人が出ても災害前に死に戻って避難指示を出せば死者ゼロに出来るというなかなかのチート能力。
だけど、そんな特殊なアビリティが何故、桃園さんだけに……?
というか、そもそも本当にそんなチカラがあるんだろうか?
にわかには信じられない。
どういう反応をとればいいか迷っていると詩緒梨さんの方が先に質問を始める。
「じゃあつまり、桃園さんは今まで何回も死んで……この異世界での冒険をやり直しているって事?」
「ええ。ちなみに魔王も既に何回か倒しているわよ」
詩緒梨さんの軽い質問のジャブに対して、ロープで縛られたままの桃園さんが得意気にとんでもない威力の答えパンチをストレートでぶちまけた。
「魔王を倒した!? ガチで!?」
「もち、マジでガチで」
「ええええ……う~ん……本当に?」
俺も詩緒梨さんも彼女の言うことに興味津々だが、やっぱり鵜のみには出来ない。
出来ないけどここは一旦、話の先をうながすことにするか。キリがないし。
「正直、信じられないけど……でもまぁ仮に死に戻りが本当だとして。桃園さんの言いたい事はなんなんですかい。文川さんが必ず死ぬって言ってたけど……死に戻りで先の事が分かっているならもっとシンプルに死を回避出来たのでは」
単純に沸き起こった疑問をぶつけてみる。
詩緒梨さんの話では『戦力の一番低いアナタがここで囮になるべきよ』とトラウマになりそうな事を囁いて木に縛り付けたと聞いている。
「というか、死に戻りの事を正直に話せばウェアウルフにももうちょっと上手く対処できた……ううん。そもそも、あの日に森で夜営しなければウェアウルフに襲われること自体無かったよね」
詩緒梨さんもそうだそうだと言わんばかりに矛盾点を畳み掛ける。
だけど桃園さんはちっとも動じない。
「えー、まず。死に戻りの事はあまりみんなに話したくないの。言ってもなかなか信じてもらえないし、信じたら信じたで『桃園さん、次は何が起こるの? 次はどうすればいい?』と私に頼りきりになって自分から行動しなくなるから。その場合、みんなの冒険者としての質が下がっちゃうのよね、これまでのパターン的に」
「ふむ……」
なるほど。
確かに……ネットで攻略ページを予習しながらゲームをプレイするのに慣れてる俺も、なんでも知ってる先輩プレイヤーがいたら質問しまくるだろうな。
予習するのは悪い事じゃないと思ってたが、あまりに頼り過ぎると『自分で考える』って方面が弱くなるかも……とちょっと納得した。
「それはまぁ……分かったよ。でも、それならそれでさりげなくセイラム行きを延期するなり、王国の兵隊たちを同行させたりするとか」
「もちろん最初は試みてたわ。でもどうもアレは強制イベントくさいのよね」
「「強制イベント!?」」
詩緒梨さんと声を合わせて叫んでしまった。
好きなコと声が合うってなんか嬉しいよな。てへっ。
「例えばエルファストに留まっていれば街に魔獣の群れが襲撃してくるし、兵士を同行させると何故か数倍の数のウェアウルフが襲いかかってきて結局、私たちは死にかけるよう調整されているのよ」
「調整って……まるでゲームみたいだけど私たち、ゲームの世界にいるの?」
「さぁ。その辺りは分からないけれど……とにかくどんな策を企てても変わらないのは必ず文川さんが死んでしまうって事実よ」
桃園さんは悔しそうにグッと唇を噛む。
「でも前回のプレイで光明が見えた。今回の私と同じことを、吉崎くんがやりやがったのよ」
「吉崎くん!?」
ここでヤツの名前が出るとは思わなかったな。
しかし、今回の桃園さんと同じことをしたって事は……。
「燃え盛る森を抜け出て、異常に震えている彼の様子が気になって妙だと思っていたら、水瀬さんが証言したわ。『吉崎くんが文川さんを木に縛り付けていた』と。そして彼は開き直って白状した。『優秀な俺が助かるために役立たずが犠牲になるのは当然だ』ってね」
「ッ……!! 吉崎のヤツ……なんて事を!」
「私、あいつ、大っ嫌い!!」
考えてみればこの世界ではまだ何もしてないので怒るのも理不尽な気がするが吉崎だし別にいいか。
「それで、私もさすがに頭に来て吉崎くんの手首を切断したんだけど、1ヶ月くらいあとに囮になってはぐれた君島くんと合流して文川さんが助かっていたことが分かったの!」
おー、助かったのか。ナイスだぜ、俺!
さりげなく桃園さんがヤバい事を言っていた気もするが聞かなかった事にしよう。
「私も50回くらい死に戻ってるけど文川さん生存ルートは初めてでね。思わずガッツポーズしちゃった。これであとは魔王を倒せば全員、無事に日本に帰れると思ったけど、結局、途中で他のコたちがバタバタ死んじゃって……それでまた死に戻って今にいたるというワケよ」
「はぁ……」
「ただ、文川さん生存ルートのフラグが正確にはどうやって立つのか分からなくて。吉崎くんが文川さんを縛り付けるイベントも何が発動条件か分からないし……それで今回は私が縛り付けて、再び君島くんと合流するように誘導してみたって話よ。うまくいったみたいで良かったわ」
ちょっとドヤ顔の桃園さん。
「うーん、それが本当なら桃園さんは私の命の恩人だけど……」
「分かってるわ、証拠が無いって言いたいんでしょ?」
その通り。
……なんだけど桃園さんは自信ありげな表情をしている。
何か、俺たちを一撃で信じさせる核心的な証明方法があるのだろうか。
「えーっと、あのね」
俺たちは彼女の言葉を待つ。
「君島くんのおへその右下には小さなホクロが二つあるよね?」
「……へ?」
おへその下だって?
俺は思わずパンツをクイッとまくって確認する。
ある。
ホクロが二つ、確かに。
というか、まぁ、俺は毎日、風呂に入ったりトイレ行ったりパンツ替える時とかにチラチラ見てるんでそこにホクロがあるのはなんとなく覚えてたけど……。
「な、ななな、なんでもももももももももぞのさんがそんな所のホクロを知ってるの!?」
詩緒梨さんが今までに見た中で最大級の動揺を見せながら、瓶からムカデを取り出した。
「ちょちょ、ちょっと待って文川さん!! 虫はやめて!? 落ち着いて!! 死に戻れば身体の傷は消えるけどトラウマ体験は私の精神を蝕むから!!」
「答えて!? 今の私には余裕は無いよ!?」
「いや、あの、正直、今までの死に戻りプレイで何回か君島くんとセックスした事がありまして」
「はぉあああああああ!?」
お、え、これは、ええっ!? お、はぁああ!?
さすがにこれはミッシーまいっちんぐ!!
頭の中が真っ白になりつつ、別の次元の俺は目の前にいる桃園さんと結合したのかと想像すると思わず鼻の穴がプクッと膨らんだ。
「あ、鼻の穴が……こ、この浮気者ーーーーっ!!」
文川さんが涙目でムカデを俺の口に突きつけてきたのでガッと上体をそらして回避する。
今、よけなかったらガチでムカデが口に突っ込まれていたんだが!?
し、詩緒梨さんは本気だ!!
俺ってステータス的にはクラス最強じゃないかしらと内心、調子にのってはいるが詩緒梨さんが本気で頭脳プレイを展開した時、果たして彼女に勝てるんだろうかと背筋が冷えた。
さっきもいつのまにか桃園さんのガードを軽く突き破る水の針みたいな技をひそかに修得してたし。
「はぁはぁ……落ち着いてくれ、詩緒梨さん。これはきっと敵の罠だ」
「えっ、くそー!! 桃園さんめー!!」
詩緒梨さんはムカデを桃園さんの口元へとお箸で運ぶ。
「ちょ、待ってってば!? 破ァッ!!」
桃園さんの身体から黄金色のオーラが噴き出して、全身を縛り付けていたロープをぶっち切って彼女はベッドから飛び退いた。
「も、桃園さん……いつでも脱出できたのか……」
「ふぅ……まさか最終上限解放した私の力をここで見せる事になるなんて。文川さん、生きていたらこんな恐ろしい存在になっていたのね……。というか、さっきの戦いもホントは私一人で勝利して、君島くんたちに戦いの非情さを叩き込むのが目的だったのにフツーに負けるし……」
窓の外に飛び出した桃園さんは空中にとどまりながら呼吸を整えた。
おいおい、この人、フツーに空を飛んでるんですけど。
俺も練習したら飛べるんだろうか。
飛びてぇ!!
「卑怯ものー!! どろぼうネコー!! こっちに来なさーい!!」
一方、詩緒梨さんは空を飛ぶとかどうでもいいらしくムカデを振り回して怒り続けている。
「あー、え~、うそうそ。私と君島くんとは何でも無いの。ホクロのことを知ってたのは彼が敵の魔法で混乱させられて全裸で踊り出したことがあったから知ってただけ」
「本当? 良かったぁ~……」
いや、良いのか?
キミの大事な彼氏がひどい醜態を晒しているって内容の話だった気がするが。
……しかし、桃園さんのことだ。
この場を取り繕うためにウソをついた可能性も……いや、話がややこしくなるから深く考えるのは良そう。
やってもない浮気で彼女に刺されたら悲しすぎるしな。
「でもな~君島くんのホクロの位置を知ってたからって死に戻りの件を信じろって言われてもなんだか軽いような……」
「そうだね。もしかしたら桃園さんがとんでもない変態で以前、俺が野グソしてるのをこっそり覗いていたとしたらホクロを見ていてもなんら不思議ではない」
「好奇心旺盛な私でもさすがにそんなシーンを見たいとは思わないよ!?」
なんか、桃園さんと軽口を叩くの楽しいな。
疑う素振りを見せながらも俺は内心、彼女の事を信用し始めていた。
詩緒梨さんにしてもそうだ。
打ち解けたとはいえサーヤさんやシュペットちゃんに対してさえ、まだ少し遠慮を感じるのに桃園さんには物怖じしないでガンガン喋りかけている。
思えば異世界に飛ばされる前からも、桃園さんはみんなとすぐに打ち解けられる親しみやすさがあった。
俺も詩緒梨さんも、孤独な学園生活において彼女に話しかけられることで救われた覚えがあるのだ。たぶん。
もしも死に戻りの話がウソであったとしても、彼女には俺たちの味方であってほしいという願望が根底にある。
「はぁ……分かったよ。まだ死に戻りの話は信じられないけど、桃園さんの事は信用するよ」
「いいの?」
桃園さんがキョトンとした表情を見せた。
「フン」と詩緒梨さんはツンと大袈裟に顔をそむけるが、本気で怒っていたらこんな反応は見せないだろう。
「信じてくれてありがとう! でも、こんなにあっさり信じてもらえるなら、わざわざこの日にスケジュール調整しなくても良かったかも」
桃園さんがまた気になる事を呟いた。
「何を調整したって……?」
「うん、今日は魔王モルドレッドが人類侵略を開始する日でね」
ッドォオオオオオオオォォンッ……!!!
「え!?」
聞き返そうとした瞬間、空全体に耳をつんざくような激しい爆発音が轟き渡る。
とっさに窓の外を見ると空が真っ赤に染まり、漆黒の雲が水に垂らしたイカ墨みたいにサーッと拡がっていく。
「ね? これでちょっとは信憑性出てきたでしょ?」
そんな、この世の終わりみたいな深紅の空の中、桃園さんはニコリと微笑んだのだった。




