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57話 恐怖


「むむんっ!」


 ファイアバゼラードの柄の部分を強く握り締めると赤い刀身からボォンッ! と噴き上がった炎がすぐに真紅の輝きに変換されて魔力となって刃に宿る。


 俺は赤く輝く短剣を大きく振りかぶって迫り来る桃園さんに狙いを定めた。



乾坤一擲(けんこんいってき)!! インフェルノジャベリン!!」


 3日前お風呂に浸かりながら思い付いたカッコいい必殺技名を叫びつつファイアバゼラードを投げつける。



「甘いわね君島くん! たぁっ!!」


 桃園さんがSR武器、蛍火を身体の前にかざすと青白い炎が壁のように燃え広がって彼女を覆い隠した。



 その蒼い炎の壁にファイアバゼラードが触れた瞬間



 ッパァアアアンッ!!



 と、かんしゃく玉を破裂させたような乾いた音が響き渡り、ファイアバゼラードはあらぬ方向に弾き飛ばされてしまう。



「うぅっ……びっくりした……。まるで爆弾みたい」


 衝撃で少々、後方によろめく桃園さん。


 まるで効いてないって感じでもないが、肌や衣服に異変はまったく見られないし表情にも余裕がある。


 まともにダメージが通ったワケでもなさそうだ。



 うーむ、渾身の必殺技でもあの程度で済んでしまうのか。


 限界突破を重ねたファイアバゼラードをレベルMAXにして斬りつけると爆発が起こり、その威力は大木をへし折ることも可能だ。


 今の技はその状態で投げつけることで爆裂攻撃魔法っぽく離れた相手にダメージを与える奥の手だったんだが。



「君島くんのターンはもう終わり? それとも……他のガチャ武器で戦ってみる?」


 なにっ、他のガチャ武器?


 そーゆう事知ってるってことは……。



「……もしかして桃園さんも既に死にかけた事ある?」


「もちろん。マリアリス様にはいつもお世話になっているわ」



 そう言うと桃園さんの手から蛍火がフッと消えて、代わりに大槍が出現する。


 その槍の先端は5つに分かれてゴチャゴチャとした装飾もついており、俺の持ってるレアリティRの紫電の槍とは高級感が段違いだ。




「あ、あのー、その槍のレアリティは……?」


「よくぞ聞いてくれました! これぞ太陽神に必勝をもたらすSSR武器、神槍ブリューナク!」



 構えた槍の穂先からピリピリと電撃がスパークしている。


 くっそ、見るからにヤバいな!



 それにしてもサーヤさんといい、もももさんといいアッサリSSR武器引き当ててくれるよな。


 俺なんて呪われてるみたいにファイアバゼラードばっか出るのに。



「ソラさん、どうします?」


 アトラスが俺に肩を寄せて尋ねてくる。


 さすがにアレがヤバいと感じているようだ。



 神槍ブリューナク自身のパワーだけが問題ではなく、SSR武器を引き当てるまでにそれなりの回数、彼女もガチャを回しているだろう。


 と言うことは桃園さん自身のステータスもかなり上昇してるってことだ。


 俺と同じように。



「……俺に考えがある。アトラスはいつでも動けるように待機しててくれ」


 俺の申し出にアトラスは黙ってコクッとうなづいた。



「ふふ。カッコいいね君島くんは。それじゃ、その『考え』というのを拝見させてもらおうかしら」


 桃園さんは槍を携え、余裕の表情で近づいてくる。


 俺も西部劇の決闘のようにゆっくりと冷静に彼女に向かって歩き、間合いを図る。



 俺がやられたら形勢は一気に桃園さんサイドに傾くだろう。


 隅にかたまってるクラスメイトたちも固唾を飲んで俺たちの動向を見守る。



 桃園さんも余裕はありそうだが、俺の一挙手一投足を見逃さないという程度には警戒してくれているようだ。


 さて……。



 俺は素手のまま、格闘家みたいな構えをとる。



「君島くん、武器はいらないの? それとも何か……」



桃園(ももぞの)美空(みそら)さん」



「えっ?」



 対峙している相手にいきなりフルネームで呼ばれて少し意表をつかれたような表情の桃園さん。



 さらに俺はゆっくりと上着と肌着の裾に手をかけて、ゆっくりと服をまくりあげて彼女に対して乳首を見せた。



「な、何をしてるのよ!?」



「桃園さん、愛してる」



「は?」


「は?」


「はァアアアアアアッ!?」



「来たれファイアバゼラード!! 乾坤二擲!! クリムゾンジャベリン!!」


「!?」



 ッパァアアアアアアアンンッッ!!!



 俺の突然の愛の告白に不可解な表情をした桃園さんは背後からの詩緒梨さんの絶叫にビクッと一瞬、身体がこわばってしまったようだ。


 そこへファイアバゼラード召喚からの必殺技再アタック!!



 スキをつかれた桃園さんは先程と違って衝撃で大きくのけぞった。


 勝機!!


 ここで追撃を緩める手は無いぜ!!



 桃園さんが怯んでるスキに再びどっかに飛んでったファイアバゼラードを自分の手の中に呼び戻す。


「乾坤三擲!! 乾坤四擲!! 乾坤五擲!!」


 ッパァアアアアアアアンンッッ!!


 ッパァアアアアアアアンンッッ!!


 ッパァアアアアアアアンンッッ!!



「き、君島くんの卑怯もの!! 結婚詐欺!!」


 桃園さんが人聞きの悪いことを言いながらガードに集中する。


 投げファイアバゼラードが次々と命中して爆発を防ぐのに手一杯でまったく身動きがとれないようだ。



「アトラス! 今のうちになんか頼む!!」


「了解です!!」



 まっすぐ突撃してくるアトラスを迎え討とうと稲妻を前方に張り巡らせる桃園さん。


 バヂュッ!! っと床が派手に弾けるがアトラスは大きく横に飛びのいてこれを回避!!



 彼女が追撃しようと意識をそらすが再びファイアバゼラードが飛んでくるのも無視出来ないのでそれを稲妻の壁でガードする。


 一瞬、時間を稼いだだけだがアトラスにはそれで充分だ。


 あっという間に間合いを詰めて桃園さんに暴風のような蹴りで襲いかかる。



 普通の女子高生に対処できるスピードではないハズだが彼女もガチャ武器でステータスアップしてるんだろうな、槍でさばいてアトラスの蹴りをしのいでいく。


 ってか、桃園さんの動きヤバいな。


 香港映画のカンフーアクションみたいだ。


 接近戦ならアトラスの圧勝かと思ったが、本気のコンビネーションも的確に防がれ反撃まで食らい始めてる。



 黙って見てる場合じゃないな!!



 俺も紫電の槍で参戦する。


 アトラスの指導もあって俺の槍さばきもちょっとしたレベルに達したんだぜ!



 肉体を光の粒子に変えてまさに雷のような素早さで槍を繰り出すと、彼女も電光石火の連続突きで対抗して空中にチカチカと火花が散る。



 と、そこへアトラスが下段回転蹴りで桃園さんの脚を刈りとりにかかった。



「こなくそーっ!!」


 脚をとられた桃園さんは坂本龍馬暗殺犯のような伊予訛りで叫びながら体勢を崩しつつアトラスに稲妻を振るう。


「きゃんっ!?」


 アトラスは子犬みたいな悲鳴をあげてビクッと身体を激しく震わせ、白目を剥いた。



「アトラス!!」


 と気遣いながらも桃園さんが体勢を崩した今が千載一遇のチャンス!!


 ここを逃したらあとがない。



 俺は必死に桃園さんの背後にまわって組み付いて、彼女の細い首に腕を絡める。


 総合格闘技の試合で観たことある絞め技だ。


 実の兄貴は頭が狂ってるので一時期、可愛い弟である俺によくこの技を使ってきたがまさかそれをクラスで一番可愛い女子に仕掛けることになるなんてな。


 人生とは分からないものだぜ!



「ぅぐっ!? ……っく」


 桃園さんの喉に俺の硬い腕の骨がグンッと食い込む。


 これはガチで一瞬で呼吸が止まるので彼女もパニックを起こしてくぐもった悲鳴を漏らしながらバタバタ暴れる。


 必死に俺の腕に指をかけて引き剥がそうとするが、腕は隙間なく喉に食い込んでいるので指が入り込む気配はない。



 しくじったな、桃園さん。


 俺なら咄嗟に刃渡りの短いガチャ武器を召喚して相手の脇腹に突き刺して脱出するのにな。



 どちゅ。



「ブフッ!?」



 俺の左脇腹に真っ黒な短剣が突き刺さった。


 いや、金属の鎧を装備してるので途中で刃は止まったみたいだが、それでも短剣の先っぽ3センチくらいが俺の脇肉を突き破る。


 金属を貫通するなんてその短剣もSR武器か何かッスか……?


 あまりの激痛に思わず首を締める腕の力が緩みかける。



「えいっ! えいっ!」


 羽交い締めにされたまま、桃園さんが可愛いかけ声で何度も背後にいる俺の脇に短剣を刺しまくる。


 突き破られた鎧の隙間からビチャビチャと俺の血が飛び散ってるような気がするが見なかったことにしておこう。



 俺は激痛を無視しながら桃園さんの首をさらに絞めにかかるが、脇腹を刺されてる側の左腕には既に力が入らない。


 といって、距離をとって武器による攻撃に切り替えても勝ち目は貧しい家庭のカ○ピスくらい薄い。


 だが、このままでは拘束がほどかれるのも時間の問題か……どうする!?



「君島!」


 と、的場くんと青木くんが椅子を持って駆け付ける。



「邪魔ッ!!」 



 桃園さんは短剣からブリューナクに持ち変えて稲妻を飛ばした。


 アトラスだからかろうじてよけられたが特別な訓練を積み重ねていない的場くんたちによけられるはずもなく、直撃をくらって吹っ飛ばされる。



 続いて助けに出ようとしてたシュペットちゃんも思わず足を止める。


 クラスメイトたちがビビったのを確認すると桃園さんは再び短剣に持ち変えて俺に攻撃を仕掛ける。



「君島くん! 私に考えがあるよ!」



 詩緒梨さんが叫んだ。


 涙目なのは俺が大出血してるからだろうな。


 心配かけて申し訳ない。



「ハァハァ……あら、文川さんの考え? 何だろ、興味深い」


 多少、呼吸が乱れている桃園さんは俺を刺そうとする手を止めて再びブリューナクを呼び出した。



「君島くん、歯を食いしばって! 何があっても絶対に桃園さんを逃がさないで!」


 え、何する気?


 まぁいいや。


 詩緒梨さんを信じるよ。



 最後の力を振り絞って桃園さんを拘束する腕にググッと力を込める。


 もはや首を締めるというよりは身体の動きを押さえ込むのが目的だ。



「ふふっ、いいわ。君島くんが力尽きた時があなたたちの命運も尽きる時よ」



 ブリューナクの魔力で俺と桃園さんの前に稲妻の障壁が出現する。




水針(スイシン)


 詩緒梨さんが呟くと湧水の杖から糸のような……いや、針のように鋭く尖った水がピッと発せられて、気付いたら俺の腹の一点が針で刺されたみたいに熱かった。



「熱っ!?」


 それは桃園さんも同じようで痛みで前屈みに身体を曲げる。



 だが痛みはそれで終わらなかった。


 湧水の杖から鋭い水滴の針が次々と射出されて、雷の壁を難なくすり抜けて桃園さんの身体を貫通して背後にいる俺にも突き刺さる。



 最初の一刺しは「痛いな、もう!」って程度で済んだが5回も10回も肩、脚、腕、腹と全身を針で刺されていくと床でのたうち回りたくなるくらい痛い。



「はぁっ……うぐぐっ……痛ぁっ!! 痛いっ!! やめて!! 痛い!! うううううううううっ!?」



 桃園さんもバタバタと手負いのケモノみたいに暴れるが、詩緒梨さんとの約束なので絶対に拘束を離さない俺氏。



 いや、離さないけど、これはどうやったら終わりなんだ……?


 正直、いろいろ限界なんだけど……。



「誰か……桃園さんを君島くんごとロープで縛って!」


「……!! 分かった!!」



 手荷物の中からロープを取り出したサーヤさんがダダッとダッシュで向かってくる。



「くっ、させない……」


 桃園さんが針で穴だらけになった手でブリューナクをフラフラ掲げるが……。



 ピッ!


「はぅっ!?」



 水の針で刺されて意識が集中できないようだ。稲妻は不発。


 そこへシュペットちゃんも駆けつけてサーヤさんと二人で俺ごと桃園さんをロープでグルグル巻きにする。


 巻き方はメチャクチャだが、とりあえず俺も桃園さんも手足を動かせなくなるくらいにビッチリと縛り上げられて、そして桃園さんの首に詩緒梨さんがナイフを突きつける。



「桃園さん……降伏して、ください」


 全身を針で貫かれて、すっかり衰弱した桃園さんだがその表情から笑みは消えない。


「はぁ……はぁ……。そんなモノを突き付けて、あなたに私を刺せるの?」



「……っ」



 詩緒梨さんはピクッとナイフを持つ手を震わせるが動くことは出来ない。



「詩緒梨さん、それはダメだ」


 殺すのはダメだ。


 キミの心に消えない傷が残る。




 詩緒梨さんは悔しそうな顔でナイフを床に置いて、そして代わりにアイテム袋の中から瓶を取り出した。



 瓶の中には体長15センチくらいあって百の脚をうにゅうにゅ蠢かす巨大な赤茶けたムカデが



 いた。



「ひぎぃぃいいいいっ!?」



 アマゾンの奥地に暮らしてそうなおぞましいムカデの姿を見て、女子たちがほぼ全員悲鳴をあげる。



「……」


 さすがの桃園さんも放心状態だ。


 うーん、女の子だね!



「桃園さん、10秒以内に降伏して? じゃなきゃ私は今からこのムカデをあなたの口の中に入れる」



「えっ……ええっ、く、くく、くちに!?」



「じゅう、ご、いち、ゼロ。はい、時間切れ」


 若干飛ばし気味なカウントダウンを終えた詩緒梨さんは瓶の蓋を開けてお箸でムカデをつまみあげた。



 外気に触れて元気よくウニョウニョと暴れるムカデがガチで桃園さんの顔の前に突きつけられる。


 というかこの人、なんでムカデなんか持ち歩いてんだろう。



「嫌っ!? ま、待って!! は、はは話しししあいあまみまみ……ハワアアアアアアアアアア!? ホァアアアアアアアアアアア!?」



 巨大ムカデがグングン顔面に近づけられて冷静さを欠く桃園さん。



 と、不意に桃園さんと密着して縛られている俺の太ももあたりがジワーッと温かく濡れるのを感じた。



「え、コレって……あ、あのー……桃園さん、もしかして……」


「き、きみし……!? う、うぅぅ……ううううううううううううっ……はぅっ」




 桃園さんは痛みと疲労と恐怖と恥ずかしさと屈辱感にまみれながら白目を剥いて泡を噴き、ガクンっと頭を垂れて失禁して失神したのであった。




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